ブログ記事1,678件
荒れた急坂の遍路道を過ぎると視界が開け、源平合戦の史跡が現れ出す20250611高松市屋島東町
昨日のことになりますが、千葉の方に行って参りました。目的は千葉市立郷土博物館で開催されている特別展「千葉氏と城館」の見学です。千葉氏というと源頼朝と関係が深い武士団であり、当然千葉城(猪鼻城)も千葉氏の本拠地として頼朝と関係している城とされていました。が、近年の研究成果と実証主義に基づくと千葉城と源頼朝の関連が見いだせないという話になり、学術界で論争段階に入っていたわけです。この疑問に関して、千葉氏の研究といえば千葉市郷土博物館ですから、まずここの公式見解は如何ということで、文字道理「城
さてお次は鶏の雛飾りの舟武者そして波源平矢嶋大谷戦の図屋島の戦い(やしまのたたかい)は、平安時代末期の元暦2年/寿永4年2月19日(1185年3月22日)に讃岐国屋島(現・高松市)で行われた戦いである。治承・寿永の乱の戦いの一つ日本の多くを支配して時の実権を握った「平家」天皇を後ろ盾に巻き返しをはかった「源氏」最終的には源氏が勝利します1180年5月以仁王が挙兵宇治で敗死するがこの戦いによって源平合戦が始まる1180年6月平清盛が福原
後鳥羽上皇の発した院宣を改めて読み返すと、院宣で北条義時討伐を宣言し、また、実際に武士を集めておきながら、院宣の文章の中に軍勢出動の文言がどこにもなく、また、北条義時を討伐する軍勢の指揮官を誰とするかの記載もない。つまり、軍勢が勝手に結集され、勝手に北条義時が討伐されることを考えていたと見られている。それはあまりにもムシの良すぎる話である。いかに楽観的な考えであろうと、また、宣旨や院宣の効力が絶大なものであるとの自負があろうと、後鳥羽上皇は源平合戦の流れを知っているはずである。いかに源平合
保元・平治の乱さかえる平氏頼朝の挙兵源平の合戦1174年、法皇が平氏一門とともに厳島神社を参拝したことがこの本に載っています。何年か前、初めてこの平氏に馴染み深い厳島神社を訪れることができました。源平の合戦地だけをとってみても、石橋山、富士川、倶利伽羅峠、壇ノ浦などなど日本全国に散らばっていて全部訪れるとなると大変です。「どこでもドア」があったら、歴史の本を読みながら各場面の史跡を路程を考えることなく、訪れることが出来てすごく便利でいいなと思います。
偉人・敗北からの教訓第126回源平合戦・平家滅亡の真相「一つの権利、一つの考えに支配された社会は、新しい価値観や常識が生まれた瞬間、一気に衰退する可能性がある。強すぎる力は危険」分かります。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
偉人・敗北からの教訓第126回源平合戦・平家滅亡の真相「どれだけ大きな組織で、どれだけ優れた人材や技術を要していても、その力を使いきれなければ無用の長物」確かに。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
偉人・敗北からの教訓第126回源平合戦・平家滅亡の真相一ノ谷の戦いと言えば、平家物語「鵯越の逆落とし」ただ近年の研究では、一ノ谷と鵯越の距離は約8Kmあり、急斜面でも無かったらしい。義経を英雄化するためと言われている。但し、奇襲はあった。両軍が対峙した際、後白河院は平宗盛には「講和のために武装解除せよ」と和平を提案したが、源氏には、攻撃命令していた。そのため、武装解除されていた平家に源氏の攻撃自体が奇襲になったとのこと。歴史は奥深い…↓押してくれたら嬉しいで
偉人・敗北からの教訓第126回源平合戦・平家滅亡の真相「同じ失敗でも、後で挽回出来る失敗もあれば取り返しがつかなくなる重大な失敗もある。運命を決める分岐点で、大きなミスを犯せば敗北も必然と言えるかもしれない」完全に同意。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
