また近頃の物なれど諸国里人談といふ書に、享保のはじめ、武州相州のさかひ信濃坂に夜ごとに囃物の音あり。笛鼓など四五人の声にして中に一人は老人の声なり。近在は江戸などより此をききに行人多し。方十町に響きて始は其所知れざりしが、次第に近く聞つけ、其村の産土神の森の中なり。折として篝を焚事あり、翌日見れば青松葉の枝燃さして境内にあり。或はまた青竹の大きなるが長さ一尺あまり、節をこめて切たるが森の中に捨有ける。これは彼鼓にて有べし、と里人いひあへり。只囃の音のみにして何の禍ひもなし。月を経て止ず夏の頃より