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今からおよそ565年前、織田信長は舞曲「敦盛」から意を得て「人間50年」と謡いました。――思へばこの世は常の住み家にあらず草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし――金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる南楼の月を弄ぶ輩も月に先立つて有為の雲にかくれり人間五十年下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなりひとたび生を受け滅せぬもののあるべきか――これを菩提の種と思い定めざらんば口惜しかりきしだいぞ3万と言われる今川義元の陰陽怪異な
おとといの土曜日にIBC岩手放送のラジオ番組「すっぴん土曜日」を聴いていたら、あさつきの肉巻きという料理の話題が出ていて超気になったので、ゆうべ作っちゃった❗簡単で美味しかったから、またチャレンジしよう。今日は俺はお休みだけど、妻は仕事だから朝しっかり送っていったのさ。いつもお仕事ご苦労様です。お陰様で毎日美味しいビールが飲めます。感謝しておりますぞよ😃💕妻を送ったあと、懐かしい映画を見たぞ。懐かしいったって俺は初めて見た、なんたって1965年の日活映画だもの。俺が三歳
1963年:19曲目私のレコードコレクションの中にある「草笛を吹こうよ」は1963年に発売されたテイチク30周年記念作品。日活映画の浜田光夫氏と大映映画の三条江梨子さんがデュエットしたもので、当時高校生の私がなぜこのレコードを買ったのかは今となっては思い出せないが、三条江梨子さんがとにかく美人だった事は覚えているので、動機はそれだったかも知れない?最盛期の1963年には浜田光夫氏と吉永小百合さんコンビの映画作品は年間10本近く公開されていた。2人は1年で顔を合わせない日は数日だったという忙し
吉永小百合主演「キューポラのある街」が監督デビュー作品だった浦山桐郎監督の次の作品が、和泉雅子主演の「非行少女」でした。新人監督による「キューポラのある町」は、その年のキネマ旬報ベストテン第2位になるなど、辛口のキネマ旬報の選定者を唸らせるものでした。日活アクション映画や青春映画からは、一線を画していた浦山桐郎監督の社会派映画で、この作品では、モスクワ国際映画祭では金賞を獲得しています。浦山監督は、この後「私を棄てた女」「青春の門」などを話題の作品が続いたが、生涯10本の映画
浜田光夫さんが名古屋での事故で、映画撮影から離脱します。それまでの日活の黄金コンビ、吉永小百合・浜田光夫のコンビが崩れた時でした。小百合ちゃんの相手役には日活が力を入れていた渡哲也さんとのコンビに変更になります。そして渡さんが浜田さんの代役のような形で出演したのが「愛と死の記録」で、「絶唱」との併映で5億円規模の興行成績を収めます。そして1年4か月ぶりに復帰第一作映画「君は恋人」が作られました。日活撮影所では、浜田さんの復活を喜ぶ日活のスターたちが登場したりする中での、
吉永小百合さん主演の映画「光る海」が日活公式YouTubeでアンコール無料公開されている。以前にも見たが、改めて斬新なな思考を感じます。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be石坂洋次郎さんの原作は、朝日新聞に1960年に連載さ1963年に単行本刊行、映画化されました。私は1972年に中野良子さん主演のドラマを、当時中学生で観ていて、内容はあまり覚えて
♪マコ甘えてばかりでごめんねミコはとっても幸せなのはかない命と知った日にいじわる言って泣いたとき泪をふいてくれたマコ♪『愛と死をみつめて』青山和子昭和39年日本レコード大賞曲「泪流して唄っている」青山和子の絶唱は10歳の少年の胸をもつまらせた。←テレビドラマ、大空真弓・山本圭『愛と死をみつめて』昭和39年(1964年)東京オリンピックで、日本中が歓喜していたそんな時吉永小百合、浜田光夫の青春コンビで映画化された『愛と死をみつ
