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日活の俳優さん達も、一番若い和泉雅子さんが亡くなって、なんだか残った方達も少なくなってきました。浜田光夫さん松原智恵子さん西尾三枝子さん、それぞれの日活時代の話を懐かしくされています。そして和泉雅子さんもインタビューも出てきます。この三人が共演した作品と言うのは、思いつきません。浜田さんと松原さんは、舟木さんも出演した「仲間たち」で共演しています。浜田さんと西尾さんは、三田明さんの歌謡映画と言える「美しい十代」で共演しています。松原さんと西尾さんは、実は「学園広場」には同時に出演し
小学校6年生の時にラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビューしていますから、すでに芸能生活69年、来年は70周年になる吉永小百合さん。映画デビューは1959年の松竹映画「朝を呼ぶ口笛」で、新聞少年が憧れる配達先のお嬢さん役でした。日活時代の吉永小百合さんの映画は、ほぼ全部見ています。そして「サユリスト」なる言葉が生まれる前には、すでに写真集なども買ったものです。吉永小百合ファンを決定づけた作品が「泥だらけのの純情」でした。日活時代の作品では「キューポラのある街」「伊豆の踊子」「愛と死を見
伊勢神宮(内宮)門前の参道「おはらい町」を走り抜けようとしたら、すでに朝9時を過ぎていて、すでに参道は観光客でいっぱいになっていたので、すぐ近くの五十鈴川沿いを走りました。写真奥の橋は、赤福本店の横に架かる「新橋」です。17㎞走(5分58秒/㎞)。全く脈絡のないことですが、この日の帰宅後、1964年の映画『潮騒』(三島由紀夫原作、森永健次郎監督、吉永小百合&浜田光夫主演、日活配給)を視聴しました。この同名小説はこれまで5度、映画化されていますが、1964年作品は第2作です。これまで
1963年制作の白黒映画である。今は亡き日活映画のスター和泉雅子が15歳の時に、浜田光夫と共に主演した映画である。映画を観た私は、単なる若い男女の恋愛ものとみていたのだが、アフタートークをお聞きし作品の深さを知りました。昨日午後、JRウォークで疲れた体に鞭打って、札幌エルプラザで札幌映画サークルが主催する映画「非行少女」を観賞しました。足を運んだ理由は、和泉雅子さんが後年、北極探検家となり北極点に到達したお話を直接伺った際の、女優らしくない一種豪快な人柄に魅せられたことで
昭和の1960年代初めの頃の芸能界のスターと言えば、映画俳優であった時代と言って良いでしょう。舟木さんなどが登場して「芸能人ベスト10」となると、映画俳優だけでなく歌謡界、スポーツ界からもヒーローやヒロインが出て来て、逆に「映画スターベスト10」と言ったものは見られなくなりました。そんな1960年代初めの雑誌に投票された映画俳優のベスト10です。1962年とありますが、実際に掲載されたのは翌年の63年の雑誌です。「1962年度映画スターベスト10」「激流に生きる男」赤木圭
東京・中目黒の駒沢通り(3月28日車窓から)舟木一夫ツアーコンサート2026の曲⑳「仲間たち」本題に入る前に―。舟木一夫さんの「ROCK’NROLLふるさと」に♪春はつくしのおひたし夏はキュウリの生かじり…という歌詞があります。つくしは早春の道端や土手の枯草の間から芽を出します。やがて枯れてカサカサになる4月初め頃、同じ地下茎からスギナの芽が出ます。スギナは12月頃に枯れ、真冬は地上部に何もなくなりますが、地下茎は生きていて、早春に出すつくしの準備をしています。形態として
