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※少々センシティブな内容があります※個人的な嗜好も多少記載あり御注意※苦手な方は読まずに閉じてくださいお酒を飲む日だったので、酔いながらスキンシップをはかっていたら、パートナーから「昔は爆盛だった」との発言がそれを聞いて瞬時に思い浮かべたのは「平爆盛(たいらのばくもり)」…ひとり悶絶してしまった!じゃあ源氏側はどうなるかとしばし試案「胸元寄朝(むなもとのよせとも」…よせやい!てか源ですらないやん!何たる源平合戦か〜〜さておき、ここから伏線回収〜〜自分は特に好みがどちらとか
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。平敦盛(AI作成)はい(´Д`)。本日は『平家物語』でよく知られている平敦盛の系図を見ていきたいと思います。画像はChatGPTに作ってもらったぶたさん版平敦盛です。平敦盛は平家の若武者で、従五位下に叙されていましたが、任官までは至らなかったため、無官大夫と呼ばれていました。「青葉の笛」で知られ、一ノ谷合戦での熊谷直実との一騎打ち
春を振り返る記事は、観桜の最後を飾る倶利伽羅不動寺の八重桜。倶利伽羅と言えば・・・ご存じでしょうか。富山-石川の県境にあって源平合戦(源氏は木曽義仲)の古戦場でもある地。以前から桜シーズンの終盤に家族のリクエストに応えて訪れています。FUJIFILMX-Pro3+VoigtlanderMACROAPO-ULTRON35mmF2<photoApr/2025>
目の不調、耳の不調がある方ご連絡くださいませ💦現在、こちらのグループは平安時代壇ノ浦の源平合戦の時代の浄化を担当しております、、(汗その関係で、目や耳に不調がある方は過去世、もしくはご先祖様のカルマが源平合戦の時代に引っかかっている可能性がとても高いですカルマを解除していくにあたりおこなっていくことがあるためLINEやLINE公式からで大丈夫なのでメッセージをいただければと思います^人^こちらのブログを読まれ早速ご連絡をいただいている方が何名がいらっしゃいます今回
7月21日火曜日有給使う義兄宅に泊まっていたKちゃんをTちゃんが迎えに行き、Tちゃん宅で娘や孫と会いランチして我が家へ13時半に迎えに来てくれてドライブ🛣️今日は門司方面へ向かいます🚙門司といえば「コンビニ兄弟テンダネス門司港店」の舞台🏙️あっちもこっちも、ドラマで見た風景老松公園で柄本明さんがガイドしてたね海沿いの船を止めるやつに足乗せて次彦がカッコつけてたね🧔ここも見た!和布刈(めかり)公園平日なので人が少なく風が気持ちいい関門橋もキレイに見えますKyus
2333)平家にあらずんば人にあらず◇平安末期に栄華を極めた平家の権勢の絶頂期を象徴する言葉。平清盛の義弟である平時忠が放言したとされており、「平家の者でなければ人間ではない」という意味で一門の傲慢さを表している。◇平家一門は栄華を極めたが、その後、源平合戦(治承・寿永の乱)によって急速に没落した。そのため、この言葉は「奢れる平家は久しからず」という言葉と結びつき、権力や富を誇り高ぶる者への戒めや、栄枯盛衰を象徴する歴史的な暴言となった。いい気になってはいけない。ーーーーーーーーーー
咲寿太夫オフィシャルサイトclub.cotobukiHOMEBUNRAKUKASHIRAGALLERY手ぬぐい咲寿太夫手ぬぐい「BUNRAKUKASHIRAGALLERY」|club.cotobuki[人形浄瑠璃文楽太夫竹本咲寿太夫オフィシャルホームページ]www.clubcotobuki.com1,500円商品を見る時系列順外題尽くし紀元前天竺・九尾の狐が華陽夫人に化けて天竺を支配しようとするが失敗殷・九尾の狐が妲己に化けて中国を支配しようとす
