ブログ記事2,275件
今日は2026年8月26日(水)です。僕は旅番組が好きです。昨日は「ヒルナンデス」を見ました。大久保佳代子さんといとうあさこさんが沖縄旅行をしました。僕も何度か行った事が有ります。懐かしいので僕のブログ記事から上記番組に登場したシーンの中から一部振り返って見ました。過去記事です↓==========2008年4月28日(月)の出来事です。4月28日本日の観光の最後は、那覇市にある「首里城」です。琉球王国の国
ふぅあ、うちなーぐち出来たらなぁなうの、ゆうさんです。いまリアルに観始めましたーw【沖縄特別対談】じゅん選手×仲宗根創~沖縄の音楽とお笑いを語り尽くす~マジでおんなじ日本人(まぁ厳密には琉球王国の人たちだから違うっちゃ違うんだけど)なんに、マジでテロップ無かったらなに喋ってるかわからないよなぁ💦いやぁ年末年始弾丸旅行でまた行きたいさーヽ(・∀・)さてさて毎日恒例の晒しばモーニングランチディナーさぁてヽ(・∀・)
ご訪問ありがとうございます。2026年GWに訪れた、「ソウル,東京からの宮古島11泊12日の旅」を綴っています。『ソウル,東京からの宮古島11泊12日の旅☆2026年GW(まとめ)』ご訪問ありがとうございます。ソウル,東京からの宮古島11泊12日の旅、まとめのページです。…ameblo.jpこちらの続きです。『ツインデラックスルームオーシャンビュー@ヒルトン宮古島☆2026年GW㊵』ご訪問ありがとうございます。2026年GWに訪れ
STARDUSTGOHOMEつづきです😌👌🌈おはようごさいます夏の朝昨日の最終便で本島に戻ってきました今回の八重山での一連の取り組みをこなす事が出来た事に改めて感謝の思いが湧いてきます波照間島で豊年祭と同様のスタイルで取り組みたいと思い続けていたので今回、それが実現出来た事はとても嬉しかったですすごく見守ってくださっているなと可愛がって貰っているなとその分の厳しさもまた求められてきますがそれもまた僕自身が成長していく糧でもあるし引き受けてい
琉球王国りゅうきゅうおうこく琉球と自分の接点を最近見つけて、今時あるじゃないですか、222とか。自分の誕生日が何の日か調べてみたら何と琉球王国の建国記念日でしたよ。最近、夜更かしすると明らかに翌日の体調に出ます。意識的にと言うか必然的に生活パターンは変わっていってます。絵は漁師で甚平鮫、仏桑花、真珠のピアス、藁の腰巻きで纏めました。久しぶりに本買いました。まだ少ししか読んでませんが。休みやー
沖縄へ――琉球王国から沖縄戦、本土復帰まで。海に開かれた島の歴史と食文化を考える旅こんにちは、還暦親父です。還暦を迎えてから始めた「大人の社会見学」。長崎では海外との交流。鹿児島では明治維新。広島・呉では戦争とものづくり。富山・黒部では水力発電。福井では恐竜から原子力。愛知では織機から自動車へ続く産業。佐渡では金山と島の文化。阿蘇では火山と人間の共生。夕張では石炭産業と、炭鉱を失った町の未来について考えてきました。そしてシリーズ第10回、ひとまずの最終回となる旅先は沖縄で
≪琉球エイサーを魅せてくれました。富岡八幡宮での演奏!≫上石神井琉球エイサー会!本土の盆踊りにあたる沖縄伝統芸能のひとつで、主に各地域の青年会がそれぞれの型を持ち、旧盆の夜に地域内を踊りながら練り歩く。三線を撫でる!子供達が魅せてくれます。大太鼓を打ち放つ!!踊りながら魅せてくれます。楽しそうに打つ!
