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どうもnabetuneですもういよいよGWですね。なんとなく楽しめるのが今年いっぱいのような気がするので、特に用事はないのですが休みを入れました。十年ちょっと前だったら、足利大藤まつり号とか湊線の旧型3連とかで楽しかったんですけどね。まぁ足利臨はともかく、湊線の3連なら今も楽しめるか。キハ100動いてるところ見たいなぁ...今日の思い出フォトは、20年2月下旬に常磐線原ノ町以北で運転されたお座敷電車『華』による団臨編『臨時快速ジパング野馬追号19.7』どうもnabetuneです寒
一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。4月25日・26日、当法人三原由起子理事が『ふるさとは赤』短歌朗読ライブを開催しました。チェリストの四家卯大さんとの共演です。多くのご来場者皆さま、スタッフの皆さま、まことにありがとうございました。四家卯大さんのチェロの音色は三原理事の歌と相俟って、強さと美しさのある景色を作ってくれました。このようなイベントが今後も継続できたらと思います。------------------------------------------------
2026年4月23日。西村慎太郎です。少し旅に出ます。戻ってきます。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.com
一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。「第17回浪江を語ろう」の詳細が決定しました。会場でご参加頂ける皆さまは下記の連絡先までメールをお願い致します。YouTubeライブの配信も行います。こちらでご参加の皆さまは当日直接URLにアクセスしてください。------------------------------------第17回浪江を語ろう!—祭りと民謡—2026年6月27日(土)午後1時30分~午後3時30分浪江町地域スポーツセンター会議室(入場無料。現地参加者要
2026年4月22日。西村慎太郎です。昨日に引き続き大字小丸ネタ。以前にも述べた幕末の大堀村在郷給人である山田鉄三郎が記した地誌『標葉老談』(東京大学史料編纂所蔵写本)には小丸村の字名が記されています。同時期に編纂された藩の地誌『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵写本。原本は相馬市指定文化財)との相違があるので、現在遺されている小字とも合わせて比較してみたいと思います。黒字は『奥相志』に記された字名、赤字は『標葉老談』に記された字名、青字は2010年のゼンリン住宅地図に記された小字です。
浜街道トレイルから自宅に帰ってきました。さっそく道の駅なみえで買ってきたお土産で乾杯です。『道の駅なみえで「なみえ焼そば」&「甘酒ソフト」遠征帰りは道の駅グルメ!』たっぷり歩いた後は美味しいものが食べたい!そんなわけで、ふくしま浜街道トレイルを歩いた帰りに、道の駅なみえに立ち寄りました。…ameblo.jp道の駅なみえには同じ敷地内に「なみえの技・なりわい館」というものがあり、鈴木酒造さんが入居してお酒を醸しています。もともとは町内の請戸地区で酒造りをしていたのですが、津
ということで福島桜ツアー、富岡市のすばらしい夜の森桜並木を観賞後は、さらに6号を北上し南相馬市へ。途中、浪江付近で昼時だったので、道の駅なみえで昼飯を食おうかと思ったら激混みで食えず。周辺の方々は昼飯食いにみんな道の駅へ来てるんですかね。道の駅なみえ付近では桜まつりもやっていたようですが、昼飯が食えなかったのでパスしてそのまま6号を北上しました。富岡から6号を北上していても、6号沿いには飯屋がほとんどありませんでした。これも東日本大震災による原発事故で帰宅困難地域になっていた影響でし
2026年4月21日。西村慎太郎です。現在、『大字誌浪江町小丸』の編纂を進めており、特に戦後の歴史については小丸哲也さんからの聞き取り調査を2度にわたって行い、その聞き取りの成果を掲載したいと考えております。すでにテープ起こしは終了し、細かい確認をしているところですが、ひとつの謎がありました。それは「小丸の「カイロク」というところに営林署があった」という内容でした。この「カイロク」とは、漢字で書くと「海陸」と書いたそうです。「海陸」の地名は住宅地図にも掲載されていなければ、哲哉さんの娘さ
2026年4月20日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。42丁目表はすべて抹消されているので、42丁目裏です。----------------------------------------------一、中学校
2026年4月19日。西村慎太郎です。今日も相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』2(続群書類従完成会、2002年。原本相馬和胤氏蔵)から浪江町域の記述を確認したいと思います。今日は相馬中村藩第七代藩主相馬尊胤の享保16年(1731)~延享2年(1745)までです。-----------------------------------------------------------・享保16年(1731)9月条一、同月、幾世橋瑞雲台養真殿ノ神体・仏像・神器・仏具等、寺社方江配分被仰付