東京の中心、花の銀座のど真ん中に、突然現れるのが昭和を感じさせるレトロな地下通路が、三原橋地下商店街でした。最盛期には、すべての店が営業していましたが、さすらいが行くようになった頃は、銀座シネパトスの3館の他に、カレーショップ三原など数店しか営業しておらず、夜には行くことがありませんでしたから、開いている店が殆どありませんでした。薄暗い地下の雰囲気で、知らない人は通る事もなかったでしょう。それでも横断歩道代わりに、この地下道を抜ける人たちもいました。現在は、全く埋め立てられて、過去にそこに
12月は前半と後半に一度ずつ、“昭和の映画館”岐阜・柳ケ瀬のロイヤル劇場へ出掛けました。年末の上映2週間の企画タイトルは「昭和の青春スター和泉雅子特集」となっており、昨年7月に亡くなった女優・和泉雅子の追悼上映という趣きでした。私がスクリーン鑑賞したのは第1週に上映された、“寡作の映画監督”浦山桐郎がメガホンを取った映画『非行少女』。前年の1962年に『キューポラのある街』で監督デビューした浦山桐郎の監督第2作目の作品です。ロイヤル劇場(料金は一律600円)。和泉雅子が演
NHK「スクリ-ンの中の東京百年」を観ていた。小津安二郎の頃の映画には、あまり音楽が流れると言う場面が無い。それでいて、淡々と心情が伝わって来る。「いつでも夢を」が映画だったとは知らなかった。浜田光夫と吉永小百合の共演だったと、昨夜のTV番組で知った。にほんブログ村
チャンネルNECOの和泉雅子追悼特集でエアチェックしておいた「君は恋人」を鑑賞。本作の主演俳優・浜田光夫が、この映画が製作される前年に、トラブルに巻き込まれ、大怪我を負い…復帰作となった、当時の日活オールスター映画。裕次郎、旭、英樹、錠、小百合、ルリ子…等々、お馴染みの日活スターが友情出演しているのはもちろんのこと、坂本九、舟木一夫、スパイダース(かまやつさんやマチャアキ)、元祖ジャニタレ“ジャニーズ”など歌唱ゲストもとにかく豪華…見たことある人いっぱい。和泉雅子は主人公・浜田光夫の一応、相
浜田光夫さんの事故から復帰した作品が「君は恋人」で、多くの日活俳優さんたちが出演する他に、歌手の人達も沢山応援出演、友情出演された映画でした。舟木さんも友人である浜田さんの為に出演し歌も歌われました。そして純愛ゴールデンコンビ「吉永小百合・浜田光夫」の復活作品となったのが、「花の恋人たち」です。明るい表情の浜田さんの姿を久しぶりに見た作品でした。日活女優陣が大挙出演して、日活らしい明るい映画になっています。この映画にも舟木さんは出演。重要な役ではありませんが、山本陽子さんの弟
舟木一夫全曲集2026-舟木一夫Amazon(アマゾン)3,500円平凡1962年4月号小林旭1938年(昭和13年)11月3日生まれ1956年日活デビュー浜田光夫1943年(昭和18年)10月1日生まれ1960年日活デビュー高橋英樹1944年(昭和19年)2月10日生まれ1961年日活デビュー吉永小百合1945年(昭和20年)3月13日生まれ1960年日活デビュー松原智恵子1945年(昭和20年)1月6日生
非行少女-1963-日活によるアンコール無料配信で観ました1963年3月17日公開解説森山啓の『青い靴』(雑誌発表時のタイトルは『三郎と若枝』)を石堂淑朗と浦山桐郎が脚色し映画化。浦山桐郎にとっては「キューポラのある街」に続く第2作で、主演の和泉雅子の演技が高い評価を受けた作品、1963年第3回モスクワ国際映画祭金賞受賞、同年9第37回キネマ旬報賞日本映画ベスト・テン10位、主演の和泉雅子はその演技力が認められ、エランドール新人賞を受賞、またモスクワ映画祭の審査員を務めたフランスの俳優
