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90年代初め。沢木耕太郎さんの『深夜特急」。本当に貪るように読みました。ちょうど友人が世界一周の旅に出ていた時だったので、その姿と重ね合わせながら。その後も沢木耕太郎さんの本は何冊も読んだけど、『深夜特急』を超えるものには出逢えなかった。「深夜特急」公式サイト|新潮社600万部突破のベストセラー、沢木耕太郎による旅文学の傑作を斎藤工が全編読む。「朗読・齋藤工深夜特急オン・ザ・ロード」TBSラジオにて放送中!share.google最近、紙に絶賛回帰中の私。紙の本、紙の地図、手書きのスケ
昔ね、、海の向こうに憧れてた日々なぜか~インド洋の海水に触れたかった海水は地球をめぐってる沖縄だって、大阪湾だって海水は繋がってるわ、、でも~~インド洋の海水をこの手ですくってみたいそんなこと、凄く思ったことがあったのよインドには行ったけど北インド南インドには行けずじまいカルカッタに行きたかったなぁ夢かなわず。。・・ヨーロッパ最西端ポルトガルのロカ岬、、ここも恋焦がれたぁ~うふふ😉沢木耕太郎の「深夜特急」10巻くらいあるかな?バックパッカーの旅行記夢
YouTubeやってます目指せ登録者15人韓国に1人旅した時の起動力は韓国ドラマでした。どうしてもロケ地めぐりをしたくてでも一緒に行ってくれる人もいなくて「それなら1人で」と宿とチケットを手配した。『はじめての韓国一人旅①予約から準備編』めちゃくちゃお久しぶりの投稿は韓国一人旅🇰🇷について。ずっと更新してない間に韓国ドラマにハマってしまいなかでも「涙の女王」にどハマりしてぜひロケ地を巡りたい!…ameblo.jpあの韓国旅行は自分の中でも刺激的でめちゃくちゃ感動したのを
こんにちはっ!こ〜やんと申しますこの度はこ〜やんの拙いブログにご訪問、いいね、コメント、フォローなどありがとうございますとても励みになっております当初は認知症になった個性強めの義父との介護ブログでしたがその戦いも静かに終わり今は第二?の人生をどう生きるか?というテーマを置き去りにしながらヘラヘラとしている今日この頃…いいね、フォローして下さった方々のブログをゆっくり時間を掛けて拝見させて頂いておりますまたこれも何かのご縁ですのでこれからもよろしくお願い致します初
「あの頃のワクワクを、息子へ。」391日目から394日目まで…。昼間は本業、夜はWワーク。仕事が終われば仕事へ向かい、少し寝て、また仕事。ブログを書く余裕もないくらい、毎日ヘトヘトでした😰そして395日目。今日は日曜日でしたが、朝は娘をバイト先まで送り、そのまま本業のフォローで会社へ。午後からは3時間かけて息子のアパートへ向かいました。今日はタイミングよく息子も家にいたので、一緒に部屋を掃除しながら、いろいろ話をすることができました😊帰ろうとした時、「本屋に行きたい。」と息子が
先日、私の地元で沢木耕太郎氏の講演会があった私が旅に惹かれるようになったのは、1996年にテレビ放送(北海道だったので後年だったかもしれない)された大沢たかお主演の深夜特急(3部作の1本目)を見て、原作に興味を持ち、沢木耕太郎の深夜特急(単行本3部作)を本屋で買って読んで、憧れたのです。その時は既に結婚していた。もし結婚していなかったらどうなっていただろうか。それでも、私は一般的な家庭人よりも多く、あちこちに旅行に行かせてくれたので恵まれてたなぁ。家族を置いての旅は恐らく30回を超え
来週1週間の監禁生活に備えて、本は『新宿鮫10』、『深夜特急』8回目(何回読んでも細部は忘れているので初読のように面白い)を読んでいるのですが、加えて東野圭吾の代表作という『赤い指』を注文しました。東野圭吾は『容疑者X』以来。スマホの動画も沢山あるし、これで大丈夫でしょうか。