写真の整理をしていたら、ふと出てきた何枚かの写真。見返してみると、撮影日は2019年10月26日でした。そう、あの首里城の火災(2019年10月31日)が起きる、わずか5日前の姿です。ニュースで首里城が炎に包まれる映像を見たときのショックは、今でも忘れられません。数日前に自分が歩いていた場所、見上げていた朱色の建物が失われてしまった現実に、言葉を失いました。今回は、2026年11月にいよいよ正殿の復元公開を迎える首里城への思いも込めて、あの秋の日に撮影した「ありし日の首里城」の姿を残
甲子園の試合がある日は沖縄の経済が若干停滞するというのは半分本当らしい。(那覇の市街地に来たのに人がまばら)はいさ〜い!ぐすーよー、ちゅううがなびら!(皆さまこんにちは!ご機嫌いかがですか?)沖縄に旅行に来たらお土産として買っていくのはちんすこうという方が多いのではないでしょうか?今回紹介するのはちんすこうの元祖とも言われる新垣ちんすこうです!今回はスーパーで買ったので200円引きで買うことができました!包装紙には間も無く復活する首里城正殿が描かれています!首里
劇場版テンペスト3D2012年1月28日公開19世紀の激動する琉球王国を舞台に、男として生きる運命を背負った女性の生涯を描く。池上永一のベストセラー小説をNHKでのドラマ化に続き、主要なキャストはそのままに映画化。あらすじ雷雲となって闇夜に舞い上がった無数の龍がガジュマルの樹を真っ二つに引き裂いた夜、孫嗣志の家に1人の女の子が誕生する。女児では悲願の孫家再興が叶わないと、肩を落とす嗣志からは名前も与えられず、自らを“真鶴”と名付けたその子は、成長するにつれて高い学力を身につけてゆく
精神性だよなといわゆる天国のような場所へ移行していく事もいわゆる地獄のようは場所へ移行していく事も生きているあいだも肉体から離れた後も例えば自分は教会に通っているからキリスト教だからといって精神性が低ければまぁそれなりの場所へ移行していくわけで生きている世界も似てるよね切磋琢磨精神性出来るだけ高く持っていこうと日々勤しんでさなにも滝にうたれろとか洞窟に籠って座禅しろとかそんな事、言っているのではなくキリスト教を例にあげたけど仏教とかでも同様で
7月、首里城見学(※復興工事中)してきた時の話です。今年の秋に工事が終わるそうですが、工事過程が外から見学できます。ゆいレールで首里駅へ首里駅からバスで向かうか、歩いて首里城へ(1km程)1933年、国宝に指定された守礼門(1945年沖縄戦で焼失・復元)牌楼(ばいろう・中華街の入口にあるような扉がなくて開放的なアーチ状の形)という中国風のデザインが取り入れてあります。有料エリアの上まで登りました。沖縄って、パスポートいるっけ?って
お金の課題は常に付きまとうよねお金がないと生活していけないしお金がまじで厳しかった時には神も仏もあるもんかと睨んでいたりもしたし上手くいっているひとを見たらこれでもかというくらいに嫉妬を越えて憎悪になっていって周りからみたらやばいよねあの頃の僕は自分の人生を引き受けてなかったし誰かやなにかのせいにだけにしていたからひとが離れる、離れるそりゃそうさ僕だってそんなひととは率先して関わろうとは感じ思わないもん霊的影響から知らせ事としては経済的な循環を滞
和本江戸期薩摩藩琉球侵攻写本「島津琉球軍精記」全27巻13冊揃い/古書古文書/手書きです。30、49、38、36、35、37、34、34、34、35、36、36、33丁。23.5cm×16.5cm。手書き。島津琉球軍精記は、1609年(慶長14年)に薩摩藩の島津氏が琉球王国へ行った軍事侵攻(琉球侵攻)を描いた、江戸時代の軍記物語(戦記物)一色十郎左衛門義伴という人物が写したもの。【書名】島津琉球軍精記【巻冊】全27巻13冊揃い【成立】江戸期の写本だと思いますが、正確な年代は
馬鹿は死んでも治らないというフレーズが在るがそうならない為にも生きている間に出来る限り改善出来るところは改善した方がいいなとうがみを執り行いながらそう感じ思うこの世での命が終了しても執着が粘りかかった霊としてこの世にぬっちゃりとくっついたりしていてねこれまでさせて頂いたうがみの中で1番強烈だったのがある一族が財産を維持するが為に同じ一族内で血縁関係を持続させようと試みて最終的にはその一族の教えというのかカルトチックかかった新興宗教グループの
7月10日(金)前回からの続き。。。台風による暴風雨で、予定していた斎場御嶽のガイドさんの予約を早め、おきなわワールド内の玉泉洞を急いで観終え、、、世界文化遺産である斎場御嶽(せーふぁうたき)へ。所要時間は、車で約20分!もちろん、ランチは食べず。斎場御嶽の入り口は、駐車場及び発券売場窓口から離れており、ガイドさんを予約している場合、予約時刻の15分前には、窓口で支払いを済ませておく必要があります。発券売場窓口で支払いを済ませ、ダッシュ気味で急いで向かうも、「あれ?こっちで合ってる?