偉人・敗北からの教訓第126回源平合戦・平家滅亡の真相平家物語では水鳥の羽音を源氏軍奇襲と勘違いして平家軍は逃げ出したとあるが、軍隊の隊列は長くなるので、先頭は富士川に届いていたとしても、後続は静岡市の手越の宿場まで伸びていた。そこで失火があって、驚いて退却したという記録もあると言う。それにしても、凄い長い軍隊だったんだな…↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
これは現代の源平合戦か2026年2月9日(月)11時自民316、与党で352の衝撃中道さん、可哀そうまるで源平合戦の壇ノ浦日経平均は前場で57,337円の高値、すでに5兆円の出来高。日本の金利は2年債も10年債もやはりやや上昇でちょっと警戒。そんなに悪いか積極財政。きのうテレ東に片山財務相出演していましたが、あれだけ、しゃべりたおせる(英語でもOK)財務大臣ははじめて見ました。これなら大丈夫でしょう。引けにかけて、強いか、弱いか?今晩から外国人は
源平合戦一ノ谷の戦い平安時代の末期寿永3年/治承8年2月7日義経率いる源氏軍による奇襲伝説として伝わる鵯越の逆落し考えもしない方向から平家の陣への奇襲源氏の圧勝により平家敗走この奇襲も軍略を感じ俺が義経が好きになった1つの出来事です✌️この戦で若くして命を落とした平敦盛熊谷直実が我が子と歳の変わらない敦盛を、、、、この事も多く物語で語りつがれてます敦盛といえば織田信長が好きな歌敦盛平氏は屋島へ!!【楽天ブックス限定先着特典】平家物語Blu-ray
明日は雪なのかな~?『わら家』期日前投票に行ったら行列だった、、、『金比羅さま』四国旅2日目は徳島駅前のホテル早朝に出発して高速でピュー東京では考えられない空き空きの高速道路で金比羅さまへ…ameblo.jpわら家で美味しいうどんを食べた後は源平合戦屋島の戦い那須与一の扇の的や源義経の弓流しなどのエピソードが有名だなそんな屋島観光まずはわら家の目の前屋島神社また金比羅さまの後に本日二回目の階段上り高松市内が一望できます。この神社は比較的新しく江戸時代のも
2日目も山緑が急遽、出演してくれることとなり、大幅に予定変更⁉︎会の構成なんて、何とでもなるけど、東京の真打が出てくれるとなるとね、打ち上げが(笑)てなわけで、新地のSashaでよせばいいのに、お開きは2時半でした。左から、玉秀斎、山緑、マスター、僕、山兎。52歳、午前様はこたえるんよ。僕は2日目終了して、初日の撮影座談会、2日目の茶話会に出ただけで、高座の出番なし。いよいよ明日初登場!なのに…完全にアウト!でした(笑)【三門の会】▶︎立川文庫2/16(月)玉秀斎ほか/決起乾杯
【国旗制定記念日】明治3年(1870年)旧暦1月27日(新暦は2月27日)、明治政府が日の丸🇯🇵を国旗とする太政官布告商船規則により、国旗のデザインと規格を示したことに由来すると言われています。しかし時代を遡れば、源平合戦に由来すると言われています。源平合戦で平家は『赤地に金の丸の旗』、源氏は『白地に赤丸の旗』で戦ったとされています。栄華を誇っていた平家一門でしたが、壇ノ浦で平家が滅亡すると、源氏による武家政権が誕生しました。将軍は代々源氏の末裔を名乗り、『白地に赤丸の日の丸🇯🇵』を掲
今日は国旗の制定記念日だそうです。昔は祝日に国旗を掲げる家が多かったのですが、今では殆ど見掛けません。今の若者は祝日に国旗を掲げることすら知らないのです。旗を出していると右翼じゃないの?なんて勘違いされそうです。祝日に国旗を掲げないのは日本ぐらいなのもので他国では国旗を掲げるのが当たり前になっているようです。(画像はお借りしたものです。)白地に赤丸(日の丸)のデザインは源平合戦に遡り、平家は赤地に金の丸、源氏は白地に赤丸で戦い、源氏が勝利して武士の時代が生まれたのが由来と