新宿紀伊國屋ホールで鈴木聡率いるラッパ屋の新作「特別な情熱」を観た。********演劇サイトより*******学生運動の60年代とバブリーな80年代にはさまれて、一種独特の自由な風が吹いていた1970年代中頃、東京郊外の高校生、K子とY子は実験部の部員だった。「実験と名がつけばなんでもよろし」という無茶苦茶な掛け声のもと、人間心理の実験やらUFOを呼ぶ実験、変な奴らが変な実験を思いつくままやっていたが、仲良しな二人は胸躍る素敵な実験を思いつく。「そうだ、これから始まる人生
アジアを「旅」する若者のバイブルとなり、大ベストセラーとなった沢木耕太郎の紀行小説『深夜特急』。1974年、26歳だった沢木の香港からロンドンまでの実際の旅の体験を基にした長編紀行文学で、のちにテレビドラマ化や再版を経て、今も多くの旅人や読書好きに愛され続けている。このたび、30年ぶりに読み返すことになった。初めて読んだ時の衝撃は相当なもので、こんな風に自由に生きてみたいと心底思った。会社辞めてみようかな、とも本気で考えてみたものだ。結局、会社は辞めたけれども「旅」には出なかった。
沢木耕太郎のスナップ写真付きのモロッコ紀行文です。「一号線を北上せよ」シリーズでは記憶が定かでないですが3冊目か4冊目。深夜特急で果たせなかった、寄らなかったアフリカへの旅を20年以上後に実現した。沢木耕太郎ファンとしてはモロッコものはこれまでマラケッシュのコウノトリやサハラ砂漠の断片などを読んできましたが、全体はなかったので、深夜特急の頃の情熱は薄れてしまった、遅すぎたのだといった感傷を感じて面白くなかった旅だったんだと思っていました。まさかこんな印象的な旅だったとは。深夜特急と
沢木耕太郎の「途上の王国」を読みました。あの「深夜特急」の20年後の続編とでも言えるかもしれません。本書は、1997年沢木氏が49歳(~50歳)の時に、大沢たかお主演によるTV版「深夜特急」が、足掛け3年の月日を経て無事クランクアップしたのを祝すべく、作者である沢木氏も、旅のゴールのロンドンでTVクルーと合流するところから始まります。沢木氏は、あとがきでこう述べてます。「40代の終わりから60代の初めにかけて、いくつか(仕事以外で)異国への旅をしたが、その多くは世界の地図上に残してしまった『
学習院大の辻邦生展Part1とPart2では、辻夫妻と磯崎新&宮脇愛子夫婦の交流の深さを感じ、ブログにそれを記そうとちょっと調べものをしていたら、違う方向に突き進んでしまいました。ありがちなことですが。違う方向へと流されるままに行きついたのはフランス人グラフィックデザイナーのAM・カッサンドルでした。経緯は、というと:・辻夫妻は磯崎新&宮脇愛子夫妻とずいぶん親しくしていた;・磯崎新&宮脇愛子夫妻の出会いはなんだったのだろう・・と調べるうちに横道に逸れていき、あることに気づいた;
インドの人たち、とくにヒンズー教徒の人たちは、死者を送る儀礼(葬送儀礼)をどのようにやっているのか。それをどういう風に感じているのか。親を見送って、もう自分の番だと思う歳になると、「死」や葬送の問題がいたく気になってきます。異文化であれば、なおさら比較して考えてしまいます。前回は、ボートからのガート見学の中で、死体焼き場のハリシュチャンドラ・ガートをちょっと見たことを書きました。ヴァラナシの死体焼き場のガートではもう一つのマニカルニカー・ガートが大規模で有名ですが、そこでの
東京〜新大阪間を夜行の新幹線が来月、走るそうです。まさに令和の深夜特急です❗️岐阜羽島駅で車中泊して、翌朝7時頃に新大阪駅に着くそうです。ユニバーサルスタジオ等とタイアップした企画なのでしょうか?私は16〜17年くらい前に『青春18切符』を使って、私より一足先に里帰りしてる家内と息子を追いかけたことがありました。リクライニングできない垂直に立った硬い背もたれのシートに座っての鈍行列車は、辛かったです。(苦笑)参考記事はこちら
なんでYouTubeで???昨日院長から「YouTubeで深夜特急見れたで!」と聞きびっくり昔、GEOに見に行ったけどなくてサブスク配信にもなかったのにまさかYouTubeで。深夜特急ご存知ですか?沢木耕太郎さんの小説私は小説は読んでなくてただ素晴らしいバックパッカーのバイブル本だと聞いていてドラマが神がかっていると話題でアジアが大好きだしずっと見たかったんです井上陽水さんのなんともマッチした曲プライベートを隠しカメラで撮ってるのでは?と思
