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「大阪も、まあまあ寒くね?」トレードマークの唇を尖らせて窓を見てる翔君は、札幌でおろしたと言っていたダウンを片手に持っていた。寒いと言っても前の札幌に比べたらそこまでとは思わないんだけど。ってか、むしろこの時期にしたら気温は高い方なんだけど。ドームの楽屋で「寒い、寒い」を連呼する彼の声を不思議に思いつつも、テーブルに座って黙って聞いていた。メンバーやマネージャーはそれぞれ何処かに行っており、残ってるのは俺たち二人だけ。ってか、最近は気を利かせてるのかなんなのか、ライブ前のこの時間帯
元々寒いのは苦手だ。スキーは好きだし、寒い中食べる鍋も大好物。だから季節としての冬は大歓迎だが、それとこれとは別で。番組で『エルサ櫻井』なんて言われているが、身も心も凍る位の冬なら汗をかきまくる夏の方がまだマシなのだ。だけど。『しゃらしゃらぽん』ライブ終わりに、相葉君に魔法をかけられたよう気持ちになり。で、なんとなく飛ぶ気になったのだ。言ったら絶対反対する。すうすうと眠りの世界にいる潤を横目に窓から飛び出した。が、数十秒後、すぐに後悔する事になる。とにかく寒いのだ。「うう
「…さみぃな」「札幌は厳しいんじゃない?超寒いよ」11月でこの気温。景色を見てるだけで寒くなる。「昨日、飛べばよかったなあ…」後悔先に立たず。連日仕事三昧で、いつも以上にタイトなスケジュール。しかもアジア記者会見プライベートジェット一泊三日の旅で、肉体もだが精神的にも疲弊していた。しかも、しかもだ。メンバーが色々あってからの、ライブ初日は若干不安で。とにかく成功することしか頭になかったから、ライブ前に空を飛ぶなんて気には全くなれなかったのだ。「まだ時間があるよ。もうすこ
「あーあ…台風か…」窓の外とテレビの天気予報とスマホでリアルタイムな情報を見比べながら翔君が呟いた。どんだけ調べんだよ。どれだけ見ても天気は変わんねえのに。自宅で夕飯終え、二人でゆったりタイムを過ごしていた。かなりの悪天候。雨雲を抜けてしまえば大丈夫、って訳にはいかないほど最大級のハリケーンだ。羽を広げたり閉じたりしてた翔君は、さすがに諦めたのかスマホを放り投げ、グデっとソファに寝転ぶ。連日のハードスケジュールで若干疲れてたのか、彼はすぐに寝息をたて始めた。仰向けで寝たせいか、
仕事が忙しくなってきた。付き合いの幅も広がり、時間がいくらあっても足りない。だけど飛びたい。20代の頃は暗い空しか飛べなかったから、余計に舞いたいと思ってた。潤は36歳にならないと羽が戻らない。『お前も飛べるようになるから』と口に出来ないもどかしさ。幼い自分が侵した罪の重さに潰れそうな時期でもあった。「また行くの?最近、寝不足なんじゃない?」から、「行ってきていいよ」に潤が変化したのは30代になってからだ。本心じゃない事はわかるから、だから躊躇してしまう。見送る時の寂しそうな表
ヒントを与えてあげる。今のおまえは本当の姿じゃない。待ってるから、だから早く魔法を解いて俺のところへ戻っておいで。スケジュールを調べ、ため息が出たのはまだ寒い頃だった。なんと今年の8月30日、つまりあいつの誕生日はライブの日だったからだ。ツアーの途中とは言え前のステージからはかなり日が経ってたため、彼は朝から…いいや、だいぶ前から忙しくなるなるだろう。36歳の誕生日が近くなってるのに、なんの兆しも異変もないあいつに若干焦っていた。…本当に羽は生えてくるのかな?あの日から先輩として
ちょっとだけ引きずる足で小走りになる翔君を後ろからハラハラしながら見ていたが、心配すると機嫌を損なうので何も言えなかった。「…やっぱりいないね」ロビーにいた人達の中を見渡しても2人の姿はない。「でも俺なら…作品を見て感動したり、感銘を受けたとしたら、この場所をすぐに離れる事はしない。離れがたくなるって言うかさ。あ、そだ!閉館の時間だからここに居づらくなったのかも」翔君の言う通り、館内は人がまばらになってきている。「外出てちょっと歩いたら、休めるようなベンチがあった気がする」「じゃあ、
