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黒川神社⛩️鳥居⛩️社号標社号額石碑群鳥居とともに建つ石碑群参道左手にあるのが社務所で、書置きの御朱印がありました🙏連絡すれば、直書きしていただけるようですが、今回はお留守のようでした📱手水舎🚰拝殿黒川神社の起源は、多賀城主大野東人の臣大野三郎左衛門兼則7代の孫黒川郡三ヶ内城主報恩寺可則が仁和年間(885~889)智証大師作の薬師像を母の供養のため霊験あらたかな当所に奉斎するに始まると伝えられている⛩️この薬師像は、源義家が東征に際し尊崇するとこ
昨夜は、湯沢の夜の街を徘徊しましたが、興味を引く店もなく、ホテルに帰って「コンビニ弁当」で夕食を済ませました。政治家の「菅さん」は確か、ここ湯沢の出身で「集団就職組」だった事を思いだしました。「下湯沢駅」に戻り、昨日の終了地点から、国道を歩き始めるとすぐ右手に「武人の藁人形」である「鹿島様」が立っていました。大きな藁人形です。村の入口に立てて、邪悪な霊や疫病の侵入を防ぐ「道祖神やお地蔵さま」の様なもので、この「地方独特」のものです。その先の「跨線橋」を渡り、すぐ右にある「屋
去年の今頃は、千葉鴨川で美味しい金目やサザエを食べました。今年はどうするか?かみさんと話していて、「茨城県にいながら”あんこう鍋”を食べたことがない」ということで、企画決定。店をネットで探すと大洗とかに結構あるけど混んでそう、どうせ行くならもっと本場と思われる北へということで、北茨城市大津港の「漁港直営市場食堂」へ行くことに決定。折角北茨城までいくので他に何見ようかということでこれもネットで調べて、「花園神社」「六角堂」「風船爆弾放流地跡」で、帰りに少し南下した鵜の岬にある「鵜来来の湯(う
大國魂神社新西参道主に車清祓所に駐車場と車での参拝用のよう境内社住吉神社・大鷲神社の脇から大國魂神社拝殿前に夕方近くでも参拝者が並ぶ大國魂神社については『ケヤキ並木、突き当りは・・・』大國魂神社の参道でもあるケヤキ並木を南へ旧甲州街道と交わる突き当りいよいよ大國魂神社の敷地へ大國魂神社の社号標そして、高さ10mの大鳥居だ鳥居脇に、稲…ameblo.jp『大國魂神社へ』髄神門の前にやってきました学生だった30年前は、月に数回府中本町駅と府中駅乗換で門前を通り抜
日高神社創建は810年で第52代嵯峨天皇の勅命により現奥州市水沢区に勧請した事が始まりです。本殿は国指定の重要文化財となっています。境内には、源義家が土に刺した箸が木になったという伝説のある2本の杉の巨木があります。樹齢550年以上の2本の杉は姥杉と呼ばれ、奥州市の天然記念物に指定されています。
おはようございます帰省4日目2/6(木)福島県から宮城県へ向かう途中常磐線勿来駅にておむすびタイムさんさん(兄)が体調不良の為私🍆が代行でおむすびを握ったけどうまく出来たのか不安材料が良いから美味しくて一安心食後は八幡太郎義家様の銅像を見学顎が上がっているの(山桜を仰いでいるのを表現)と、矢が12本6筋なのが気に食わない移動中の完全武装ではない姿だから、当たり前か和歌にちなんで山桜と共に駅前ロータリーに鎮座なさってます後三年の役の論功行賞を私財で行ったのを労ってもらった人達は覚えていて
今日も朝から晴れの1日となった。朝は冷えたが日中は比較的暖かい日に…しばらくは安定した天気が続くみたいだな。これは去年の8月15日の話だが電車に乗って早稲田へ…※早稲田は23区の新宿区にある街。こちらは穴八幡宮。この鳥居は明神鳥居といい、銅板の屋根がついている⛩️穴八幡宮の創建は1062年で源義家が当地に八幡神を祀ったのが始まりで当初は高田八幡宮と呼ばれていたが1641年に当社の境内の横穴から神像が見つかったことから穴八幡宮と呼ばれるようになった。源義家(1039-1106)は平安
