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義母は昨日、受け入れ先の病院が決まらなくて、ショックで食事喉通らず、今日はどうやら今の病院で暫くお世話になる事になっているらしい受け入れ先をお願いしていた病院は元々、掛かり付けで、更に体調急変した際の救急に行った病院です何故受け入れ出来ないのかは分かりませんが、救急で行った時も、嘔吐何回もしていたのに、血液検査もエコー検査もしなくて、触診のみでした…だから、私たちからしたらその病院には戻したくはなかったので、、、、、義母は病院選びにいつも苦戦するような状態だったんです…私の自宅近くの総
母が救急搬送されて10日が過ぎました。入院しているのは急性期病院なので、長くは居られません。そろそろ話が来る頃だなと思っていたら、やはり退院の話が出ました問題は退院してどこに行くのか…です。母がいた施設は看取りを謳いながらも現実は厳しいということが今回の出来事でよく分かりました。なので、体調悪化時に素早く医療に繋ぐことができる場所(療養型病院、介護型医療院)への希望を出したのですが、母の条件ではかなり難しいそうです母のように慢性心不全と誤嚥性肺炎を抱えながらも今のところ特別な医療(酸
まず、母親のことを少し書きます・・・明日、母親は静脈から栄養を送り込む「中心静脈栄養」のカテーテルを入れる手術をします・・・本来は、首や鎖骨の下から、静脈にカテーテルを入れるんですが、より安全な首から遠い腕の上の方からカテーテルを入れることになりました特養では、血管が細くて点滴ができない、血管がもろくて点滴の針がすぐに抜けると、さんざん言われましたが、担当してくれている先生によると、結構しっかりしているので、高齢でも心配ないそうです特養は、既に契約を解除し
僕の母親は、若年性アルツハイマー型認知症で、特別養護老人ホームにいました2~3週間前から、食事も水分も拒否して、口を開けてくれなくて食べない日が続きました水分も点滴の針が血管がもろくなっているので、針を刺してもすぐに抜けてしまうと言われました特養は、食事が食べられない母親を特養で看取るか、特養を出て病院に行くかを迫りました僕は、特養で働いていたので、母親がいる特養に、胃ろう患者(胃に穴を開けて栄養を送り込むこと)がいることを知っていたので、胃ろうはでき
皆様、ご無沙汰しております。お元気でしたか。今年2026年になって5回目のアメブロ更新です。めっきり投稿数が減ってしまいました全然皆様の所へ訪問してませんでしたね…といいつつ、アメブロが一番落ち着くかも10月だと言うのに昼間は動くと汗ばみます。まだ夏かな?と錯覚してしまいます私の母の話です。長文です。去年の9月に骨折要介護2今年の7月上旬に肺膿胸になってしまい入院(最初39度台の熱が出てビックリしました)膿胸の処置症状が落ち着き、急性期の病院から療養型の病院へ転院まだ
おはようございます😊昨日も父に会いに行ってきました病院面会禁止の火曜金曜と仕事で行かれない木曜、日曜以外は毎日面会行ってます。昨日行ったらまだ個室にいました。ソファ座ると寝てしまいそうになります昨日も父は眠ってました。やはり痰絡みはなかったですふと思いました。今の病院に入り2週間昨年12月に入院、リハビリ病院で先生方、療法士さんに支えられ、3月に特養に入所してから、初めて安心している私がいます特養では行くたびに不満がありました。テレビ好きの父、いつも食堂でテレビを観てました。
明日で父の転院から1週間です。点滴だけの延命…本当なら本人はやめてくれと言ってるかもしれない…その格闘を心の中でずっとしています。昨日も会いに行きましたが、目は開いてますがたぶん私を認識してないただ、先生に言われたのが「痰が絡まなくなった」となぜ急に絡まなくなったかは不明だそうです。8年前に癌で亡くなった母も亡くなる間際まで痰吸引してたのに前の病院でも痰吸引だけはイヤイヤしていた父。私が延命望んだから父への苦痛を増やしたと申し訳ない気もでもまだ生きててほしかった先日、名古屋の従
