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源平合戦の歴史が全てわかるまとめ【保元の乱から壇ノ浦まで】【平清盛と源頼朝】
いつもながら解体はあっという間ですね。子供たちが名残惜しそうに見に来ます。また来年お楽しみに!
長田神社に行った時、おいしそうな和菓子屋さんがあったので、そこでおはぎと水無月を買いました。おはぎは、あんこときなこの両方を購入。弟があんこの方を食べたので、私はきなこの方を。きなこも中にあんこが入っています。あんこは上品な甘さで、素朴でおいしいおはぎでした。好物の水無月。その名の通り6月の和菓子ですが、こちらでは9月も販売していました。こちらの水無月、とっても私ごのみのお味でおいしかったです。近所だったら、また買いに行きたいです。写真は、あまりきれいに写って
今日は晴れ☀️とりあえず晴れの日が続いて嬉しいです9月下旬から10月現在まで色々あってなんか忙しい毎日ですさて大阪旅行記も大詰めです須磨寺小さいながらも見応えある宝物館入口には在原行平が須磨の地に流された時に創始した一弦の琴が展示そして入口入って正面に平敦盛が肌身離さず所持していた愛用の笛『青葉の笛』ガラスが反射してわかりにくいけど1,000年の時を超えてここで見る事が出来ます普賢十羅刹女像(国指定重要文化財)先日まで東京国立博物館で実物は展
今日は曇り☁️明け方雨降ったようですお天気続かないですねえ日中雨降らなければヨシ大阪旅行2日目美味しいステーキ食べて阪神線神戸三ノ宮駅から目的地へ私のリクエストで須磨寺駅弘法大師や平氏ゆかりのお寺として有名駅員さんはいませんのどかな駅です駅を出てすぐこの須磨寺前商店街の入口左側平重衡が一ノ谷の戦いで源氏に生捕らえられた場所ここに松の木があったそうです須磨寺へ向かいます
10月4日(日)子供たちと老人クラブ、山車制作メンバーで今年の山車、見納め会を実施しました。今年の山車は過去最高の出来栄えだったと、皆んなで楽しく語りあいました。
『たそがれ亭外伝①レビュー』昨日の10月3日は、片町2丁目のオーロラビル7階のPublicBarAshで行われたたそがれ亭外伝に行って来ました。やまごん凄い女性ドラマーです。毎年、金…ameblo.jpたそがれ亭外伝の続きです。grazioso5回ほど、Ashで演奏してただけあって、貫禄がたっぷりでした。昔の村りんは、サングラス🕶️をかけて、硬派なイメージがありましたが、歌さんと一緒になってから随分と丸くなった感じがしますねっ。graziosoのオリジナル曲はどれも良かったです。
ぶたの歴史劇場ChatGPTに作成してもらった架空のぶたさん版歴史画像の紹介ですAI画像で歴史を楽しんじゃうぶたの歴史劇場!今回ChatGPTに作ってもらったのは、『平家物語』の名場面!「扇の的」のシーンです(´Д`)。屋島の戦いで源氏方の武将である那須与一が平家方の小舟に立てられた扇の的を見事射落とした素晴らしい場面です。では早速見ていきましょう(´Д`)。屋島の戦い扇の的のシーン(AI作成)那須与一が弓を構えてますね。うんうん(´Д`)。って扇の的近いな(´Д`
前回の記事の続きです⇩2日目は十八本山巡りのうち兵庫県にある三寺を巡ります🪷朝、8時にはホテルを出て、まずは須磨寺へ駐車場に着いてエレベーターで降りた先は広大な墓地🪦彼岸の時期でもあったためかお墓参りをされている方々が多かったように思いますそのお墓の中を通り奥へ進んで行くと⇩途中五匹のお猿🐒さんたちに出会いました⇩そこにはためにならない態度を見ざる🙈ためにならない事を言わざる🙊ためにならない話を聞かざる🙉ままにならない事を怒らざるまんまんちゃ
天候に恵まれ、ふだい祭りも大盛況に終わりました。今年は新たなチャレンジにより、最高の山車が完成しました。
