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「自分の人生を誰かに話しても、きっと誰も気に留めないし、理解してもらえるはずがない」ずっと、そう思って生きてきました。私は30年という長い年月を、ひきこもりとして過ごしました。家族以外の人との交流はなく、社会から切り離されたような時間。一時期はアルバイトや家業の手伝いをしていましたが、心の支えでもあった父が亡くなってからは、何も手につかなくなり、立ち止まってしまいました。自分のこれまでの歩みは、人には決して言えない「恥ずべきもの」であり、一生隠し通すべきものだと信じて疑わな
「あの時、壊れたゲーム機を前に立ち尽くしていた自分に、そして同じように動けなくなっているあなたに、この文章を届けます。」私は、30年近くを家の中で過ごしてきました。初期の頃は、まだ外の空気に触れる勇気が少しだけありました。深夜、人目を盗むようにして近くのコンビニへ向かう。それが私にとっての精一杯の外出でした。しかし、30歳が近づくにつれ、そのわずかな繋がりさえも断たれ、私は完全に「閉じこもり」となりました。田舎特有の、誰かに見られているような視線が怖くて、仕方がなかったのです。
今では、自分が30年近くもひきこもっていたなんて、自分でも信じられないような気持ちになります。けれど、あの部屋の光景だけは、今も鮮明に脳裏に焼き付いています。万年床の布団は朽ち果て、そこには私の体の形が、深く、はっきりと刻まれていました。着ていた服の襟も、何度も擦れてボロボロでした。母は何度も「汚いから替えなさい」と言いましたが、私にはどうしてもそれができませんでした。あのボロボロの品々は、外の世界から私を守ってくれる唯一の「殻」であり、自分自身の一部になっていた
「友達はいない。いじめられたわけではない。でも、教室ではいつも一人ぼっちだった。」それが、私の始まりでした。大学生になれば、何かが変わると思っていました。けれど現実は、5月の連休が明けてキャンパスに笑い声が溢れるようになると、私は自分の「居場所」がどこにもないことに気づいてしまいました。講義と講義の間、どう過ごせばいいかわからない。学食で一人で食べる勇気もない。私は学内の一番遠い、誰も使わないトイレに駆け込み、そこでおにぎりを食べて次の講義を待つようになりました。しかし、そ
1.エイジの視点:信じることしかできなかったあの日20歳の私は、ホテルの仕事を辞めた後、貯金を握りしめて東京や横浜へ向かいました。どうしても女の子と仲良くなりたかった。でも、声のかけ方も、会話の広げ方も「的外れ」なことばかり。そんな時、一人の女性が立ち止まってくれました。「タイプです」と言われ、頭が真っ白になりました。食事に誘い、話は弾まなかったけれど、私の心は浮き立っていました。「お金を貸してほしい」と言われた時、疑う心なんて1ミリもありませんでした。3万円を渡し、彼
30年のひきこもりから、支援の道へ歩んだ40年の答えかつての私は、人の目が怖くてたまらず、家の中に身を潜めるようにして生きていました。「どこへ行っても自分は浮いてしまう」「みんなと同じでなければならない」……そんな強迫観念に縛られ、動けなくなっていたのです。そんな私が、フィリピンという地へ渡りました。「誰もあなたを知らない場所なら、自由になれるよ」という言葉に背中を押されたからです。そこで私を待っていたのは、驚くほど軽やかな日常でした。そこには「みんなと違うこと」を面白がり
阿部潤子さん主催のインクルーシブトークにて「社会にカモフラージュして生きる発達障害」をテーマにお話をさせていただきました♪後半は、私から「社会に合わせて生きることと自分らしく生きることは両立できるのか?」という問いを提供させていただきました😊阿部さんの「いろいろな経験や関係性の中で少しずつ自分らしさのカケラを集めていくこと」。Pachiさんの「お互いに許し、許される環境の中で、お互いの自分らしさを受け入れ合っていくこと」。皆さまからのいろいろなお話を伺って、自分らしさを大切にできる社会は