こんにちは~児童発達支援・放課後等デイサービスこどもサークル中央台です本日の活動をお伝えします今日はお天気も良く、過ごしやすい一日になりそうですね自分たちで行きたいところややりたいことを相談して実行してみましょう・公園・リプルンふくしまの意見が出たので、午前中はラッキー公園、午後からはリプルン福島という予定になりましたまずは道の駅浪江にあるラッキー公園へ到着まずは公園内で遊んですごします可愛らしいポケモンが沢山公園内で沢山身体
2026年4月18日。西村慎太郎です。今日も相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』2(続群書類従完成会、2002年。原本相馬和胤氏蔵)から浪江町域の記述を確認したいと思います。今日は相馬中村藩第七代藩主相馬尊胤の享保13年(1728)~享保14年(1729)までです。-----------------------------------------------------------・享保13年8月条一、十一日、太守幾世橋江御入、昌胤君より御軍法連年御相伝、依之御印可御極メ、此節
2026年4月17日。西村慎太郎です。再び相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』2(続群書類従完成会、2002年。原本相馬和胤氏蔵)から浪江町域の記述を確認したいと思います。今日は相馬中村藩第七代藩主相馬尊胤の享保5年(1720)~享保10年(1725)までです。-----------------------------------------------------------・享保5年(1720)6月条一、廿一日、徳胤君江戸御発駕〈東道御旅行〉、廿六日、幾世橋江御入、昌胤君
2026年4月16日。西村慎太郎です。前回の今野美壽『吏務餘録』では明治27年に結成された産馬組合の記事を翻刻してみました。このあたりは産馬の一大産地なので、『福島県農業史4各論Ⅱ』(福島県、1984年)より少しまとめておきたいと思います。そもそも相馬中村藩領では産馬に取り組んでおり、全国の著名な馬産地のひとつとして捉えられていました。しかし、良馬の生産が十分ではなかったため、仙台産を購入して飼育したようです。その中でも山中郷が第一の生産地で、津島・野川では三春駒に似た乗馬用の名馬が
一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。4月25日・26日、当法人三原由起子理事が『ふるさとは赤』短歌朗読ライブを開催します。チェリストの四家卯大さんとの共演です。----------------------------------------------------一般社団法人浪江町歴史文化フォーラム【東京事務所】198-0063東京都青梅市梅郷3-863-2西村方E-メールinfo@namieforum.comホームページhttps://nam
2026年4月15日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。41丁目表から41丁目裏です。----------------------------------------------明治廿七年一、日清戦役動員下令
たっぷり歩いた後は美味しいものが食べたい!そんなわけで、ふくしま浜街道トレイルを歩いた帰りに、道の駅なみえに立ち寄りました。ここの道の駅はフードコートの他にパン屋さんやカフェなどが入居していて、ここ一ヶ所で様々な「食」を体験できるのが特徴です。訪れるたびに美味しそうなものがあって目移りしちゃうんですよね。「でも、いっつも営業時間外か、夕方に来るから売り切れてるかのどっちかだっぺ」「…まぁ、今日は営業時間内に来られたじゃない!」「でも狙ってたグリーンカレーパンは売り切れだし、すいと
2026年4月14日。西村慎太郎です。4月18日に浪江の方がたが行う通称「城攻め」は大平山城(正確には大平山舘)であるとのこと。西村は残念ながら参加できないので、大平山舘について簡単ご紹介したいと思います。大平山舘について、最古の資料は幕末に相馬中村藩で編纂された『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵写本。原本は相馬市指定文化財)受戸村(現在の浪江町大字請戸)の項目に記されています。以下の記述が典拠になっています。----------------------------------------
2026年4月13日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。40丁目表から41丁目裏です。----------------------------------------------明治廿六年一、村長・助役並ニ収入
2026年4月12日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。39丁目表途中から39丁目裏です。----------------------------------------------一、里道一等線野川街道開修、延
(いまだある福島の光景。©ToruYamada/IMPLEOInc.)2018年から撮影をはじめた山田徹監督のドキュメンタリー映画『三角屋の交差点で』(東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開中)は、東日本大震災から15年の節目を迎えた今年、ようやく船出しました。この15年間、福島と向き合い続けてきた山田監督は何を思うのか?そしてこれから山田監督はどこへ向かうのか?インタビュー第5弾のテーマは「福島から考える私たちの暮らし、山田監督のこれから」です。ーー山田監督は震