赤い蕾と白い花-1962-日活によるアンコール無料配信で観ました主題歌「寒い朝」-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be1962年12月31日公開解説『赤い蕾と白い花』は、石坂洋次郎の小説『寒い朝』を原作とした日本映画。1959年の『若い素顔』(松竹製作)に続き1962年、2度目の映画化作品。6月10日公開。吉永小百合・浜田光夫による青春映画である。製
舟木一夫と仲間たちその2舟木一夫というスターの事だけを見つめてブログを描いていると、舟木一夫誕生から、自分が生きている様な錯覚に陥る時があります。1963年からの中学三年生だった時からの事だけが、鮮明に思浮かべる事が出来るのは、その当時の多くの雑誌や記事に触れて来たからでしょう。当時を思い出すと「あゝ青春の胸の血は」を聴いて、何とも不思議な題名が付いた曲だ!と思ったものでした。ラジオを聴きながら必死に歌詞を書き写したのを思い出します。「高原のお嬢さん」での『リーフリーフ』が
光る海-1963-日活によるアンコール無料配信で観ました1963年12月25日公開解説石坂洋次郎の同名小説より、「野獣の青春」の池田一朗が脚色、「現代っ子」の中平康が監督した青春もの。撮影は「太平洋ひとりぼっち」の山崎善弘ストーリー四年間、三十三人の女子学生の中で耐えてきた英文科の七人のサムライ、野坂、向井、浅沼等は、卒業式もついに、総代を作家志望の石田美枝子と、美人の葉山和子にとられて、気が重かった。卒業パーティの終ったあと、忘れ物のバッグを届けに野坂は、美枝子の家を訪れた。美枝子
上を向いて歩こうを観た。少年院からの集団脱走から始まる、中々支離滅裂な青春歌謡映画だ。一時期の日本映画を牽引する舛田利雄が、30代の日活若手監督としてスクリーンの後ろで駆けずり回っているのが見える。企画水の江滝子、脚本山田信夫、音楽は御大、中村八大だ。主演はもちろん坂本九だが、浜田光夫と吉永小百合の日活ゴールデンコンビに、若き日の高橋英樹も加わる。無理ムリドラマチックに仕上げるため、ボクシング/音楽/ドラム/足の不自由な身内/新車のトラック/ヤクザ/違法賭博と何でも有りだ。オーラス、タイトル曲を
いつでも夢を-1963-この映画は、先日お亡くなりになられた橋幸夫氏の追悼として、YouTubeで配信されていました-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be1963年1月11日公開解説「いつでも夢を」は、1962年(昭和37年)に発表された橋幸夫と吉永小百合のデュエット曲。橋の27枚目、吉永の3枚目のシングル。同年暮れの第4回日本レコード大賞で大賞を受
久し振りの外出も、気温は36℃を超えて、家を出た途端に汗が吹き出します。歌好きのさすらいですが、最近ではカラオケ歌うのも年に一度か二度の事、今年初めてのカラオケでした。最初の景気づけは「銭形平次」でしたが、一気に昭和60年代の歌に突入します。西郷輝彦「チャペルに続く白い道」久保浩「霧の中の少女」安達明「女学生」浜田光夫・三条江梨子「草笛を吹こうよ」梶光夫・高田美和「わが愛を星に祈りて」仲宗根美樹「川は流れる」和田弘とマヒナスターズ・多摩幸子「北上夜曲」北原謙二「若い二
毎日の食事に感謝を伝えよう!▼本日限定!ブログスタンプ食べ物を大切にする日、なんてあるんですね、そこで思いついたのが、大切にし過ぎて食べられないクッキーが。。。。。先日参加してきた、浜やんのディナーショーで一人一人の席にテーブルセッティングと一緒に置かれてましたとても流行ってますよね、このプリントクッキー実は息子の野球部での打ち上げでも、こういうのに詳しいママ友さんが、部員全員分の野球プレーしている写真をクッキーにして配ってくれたんですそれもなかなか食べられな