発達障害支援の本質と現場のズレ発達障害支援の現場では、「自立」という言葉が頻繁に使われます。支援計画の中にも、「自立に向けて」という表現は当たり前のように並びます。一見すると、とても良い言葉です。誰もが自立して生きられるようになることは、大切な目標のように思えます。しかし、現場にいると、この「自立」という言葉に違和感を覚えることがあります。それは、この言葉が、いつの間にか「同調」を意味してしまっている場面があるからです。例えば、静かに座れるようになること。指示に従えるようにな
眠っている才能や魅力を開くお手伝い埼玉県上尾市ヒーリングサロンDIVAの照代です今年に入って、障がい児保育、発達障害児支援のお仕事をさせていただく機会があって、大きな学びを得ていますここでは詳しいことは書けませんが、彼らから学ぶことが多く、これまでの価値観も変わりました。話すことができ、歩くことができ、食べることができるのは当たり前ではないということ。私たちは本当は何でもできるのに、できない理由をくっつけてやらないだけということを突き付けられました。彼らの魂はとて
株式会社ConnectingPoint代表、阿部潤子さん主催のインクルーシブトークにてお話をさせていただくことになりました♪当日、私から「社会にカモフラージュして生きる発達障害」をテーマに20分ほどお話させていただいた後、最近の私が答えが出ないままモヤモヤと抱えている問いについて、皆さまと語り合えたらと思っています😊・4/22(水)12時〜13時・オンライン開催・参加費無料当日は耳だけの参加、途中入室、途中退室OKです♪初めての方も、とりあえず話だけ聞いてみようかな?という方も大歓迎
離婚に踏み切った私。私はその時本当に鬱状態で悪く死んだら楽になる私なんてなんで産まれたの?死にたい無気力な日々が続きました。家にいるとどうにかなりそうで、結婚までいた会社に復帰。会社の人たちに、とても支えられました。両親も、一生懸命私を支えてくれました。色んなところにお出かけしてくれたり、付き合ってくれたり。そんな中で私も、発達障害ということを勉強はじめました。最初はユーキャンで、子ども発達障害支援アドバイザーその後、児童発達支援士発達障害コミュニケーションサポー
今年度、最終日。あっという間の年度末でした。その間、職場の卒園・送別イベントなどで子どもたちの成長にたくさん感動し、心が喜びで満たされていました。この時期があるからこそ、この仕事を辞められない、、、そして、またほっとするのもつかの間、明日から新年度ですね。新年度、新しく療育に携わられる方々にぜひ読んで頂きたい本があります。お子さんの充実した支援には、まずはそのお子さんを知ることから。発達特性や環境調整、親御さん支援、一つ一つ丁寧に、積み重ねることで、また来年の3月には
小児の言語聴覚士として働くことが決まっているので、文献を読み漁ったり、勉強会に参加したりしています成人分野の言語聴覚士としての経験は13年になりますが、小児の経験は無いので、新人みたいなものですねもともと小児に興味を持ったのは自分の子どもを育てていく上で、子供の発達に興味を持ったのと子供の生きる力や育つ力って凄いなぁ〜と思ったからですあと、それと同じくらい親御さんの支えになりたいと思ったから。うちの子は小さいときかなりの癇癪持ちで、夜泣きも30分ごと(まじです)にありました。小児科のカル
ホームページとインスタグラムを開設しました!https://shinmomoko.my.canva.site/hpそらHPshinmomoko.my.canva.site(私は10%ぐらいたたき台を作って、残りの90%はとっても頼りになる友人が作ってくれました!つまり、ほとんど作ってもらいました!ありがとう!笑)以前から、放課後デイサービスという枠組みでは、引きこもりで家から出られない方や、成人している当事者の方の支援ができないことにジレンマを抱えていました。放課後等デイサービスの枠
学生の頃幼稚園の実習先で知り合って、志同じく共に励まし合ってた友人がいます。彼女もうちと年齢の近い兄弟の子どもをもつ母で、現在幼稚園の先生をしてます。お子さんは定型児です。今日は有給を取って、うちに遊びに来てくれました。積もる話をしてる中で、友達が幼稚園で発達障害の子に携わる事が多くて、勉強をして発達障害支援士の資格を取った話を聞きました。家の事もやりながらスキルを磨いていて、素敵だなーと思いました。自分の子育てにも参考になると言っていて、私も勉強して取得したいと思いました。でも躁鬱の波の