舟木一夫好きな歌は?|投票(アンケート)舟木一夫ファンの皆様すべての楽曲は載せられませんでしたので、セレクトした49曲からのランキングですがお選びください。blog.with2.net舟木一夫好きな曲は!№2追加49曲|投票(アンケート)既に「舟木一夫好きな曲は!」スタートしていますが、前回の49曲では足りないので、更に49曲追加しました。票数をなるべく近づけるため、選曲は5曲まででお願いします。№1のアンケートのまだな方は、両方のアンケートに投票ください。blo
浜田光夫1943年10月1日生まれ82歳日活入社1960年松原智恵子1945年1月6日生まれ81歳日活入社1960年高橋英樹1944年2月10日生まれ82歳日活入社1961年日活の俳優さんたちは、こぞって日活撮影所は学校みたいなところで、同級生の様だった。そんな事を話す俳優さんは多い。吉永小百合、山内賢、和田浩治、和泉雅子、渡哲也、藤竜也など、多少の学年の違いはあるけれど、同世代の俳優さんが多かった映画会社でした。日活専属ではないけれど、舟木さんも西
横浜が舞台「さようならの季節」、杉田劇場で上映横浜映画ギャラリー展も横浜市磯子区民文化センター杉田劇場(横浜市磯子区杉田1)で3月7日、昭和の映画「さようならの季節」が特別上映される。www.hamakei.com今週末のお楽しみは、浜田光夫さん主演の映画「さようならの季節」を観に行くこと!浜やんご本人もいらっしゃるとのことで、ルンルン気分浜活仲間の皆様に久々に再会できることもすごく嬉しいこの映画は、ブラジル移住がテーマで、移民の出発地としてにぎわった1960年代の横浜が
今からおよそ565年前、織田信長は舞曲「敦盛」から意を得て「人間50年」と謡いました。――思へばこの世は常の住み家にあらず草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし――金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる南楼の月を弄ぶ輩も月に先立つて有為の雲にかくれり人間五十年下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなりひとたび生を受け滅せぬもののあるべきか――これを菩提の種と思い定めざらんば口惜しかりきしだいぞ3万と言われる今川義元の陰陽怪異な
おとといの土曜日にIBC岩手放送のラジオ番組「すっぴん土曜日」を聴いていたら、あさつきの肉巻きという料理の話題が出ていて超気になったので、ゆうべ作っちゃった❗簡単で美味しかったから、またチャレンジしよう。今日は俺はお休みだけど、妻は仕事だから朝しっかり送っていったのさ。いつもお仕事ご苦労様です。お陰様で毎日美味しいビールが飲めます。感謝しておりますぞよ😃💕妻を送ったあと、懐かしい映画を見たぞ。懐かしいったって俺は初めて見た、なんたって1965年の日活映画だもの。俺が三歳
1963年:19曲目私のレコードコレクションの中にある「草笛を吹こうよ」は1963年に発売されたテイチク30周年記念作品。日活映画の浜田光夫氏と大映映画の三条江梨子さんがデュエットしたもので、当時高校生の私がなぜこのレコードを買ったのかは今となっては思い出せないが、三条江梨子さんがとにかく美人だった事は覚えているので、動機はそれだったかも知れない?最盛期の1963年には浜田光夫氏と吉永小百合さんコンビの映画作品は年間10本近く公開されていた。2人は1年で顔を合わせない日は数日だったという忙し
吉永小百合主演「キューポラのある街」が監督デビュー作品だった浦山桐郎監督の次の作品が、和泉雅子主演の「非行少女」でした。新人監督による「キューポラのある町」は、その年のキネマ旬報ベストテン第2位になるなど、辛口のキネマ旬報の選定者を唸らせるものでした。日活アクション映画や青春映画からは、一線を画していた浦山桐郎監督の社会派映画で、この作品では、モスクワ国際映画祭では金賞を獲得しています。浦山監督は、この後「私を棄てた女」「青春の門」などを話題の作品が続いたが、生涯10本の映画