こんばんは。NADIAですスピリチュアルカウンセリングや過去世リーディング、守護霊様との交信高次元存在とのチャネリングを通して日々、みえない世界の真理を探究しています。プロフィールはこちら↓NADIAさんのプロフィールページご訪問ありがとうございます♡アカシックリーダーNADIA(ナディア)です。私には二人の子供がいますが、出産を機に不思議な体験をするようになりました。この世の常識では、考えられないような様々な不思議体験をするようになり、スピリチュアルの世界を学ぶようになりました。
地図眺めるの好き💕海の眺められる神社を探していましたら…ヌヌヌ、ヮ(゚д゚)ォ!源頼朝上陸の地とな?!野間大坊(大御堂寺)源頼朝公の父、源義朝公が眠るとされるお寺で、野間大坊(のまだいぼう)の名前で知られていますが、正式には鶴林山大御堂寺(かくりんざんおおみどうじ)といい、本尊は阿弥陀如来です。歴史は古く、天武天皇(673年~686年)の時代に建立されています。aichinow.pref.aichi.jpこれは野間大坊も合わせて行きたいですね🚙💨清盛がもっとも恐れた男源義朝
こんばんは。今年初の歌舞伎鑑賞です2階の6列でしたから舞台が遠かったのですか、白内障の手術のお陰で、そこそこ見えました(笑)元々近視でしたから、近くしか見えなかったんですよー👀毎度の昼の部で演目は◇當午歳歌舞伎賑何故か直ぐに眠くなり時々、船を漕ぎました💧前夜の寝不足のせいです…◇蜘蛛絲梓弦病に伏せる源頼光の館に妖艶な美女や薬売りや傾城に化けた蜘蛛の精が現れ頼光をたぶらかそうとするが化けの正体を見破られ退治される。尾上右近の八変化が圧巻👏蜘蛛
鎌倉時代最大の特徴が、鎌倉幕府という武家政権の誕生にあることはすでに述べた通りである。しかし、この「幕府」なる組織がいったい何なのかという定義については、今現在も歴史学会で議論が続いており、定説が確定しているわけではない。近年、鎌倉幕府の成立年度が「1192年」から「1185年」へと変更されたが、これとても学会での議論が「源頼朝が征夷大将軍に就任した日をもって、鎌倉幕府が成立した」という解釈から、「朝廷が源頼朝に全国規模で守護・地頭の設置を許したことで、頼朝の支配とその影響力が日本全国に及ぶ状
今日は2026年1月17日(土)です。今日は阪神淡路大震災の日です。31年前の今日大きな地震が起きました。凄く怖かったことを思い出しました。過去記事↓===============僕は神戸の三宮に勤務したことが有り住まいは芦屋でした。今でも徳島に帰省するときは毎回神戸を通ります。なので・・・神戸は特別に気になる所です。もちろん・・・いろんなところに行きました。懐かしいので一部振り返って見ました。過去記事です。↓===
あけましておめでとうございます。実に10日遅れのご挨拶ですが、何とか松の内に間に合いました。2026年は、九星気学上「不況」の年周りです。一白中宮年ですからね。株やらなにやら華やかに見えますけど、実利に乏しく先の見通しは決して明るくありません。とはいえ、一部の人が大成功するのはこの世の常でございます。例え勝者になれなくても、搾取される側に回らないよう慎重に行動しましょう。一見何の関係がないように見えても、根っこがつながっている「見えない壁」の中の方たちに惑わされたら大変です。
こんにちは和菓子も大好きなあおいです大好きなおやつ記事『【コストコ】チョコレートチップマフィンは思っていたよりビターで美味!』こんにちはコストコグルメを少しずつ攻略中のあおいですおいしいおやつ記事『【成城石井】チーズケーキ&フォンダンショコラ至福のおやつタイム!』こんにちは毎日の…ameblo.jp『【パルム】カスタードプリン味なんて、、おいしいはずだ!』こんにちはおやつ大好きなあおいです今回のおやつはパルム私は以前は、おやつは質より量派だったのですが、、大人になったのですね以