久々に、職場でイラッとしました。今日は少し毒吐かせてくださいブラックうさ発動。うちの勤務先、基本みんないい人なんです。本当に子どもたちのことを考えている人ばかり。でも。ひとりだけ、癖が強い人がいる。「念入りにうがい手洗いしてくださいね」私は今、週1回午前中だけ小児科勤務。午後から休みの日と放課後等デイサービス勤務の日があります。『副業初日。移住後ずっと探していた小児科勤務にやっと辿り着きました』副業開始。以前の記事でも少し触れていたのですがついに…副業の初日を迎えま
無事に共通テストも終えて、2次試験へ向けて走り出している受験生たち。そんな中、降って湧いたような解散総選挙。ちらっと小耳に挟んだ、高市首相の言葉。日本人の食を守ります!なのに減反政策に舵を切ってる貴方の言葉を全く信用できないのは母だけなのだろうか?選挙前になって、消費税を2年間減税します!なんて言っておられるけれど、首相就任直後にレジの修正ができないからと、結局減税しなかったのは、高市さん、あなたですよね?海外でも禁止されてる農薬を使い続けていることに対して、何の防御策も取らない
今回も発達障害理解動画紹介。VR映像を2本紹介するよ。①「知覚過敏の疑似体験」VR映像(川崎フロンターレ公式チャンネル)この動画は、Jリーグの川崎フロンターレが、発達障害のある子どもたちにサッカー観戦をしてもらう企画を実施した時に作成された動画。理解するだけでなく、どう接したらいいのか「合理的配慮」についても描かれているよ。↓発達障害の子の視野(ぶれてるわけでない)↓光がまぶしすぎるとか、先生の声より子どもの声の方が大きく聞こえるとかリアル。最後
今日は仕事始めです子供たちがまだお休みなので、なぜか早めの出勤です今年もよろしくね子供たちマンガでわかる!発達障害とグレーゾーンの人が見ている世界大全Amazon(アマゾン)児童発達支援・放課後等デイサービスのための発達障害支援の基本Amazon(アマゾン)時短試験対策-時短で資格試験にらくらく合格-Amazon(アマゾン)
※この記事は、管理者として職場カサンドラ的状況に直面している中で感じていることを書いています。『職場カサンドラ①自閉傾向のある職員への対応に悩んでいます』こんばんは!風邪を拗らせて声がおかしくなっています。治りにくいお年頃なんですかね。そしてタイトルの「職場カサンドラ」自閉傾向のある職員への対応に悩んでいて、ス…ameblo.jp『職場カサンドラ②日案を作れない職員に、何をどこまで求めるのか』職場カサンドラ…の続きです『職場カサンドラ…』こんばんは!風邪を拗らせて声がおかしくなっています。
いつも活動を見守ってくださり、心より感謝申し上げます。最近ブログの更新が滞っておりますが、実は今、私たちの支援現場では国内・海外ともに「人生の大きな節目と「事業の繁忙期」が重なり、スタッフ一同、全力で現場に向き合っております。現在、私たちが注力している大切なプロジェクトについて、ご報告させてください。10年の絆の集大成:ある女性の自立と結婚私たちの団体には、10年近く支援を続けてきた、発達障害の特性が強く出ている女性がいます。彼女のために、一人の女性スタッフが自宅を出て、彼女と同
私は今、とても元気に暮らしています。この月のうちには、いよいよ婚姻届けを出す予定です。来年度からは、これまでとはまったく違う日常が始まります。パートナーはフィリピンの女性です。穏やかで、明るくて、人の気持ちにとても敏感な人です。一緒にいると「この国で生きていくのも悪くないな」と素直に思えます。これからは、そんな私とパートナーの二人で、セブ市やシャルガオ島に来られる方のお世話をしていきたいと考えています。観光案内や長期滞在のお手伝いも可能です観光案内だけでなく