2024年2月24日。前回来た時に源義円の墓所と思っていた場所は義円公園でした。そんなわけで改めて墓所で手を合わせに来ましたよ。源義円の墓所〜ダークサイド大垣義円の墓は畑のど真ん中にありました。大垣市の軍門に降った墨俣町。その墨俣の上に大垣市のステッカーを貼られるとは本当に屈辱でしょう。そしてこちらが源義円のお墓。ワンカップが置いてあるのが大垣市の軍門に降った証ですね。気になったのが、こちらの赤い実。おそらくはマムシグサの実だと思うの
『戦をせんとや生まれけむ源平英傑抄』祥伝社文庫2026/7/9発売ISBN9784396352004本体:840円+税装画・佳嶋装幀・芦澤泰偉巻末に、流刑時の頼朝と僧文覚の邂逅を描く短編「なにもせぬ」を収録公式情報s-book.netLibraryServicewww.sun.s-book.net序章&第一章と文庫版あとがきの試し読みができます【作品冒頭&文庫版あとがき公開】若木未生の文庫化新刊『戦をせんとや生まれけむ源平英傑抄』|祥
赤間神宮と安徳天皇陵安徳天皇陵阿彌陀寺陵(あみだじのみささぎ)第81代安德天皇(あんとく)所在地:山口県下関市阿弥陀寺町以前2023年04月29日の投稿で、山口県豊田町にある西市御陵墓を紹介しました。西市御陵墓へ・・クリック安徳天皇の候補地の陵墓は、複数ありますがここ阿彌陀寺陵が、一応宮内庁では正式?陵墓と言われています。ただ、残念なのが陵墓としては、閉ざされた正面の門しか見れません。ゆえに、赤間神宮がメインの紹介になりました。ご存知の通り
中洲流(表)決戦一ノ谷(見送り)海幸山幸譚今年(2026年)も博多駅から天神までを歩き、10本の飾り山笠を訪ねて来た。絢爛豪華な人形を眺めていると、博多人形師の技と心意気が感じられる。今年の一番山笠は「中洲流」。中洲中央通りに飾られた「飾り山笠」の「表」と「見送り」を紹介します。■(表)決戦一ノ谷(けっせんいちのたに)人形師:溝口堂央↑義経と弁慶を中心に、源頼朝、平通盛、平忠度の5人の人形で構成されている。溝口堂央氏が制作した、馬に跨った義経の武将
いやぁ、日光街道栗橋宿で、この歌を歌ってしまうとは、思っていなかった、、、(*´∀`*)源義経の妻「静御前」の墓源平合戦で、勝ち進んでいった「源義経」、その妻である「静御前」は、頼朝の義経討伐後に、妻として、「死」を言い渡されるも、、、頼朝の部下たちによって、止められて、、、延命したらしいのだが、、、落ち武者と同じように、姿をくらまし、、、、どこに、生きていたのかは、記録に残っていないそうだ、、、が、、、しかし、、、「お墓」は、有った!!!雰囲気は、至って一般的な、旧街道沿
毎年6月中頃から7月にかけて見かけます。今年は少し遅かったのかな?全く街頭がなく田んぼの農面道路。真っ暗の中、10分ほど田んぼを見つめてましたが見かけず、今年は少ないのか?と思いクルマのハザードを点灯。すると。。。何処からともなく集まってきました!大きさから平家ホタルでしょうか?平家ホタルは少々水質が悪くても生息出来、小さく弱々しく不規則に点滅します。一方源氏ホタルは清流に生息し個体が大きく力強く点滅。由来はお考えの通り源平合戦から。大きく目立つ方を源氏螢、源氏に敗れた平家
山口県下関市にある「安徳天皇西市御陵墓参考地」を訪れました。赤間神宮だけではない安徳天皇ゆかりの地とは?現地の石碑や御衣洗の池、静かな空気から感じた歴史と人々の想いを紹介します。目次安徳天皇西市御陵墓参考地とは?石碑を読んで分かったこと静かな史跡で感じた、人々の想いあなたの地域にも安徳天皇や平家ゆかりの場所はありますか?【訪問先基本情報】【今回の旅で使ったもの】目次を開く長門市で有柄細形銅剣を見た帰り道。車を走らせていると、「安徳天皇西市御陵墓参考地」とい
ゲンペイカズラ(ゲンペイクサギ)が咲き始めました。まだくっきりとした紅白にはなっていませんが、白い部分は萼です。これから中心に赤が浮かび上がってきます。平家が白旗、源氏が赤旗を掲げたことに由来する名前です。もう少ししたら、もう一度見に行くことにしましょう。源平の戦いとは1180年の以仁王(もちひとおう)の挙兵から、富士川の戦い、倶利伽羅峠の戦い、屋島の戦いなどを経て、1185年の壇ノ浦の戦いまでの5年間のこと。授業では治承・寿永の乱と習ったかもしれません。屋島や壇ノ浦などには行った
