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成覚寺には、恋川春町のお墓があります。大河ドラマべらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜では、岡山天音さんが演じました。恋川春町江戸後期の戯作者、浮世絵師。本名倉橋格、通称寿平。狂名を酒上不埒、別に寿山人と号した。駿河小島藩士で、江戸・小石川春日町の藩邸に住み、留守居役、重役加判などの要職を歴任、そのかたわら浮世絵師を志して鳥山石燕に学び、勝川春章に私淑した。1773年(安永2)洒落本『当世風俗通』の挿絵を描いて文壇に登場、1775年には洒落本を草双紙化した『金々先生栄花夢』を自画作で発表
たんたん狂歌4「やまぶき」床下で騒げど答えず目の眩む天井に咲く山吹の色(2013.10.5)
たんたん狂歌3「せき」たんたん一首(23番)またあえばちぢにふるこそ悲しけれわが身一つのせきにはあらねど/おうえんしたと?(2013.9.18)
たんたん狂歌2「たま」のびのびと珠で飾れば立ちにけり弦隠せども琴無くならず(2013.6.13)
たんたん狂歌1「まつり」みなさん、あけおめ。さて、今年はこれまで作った狂歌をほぼ毎日一首ずつ紹介しよう。今年も宜しく。安倍川の夏を楽しむ世となれば石橋叩くも海へ渡らず(2013.5.23)
正覚寺内に、狂歌師元木網・智恵内子の墓参りです。大河ドラマべらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜では、元木網をジェームス小野田さん智恵内子を水樹奈々さんが演じました。元木網江戸後期の狂歌師。本姓金子のち渡辺。通称大野屋喜三郎。別号網破損針金。湯屋を業とした。唐衣橘洲らの狂歌会に加わり、江戸狂歌形成期に中心的に活躍。妻も狂歌師で智恵内子。著「言葉のもとすえ」「あづさ弓」「浜のきさご」「玉のきづ」など。智恵内子延享2年生まれ。元木網の妻。夫とともに初期の江戸狂歌師として知られた。女流作者と
始めよう、今年は何か始めよう。されば、狂歌始めは如何かのー。(それは狂歌始めじゃなくって、狂気始めだって?下らんなー、自虐の挨拶終わります。)取り敢えず、狂歌の泉と名付けよう。○捻り出せ思いの丈を捻り出せ捻り続かば出るは狂歌ぞ○新年を寿ぎ続けて幾星霜何の利益か無事生きている○世の中は移りにけりないたずらに変わらぬ物は我が身なりけり○何故か祝いは続く正月の猫も杓子も心新たに○飛び出さん停滞ニッポン若い衆かって私も若い衆嗚呼
お江戸の春は現在の1~3月、夏は4~6月でござんす☝️😉天明七年正月、南畝による天明狂歌の第三選集として蔦重の耕書堂から刊行された📖『狂歌才蔵集』より【序】かやふ白(まふ)す才和歌なんどは、徳若に後万歳、万歳集のふた歌を戯(ざれ)歌のてゝの椀として、手ならふ人の大ざらひに朝もよひきばちもてさらひ、まぐさかるかますもてかきこみたる筆のまめいた丁銀灰ぶき、ふき出すべき黄金(こがね)のことばは、貴人(うまびと)の殿様も御好にて玉だれの奥様も御すきなる世にしあれば、御釜(みかま)の前の奴
大河ドラマべらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜では、宿屋飯盛をピース又吉さんが演じました。石川雅望江戸後期の狂歌師、国学者。狂名、宿屋飯盛。浮世絵師石川豊信の子。家は代々宿屋。狂歌を頭光、四方赤良に学んで一家をなし、狂歌四天王の一人と呼ばれた。主著「雅言集覧」「源註余滴」「都の手ぶり」「しみのすみか物語」など。
「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、蔦重にまつわる物が出てきました。(続きです。)蔦重出版の「狂歌浜のきさご」。鑑定額は30万円でした。これは初刷りに近いものですね。序文に狂歌師の四方赤良こと大田南畝、編者に多くの弟子を擁する元木網(もとのもくあみ)を起用しています。「狂歌浜のきさご」サイズが小さいのも特徴で、これを袖珍本といいます。そでに入れたり懐に入れたり持ち運びができる
この日のトリを務めたのは柳亭市馬さんでした。市馬さんの声は大好きです。演目は掛け取り漫才でした。年末らしい出し物です。晦日に借金取りがやってきますが,それをうまく乗り切る噺です。前年は死んだことにしていろいろ大変だったので今年は違うことを考えました。借金取りの好きなことを演じて乗り切るのです。私がこれまで聴いたのは,狂歌,歌舞伎,三河万歳,喧嘩です。調べるとその他,相撲,義太夫,囲碁,都都逸,ヒット曲のメドレーがあるそうです。市馬さんは狂歌,歌舞伎に加えて美空ひばりをやりました。かなりたくさん