こんにちは。八幡神社は全国に40000以上あって、もとは九州の宇佐八幡宮から広まり、海神を八幡(やわた)の神と呼ぶようになり、特に鎌倉時代に八幡信仰が広まったようです。武勇の源義家は「八幡太郎」の通称を用いたとか。JR東日本の蓮田駅西口から八幡神社前行きのバスが出ています。緑のヘルシーロードを使って自転車で行ってみました。わが家から15分位です。静かな神社です。日頃は無人っぽいですが、行事はあるようです。
平塚神社(ひらつかじんじゃ)は、都内北区上中里に鎮座する神社です。御由緒は、創建は平安後期元永年中と云います。八幡太郎源義家が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。近義は拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き自分の城の鎮守と云います。塚は甲冑塚とよばれ、高さがないために平塚ともよばれました。さらに近義は社殿を建てて義家・義綱・義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀り一族の繁栄を願ったとされています。詳細ページコチラ
金沢柵は秋田県横手市に有り、後三年の役で前九年の役で活躍した清原氏が源氏の源義家に滅ぼされて最後の戦場所と云われています。部分部分で当時の残りと思われますが現在は神社の境内になっています。なおアルバムや映像等は【金沢柵跡(後三年の役)秋田県横手市】を参照願います。大崎バックグランドメニュー歴史家庭菜園大崎検定
「源」姓を持つ、天皇の子孫は、その祖となる「天皇別」に21流「数百家」もありました。その中で、最も有名なのが「清和天皇」の孫(子?)とされる「源経基」を始祖とする「清和源氏」です。新年に当たり、源経基から始まる源氏の、足跡を訪ねてみました。(一部2021年訪問)最初が「六孫王神社」(京都市)です。「源経基」の息子、「源満仲」が、「源経基の邸宅跡」に墓所を造ったのを起源とし、鎌倉期に「源実朝」の妻「坊門信子」が「大通寺」を建立しましたが、その後に衰退、江戸期になって徳川氏が再建、
おはようございますお姉ちゃんお誕生日おめでとう元気でいてくれることに感謝ですお参りドライブに行こうね昨日1/1(水)はウォーキングを兼ねて初詣へ32.485歩23.9km稼げましたお参りで応援したいので多田神社へ我らが源氏って勝手に思い込んでいるの祖廟がある場所です4、5回目のお参りですが初めて本殿奥の満仲さまと頼光さまのご廟にお参りできました特に鬼門を守っている杉さま木の方ですに固い守りをお願いしてきました本殿では20分程行列してからお参りいつものように遥拝ではなく、ちゃんと並んで
明けましておめでとうございます昨晩の紅白はいったいドッチが勝ったのか見届けられないままポン酒で熟睡してしまいました今朝は早めに起きて食べ過ぎ呑み過ぎを解消すべく片道約1時間歩いて仙台市で一番古い多賀神社へ初めて参詣しました西暦111年に創建されたなんて…1914年前…多賀神社(宮城県名取郡)-Wikipediaja.wikipedia.orgお賽銭箱の所にタガも奉納されていました健康第一、お詣り出来たことに感謝です新
大河ドラマ「光る君へ」のラストシーン。伊藤健太郎さん演じる「双寿丸」という武者と、その従者たちが、馬に乗り、旅をしている主人公「まひろ」と遭遇する。そして、双寿丸は、まひろに「東国で戦が始まった。自分は、朝廷軍として、東国に行く」と告げて、その場を去って行く。まひろは、それを見送りながら「嵐が来るわ」とつぶやき、ドラマは、終わりを迎えた。まるで、あの映画「ターミネーター」を思わせるラストシーン。公家による支配が終わり、武家が世の中を支配する戦乱の世が近づいていることを思わせる演出で