午後から義母の入院してる病院に双子と行って来ました毛布と袖がない上着も無事に渡す事が出来ました肌触りが良いと喜んでいました術後発熱していて、アイスノンを当てていたのですが、溶けていたので、新しくナースステーションに双子がもらいに行きました義母は双子が来てくれたのがとても嬉しかったようです帰り際には泣きそうになっていた義母、また行くからねと声をかけて帰宅しました来週7日辺りには退院予定です療養型の病院を今探しています
おはようございます一昨日、父を転院させ、今日は仕事休みですが病院が面会できない曜日なので家の掃除と衣替えをぼちぼちやろうかなと思います。昨日は久しぶりに夏日でしたがまた今日は肌寒く雨…昨年、耐震工事をした時に押し入れをクローゼットに改造して頂いたので洋服は全てハンガーにかけてあるので2階にある秋冬物を1階のクローゼットに持ってくるだけの簡単な作業。そして、私の洋服はかなり少なめというのは母の遺品整理が大変だったんです…亡くなってから何年も手をつけられませんでした母の思い出が捨てられ
入院先の療養型病院で母が永眠しました。本当に頑張ってくれました。
こんばんは昨日、父、無事に転院しました転院2日前にまた酸素飽和度が下がり酸素チューブをしていました。転院前日は朝から寒く土砂降りの雨濡れて風邪を引いたらいけないと思い面会断念昨日、朝9時に病院到着予定では10時に病院出発、10時30分には療養型病院に到着予定病院間は20分程度で移動できるとのことでした。昨日は肌寒かったですが雨は小雨になり、病院着く頃には上がってたので良かったです病室に着くと酸素チューブをした父まだ着替えもしてない10時には病院出発なのに間に合う?着替えは
ちょうど1ヶ月前に母が亡くなりましたもう1ヶ月が経つんだな早いですでも母が亡くなったのはもっと前のような感じがします去年の7月に療養型病院に入院しずっと寝たきり何度も発熱していた母投薬で熱が下がりまた熱が出てまた下がり…母は少しずつ少しずつ弱っていきました亡くなる2ヶ月前くらいから口から食事を取れなくなり点滴だけになりそのうち声を出すことも出来なくなりました食べることが出来なくなるとやっぱりダメですね反応もなくなりおしっこも出なくなり呼吸も弱く
こんばんは🌙雨続きの千葉、週末は仕事でしたが低気圧頭痛といいますか、目眩と胃痛にやられてしんどかったです昔はなかったのになあ、なんなら低気圧より台風後のような気圧上昇時が一番キツいですいつからそんなになったんだ、私は今週は台風26号が木曜日に来るそうです前日の9月30日は父の転院です。先週は月曜日台風、でも父のオムツがないと言われ、午前中に病院にオムツを届け(面会は✕)火曜、台風一過で気圧上昇で1日動けず…水曜日も仕事だけこなし、だるさが続きダウン、木曜日は1日仕事して夕方ようやく父
あれから義母はリハビリ病院へ転院になりました。が4日後病院へ緊急転院声帯が麻痺しているだか気管が狭くなっているだか…で気管切開するかどうか10分で決めろと言われ義兄がみんなに連絡し気管切開はしないと決めたそうだ。誤嚥がひどく飲食禁止で経鼻胃管で栄養入れているそう聞いていたけど義母が拘束グローブを取って経鼻胃管を抜いてしまうらしく経鼻胃管は外すそう。点滴だけの栄養だそうですわどの程度の栄養を点滴でするか知りません末妹には説明あるのかもだけどさ
膵臓がんで入院した父も含めて母と3人で担当医の話を聞いた。血管が病巣に絡んでいて手術は出来ないと。(もう治療レベルではないということ)もちろん抗がん剤も使わない。がんは手の施しようがないほど進んでいた。担当医との話が終わったあと父のいないところでステージを訊いた。ステージⅣ余命は半年。父は自分が膵臓がんだということ以外は何も知らない。父に余命の話はしなかったから。父は「手術はしないのかな」と言った。
今日は朝からお見舞いちょうど痰取るので〜ってことでラウンジ待機。戻ると、すっきりした母が…ではなくむしろまだ苦しそう。ほんとに痰取った?レベル。体も熱ってる全体的に苦しそう。ひとまずマッサージをしまくる。お口周りのマッサージするもほぼ無反応だった🥲けど、理学療法士の友達に施術してもらってその後手首の拘縮が弱まった気がしている。もう少し、もう少し。私の後に父がお見舞いに。看護師さんと話したそうでどうやら午前は38度越えの熱だったそうな。午後は37.6マッサージ