6月23日の歴史平安(源平合戦)三位中将平重衡斬首本日重衡さんのご命日です文治元年6月23日平重衡木津川畔で斬首享年29一ノ谷の戦いで捕虜になり鎌倉へ護送される平氏滅亡後に南都衆徒の要求で引き渡され木津川畔で斬首奈良坂にある般若寺門前で梟首された斬首前に法然と面会して受戒している平重衡受戒の地についての記事は↓http://ameblo.jp/matsuriouji/entry-11832654712.html平重衡は清盛の子(五男)平治の乱宇治川の合戦、南
2026-05-24コースのスポット須磨寺もういっちょ階段を上ります本殿ご挨拶します三重塔大きな縄を首にかけて祈願するトコもありましたトコトコ〜お猿さんたちあつもりクンの首塚があるんだこちら〜平敦盛の首塚胴体は一の谷にあるんだね〜須磨寺を出ますトコトコ〜景色のいいところに出てきました今度はずずずいーっと下って行きます潮音寺ご挨拶します写真は撮ってもいいのか分からなかったので撮らずですトコトコ〜源平史跡戦の濱あれ、一の谷ってさっきの敦盛クンの胴体があ
弟から学ぶことは多いこれは私がまだ十代の頃の事私を引き取り育ててくれた老夫婦の遺産を相続して(かなり複雑で期間は掛かったが遺言書もあって実父がなんとかしてくれた)そのお金を資金にGHQが改竄する前の歴史に詳しい人を探して見つかれば日本中何処へでも行き直接話を聞いたり、蔵書を読ませて貰ったりしていた頃の話(その遺産の使った分は社会人になって全て返した)歴史の真実を追求するとどうしても細かな事に目が向いてしまう為一番肝心
ところで、神器を巡つては、日本史上、多くのドラマが生まれています。それはまた、受難の物語でもありました。まず、大河ドラマ『光る君へ』にも登場した平安時代の一条天皇の在位中の話からはじめましょう。御所が火災に遭い、『日本紀略』によると、「神鏡焼損」、つまり、鏡が激しく焼けてしまい、左大臣藤原道長が「あらためて鋳造すべきかどうか」を下の者に尋ねて、参議藤原行成を伊勢神宮に差し遣わし、神鏡焼損について報告させたといいます。次に神器受難のときは源平合戦のころにやって来ま
娘(二女)の彼は航海士さん【関門海峡】を船で通ることになり思わぬ【マイクロツーリズム】下関市(山口県)を訪れましたまずは【関門トンネル人道】を歩き海底の県境ー関門トンネル人道【門司側】へ本州と九州が、いちばん近くでささやきあう場所ー関門海峡ー門司編そして無事、娘の彼の船を見送りまたてくてく歩いて下関側に戻ってきましたなんとなくね下関→門司より門司→下関に向かうほうが勾配がきつい感じがしてまだ着かんよーってかんじでしんどかったです絶賛運動不足のカラダなのででも、
NHKの運転席からの風景で六甲山を走る神戸電鉄有馬線が紹介されていました。そうしていたところ鵯越(ひよどりごえ)という駅が出てきました。ハッとしたところ、やはり一ノ谷の合戦で義経が急な崖から奇襲をかけた鵯越のことでした。まさか六甲山の駅の近くにあるとは思いませんでした。調べてみると、鵯越についてはこのようなことが書かれてあります。源義経が「一ノ谷の戦い」で平氏の陣を急襲した伝説の地義経は難所の六甲山系を越え、鹿も通わぬ絶壁を馬で駆け下りる奇襲(逆落とし)を成功させ、
ゴールデンウィークが終わってそろそろ山歩き開始です。まずは倶利伽羅峠を散策してみることにしました。DABADA(ダバダ)SG承認品軽量アルミ製トレッキングポール2本セットキット付アンチショック機能付【軽量220gコンパクト最少56.5cm】(アルミシルバー)Amazon(アマゾン)今回はのんびりと午後から出発です。富山県側の石動駅を13:45に出発です。25分くらいで埴生八幡宮に着きました。ここには源(木曾)義仲像があります。倶利伽羅峠は1183