今回の帰省目的のひとつ「寺マーイ」お寺巡りへ足で歩いて回るはずでしたが殺人的な暑さなので諦めて車でサッと行ってきました琉球王国時代から続く参拝方法で十二干支詣り日々の感謝を伝え健康と開運を祈願します。慈眼院首里観音堂子·丑·寅·辰·巳·午琉球国王が毎年国の安全祈願で参拝したそうです。首里城の近くにあり那覇の町や海が一望できます。西来院達磨寺卯·亥·戌健康、妊娠祈願等で多くの人が訪れます。自分は卯年なのでここでお守りを購入しました。観光客もいっぱいいま
久米島滞在四日目の朝、久米島博物館へ。もっと早く見たかったのだけれど、月曜日が休館日。その翌日はハテの浜でのシュノーケリングなどを事前に予約していたので、この日になりました。館内では、久米島の自然や生物、先史時代から琉球王国時代を経て現代に至る歴史、民俗や人々の暮らしまで、幅広く紹介されています。沖縄の歴史の中で、久米島がどのような位置を占めてきたのか。そして、島の自然と人々の暮らしが、どのように結びついてきたのか。久米島について知りたいことが、ひと通り揃っている印象です。それまで
↓このブログを沢山の方に読んで頂きたいため、ランキング・フォロー頂けると嬉しいです↓前回の話では・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…)(84)』↓このブログを沢山の方に読んで頂きたいため、ランキング・フォロー頂けると嬉しいです↓前回の話では・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…ameblo.jp↓第1話から読んで頂けると嬉しい限りです・・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…)(1)』この作品は、以前、
この道入る前までは厳しかったなとカミダーリーと言って合図送らせるんだよねいわゆる霊障ってやつそれ言うと知識ないから理解出来ないから冷笑するひともちらほらいるんだけれどもその点沖縄は医者半分、ユタ半分、霊的な影響ねその視点観点が培われている文化圏で在るから恵まれてはいたと感じ思う病気、遺伝とかもあるから全てがこうだとは言い切れないところ在ったりするけど霊的な影響の場合は気付かされるよね先祖とか筋の整理やサマヨッテイル方を上の方へとあげていく作業
—琉球王国から贈られた、異国情緒あふれる特別な建物—仙巌園の中でも、望嶽楼はひときわ異彩を放つ建物。ただの東屋ではなく、島津家と琉球王国の交流を象徴する特別な建築。---🐉①望嶽楼とは?(由来と役割)望嶽楼は、19代島津光久の時代に琉球国王から贈られたと伝わる建物。•藩主が琉球使節と面会するための“迎賓館”のような役割•異国情緒が強く、仙巌園の中でも特に独特の雰囲気•桜島を望む絶好の位置に建てられている仙巌園の庭園美と、薩摩藩の国際性を象徴する存在。---🧱
↓このブログを沢山の方に読んで頂きたいため、ランキング・フォロー頂けると嬉しいです↓前回の話では・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…)(83)』↓このブログを沢山の方に読んで頂きたいため、ランキング・フォロー頂けると嬉しいです↓前回の話では・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…ameblo.jp↓第1話から読んで頂けると嬉しい限りです・・・・『漂泊する鬼の始祖(鬼舞辻無惨と産屋敷家の闘争の裏側で…)(1)』この作品は、以前、
国営沖縄記念公園「史跡をめぐる」からニイハオ、南海のドラゴンです。11月23日から一般公開される首里城正殿は2019年に焼失、7年ほどの工事を終え、再びその雄姿を現します。同じころに、琉球国王の世継ぎの屋敷「中城御殿」も整備を完了する予定だそうです。琉球王国時代の歴史的価値の高い施設が復活する中、琉球王国時代の迎賓館で琉球王朝文化の殿堂だった御茶屋御殿の復元が遅れています。御茶屋御殿は中国皇帝の使者・冊封使によって「東苑」と