浜田光夫さんが名古屋での事故で、映画撮影から離脱します。それまでの日活の黄金コンビ、吉永小百合・浜田光夫のコンビが崩れた時でした。小百合ちゃんの相手役には日活が力を入れていた渡哲也さんとのコンビに変更になります。そして渡さんが浜田さんの代役のような形で出演したのが「愛と死の記録」で、「絶唱」との併映で5億円規模の興行成績を収めます。そして1年4か月ぶりに復帰第一作映画「君は恋人」が作られました。日活撮影所では、浜田さんの復活を喜ぶ日活のスターたちが登場したりする中での、
吉永小百合さん主演の映画「光る海」が日活公式YouTubeでアンコール無料公開されている。以前にも見たが、改めて斬新なな思考を感じます。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be石坂洋次郎さんの原作は、朝日新聞に1960年に連載さ1963年に単行本刊行、映画化されました。私は1972年に中野良子さん主演のドラマを、当時中学生で観ていて、内容はあまり覚えて
♪マコ甘えてばかりでごめんねミコはとっても幸せなのはかない命と知った日にいじわる言って泣いたとき泪をふいてくれたマコ♪『愛と死をみつめて』青山和子昭和39年日本レコード大賞曲「泪流して唄っている」青山和子の絶唱は10歳の少年の胸をもつまらせた。←テレビドラマ、大空真弓・山本圭『愛と死をみつめて』昭和39年(1964年)東京オリンピックで、日本中が歓喜していたそんな時吉永小百合、浜田光夫の青春コンビで映画化された『愛と死をみつ
東京の中心、花の銀座のど真ん中に、突然現れるのが昭和を感じさせるレトロな地下通路が、三原橋地下商店街でした。最盛期には、すべての店が営業していましたが、さすらいが行くようになった頃は、銀座シネパトスの3館の他に、カレーショップ三原など数店しか営業しておらず、夜には行くことがありませんでしたから、開いている店が殆どありませんでした。薄暗い地下の雰囲気で、知らない人は通る事もなかったでしょう。それでも横断歩道代わりに、この地下道を抜ける人たちもいました。現在は、全く埋め立てられて、過去にそこに
12月は前半と後半に一度ずつ、“昭和の映画館”岐阜・柳ケ瀬のロイヤル劇場へ出掛けました。年末の上映2週間の企画タイトルは「昭和の青春スター和泉雅子特集」となっており、昨年7月に亡くなった女優・和泉雅子の追悼上映という趣きでした。私がスクリーン鑑賞したのは第1週に上映された、“寡作の映画監督”浦山桐郎がメガホンを取った映画『非行少女』。前年の1962年に『キューポラのある街』で監督デビューした浦山桐郎の監督第2作目の作品です。ロイヤル劇場(料金は一律600円)。和泉雅子が演
NHK「スクリ-ンの中の東京百年」を観ていた。小津安二郎の頃の映画には、あまり音楽が流れると言う場面が無い。それでいて、淡々と心情が伝わって来る。「いつでも夢を」が映画だったとは知らなかった。浜田光夫と吉永小百合の共演だったと、昨夜のTV番組で知った。にほんブログ村
チャンネルNECOの和泉雅子追悼特集でエアチェックしておいた「君は恋人」を鑑賞。本作の主演俳優・浜田光夫が、この映画が製作される前年に、トラブルに巻き込まれ、大怪我を負い…復帰作となった、当時の日活オールスター映画。裕次郎、旭、英樹、錠、小百合、ルリ子…等々、お馴染みの日活スターが友情出演しているのはもちろんのこと、坂本九、舟木一夫、スパイダース(かまやつさんやマチャアキ)、元祖ジャニタレ“ジャニーズ”など歌唱ゲストもとにかく豪華…見たことある人いっぱい。和泉雅子は主人公・浜田光夫の一応、相
浜田光夫さんの事故から復帰した作品が「君は恋人」で、多くの日活俳優さんたちが出演する他に、歌手の人達も沢山応援出演、友情出演された映画でした。舟木さんも友人である浜田さんの為に出演し歌も歌われました。そして純愛ゴールデンコンビ「吉永小百合・浜田光夫」の復活作品となったのが、「花の恋人たち」です。明るい表情の浜田さんの姿を久しぶりに見た作品でした。日活女優陣が大挙出演して、日活らしい明るい映画になっています。この映画にも舟木さんは出演。重要な役ではありませんが、山本陽子さんの弟