〈タージマハルと皇妃ムムターズ〉タージマハルは、ムガール帝国第5代皇帝シャージャーハンが皇妃ムムターズを弔うために造った廟(お墓)です。(タージマハル)ムムターズが死んだのは1631年ですが、彼女は戦乱中も討伐する夫にいつも従い、デカン遠征中に産褥のために38歳で死んだと言われます。大変皇帝に愛され、生んだ子供は14人もおり、死んだときには「後世に残る墓を」という遺言でタージマハルは造られたということです(ウェキペディア)。建築狂でもあったシャージャーハンは、世界各地から膨大な量の
若い頃にテレビで見た『深夜特急』に感化され、今でも人生の選択に「それは『深夜特急』的なのか?」な考え方があります。それもあってか、30代後半からは海外暮らしをしていて、今のベトナムが3ヶ国目で計15年になっています。さて、自分の海外暮らしが比較的円滑で安定している理由は、自分の環境や境遇があります。家族がいたら…子供がいたら…住宅ローンがあったら…親の介護があったら…そんな"たら"が自分にはありません。20代や30代で若ければ、そんな"たら"は起こりにくいの
30年前のインドの旅は、学生時代の21歳という若い時の旅でしたが、思い返せば大変きびしい旅でした。初めての海外旅行であり、約1か月間、泊まり歩いたところが安宿ばかりで様々なトラブルがあり、最後はへとへとになって帰ってきたことを今でも思い出します。25年前の旅も同様でした。(21歳の私、ベナレスの雑踏にて)その後の25年間は、結婚、子供の誕生、子育て、仕事など身の回りの生活に追われ、独身時代のような気ままなひとり旅は出来るはずもありませんでした。しかし、カレーの匂いを嗅ぐとインドを思
สวัสดีเจ้า(sawàtdiicâw)今年に入って、沢木耕太郎のあの名著『深夜特急』を読んでいます。今は3インド・ネパール編を。第八章「雨が私を眠らせる」を読み途中なんですけど、心の琴線に触れる一節がありました。それをこの日記に書き留めたくて、今に至ります。本を読んでそんな一節に巡り会うって、個人的にはあまりないので自分でも自覚ないけどかなりグッときたんでしょうね。協力隊生活タイ520日目/560日間任地491日目/527日間残り40日今日の
お読みいただきありがとうございます今月の還暦を意識しながら日々を充実させたいと思っていますよろしかったらお付き合いください⭐︎今月下旬にベトナム旅行に行きます一応Tさんからの還暦プレゼント成田前泊を合わせると6泊7日の旅だから新婚旅行みたいなものですね東南アジアに行きたいという希望を叶えてくれました(YouTuberトキコさんの影響いつかロングステイも楽しみたいので下見も兼ねて⁈)旅行の企画が好きなTさんですが今回はパックツアーなので基本何も考えなくてよい
ここ数年は持病の合併症の進行は穏やかになって忘れがちでしたが、先日に症状が出てしまいました。特に感染症にかかりやすいので、日常の体調管理に一層気を付けて10年後、20年後(ないか?)の自分を想像したいです。~4年ほど前の入院中~さて、生命保険を見直していますが、生命保険に入った30年前と今では自分の境遇と環境、社会も大きく変わっています。ベトナム入院中に保険金を調べて知ったことは、お医者さんが病気と診断しても保険金が出ないケースが少なくありません。~カ
お読みいただきありがとうございます1ヶ月後の還暦を意識しながら日々を充実させたいと思っていますよろしかったらお付き合いください⭐︎新たな職場のWi-Fi環境が悪く昼休みくらいしか携帯を使えない電波のいいトコロに行ってブログを読んで「いいね」をするのがやっとなのですなので出勤して始業までの間や昼休みの合間本を読むのが日課となっています以前からお気に入りの婚活食堂は、図書館の順番待ちなので今読んでいるのはこちらです山口恵以子(えいこ)さんのこのエッセイは中身が濃