こんばんは〜。相変わらず台風の動きが気になっておりますそこまで大きな影響は無さそうかな〜明日は通常通りお仕事の予定でございます〜。さてさて〜今日は琉球の歴史のお話。日本にいろんな歴史があるように、沖縄は、琉球王国としての歴史があります。子供達は少しは学校で学ぶ機会もあるようですが、うちの子たちはあまり興味が無く…自分達のルーツなので、もっと興味持ってもらいたいなぁ…ただね、琉球史って難しいの〜まず名前がね!なかなか覚えられないのよ〜私もまだまだわからないことばか
超楽しい宴大宴会真面目な話もする時もあるけどいつも、基本はおちゃらけてますPPMWoneです。お仲間さんが少しずつ増え、後もう少しで100名100名限定なので早いものがちです県外どこからでも参加お待ちしています。年1でもいい、気持ちは毎日参加してくだされば全然大丈夫です😊さて、嘉永6年6月3日(現在では7月8日)昨日でしたねマシュー・ペリー米国の黒船が来航しました。ペリーが持参した、米国大統領国書を日本の幕府に渡され、この翌年に、日米和親条約が締結されたんだってこ
今日は七夕🎋なので星田妙見宮と機物(はたもの)神社(大阪府交野市)に行ってきました✨とても賑わってましたそんな中、誰も知らないヒッソリ佇むこちらへ安全登山祈願🙏コノハナサクヤヒメ様に一番にご挨拶しました😊⛩️の近くにあるお馬ちゃん(今日は🐴の日)茅の輪くぐりもさせて頂きました機物神社は、スマホを車に忘れたので…写真ありません機物神社の神様には、去年願いを叶えて頂きました💖大好きな七夕に纒わる⛩️神社ですそれではここから…沖縄旅行最終日4月6日の
2026.6.28sun八重瀬町にあるうまちーカフェにて『第3回琉球弧「みき」モノガタリ講座』ウマチーとは?〜ミキとともに知る、沖縄の節目〜を無事、開催することができました🙌ウマチーは、琉球王国時代より、麦や稲にかかわる祭りとされる行事で、今も、ミキとともに、沖縄各地で受け継がれています。講師琉球大学名誉教授赤嶺政信氏をお招きして、ミキとともにウマチーの背景をひもとき、沖縄の節目を見つめ直すたいへん貴重なお話を聞かせていただき、幸せいっぱいな時間でした🩷赤嶺先生、参
今回の帰省の始まりは少し前に夢に出てきた「宗元寺」からと言っても夢で知った場所空港からGoogle先生に案内してもらい「宗元寺公園」へ到着気温30度は超えていたが石門をくぐると涼しい風が吹き若い男女と私だけしか居なかった若い男女がガジュマルの向こうへ隠れるように移動したけど気にせず(邪魔もせず)散策したここまで書いたら私の体に異変が…左足ふくらはぎ辺りからじわじわと電流のような波のような
全く何も変わりません(^ω^)アイカワラズオイシクナイ印刷物も機内アナウンスも「お降りの際には前方のプレミアムクラスのお客様から・・・」何なんだろうね~しくじり先生のお陰で現場の人はいい迷惑だよ羽田(HND)那覇(OKA)Firstclassということで那覇に居ます本日満室なのにイツモアリガトウゴザイマス梅雨明けの沖縄明日も晴れて32℃いつもくろじいブログ見にきてくれて感謝してま~す(*´▽`)くろじいの独り言2025年8月以前の記事はコチラ
守護霊たちは魔法使いのようにこちら側の都合のいいように願いを叶えてくれる存在でなくむしろ厳しいねそのひとが成長する手段としてあえてコケさせる事したりするし例えば僕だったらユタの道に進まされるまでの過程での経験とか入ってからの経験もねああ、アレンジメントされてるなぁと感じ思うユタの仕事に関してはなんでここまでしないといけないんですかとブーブー言いながら取り組んできた事柄でも在ったしその場面だけみてさ舌打ちついたりしていたけどすいません💦全体的