「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、蔦重にまつわる物が出てきました。狂歌の本ですね。(志村けんさんかと思ったら、レッツゴーよしまささんですね。)祖母の親戚の家系が神主みたいなのをやってたらしい。それで、倉庫に古い江戸時代の本がいっぱいあって、見たら、今、話題の方の本があったんで、こんなサイズ、ちっちゃかった……。持ち運びに便利ですね。蔦屋重三郎が出版した「狂歌浜のきさご」。
本念寺の大田南畝の墓参り。大河ドラマべらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜では、桐谷健太さんが演じました。大田南畝江戸後期の狂歌師。洒落本、滑稽本作者。本名、覃。別号、蜀山人、四方赤良、寝惚先生など。江戸幕府に仕える下級武士。唐衣橘州、朱楽菅江とともに狂歌三大家といわれ、天明調の基礎を作った。ほかに狂詩、洒落本、黄表紙、咄本なども著わす。著に「万載狂歌集」「徳和歌後万載集」「鯛の味噌津」「虚言八百万八伝」「一話一言」など。
わたしが管理をしている「珠洲たのしい授業の会(以下「珠洲たの」と略す)」のHPには,わたしの趣味も載せてある。そのうちの一つ「江戸狂歌」は,まだ不十分なページなので,訪問者はあまりいなかったハズ。ところが,今日,「珠洲たの」のトップページを見ると,「この1ヶ月人気」の記事の4位に「江戸狂歌」のページが選ばれているではないか。江戸狂歌の世界江戸時代の粋な文学の一つに「川柳・狂歌」があります。「俳句・短歌」と聞くと,「ちょとオレには関係ないね」と思う人もしばしつきあってくれ珠恵(いい変
今回は、白山を散策します。白山駅から7分ほど移動し、訪れたのは本念寺です。本念寺江戸時代の寛永年間(1624~44)に創立されました。開山は玄等院日量上人です。境内には、江戸時代の狂歌の名人として知られる大田南畝のお墓があり、文京区の指定文化財になっています。御首題次回は、大田南畝の墓参りです。
そろそろ来年度の役員への引継ぎ事項整理しようと過去の履歴を参考にと見つめて今のところ遣り残した懸案事項もなく穏やかに春を迎えられるかと安心半分不安半分な気持ちで過ごしている。今年一年子供の時以来と言える大河ドラマ皆勤賞で見つめてきて先週最終回の後2回見直すほど入れ込んでいた。正直蔦屋重三郎の本当に文化として大切な役回りを成し遂げた姿はストーリーのほんの一部というかその時代の政治とかが中心の回が多く最終回の詰め込まれた彼の姿をもっと深く描いてもらいたかったとは
ameblo・Insta(書式)YouTube動画はこちらスマホ(書式)自己主張の強いブログですが、左右にかかわらず言いたいことが言えるって好いですね本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら本文はこちら・朗読動画はこちら
12/16。西尾市の岩瀬文庫に行きました。今年はよく来ました。大河ドラマ「べらぼう」関係の資料も多くて、楽しめました。別の企画展もやっていたんですが、そちらは、またゆっくり見るとして、ミニ企画展、「岩瀬文庫と蔦屋重三郎」の方へ行きました。この日は2冊だけの展示でした。「狂歌奥都城図誌」(上)と「身体開帳略縁起」(下)です。「身体開帳略縁起」は以前も展示されていましたが、
天智天皇山科陵(御廟野古墳)11(京都市右京区)24年7月山科が天智天皇の陵を設けるほどの関係を持つ場所なのか。近世に入っても様々に語られています。まず、『出来斎京土産』(できさいきょうみやげ)は、浅井了意によって延宝5年(1677年)に著された地誌で、京都の名所や寺社を紹介する書物です。別名として「京土産」「京みやげ」「山城名所記」とも呼ばれます。この書は、七巻七冊の構成で、京都の名所を巡る出来斎坊という人物が各所で狂歌を吟じる趣向凝らした内容になっています。その
蔦屋重三郎蔦屋重三郎④蔦重日本橋四部作蔦唐丸自作蔦唐丸(蔦屋重三郎)作北尾重政画寛政九年頃刊「身体開帳略縁起」(寛政9年)の巻末にある絵右下に「蔦唐丸自作」とあるのは、彼は蔦唐丸という名の狂歌師でもあった作者払底につき自作至って拙き一作蔦重自身がストーリーを手がけた2作目の黄表紙です。巻末には新年の挨拶に訪れた裃姿の蔦重が描かれ、今年は執筆者がいないので、自らの作をお目にかけるという口上が記されています。蔦屋重三郎が経営した書店「耕書堂」葛飾北斎画「画本東