インスタグラムで上田倫子さんのデビュー40周年記念原画展が流れてきてそんなにご年配??と思ったらデビューした歳が若い中学生の頃、「リョウ」好きでした少女漫画なのに源平合戦がテーマなのが斬新で、歴史好きに刺さる維盛に思われ、追われるのにハラハラしました(個人的に頼朝の扱いは好きになれない…)今も源平合戦をテーマに連載されているのですね新作を読んだら、やっぱり維盛良い昔から弁慶には興味薄上田さんの作品では「ホーム」が一番好きです私は日欧交流史オタクなのでよくぞ慶長遣欧使
2011-12-12平家滅亡の命日には、壇ノ浦の海上を白い鷗などが飛ぶと、羽が抜けて落ちてくるとか。源氏の白旗――この白に対する平家の怨念によるものという。また、命日の朝早く関門海峡を通ると、必ず海上一面に霧がたちこめ、その中に人影らしいものがたくさんうごめいているのが見られるといい、もし話声がすると、平家の亡霊が船をひっくり返すといわれ、船中でしゃべるのは禁物といい伝えられている。この日はおだやかな海でした。800年以上前に戦があったと想像できませんね。GWに催される源平合
朝ドラは見てないんですが、小泉八雲作の「怪談」の実写映画を見ました1965年の古い映画です「黒髪」「雪女」「耳無芳一の話」「茶碗の中」これら四話オムニバスの映画ですたまたまXに流れてきた、今アマプラで見れるのでぜひ見てほしいというおすすめツイートを見まして、特に3話めの「耳なし芳一」がレベチで素晴らしいと。琵琶語りが好きなのと、アニメ平家物語大河鎌倉殿にハマった身としては壇ノ浦と聞いて見ずにはいられませんでした20代の頃はマニアックな日本映画とか大好きで単館ロードショーとか行っ
大内宿の散策を楽しんだあとは、この地にゆかりのある「高倉神社」と、そこに祀られている以仁王の歴史について触れていきます。大内宿は景観の美しさだけでなく、歴史の深さも感じられる場所でした。■高倉神社と以仁王大内宿の通りを歩いていると、途中のお店で「高倉神社の御朱印」が販売されていました。今回は時間の都合で神社そのものには寄れませんでしたが、御朱印を手にしたことで、この地の歴史に少し触れることができました。高倉神社に祀られているのは**以仁王(もちひとおう)**。
ワイルドバンチ演劇団第10回公演マタ後ノ世モ、巡リ会ヘ-頼朝と義経-2026年3月12日(木)〜15日(日)@ザムザ阿佐谷●あらすじ時は平安末期。源頼朝は、清和源氏の後継者として平家を打倒するために挙兵する。そしてその報せを聞いた弟の義経は、はるばる奥州から馬を走らせ二人はついに、二十年ぶりに対面を果たす。再会を喜ぶ頼朝と義経は真の武士の世をつくるため手を取り合い、共に戦うことを誓うのだった。時代は風雲急を告げ、目まぐるしく移り変わってゆく。かつて栄華を誇った平
晴れた水曜日。いい天気です。この冬は梅の花芽が膨らむのが早い。やっぱ地球温暖化ですかねぇ。今日は大晦日、大つごもりです。大晦日と言うと紅白歌合戦を連想する方も多いと思います。紅白歌合戦とかの紅白とは何故に紅と白??ふと疑問に思って調べてみたら、源氏(白)と平氏(紅)という説もあるとかないとか。だから何だというわけではないのだけれど、史実に倣うなら白有利だな。:-P除夜の鐘。チコちゃんによるとNHKラジオが除夜の鐘を全国規模にしたそうで、もともとは主に禅宗のお寺が邪気を払うため
こんにちは。いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。年の瀬の30日、午後から暖かな天気となりました。県外の車も増え、商店街も多くの人出賑わっています。高松三越から南新町へと歩いたのですが、グリーンの周辺は歩きにくいほどの人でした。海外の観光客と県外の方、地元の買い物客と、奥さんは「昔の商店街みたいだ」と言っていました。さて、前回の「大ゴッホ展」の帰り道、阪急電車に乗り場から「生田神社こちら」のような看板が見えました。生田神社、源平の古戦場なの