父の療養型病院の転院が今月30日に決まりました。場所は母の実家近くの病院です。うちからは自転車で20分くらい。駅から徒歩15分くらいかかるらしく、バスの本数も少ないなので私は自転車で通うつもりです🚲️療養型病院の先生と昨日面談をしたんですが、その病院、ほとんどの患者さんが胃瘻だそうで、私の父は点滴だけ。「お父さんはまだ若い、胃瘻を検討したらどうか?」と言われました。私はそこまでする必要はないと思っていて、今の病院の先生も胃瘻は本人が可哀想だと言われ、やってる病院も少ないと聞いてたので
前日に、数年ぶりの友人と珍しく遅くまで飲んで帰り、とても楽しくてずっと余韻に浸っていたのだけど、やっぱり体は老いてる!夜更かしの代償は、疲れが抜けない;;そんな前日の疲れを引きずったまま、翌日は早朝から母の病院へ。弟が仕事で来られないので私ひとり、担当医から母の病状説明を受けました。・アルブミン数値は下げ止まったものの、依然低値のままのため、胃ろうは断念すること・肺線癌は左から右肺への転移が見られる時点でステージ4であること母の体調的に癌に対する治療はしないこと。痛みや胸水
今日、うちの患者さんが、ご自宅でご逝去されましたこの患者さん、命の期限が近いことを知らされ、お一人暮らしでも、ご自宅で最期を迎えると選択されました私達は、この場合、ホスピスや療養型病院に負けないケアを提供する、その覚悟で挑みますスタッフも自発的に調整し、挑んでくれました患者様にはそれぞれ、色々ドラマがあるんですが、この患者さんは、どこまで言っていいんだろうか小説より、たくさんのドラマをくれましたスタッフも大好きなお爺さんでした旅立たれる数時間前、私は深夜遅くに訪問して安否確認
書きたいことはいっぱいあるんですけど、夜は疲れてパソコンを開く元気がない。。。目がしょぼしょぼするのでスマホで書く元気もない。。。ということで久しぶりの投稿です。相変わらず元気ですと、言いたかったのですが、すごくショックなことが起こってしまい、金曜、土曜はだいぶまいってました。今日はだいぶ復活の兆し。というか、ショックとの共存できそうになったというか。しばらく引きずるでしょうが、何とか共存していきます。詳細は書けないので、ごめんなさい。
今日9月4日(金曜日)昨日からの雨がきょうもずーっと降り続いています梅雨明けからの久しぶりの雨近隣のダムの貯水率が0%だったので昨日、きょうの雨でもタラナイなんか、今年の台風変ですよね複数発生したり、迷走したり、復活したり…これって、温暖化のせいなんですかね?雨のおかげなのか気温が低くなり昨晩、寝るときはクーラーをつけなくてよかったワタシの母、普段は老人ホームに居ますが療養型病院に入院していました入院時にはこのまま老人ホームには帰れないかもな…
2024年の夏に脳卒中で入院し2025年の春に高次機能障害と判明2025年の秋にやっと精神障害者福祉手帳取得も年末にてんかん発作で入院2026年の春にまた脳梗塞と脳内出血で入院しその後リハビリ病院へ転院も胃瘻造設失敗からの胃穿孔で命の危機にさらされた夫の面会ブログですまだまだ先は長そうですご無沙汰しております8月のうちに結局最初のかかりつけ総合病院に転院しました結構うるさいので個室対応と言われ(謎なことを繰り返しこの時は喋ってました)差額ベッド代取られるようなのでな
日中は、まだまだ暑いけど朝晩は、大分涼しくなってきた。蝉に代わって鈴虫が鳴いている。脊髄小脳変性症の母。胃がん、咽頭癌という病を乗り越えながら、今も頑張っている。療養型病院の大部屋から一人部屋に移され、いよいよなのか?の覚悟をさせられた。先生に呼び出され、あらゆる数値が低いと。「ここまで診て頂き感謝の気持ちと、家族では、とても乗り越えられなかった。」と伝えると「家族では、とても無理ですよ。」と優しくおっしゃって下さり、罪悪感から少し救われた。体重30キロを遥かに切った、痩せ細った