別に闇雲に心配してるわけじゃない。誰から近づかれるのが嫌だと思ってるわけでもない。ただ、あいつはダメだ。何故なら俺は翔君に似た彼に、ほんの一瞬だけ心を奪われたからだ。「あっ、ここだ」小さく、だけどはっきり呟く男性。その男性が見てるのは、REDASTERがある場所だ。レプリカだとしても、見せたいようで見せたくないあの作品は、光の壁に阻まれて『見たい』と強く願った人だけ導かれるようなシステムにしている。そうか。またひとり、あの場所を見つけてくれたんだな。いつもなら絶対思わ
「…向こうから話しかけられたの?」「いや。俺から話しかけた」ふーっと息を吐いた潤は、背中に刺さる自分に似た彼からの視線を気にしてるようだった。潤によく似た彼は、相変わらず惚けた表情で俺たちを見ている。もしかして驚かせ過ぎたかな?逆だったら俺も同じようになるだろうし。なんか申し訳なかったかも、と少しだけ後悔した。ありがたいことに九州でも個展は大盛況で、入場制限をしてるにも関わらず、多くの客がフロアーを行き交っている。人の波に流れてしまい、彼の姿が見えなくなってしまった。と、同時に
最初は少し…いや、かなり驚いた。だって似てると言うより、そのまんま。作品を眺めてる彼は帽子も被ってるし、眼鏡もかけている。だが、あの手の顔の作りはそれだけじゃ隠せない。俺は純も同じことが言えるのだが。背格好などのスタイルも潤そのまま。だが、彼の方が違う意味で少し派手なのかもしれないな。1人で見にきたのかな。潤曰く、俺に似た『相方』は彼の側には居ない。なんとなくソワソワしてるようにも見えるから、はぐれて探してる最中なのかもしれない。……どうしようかな?話しかけてみようかな。
ああ、やはりよく似ている。彼に似た彼は俺が造った作品を見ていて、俺は少し離れた場所からその横顔を眺めていて。好きな人に似てる彼はもはや他人とは思えず、なんとも不思議な気がした。「翔君、ほら…あの人。海辺の絵を眺めてるのが…ってアレ?」すぐ隣いるのは愛する彼。ではなく、マネージャーのニノだった。少し薄笑いしてる顔が、なんともムカつく。「翔さんなら、さっきどっか行きましたよ」なんだよ!さっきまで横にいたのに。少し目を離すとチョロチョロと動き回るんだから。「んな事、俺に言われ
「バレたくないんでしょ?早く早く!!」車から降りて、ニノに急かされつつ車を降り建物の中に入った。俺がここから入ったとして、作者ってわかるだろうか?裏口だから関係者なのは間違い無いし、確かにリスクはあるかもしれない。作家同士の付き合いもあるし、俺自身の身元が全くバレてないわけじゃ無い。公式に写真等を載せたく無い。マスコミは芸能人や有名人はもちろん作家だって公人になった途端、書き立てることがあると聞いた。翔君に迷惑をかけたく無い。ただそれだけなのだ。関係者専用の駐車場だし、平日のし
今日ここに訪れた事に特に意味はない。単に偶然近くを通ったからだ。懇意にしてる陶芸家さんに会いに行った帰りに、なんとなく思いついた。車を運転してるニノに「ちょっと寄ってみようよ」と横から声をかけると、「…気になります?レプリカでも」との返事。レプリカでもREDASTERから生み出されたものに間違いはない。そしてレプリカはこれしか存在しないのだから、もちろん大切だ。だけど行こうと言った理由はそれだけじゃなく、彼からが今日あたり来るんじゃないかって予感がふとしたんだ。「寄ったら遅くなる
あれはもしかしたら、彼ではないだろうか?ベンチに座ってる丸い背中は、翔くんにそっくりで、しばらく見惚れてしまった.今回の個展もありがたい事にい大成功だ。全国を何箇所か回った後、途中経過を観察にやってきた関東郊外の会場は、周りに何もなくとても物静かな場所。だけどそれでも連日大盛況だと聞いた。「だって個展自体がかなり久々ですもんね」「だからよかったじゃん」「まあ、マネージメントしてる身としては嬉しいですが、今回の個展を機にその濃い顔を出してもらえるともっと…」「それはダメ。何度も言っ
いよいよ、来週から開催になった。一つだけ心残りがあるとすれば、2人をモデルにした作品だ。結局、個展には間に合わなかった。と、言うより途中からから早々に諦めたのだけど。迷って迷って夜通し篭ってた時。ここ数年は規則正しい生活をしてたのに、ここ最近の連日の徹夜を心配した翔君がアトリエに覗きに来たんだ。「…それ抜きでも良いんじゃない?もしくは出来次第追加って形でも」「でも…なんて言うか、個展て目玉的なものが必要でしょ?これにしようと思ってたんだけど」「…あれは?出さないの?」「あれって