(1919年生まれ。4児を育てたテツさん。©ToruYamada/IMPLEOInc.)震災で家を失った一家を追ったドキュメンタリー映画『三角屋の交差点で』(東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開)は、老老介護と認知症の現実も映し出します。ただし山田徹監督のインタビューに当時99歳だったテツさんは、かくしゃくと答えます。山田監督の目にテツさんの症状はどのように写ったのでしょうか?第2回のテーマは「テツさんの胸の内」です。ーー本作は一家が県営復興住宅で暮らし、浪江の自
2026年4月11日。西村慎太郎です。引き続き、大聖寺文殊堂についてです。一昨日のブログで登場した第五代藩主相馬昌胤の息子富松も登場します🤩----------------------------------------正徳元辛卯年公令子誕、称富松邦胤、公慈愛特渥矣、以此文殊為邦胤君一代擁護本尊、令尊禱令子成長、納親筆願書、且広前栽百日紅、其書云、富松一代の守本尊たるに依而、初生砌より丹州切渡の文殊へ代僧をして成長を祈る、信心の余当寺ノ寺内へ御堂建立云々、
2026年4月10日。西村慎太郎です。昨日のブログで相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』2(続群書類従完成会、2002年。原本相馬和胤氏蔵)より、大聖寺文殊堂の文殊菩薩は相馬中村藩第五代藩主相馬昌胤の息子である富松の「一大擁護本尊」としたと『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵写本。原本相馬市指定文化財)に記されていることを確認致しました。では、この大聖寺文殊堂がどのようなものか、『奥相志』の記事から検証してみたいと思います。------------------------------------
2026年4月9日。再び相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』2(続群書類従完成会、2002年。原本相馬和胤氏蔵)から浪江町域の記述を確認したいと思います。今日は相馬中村藩第七代藩主相馬尊胤の正徳5年(1715)~享保3年(1718)までです。-----------------------------------------------------------・正徳5年(1715)6月条一、廿五日、幾世橋大聖寺ノ文殊開帳、惣侍参詣被仰付、・正徳5年(1715)8月条一、廿
天皇一家福島から帰京結局天皇一家の福島訪問の目的は何だったのかおわかりになりますか?一泊二日で1泊目は半日で1か所。この供花台は原発の所に設置。原発で死んだ人はいないのに・・・という意見もあります。今回、海側には行ってないって事ですね。白手袋に関しての決まりはわからないですね。「献花」は仏教。「供花」は神道でしょうか?すごい。見たかったみたいな表情で。手袋外してお話すべきではなかったかと思うのですが。服装についてもあえて書かなかったんですが、正直普段着ですよね。特に皇
2026年4月8日。大字小丸について、これまでも『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵。相馬市指定文化財)でも検証してきましたが、大堀村在郷給人の山田鉄五郎紀元による『標葉老談』にも小丸村の記述があります。不思議なことに各村の記述が『奥相志』と類似なのですが、全く一緒ではなく、なぜか小丸村が一番冒頭に来ています。山田は大堀村出身ですので、大堀村が冒頭にするのが良いかと思いますが、小丸村・大堀村の順番になっています。それはそれとして、小丸村の記述には中世武士の居館跡に関する記述があります。
一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。2025年8月、昭和学院中学校高等学校地域研究部の生徒たちが当法人で行いました小丸区有文書保存・調査活動にお越しになりました。その時の活動について昭和学院中学校高等学校総合誌『言の葉』77号に掲載されました。昭和学院中学校高等学校地域研究部の皆さま、ありがとうございます。----------------------------------------------------一般社団法人浪江町歴史文化フォーラム【東京事務所】
2026年4月7日。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。38丁目裏途中から39丁目表の途中です。----------------------------------------------一、昼曽根分教室移転改築当地分教室矢具野
2月の連休を利用して、浜街道トレイルと併せてふくしまフットパスを歩いてきました。まずは浜街道トレイルで歩いてきた浪江町で、フットパス浪江を歩くところからスタート。ちなみに、浜街道トレイルの前回までの記録はこちらになりますので、併せてお読みいただければ嬉しいです。『ふくしま浜街道トレイル記録一覧』…ameblo.jp今年の2月は忙しい…。我が社も世間のブームに追従せよ!というわけで、人手不足が進行しているからだ。賃金アップも追従してほしいものだが、その手の話になると「ヨソ