前夜祭の様子です。綺麗な山車に仕上がりました。
余慶寺に隣接している神社だ。舒明天皇6年(634)より、この地に鎮座し比咩大神を祀ったのが起源と言われる。神社草創の時代は、山上にあった大岩に藁を敷き神座として磐座信仰を行っていたと当神社の古記録に見られる。神社のある山は古い時代には日待山と称し、太陽神として日の出を遙拝していたようである。手水舎拝殿本殿源平合戦の後、頼朝の信頼の厚かった佐々木盛綱が平行盛を敗った「藤戸の戦い」での先陣の功を感謝し、色々威大鎧(いろいろおどしおおよろい)と、杏葉文轡(ぎょうようもんくつわ)を奉納したと
本日夕方、山車完成しました。ちなみにこちらは見返し(後ろ)です。正面は明日の前夜祭をお楽しみに。
久々の快晴で作業も大詰めです。
今年の人形は38体。本日全てのせました。明日、からくり展開して調整です。
前回のお話『写真やと大きさが伝わらないもどかしさ!世界最大級の但馬大仏』前回のお話『播磨屋爆買いで大満足やけどさ‥何日でなくなるかなぁ‥‥』前回のお話『大阪湾一望西宮甲山の願いが叶うパワースポット神呪寺』前回の…ameblo.jpこのお話の続きです『女性守護で有名なパワースポット神秘的巨石信仰越木岩神社』前回のお話『やったー!久しぶりの都ホテルのスイーツやー!』前回のお話『生まれて初めてCM見てすぐ買いに行ってもたすき家』前回のお話『自治会の人…amebl
5月17日から3日間の瀬戸内の旅奇跡的に3日間晴れて最高の思い出になりました4か月経過しましたもうなのかまだなのか遠い記憶になりつつありますが動画を見ると懐かしく思い出されます特殊カメラ撮影なので自分がどのように撮れてるのかわからないからドキュメント風に撮れてるのが良いですねやしまーるミルクの気ままな絵日記解説読売旅行瀬戸内周遊の旅、1日目のハイライトです絶景のやしまーると(源平合戦があったところです)
祖母の手仕事以前のブログ『押絵熨斗(おしえのし)』で母方の祖母の事を書いたことがあります。お裁縫や刺繡が上手な人で、母の踊りの衣装のために作ったものが残っています。母が10歳だった昭和の始めころ、初めて『吉野山』の忠信(ただのぶ)を踊った時のものです。『吉野山』は歌舞伎の通し狂言『義経千本桜』の中の舞踊です。源平合戦の後、頼朝に追われていた義経一行は吉野に逃れ、義経の愛妾静御前は義経に仕えている佐藤忠信と共に、義経の後を追って満開の桜の吉野山をゆきます。忠
ぱんだの石川県歴史巡り(´Д`)。本日ご紹介するのは、石川県加賀市にある篠原古戦場跡です。篠原古戦場跡こちらが篠原古戦場跡です。石川県加賀市柴山町にあります。源平合戦の時代、この地で篠原の戦いが行われました。平安時代末期の寿永二年(1183年)、倶利伽羅の戦いで木曽義仲(源義仲)軍に大敗した平家の軍勢は、加賀平野を南下し、篠原の地(現在の加賀市篠原町付近)で陣を立て直し、義仲との決戦を図りました。しかし、勢い付いた木曽義仲軍を阻止することはできず、敗走してしまいます。この時、敗
今回メインに配置する顔が完成しました。
前回、治承寿永の乱の概略を簡単に記した。これを踏まえた上で、武士道論の観点から挙兵した源頼朝軍について見ていきたいと思う。さて、ネット上で鎌倉時代の武士について言及しているブログ記事などを見ると、鎌倉時代の武士の精神性に関して鎌倉時代から発生し形成されたとするものが散見される。だが私の見解では、鎌倉武士の武士道は、鎌倉幕府の成立と共に誕生したのではなく、平安時代に形成された平安武士道を引き継いだものだ。しかも、その平安武士道のモデルとなった精神性も、古代奈良時代の律令国家体制で定められた律