それからは、一気に動き出した。マネージメントをしているニノが即行動したことも要因のひとつではあるが、翔君も動き出すのが早かったのだ。嬉しい事に彼は元々俺の作品のことを色々と考えていたようで、アイデアを溜めていたのだと言ってくれた。「俺は潤の作品がいつでも直に見れるだろ?完成も工程も。その度に感じたことやこうしたらいいんじゃないかって事、データに書き込んでたんだ」「そうなんだ…ありがとう」「いや、お礼を言われるほどでは…ただ思うのは俺でいいのかなーって。他にもたくさんいるんだよ。なのに俺
彼らの夢を見るんだ。それも、何度も。彼らが俺の作品を見に来て。そして何かひとつでも、ほんの少しでも胸に打たれるようなものに出会えば、彼らの中で何かの意識が変わるのではないか?少しギクシャクした関係性が、円滑になるのではないだろうか?恋愛は異性同士でももちろんだが、同性同士の場合はそれ以上に悩みや衝動が多いもの。世間では少しは寛容になってるが、まだまだ差別意識のある人の方が多いからだ。きっと彼らも何かで悩んでるんじゃない?そんな彼らの潤滑剤に少しでもなれたら、こんな嬉しいことはない
『松本さん、翔さんと仕事したいようですよ』ニノから珍しく電話あり、そう言われた。「仕事って?」『仕事は仕事ですよ』呆れたように言われ「それはわかってるけど…」『松本さん今度、大規模な個展を行う計画があるんです。全国を回ってその後は海外!なんですけどね。そこの演出です』正直、ニノから聞かされるのは意外だった。ニノは潤の委託先のマネージャーのようなものだ。販売はもちろん個展や本の出版など、作品に関することを全てニノが所属している会社に委託している。漫画家で言うと出版社先の担当のような
仕事はすこぶる順調。ってより、予想外にかなり忙しくなっていた。あるようでなかなかない専門職だからかもしれない。周りからは『いい仕事してからまた頼みたくなるんだよ』と言われることもあるが、まだまだ経験も浅いし、鵜呑みにしてはしてない。もちろん嬉しいが、それでも三割程度にしか聞いてなかった。が、しかし。忙しいのは間違いない。それは会社の一齣として働いていた頃より格段に違う。責任も大きいが、それ以上のやりがいにも繋がっていた。「…はい。承りました。日時は後日調整しましょう。え?いや今
『そろそろ個展をしませんか?』ニノからの提案だ。何度も言われ、その度に断っていた。まだその時じゃない。だってまだあの作品は完成していない。それとあともう一つ重要なことがある。次の個展は翔君と2人で創り上げたいんだ。これは前々から考えていた事だけど、翔君にこの件の事は実は伝えてはない。何故なら、彼は忙しすぎるから。翔君の仕事は至って順調そのものだ。前々から準備はしてたものの、異業種へ飛び込んだ翔君。最初は手伝いと勉強を兼ねて、あちこちの場所に飛び回っていた。もちろん俺も時間
その立場にならないと、その人の気持ちって分からないこともある。車はボコボコになったけど、至って元気。そりゃ少しは身体は痛いけど…翔君から、あそこまで心配されるとは思わなかった。元々健康に気をつけてたし、薬箱持ち歩いてんの?って言われるほどあらゆる薬を常備している。ここ最近は調子が悪ければ周りに言われる前に病院へ行っていた。だから、翔くんからあそこまで心配されることはなかったのだ。心配され過ぎも疲れるもんだな。今まで良かれと思って声をかけたりしてたけど、ほどほどにしないとと反省した
いたたたっ…朝、目が覚めて開口一番に聞こえた言葉だ。事故の後ってなんか怖い。夜中に何度か目が覚め、その度に呼吸があることを確かめたりしていた。大丈夫?と聞けば、大丈夫と返事をされる。病院へ行こうと言うと、それも大丈夫と拒否される。「…事故は後で身体が痛むことがあるんだって。無意義に身体を庇って身構えちゃうから、どうしてもそうなるんだよ」「まあ、我慢できないほどでもないし」ストレッチで身体を解そうとしてるが、打ち身だとしたらそれで治るわけもない。「我慢せずに病院行ったほうがいいっ