蝦夷の長である安倍頼時が死に、その息子安倍貞任が死に、康平5年(1062年)安倍氏は滅んだ。前九年の役は終わった。その次の戦乱が、後三年の役である。後三年の役、経緯。(前九年の役の後から)。康平5年(1062年)、前九年の役において藤原経清が処刑された。藤原経清の妻(安倍頼時の娘、奥州藤原氏初代藤原清衡の母)は、夫の敵である清原武貞に再嫁した。(古今東西このパターンは世が乱れる。源義経しかり)。藤原清衡は天喜4年(1056年)生まれのため、この年7才。・藤原清衡母の再嫁により、清原姓を名
岩手県漫遊2日目。水沢から向かったのは以前から気になっていた歴史テーマパーク。<旅の行程>1日目:平泉→前沢→水沢2日目:水沢→江刺→金ケ崎→台温泉3日目:遠野4日目:遠野→花巻水沢からバスで20分程の江刺バスセンターに向かい、そこからタクシーで5分。アクセスが難…開園間もない9:30に到着です。◆歴史公園えさし藤原の郷◆*入場料金¥1,000奥州藤原氏の祖先・藤原清経と奥州藤原氏初代・藤原清衡が館を構えた豊田館跡に、平成5年(1993)に開園
国道15号(第一京浜)に面した六郷神社西鳥居から奥へといざなう西参道神楽殿そして多数の境内社明治7年(1874年)架橋されたの六郷橋親柱や忠魂碑や氷川神社・天祖神社・三柱神社の合祀殿と稲荷神社が六郷神社社殿前狛犬さん六郷神社は、大田区東六郷にある神社創建は、源頼義・義家の父子が、天喜5年(1057年)この地の大杉に源氏の白幡をかかげて軍勢をつのり、石清水八幡に武運長久を祈ったところ士気大いにふるい、前九年の役に勝利をおさめたのでその分霊を勧請したのが、
20年来の後輩は新規オープンにて訪問。五回目MenestradeVerduraVerduraalaplancha焼き野菜が素晴らしいCorderoalaplanchaconmiel羊の蜂蜜ソース思わずにんまりなお味です。これはメニューにないのを前回に続いて。実力は折り紙付き、お客様つくまで軌道に乗るまで何度でも行くよー。乗っても来るよ。いつもありがとう。源義家公にもお願いしときました。
所在地〒259-0201神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴(荒井城址公園)特徴後三年の役で源義家の配下にあった荒井氏の城とされ、現在は公園となっている。階段状の地形は確認できるが、どこが主郭なのか判然としない。感想恐らく丘陵地全体が城域だったのだろう。
昨日、宇佐神宮を参拝してきました。宇佐神宮は、歴史の中で源氏も平氏も関わってきた神社です。能楽堂の近くには源義家に関する記述があり、義家は八幡太郎義家と名乗った武将として知られているとありました。義家は、鎌倉幕府を開いた源頼朝、室町幕府を開いた足利尊氏などの祖先にあたるそう。八幡神を氏神と尊崇し、ご神徳を頂いた清和源氏は、八幡さまを全国各地へ勧請していったという記述がありました。清和天皇は外祖父藤原義房を摂政とし、母は藤原明子。宇佐神宮は平家が都落ちし安徳天皇とと
平塚神社と七社神社旧古河庭園を出て、本郷通りを北西に向かって歩いて行くと、平塚神社があります。この神社の創建は平安時代末期といわれ、ご祭神は八幡太郎・源義家とその兄弟です。さらにその先に、七社神社があります。創建はかなり古いそうですが、火災で焼失して詳しいことはわかりません。イザナギノミコトをはじめ7人の神様をご祭神として祀っています。渋沢栄一もこの神社の氏子だったそうです。(撮影:2024.10.7)
栃木県矢板市幸岡字剣下「剣神社」にやって来ました!「剱神社」とも書くみたい…草茫々の藪の中…石段は苔生しています。放ったらかしですが、前九年の役で源頼義と源義家父子が太刀を奉納したという由緒ある神社。考えてみれば、草に埋もれているほうが自然や神様と一体になってて神社としては良いのかもしれませんね。