2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。発症から半年過ぎました。リハビリ期間を終えて次の場所を探してます。発症当時『父の入院①』先月三連休中日に、弟から、「父が倒れて救急搬送され今検査中」とのメール。もう高齢で既往あり。近いうちに何かしらあるかもと心の隅にはあったので、聞いた途端にパニ…ameblo.jp☀️☀️☀️☀️☀️☀️☀️☀️候補としては3件目。初めて聞く「介護療養院」の見学に。3年くらい前に新築移転した病院に併設されてます。男性
こんにちは今日で8月終わるんですね29日に息子と父の施設の退所手続きをし、父の住所をまた千葉の住所に戻す手続きをしに市役所にきてます。今、転出届はアプリでできるんですね。便利早速、29日にマイナアプリで父の転出届の依頼をしました。今朝、私のスマホに転出届を完了したとメールが来たので、市役所に転入の手続きをしにきました。転出は3分程度でとても簡単だったけど転入は時間かかる最初に転入の書類を書いて待たされる…眠い…この何日間か千葉は曇りと雨続きで(気温は下がったけど)洗濯物が部屋
先週、息子と山中湖のテニス合宿に行きました。息子のお友達5人と中学生35人。中学生の指導をお手伝いして、休憩時間は息子達は試合。今年は息子の仕事の都合で1泊2日の予定が日帰りになってしまったけれど、息子の友人や子供達と楽しくテニスをしてきました。テニスを通じて息子の中学〜大学までのお友達とも沢山仲良くなりました。テニスがなかったら、仲良くなる機会はほとんどなかったと思うけれど、共通の趣味があると一緒に打ったり、試合したりできて、完全にテニス仲間。本当にテニスのお陰で有難い限りです!
こんばんは🌙今日、父の入院してる病院の主治医と面談してきました。誤嚥性肺炎はすっかり良くなった。血液検査も炎症反応もなし。ただ意識障害がありご飯を食べてくれません。今はゼリー状のお茶のみ急性期病院ではもうできる事がなく、このまま特養に戻り、点滴なしで弱って看取りか(父の特養では点滴できません)、もしくは療養型病院で点滴をしていくか私は主治医に父が特養でされてた事を話しました。主治医は「無理矢理ご飯食べさせる施設はヤバすぎる、なんでも感でも癌にするのも、怒鳴ったり、びしょ濡れの服を着さ
2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。発症から半年過ぎました。リハビリ期間を終えて次の場所を探してます。発症当時『父の入院①』先月三連休中日に、弟から、「父が倒れて救急搬送され今検査中」とのメール。もう高齢で既往あり。近いうちに何かしらあるかもと心の隅にはあったので、聞いた途端にパニ…ameblo.jp🌻🌻🌻🌻🌻🌻🌻🌻ホスピス施設の見学と、介護療養院の問い合わせが終わって、明日は一旦休もうと思っていたら、翌朝相談員から電話がありまして。予定より
2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。発症から半年過ぎました。リハビリ期間を終えて次の場所を探してます。発症当時『父の入院①』先月三連休中日に、弟から、「父が倒れて救急搬送され今検査中」とのメール。もう高齢で既往あり。近いうちに何かしらあるかもと心の隅にはあったので、聞いた途端にパニ…ameblo.jp🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱要介護5で医療ケアが必要で個室希望の父の行き先を探していて、看護師が24時間常駐しているホスピス施設はどうかと、見学にいきました
こんばんは⭐️💫今日も1日お疲れ様でした😊庭に出たらレウコフィラムが綺麗に咲いていました😊地域の役の関係で療養病院のことをもう少し詳しく知りたくなりました。そこで思い出したのはご近所の方のこと。数年前、義理のお父様が療養病院に入院されていていつも自転車で走り回ってらっしゃって「3ヶ月で転院やから次の病院探さんとあかん…」とおっしゃっていたことを思い出したのです。この方はご近所でも有名なお喋りスピーカーおばさん…ほんとは苦手なんですが自分勝手な私、いろいろ教え