5月に読んだ文庫本深夜特急香港マカオ沢木耕太郎もう一度香港へそしてマカオへ行きたいと思っているので読んでみました私はしっかり予定を立てて旅する派なので海外に行き当たりばったりで出掛ける勇気は無いな50歳からのご機嫌ひとり旅山崎りこ深夜特急とは正反対で持ち物からホテルまでしっかり準備をして出掛ける準備から楽しむ本りこさんほど贅沢な旅はできないけど予定を立てたり頭の中でシミュレーションするところから楽しみなんですよね私もひとり旅を楽しめるようになりたい彼女は
コンビニ兄弟の他にも図書館で本を借りました(*^-^*)韓国料理の本とそれから深夜特急の文庫本今頃深夜特急?ってカンジですけど今月の初め深夜特急のドラマを見ました全部は見れなくてまた放送ないかな?と思っていたけどもうなそうですそれで本を読もうかと~とりあえず、2冊借りました旅行記読んでいるとワクワクしてきますね감사합니다m(__)mランキングに参加していますぽち
先日、『旅行人』がとうとう終了した。旅行人の代表は、バックパッカーの教祖と言われた蔵前仁一さん。80年代から世界各地を旅して、86年に『ゴーゴー・インド』で作家デビュー。95年に出版社『旅行人』を立ち上げて、雑誌『旅行人』や数々の旅行記、ガイドブックを発行した。大学時代の1999年に初めてインドに行ってドハマりした私は、図書館で片っ端からインド関係、旅関係の本を借りてきて、夢中になって読んだものだった。蔵前さんの作品もいくつも読んだし、【中古】
音楽はくすり-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beGirlatUniversoParalello2024Omikinale(phaxeremix)LONGERVIDEOYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtube.comこの世は悲しい
「スケジュールを決めずに、世界中を気ままに旅してみたい。」と思ったことがある人は多いと思います。でも、諸々の事情で実現出来ない人が大半なはず。私もその一人です。本作は、そんな夢のような旅を実現した沢木耕太郎さんの紀行文です。著者は、インドのデリーからロンドンまで乗り合いバスで行くという無謀な旅を思い立ち、仕事を全て投げ出して、日本と出発しました。本作では、デリーでの滞在の一部と、途中で立ち寄るだけの筈だった香港とマカオにどっぷりはまった日々について描かれています
沢木耕太郎原作の「深夜特急」はひところ話題になっていたのでなんとなく知っていました。しかしちゃんと読んだことも見たこともなかったのですが、日本映画チャンネルでやっていたので見てみました。「熱風アジア編」「ユーラシア編」「ヨーロッパ編」と三編に分かれていました。まず、若き日の沢木耕太郎は、友人たちと飲んでいる時に、ロンドンまでバスを乗り継いでいけるかという話をします。そうして、バスで行くとしたら起点はデリーがいいのではないかということになり、本当に行けるかどうかだんだん真剣になっていって、「行く
はじめてバンコクに来たのは今から30年くらい前、東南アジアの熱気と活気を衝撃的に感じたことを今でも鮮明に覚えています。確かその当時は電車(BTS)は建設中で、バンコクの空の玄関口はドンムアン空港でした。最近の日本の若者がバンコクに来たら高層のビルやマンションが郊外まで立ち並ぶ大都会に驚くはずで、当時の自分とは真逆の印象でしょう。さて、30年前に自分が感じた東南アジアの活気は、今ではミャンマーより西の南アジアにしかない気がします。相変わらず自分の旅のカタチ
1986年、作家の沢木耕太郎が発表した紀行文学『深夜特急』。デリーからロンドンまで、バスを乗り継いでユーラシアを横断する旅の記録です。デリー、カラチ、テヘラン、イスタンブール、そしてロンドン。この静かな旅の物語は、世代を超えて読み継がれてきました。しかし不思議なことに、特に強く心をつかまれているのが「50代の男性たち」です。私自身も、その一人です。なぜこの本は、人生の折り返し地点にいる私たちの胸に、これほど深く響くのでしょうか。その理由を、「時代」「心理」「文学」という三つの視点か