私たちは気づかないうちに、いつも誰かと自分を比べています。学校に通っているあの子、就職が決まったあの子、楽しそうに友達と過ごしているあの子。そして、その比較の矛先はやがて自分自身にも向けられます。「うちの子はどうして…」「私はもっとこうすべきだったのでは…」そんなふうに、自分を追い込んでしまうことがあります。しかし、私は長い支援の中で、ひとつ強く感じてきたことがあります。それは、人はそもそも比べられる存在ではないということです。性格も、育ってきた環境も、抱えている不安も、回復のペー
昨日、ひとつとても小さな出来事がありました。それは周りの人から見れば本当にささやかな変化です。けれど、支援の現場では、その小さな変化こそが前に進むための大切な印になります。長いあいだ家族以外と会話をすることがほとんどなかったある若い方が、昨日、私に向かって少しだけ明るい声で挨拶をしてくれました。ただそれだけのことです。特別な会話が続いたわけでもありませんし、劇的な出来事が起きたわけでもありません。しかし、その一言が強く心に残りました。人は、外からは分からない苦しみや不安を抱え
読んでくださった皆さんは、きっと疑問に思うかもしれません。どうして僕は、あんなにも長い間いじめを受け続けたのか?と。小学校の頃、先生は母にこう言っていたそうです。「みんなとうまく関われません。周りと仲良くできるといいですね」と。母からも何度も聞かれました。「どうしてみんなと仲良くできないの?」と。でも当時の僕には、その理由が全く分かりませんでした。ただ一つだけ、心の奥でずっと叫んでいたことがあります。同級生が怖かった。それだけだった。小学校でも、中
初めまして、虎と言います。お察しの通り阪神タイガースの熱狂的なファンです。その阪神の試合に今年は十五試合も観戦できて、とても満足な一年でした。日本一は来年ということで。さて、僕はこの団体でお世話になったものです。もう15年近く前になりますね。今では2人の子どもの父親です。可愛い奥さんもいますよ。仕事は毎日大変ですけれど、不登校や引きこもっていた時のことを考えたら、毎日感謝な日々ですね。僕はいじめられていました。小学校2年の時、いじめが原因で目を怪我しました
不登校やひきこもりの相談を受けていると、よく「この子のやる気を出させるにはどうしたらいいですか?」と聞かれます。けれど、僕たちはいつもこうお伝えしています。「やる気よりも、まず環境です」と。教室に入るだけで強い緊張に襲われる。家から駅まで歩くだけで、他人の視線が怖くて一歩が出なくなる。家族との会話でさえ、責められているように感じてしまう。そんな状態で「もっと頑張りなさい」「やる気を出しなさい」と言われても、心と身体はますます固まってしまいます。これは意志や根
「これからの人生」を一緒に歩んでくれる人を探しています。僕はいま、これからの人生についてよく考えるようになりました。30年近く引きこもってしまった僕は、すでに60歳を超えています。最近は周りから「背中が曲がってきたよ」と言われることも増え、体力の衰えも自分でもはっきり分かるようになってきました。そんな折、仲間のエイジさんが婚約をしました。とても素敵な女性で、エイジさんは以前より明るく前向きになったように見えます。それは僕だけではなく、周りの誰
■自己理解によって見えた本当の原因東大大学院の研究室で周りから叱責されても、当時の僕は自分の行動のどこが問題なのか理解できませんでした。「教授たちは僕に嫉妬している」「研究仲間は僕を排除したいだけだ」——そう思い込み、心の中で恨みを膨らませながら生きてきました。しかし、30年近く引きこもったあと支援とつながり、そこで初めて知ったのです。問題は周りではなく、僕自身の思考の癖や行動の特徴にあったということを。世界がひっくり返るほどの衝撃でした。■自己理解を得て
最も大切なことは、やはり「自己理解」だと今ははっきり思います。でも、当時の僕にはそれがまったくできていませんでした。東大の大学院にいた頃、研究室での人間関係やコミュニケーションがうまくいかず、周囲から「一緒に研究はできない」と言われてしまいました。しかし、その理由を自分では理解できませんでした。研究成果をなぜ共有しないのか。研究道具が壊れていたのに修理の手続きをせず放置していたこと。研究内容を他の研究団体にうっかり漏らしてしまったこと。さまざまな注意を受けましたが、当