俺達に似てる人を見つけた。歩道を歩いてる2人の顔をもっとよく見たくて、運転が疎かになってしまった。「…前も言ったような気がするけどさ。この世に似てる人は3人いるらしいよ。別にいてもおかしくないんじゃない?」「そんなんじゃなくて、本当にそっくりで。そんなに似た人が存在してるんだよ。俺見たもん。俺と同じ顔。向こうの方がちょっと派手だったけど」「その言い方。もしかしてさ、夢?白昼夢じゃないの?」「違うとは言い切れないけど、でも信じたい」「どうしてそこまでこだわるかな?」「創れそうな気がす
どうして?どうしてボーッとしてたの?ちょっと不思議なの見ちゃってさ。不思議なもの?つまりよそ見してたって事?…うん。ちょっとだけね。あるものに気を取られよそ見してしまった。だから仔犬が出てきたことに気づくのが遅れた。もちろん、突然飛び出した側の仔犬の飼い主にも落ち度はあるだろうけど。しかし、珍しい事もあるもんだ。俺が言うのもなんだけど、俺が事故に遭ってから潤の運転はかなり慎重になっていた。そこまでゆっくりする必要があるのか?って思うことがある位の安全運転の時もある。それなの
立ってる姿はいつもと変わらない潤。大きな怪我はないようで少しだけ安心した。ニノから車の衝突事故と聞いて焦ったけど、そうでもなかったのかな。「ごめんね。仕事中に」「怪我はない?大丈夫?」「うん。大丈夫だよ」「あ…う、うん。まあ、そうだよね。だってここ…」潤黒いパンツに纏わりついてる子犬。待合室を見渡すと、飼い主と一緒に大人しく座ってる大型犬や、ゲージに入れられ退屈なのかみゃーみゃー鳴いてる猫。そう、ここは。「ここ、動物病院?だよね?」「うん。そうだよ。えっ!知らないで来たの?
歩き慣れた砂浜だけど、たまにやけに柔らかい砂地に足を取られてよろけながら、ザクザクと前へ進む。時折吹き抜ける潮風は生ぬるくて、汗が止まらない。前を歩く自分の後ろから少し離れて歩く幼馴染は、時折傾く自分の体に、大丈夫かと、声をかけてくる。チラッと盗み見た幼馴染は、暑さに対してか、歩きにくい砂浜に対してか、眉を潜めてる。何を言うか、お前は二人分の荷を担いでいるのに、これくらいでへばったりしない。前を向き直し、右手をヒラヒラと燻らせ、心配ご無用だと合図してひたすら砂浜を歩き続けた。「……はぁ、…っ」
エンジンをかけたものの、当てもない。考えても考えても行き先が浮かばない。とにかく出てみればどうにかなるかと、アクセルを踏んだ。あっ、と思った時には間に合わなかった。慌ててハンドルを切ったのだが、ガリガリと嫌な音がした。外に出てみると、助手席側ががっつり擦れていた。「あーあ…」久々の物損事故に肩を落としていると、後ろから小さな声で「すみません…」と謝られた。◆潤が事故にあったと連絡があった。しかも自動車事故。ニノから連絡をもらってから何度も潤へ電話した。だが全く繋がらない。
彼がそこまで思ってるとは、予想もしなかった。ある程度はウザがられてるかもしれないとは思いつつ、でも分かってくれてるだろうと考えてたんだ。『本人はもう治ったと思ってるよ。それに松潤が思うほど翔ちゃんは弱くない。大丈夫だよ』そう相葉君から忠告された。電話を切った後も、その言葉を反芻しながら携帯をボーッと眺めていた。それでも。どうしても心配なんだ。本人は気付いてないかもしれないが、見てて僅かに腕に足に違和感がある。それが命取りにならないと、誰が断言できるの?白い病室の中で横たわっ
だって仕方ないじゃないか。心配で心配でしかないんだから。翔君は過保護過ぎだと思ってるみたいだけど、どうしても心配なんだよ。今朝、出かける時に少しだけふらついた。支えようと伸ばした手は、振り払われたんだ。バツが悪そうにすぐに「ごめん」と言われたけど、だけどあの表情は納得はしてないと思う。本人には伝えてないが、決めたことがある。翔君に関しては絶対に後悔しないってことだ。俺が空港まで迎えにいかなかったあの日に、彼はひどい事故にあった。身体のこともだけど、一時的に俺と過ごした記憶をなく
通い慣れたビルを後にして、少し離れた場所で振り返りしばらく眺めた。「…改めて見ると、大きなビルだなぁ」勤務してる時はあたり前で、特に感じたことはなかった。上場企業で、名の知れた会社。その会社の極一部の部署とはいえ、今だに仕事で関係があるなんて我ながら不思議で仕方ない。ビルから出て早足でタクシーに乗り込み、次の案件に向かうであろうサラリーマン。黒いスーツに黒い鞄を片手に大きなドアを括る女性。ここはいわゆるオフィス街で、行き交う人たちの大部分がこの辺りのどこかの会社に勤めているはずだ。