島根に住んでいた頃・・・担任の先生の車に乗せられて、その日休んでいた子の家に行く途中で気分が悪くなった。『ここに来るな!』……そんな声が聞こえた。大人になってから源平合戦について調べていた時に、あの気分が悪くなって声が聞こえた場所のことが書かれている記事を見つけた。平家の武将が源氏の武将を討ち取ったと。壇ノ浦で平家一門が滅亡するよりも何十年も前の話。そんな戦いが山陰であったのだと。平家の武将の名は、平正盛。平清盛の祖父にあたる人物。そして源氏の武将の名は、源義親。源頼朝の曾祖
※昨日少しだけ触れた『MUSICAMPFES.』の詳細レポ(ってほどでもない)は後日UPする予定です※さて、先日『門司港みなと祭り』があったので行ってみたものの駐車場がなく、下関に向かうことに駐車場2ヶ所に行ったもののダメだったので諦めました(絶対に行きたいイベントでもなかったので)駐車場難民が他にも多く皆下関方面へ向かっていましたイベントの時門司港はそれなりに人が多いのですが『みなと祭り』だとそんなの比じゃないぐらい多いの?(今回はじめて行
3日ほど前から夜中の動悸に悩まされ、結局病院で不安神経症と診断されたたまひめ。昨日は本当にのんびり過ごして、夜も動悸は起きませんでした。今日は、月曜からの仕事がスムーズにいくよう午後から雑務をこなそうと決めてました。動悸は起きなかったんだけど、なぜか2晩続けてお腹を壊しました。めっちゃお腹痛くてゴロゴローってなるタイプの下痢。2日連続午前2時から3時までトイレにこもっていたので朝なかなか起きれませんでした。そ
中学校の体育祭。めっちゃ良い天気☀️そして、背中に刻まれたノーペイン、ノーゲイン🤩源平合戦‼️‼️やっぱ中学生の体育祭は、体格も良くなるし見てても楽しいですよね😆人数が多いから徒競走が無いのが寂しい。あと、組体操と、何といってもシート敷いてのお弁当タイム🍱😂終わってお昼は、【ステーキどん】に初来店🥩腹、てんてん。17時と、19時からは東京湯楽城♨️16時からの噴水ショー⛲️の虹が🌈キレイ過ぎました😍今月も、ありがとうございました😊
和歌山県にある景勝地三段壁太平洋を一望できる展望台からは断崖絶壁の絶景が楽しめます展望台のすぐそばには源平合戦ので活躍した熊野水軍が船を隠したとされる伝説がある三段壁洞窟が見学できるエレベーターがあります洞窟内では洞窟ができたなりたちや地質的な説明のほか熊野水軍が休息をとった小屋を再現した番所小屋があります洞窟内の見どころの一つに洞窟内に流れ込む海水による大迫力の波しぶきが見どころです絶景に洞窟と見どころ満
百人一首やったことある?▼本日限定!ブログスタンプ百人一首というと年末年始の行事というイメージなんだけど今ですかもう字が読めるようになってからは親族家族皆集まると坊主めくり源平合戦も含めてトランプと同じくらいやりますよ小学校高学年から中高まで国語の授業で習うと冬休みの宿題になって3学期のHRでは班対抗戦で練習試合そして学年対抗戦へそういう流れになってました因みに我が家の豚児ちゃんも得意ですもちろんクィーン戦に出られるほどではないけ
私自身は白髪染めを必要とはしていませんが、白髪を染めて戦場に向かった老将の話からのうどんの話題です(笑)先日の美食会の折、埼玉県北部にお住まいの受講者の方から「実盛公うどん」を頂きました。「実盛公」とは、源平合戦期に活躍し、「平家物語」にも登場し、歌舞伎や浄瑠璃の演目にもなった斎藤実盛のことです。まずは歴史的背景から。今の神奈川県に拠点を持つ源頼朝の父源義朝に対し、源義朝の弟の源義賢は群馬県に勢力を持っていました。そして埼玉に勢力を持つ斎藤実盛は
前回、関門海峡ミュージアムの無料ゾーンを紹介しましたが、今回は有料ゾーンです入場料500円となっており、4Fのプロムナードデッキ奥でチケットが購入できます。(私は『陸奥A子展』の時に有料ゾーンとの共通チケットを買ったので300円で少しだけお得でした)《2F~4F海峡アトリウム》2Fから4Fまで吹き抜けで、螺旋状の通路をぐるぐると歩きながら移動します(※もちろんエレベーターもあります)。こちらではゲームを楽しんだり、国内最大級の大型スクリーンで