読書と歴史が大好きなぱんだ(´Д`)。今回はこんな本を読んでみました。スタバで朝読書。上宇都ゆりほ『源平の武将歌人コレクション日本歌人選047』笠間書院、2012です。源頼光や平忠盛など、源平の武将たちの詠んだ和歌が収録されていました。やー、平家の武将たちの和歌、とても良かったです(´Д`)。特に気に入った一首を挙げておきます。平行盛流れての名だにも止まれ行く水のあはれはかなき身は消えぬとも『新勅撰和歌集』この歌の作者の平行盛は、平清盛の次男・基盛の嫡男です。父の夭
家事代行行って来ましたおばあちゃんち掃除してきました自分の家のエアコン掃除したので他人のエアコン気になる…そしたら今まで気づかなかったけどおばあちゃんちエアコンすごく汚かった黒いでも臭わないなんでかなこびとづかん天然ハッカ油水底の棺中川なをみ作中学課題図書源平合戦の時代平重衡は清盛の五男重衡が東大寺と興福寺を燃やす東大寺と興福寺は仲が悪いらしい主人公の小松は父に捨てられた養父?松も死んだ売られて京の都に来るサスケとの生活実は父親だった因縁ですな蓮空
日本の国旗って随分古くからあったんですね。源平合戦のころが最初だと思っていました。世界最古の国旗とは?これ最後まで見た方がいい。驚愕する。なんで?となる。へえええーpic.twitter.com/OXYxIx3QqD—椎井蹴人(@Cait_Sith_co)August29,2026ここまでくると、表現の自由とか思想信条の自由とかそんなこと言ってる場合じゃない感じがします。ついでに国歌の中出「血」が入っているかについては、こんな感じらしいです。赤いところが「血」で、コロせ
↑源義経と武蔵坊弁慶像(神奈川県藤沢市)【後白河上皇の幽閉と平家政権の成立】ここでは平安時代末期の1180年~1185年に起きた「治承寿永の乱」の概略を簡単に述べていきたい。いわゆる「源平合戦」と呼ばれる大乱だ。この大乱で最終的勝利者となった河内源氏源頼朝が、鎌倉幕府を開くことで平安時代が終わり、鎌倉時代となる。古代から続いてきた天皇による朝廷も、国政権力を武家政権たる鎌倉幕府に奪われるという画期的な変化は、この治承寿永の乱からはじまるので極めて重要な戦乱だったと言えよう。1160
月に一冊の司馬遼太郎。義経二巻を読み始めました。みのもとのよしつね、その名はつねに悲劇的に語られます。源氏の棟梁の子に生まれながら、鞍馬山に預けられ、その後、関東奥羽を転々とした暗い少年時代。兄は頼朝。源頼朝。このころ、もちろん頼朝も天下を取っていない。上巻は、義経を取り巻く周りが描かれている場面が多いですが、実に面白い。今の常識から考えれば、当時の英雄も、「お前何考えている?」みたいな感じになりますが、義経はとても興味深いし、面白い。やっぱり人気あ
平安時代末期の源平合戦を見ていると、源氏と平家のタイプの違いが興味深く感じられます。両方とも天皇を祖先とした武士の棟梁ではありますが、平家は西日本を根拠地にしており、性質は風流が好きでどちらかというとお人好し。平清盛にしても、池禅尼に懇願されて敵対した源義朝の息子の頼朝の命を助けたり、常盤御前の息子たち(今若、乙若、牛若)の命を助けたりしています。一方で源氏はといえば関東(逢坂の関の東側の野蛮な土地)を根拠地にしており、性質は乱暴で荒くれ者。親子間や兄弟間での殺し合いなども結構普通に見られ
※少々センシティブな内容があります※個人的な嗜好も多少記載あり御注意※苦手な方は読まずに閉じてくださいお酒を飲む日だったので、酔いながらスキンシップをはかっていたら、パートナーから「昔は爆盛だった」との発言がそれを聞いて瞬時に思い浮かべたのは「平爆盛(たいらのばくもり)」…ひとり悶絶してしまった!じゃあ源氏側はどうなるかとしばし試案「胸元寄朝(むなもとのよせとも」…よせやい!てか源ですらないやん!何たる源平合戦か〜〜さておき、ここから伏線回収〜〜自分は特に好みがどちらとか