『雨の中の二人』橋幸夫作詞宮川哲夫作曲利根一郎1966年1月発売橋幸夫さんの訃報が報じられましたつい先日夢グループの社長の話で橋さんが入院されているとは聞いていましたが残念です橋さんの楽曲の多くは作詞が佐伯孝夫さん作曲はビクターの大御所吉田正さんがほとんどでしたが👆の『雨の中の二人』ではクレジットのお二人の作品となりました私的には好きなサウンドです(あくまでも個人的な感想です)『恋をするなら』橋幸夫作詞佐伯孝夫作曲吉田正1964年8月発売私が6歳の誕生
「君は恋人」1967年日活日活は1970年にはロマンポルノ路線に舵を切っているから、60年代後半は万策尽きて八方塞がりなんです。自前の俳優の育成もままならず、ヒット曲に頼った歌謡映画を乱立させて、役者のセリフにも広告を混ぜて、スポンサー企業の製品の映り込みが激しい、民度の低い映画を粗製濫造していた時期です。君は恋人[浜田光夫]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}この時期の日活を支えて活躍していた俳優のひとり、浜田光夫が飲み
2025年8月24日早朝5時30分✨✨キラキラ光る水面✨✨透明感はないけれど隅田川の緩やかな細波が光る。そう言えば光る海と言うタイトルの映画があったような氣がして検索をすると浜田光夫さん吉永小百合さん共演の映画ビルとビルの間から見える隅田川が光るそれを見て映画の光る海のタイトルを思い出す→浜田光夫さんを思い出す→芦川いづみさん太田雅子さん(現・梶芽衣子)をまるで連想ゲームのように思い出し懐かしんでいます。日活の映画制作の協力依頼を受け微力ながらお手
猛暑日になりました最寄り駅から、37分比較的近い会場ですこのやさしい笑顔にお会いしてきました6列31通路側良ーく舟木さんを見つめることが出来たんです徹子の部屋に出演された時のお話をされました徹子さんがあなた80歳になられたんですかおめでとうございますとと言っていただき徹子さんは92歳よく記者に尋ねられれるそうですが舟木さんのいつまで歌われるんですかと分かりませんよ後何年で亡くなるんですかと言われてるようで
強制じゃなく気儘ならば歩く意思満々wでもそうじゃない場合は休みたいんだよなぁ8.14も26,000歩強、17kmちょっとかされどゆうゆう窓口には行かずwなんだかんだ体力はある?が、体調異変は頻繁だ8.14は脂肪燃焼時間266分との表記だが水分が抜ける時間も同等じゃないのか?とにかく水カフェイン入りお茶なら大量にあるがそれじゃダメみたいだ。カフェイン入りだと利尿作用で却って抜けてしまう場合もあるみたい。スーパーでノンカフェイン飲料(無糖)をみると手が伸び
浜田光夫SummerDinnerShow20252025年8月17日(日)昨日も、とても暑い一日でした丸ノ内線の大手町から東西線の竹橋駅下車。お友だちと早めに14:30に着いたので取り敢えず12階の喫茶でお茶タイムをして~なんとか汗が引きました12階の喫茶からの眺めです16:00に会場の10階へ下りて開場を待ちます受付でテーブルを確認して~16:30開場テーブルは10人がけで・・・確か1
浜田光夫SummerDinnerShow20258/17MENU美味しく戴きました前菜盛り合わせフカヒレ姿と豚スペアリブと冬瓜入り蒸しスープ牛肉の柔らか煮海老のカダイフ巻きチリソース野菜添え(途中食べかけにてスンマセンネ)蓮の葉チマキ杏仁豆腐マンゴー水晶菓子フルーツの盛り合わせ飲み物はビール・ウィスキー・赤ワイン・白ワインオレンジジュース・ウーロン茶等々お代わり自由でした
今年も浜やんに会いに行ってきました!浜田光夫『summerdinnershow20258月17日(日)開催のお知らせ』すっかり夏の日差しになってきましたね・・・summerdinnershow2025の詳細が決まりました!司会には村野武範さんをそして特別ゲストに舟木一夫…ameblo.jp初めて行ったディナーショーは冬、クリスマス🎅2回目は春、4月の原宿、ヒデキの「カタログ」という歌の歌詞が、4月の~原宿は~と始まるので、口ずさみながらルンルン気分で出かけました。