10月23日の歴史源義家が武士としては初めて昇殿を許可される源義家(八幡太郎義家)後三年の役から10年後正四位下に昇進し10月23日には院昇殿を許された武士として初この10年間色々とあったみたいですがこの昇殿は結果は後三年合戦(内紛)をおさめたからやねんけど10年は長いですね義家60歳になってしまってます院昇殿を許されましたが役職=前陸奥守ままで昇進することはなかったそうです奥州での戦い義家の孫の孫である義経は奥州に援助されてる頼朝は欧州を攻め
前九年の役より20年後の1083年、再び奥六郡で後三年の役が勃発する。はじまりは前九年の役によって奥六郡を支配することになり、出羽と陸奥の二ヶ国に跨がる広大な地域を支配した清原氏の内紛からだ。この時代は、前回の前九年で活躍した源頼義や清原武則の子の時代となっており、河内源氏の惣領も頼義の子たる源義家に、清原氏も清原武則から武貞、次いで真衡へと世代交代している。↑源義家像(東京都府中)↑源義家像説明さて、清原氏の内紛・御家騒動について説明しておこう。前九年の役で活躍した清原武則には、
永承6年(1051)から康平5年(1062)にかけて、陸奥むつの豪族安倍頼良(頼時)とその子貞任・宗任らが起こした反乱を、朝廷が源頼義・義家を派遣して平定させた戦役。後三年の役とともに源氏が東国に勢力を築くきっかけとなった。↑源義家画【前九年の役概略】「前九年の役」とは、1051年から1062年にかけて起こった奥州での戦争のことを指す。ことの発端は、陸奥六郡に根を張っていた豪族安倍氏が、税を朝廷に納めることをせず、かつ衣川柵の境界線を越えて南進に兵を進めてその勢力範囲の拡大を試みたことに
今回から何回かに分けて、日本中世を代表する武家の一つである佐竹氏の誕生前後(~治承・文治の内乱〔源平合戦〕の頃まで)のお話しをしようと思います。第1回目の今回は佐竹氏のおおもとである新羅三郎こと源義光の話(前半)です。【佐竹氏vol.1】佐竹氏以前(前)|およまる今回から数回にわたって、佐竹氏が誕生した頃から治承・文治の内乱が始まった頃までのお話しをしていきたいと思います。佐竹氏の氏祖は佐竹昌義という11世紀末~12世紀に活動した人物であるというのが定説となっていますが
※こちらの記事は、平成29年1月24日に書かれたものです。皆さんこんばんは。今回は東京都新宿区早稲田(とうきょうと・しんじゅくく・わせだ)にある「穴八幡宮(あなはちまんぐう)」というお社に行った話です。【神社シリーズのこれまでの記事】・明治神宮まだまだ新春なので、初詣に行ったのかと思いきや、去年の八月に行ったときの話です。八幡様関連の記事を読みたい方は、下記リンクをタップしてください:鶴岡八幡宮を味わう(3)―源平池とゆかりの人物同関連記事:鶴岡八幡宮を味わう(2)―大銀杏と本
勿来関(なこそのせき)に久々に訪問源義家(自分的にキングof源と思ってます)ここが東北の玄関口の一つです
おはよ〜(*´∀`*)ノ"♡昨夜から機嫌悪いです。昨夜グランパス逆転負けです。前半2-0リード→後半早々内田一発レッド退場→3点取られて負け。ありえんでしょ。本職2人をベンチに置いてなぜ内田を使う?内田はこの間も一発レッド食らってるのに、またやらかしたわ。ハセケン、もう交代させやなミッチの花道飾れん・・・。静岡県浜松市にある、源義家公ゆかり「浜松八幡宮」の御朱印です。直書きの立派な御朱印、ありがとうございます。これにて浜松ネタ終了です。では、(*^-^*)ノ~~マタネー
おはよ〜(*´∀`*)ノ"♡静岡県浜松市にある、源義家公ゆかり「浜松八幡宮」に行ってきました。手水舎本殿浜松稲荷社雲立のクス。かなり大きなクスノキです。住宅街の中にありますが、静かにお参り出来る神社です。では、(*^-^*)ノ~~マタネー