みなさん、こんばんは!おはようございます、こんにちは☀️今日は栃木県栃木市大平町真弓に鎮座する「諏訪神社」をみなさんにご紹介したいと思います📓🖋️✳️諏訪神社(一ノ鳥居)✳️「諏訪神社」は、海抜51mの県下最小の「磯山」に鎮座しています。✳️二ノ鳥居✳️永野川の右岸に立地する「磯山」にあるため、「磯山神社」とも称されます。✳️参道✳️天慶3年(939年)。「藤原秀郷」が平将門征討の際、信濃一宮「諏訪大明神」に祈願したところ戦勝を得たので、これを勧請して当社を創立したといわれてい
大河ドラマ「べらぼう」が本日完結。一年間楽しませてもらいました。平賀源内から最終回は本居宣長まで。蔦重の手掛けたジャンルは広汎だ。前知識がなければ??な部分もあったかも。私自身は自分の内に江戸文化の素晴らしい世界を大いに広げてくれたことに感謝しています。今日はドラマの中で「へっ!へっ!へっ!」で盛り上がった狂歌について。社会風刺で庶民の笑いを呼び込んだ狂歌。江戸中期の庶民文化の円熟を今に伝える。「あなうなぎいずくの山のいもとせをさかれてのちに身をこがすとは」「かまくらの海よ
栃木市立美術館2025年10月10日~12月14日大河ドラマでも出てきたが喜多川歌麿の有力パトロンが栃木にいて、肉筆の大作雪月花は栃木の善野伊兵衛(とその週周辺?)が注文し、かつて栃木にあった(三部作は複製で展示。ワズワースアセーニアムの花は来日したことあるし、雪は最近まで国内にあったから見たことある。フリーアで歌麿展やれば実物で三点揃う)。善野伊兵衛は奇石の収集もやってて、このころの旦那芸の一つだなと思う。木内石亭とかとも交流してないかな。館は歌麿の肉筆画も少し集めている。肉筆は香雪
休日を利用して、栃木市立美術館で開催中の「喜多川歌麿と栃木の狂歌」観てきました🏍歌麿の浮世絵や、四方赤良の狂歌など、「べらぼう」で活躍する面々の作品が盛りだくさん。歌麿の描いた虫や鶏の絵がホント見事。高精細複製の大作三幅「雪月花」の3枚が大迫力で、素晴らしかったです👏肉筆画三部作「深川の雪」「品川の月」「吉原の月」は、本物をいつか見てみたい。絵の中にあった四方赤良の狂歌「てる月の鏡をぬいて樽まくら雪もこんこん花はもさけさけ」が楽しい。歌麿とお弟子さんで、絵に違いがあ
江戸のメディア王の一代記を描いた今年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』も大詰めんで、ほとんどダブル主役的な存在で登場するのが喜多川歌麿その歌麿の縁のある栃木市での展覧会喜多川歌麿と栃木の狂歌<解説>「喜多川歌麿(?~1806)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師です。特に美人画を得意としており、女性の機微を捉え繊細に表現された歌麿の浮世絵は、時代を越えて多くの人の心を惹き付けました。一方で歌麿は名だたる狂歌師と繋がりがあり、豪華な狂歌入り版本
【本居宣長(もとおりのりなが)】北村一輝享保十五年~享和元年(1730-1801)本居宣長は伊勢国松阪(現・三重県松阪市)の人で賀茂真淵に師事し、国学を大成した人物として知られている。現存する我が国最古の書籍『古事記』の注釈書である📖『古事記伝』を30数年の月日をかけて完成させた事でも有名だ。蔦重は晩年、本居宣長に興味を示していたらしく、寛政七年(1795)にわざわざ伊勢まで会いに行っている。同年、他の版元からも出版されている📖『玉勝間』を蔦屋から刊行しているが、わざわざ江戸から伊
UNIQLO公式アプリandroid版iOS版山あり谷あり、波乱の人生ドンブラコ!ようやくたどり着いたあこがれの年金生活夢見た悠々自適ゆうゆうじてきの年金生活は、なぜか幽遊自虐ゆうゆうじぎゃくの耐乏生活にに様さま変わりそんな自虐生活の中で気づき考察したアレコレを勝手気ままに綴つづっております!こちらからどうぞ「短歌」は、私の大好きな趣味のひとつです。作品を鑑賞することも、自分で作ることも好きです。このブロ
狂歌三部作第二その4献金で買ったよ女総理の座そんなことなら高市辞めろその5中露から軍国主義と非難されこんなことなら高市辞めろその6日本の品格落とす高リッシュこんなことなら高市辞めろ
InstaYouTube2025.11.03ブログ動画ameblo『しまなみ海道』車載カメラ前面展望2025.10.22撮影今日は2025年10月22日。天候は曇り時々小雨。人生晴ればかりではない。新尾道で借りたレンタカーでこれから眺める景色を、趣を変えて楽しみます。◎桑原縛逐のHPはこちらジジ放談コーナー2025.11.14動画はこちら記事はこちらへ2025.09.19動画はこちら記事はこちらへ2025.07.
高市政権に対する狂歌三部作が、スレッドで閲覧回数千回を超えました。