舟木一夫全曲集2026-舟木一夫Amazon(アマゾン)3,500円平凡1962年4月号小林旭1938年(昭和13年)11月3日生まれ1956年日活デビュー浜田光夫1943年(昭和18年)10月1日生まれ1960年日活デビュー高橋英樹1944年(昭和19年)2月10日生まれ1961年日活デビュー吉永小百合1945年(昭和20年)3月13日生まれ1960年日活デビュー松原智恵子1945年(昭和20年)1月6日生
非行少女-1963-日活によるアンコール無料配信で観ました1963年3月17日公開解説森山啓の『青い靴』(雑誌発表時のタイトルは『三郎と若枝』)を石堂淑朗と浦山桐郎が脚色し映画化。浦山桐郎にとっては「キューポラのある街」に続く第2作で、主演の和泉雅子の演技が高い評価を受けた作品、1963年第3回モスクワ国際映画祭金賞受賞、同年9第37回キネマ旬報賞日本映画ベスト・テン10位、主演の和泉雅子はその演技力が認められ、エランドール新人賞を受賞、またモスクワ映画祭の審査員を務めたフランスの俳優
赤い蕾と白い花-1962-日活によるアンコール無料配信で観ました主題歌「寒い朝」-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be1962年12月31日公開解説『赤い蕾と白い花』は、石坂洋次郎の小説『寒い朝』を原作とした日本映画。1959年の『若い素顔』(松竹製作)に続き1962年、2度目の映画化作品。6月10日公開。吉永小百合・浜田光夫による青春映画である。製
舟木一夫と仲間たちその2舟木一夫というスターの事だけを見つめてブログを描いていると、舟木一夫誕生から、自分が生きている様な錯覚に陥る時があります。1963年からの中学三年生だった時からの事だけが、鮮明に思浮かべる事が出来るのは、その当時の多くの雑誌や記事に触れて来たからでしょう。当時を思い出すと「あゝ青春の胸の血は」を聴いて、何とも不思議な題名が付いた曲だ!と思ったものでした。ラジオを聴きながら必死に歌詞を書き写したのを思い出します。「高原のお嬢さん」での『リーフリーフ』が
光る海-1963-日活によるアンコール無料配信で観ました1963年12月25日公開解説石坂洋次郎の同名小説より、「野獣の青春」の池田一朗が脚色、「現代っ子」の中平康が監督した青春もの。撮影は「太平洋ひとりぼっち」の山崎善弘ストーリー四年間、三十三人の女子学生の中で耐えてきた英文科の七人のサムライ、野坂、向井、浅沼等は、卒業式もついに、総代を作家志望の石田美枝子と、美人の葉山和子にとられて、気が重かった。卒業パーティの終ったあと、忘れ物のバッグを届けに野坂は、美枝子の家を訪れた。美枝子
上を向いて歩こうを観た。少年院からの集団脱走から始まる、中々支離滅裂な青春歌謡映画だ。一時期の日本映画を牽引する舛田利雄が、30代の日活若手監督としてスクリーンの後ろで駆けずり回っているのが見える。企画水の江滝子、脚本山田信夫、音楽は御大、中村八大だ。主演はもちろん坂本九だが、浜田光夫と吉永小百合の日活ゴールデンコンビに、若き日の高橋英樹も加わる。無理ムリドラマチックに仕上げるため、ボクシング/音楽/ドラム/足の不自由な身内/新車のトラック/ヤクザ/違法賭博と何でも有りだ。オーラス、タイトル曲を
いつでも夢を-1963-この映画は、先日お亡くなりになられた橋幸夫氏の追悼として、YouTubeで配信されていました-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be1963年1月11日公開解説「いつでも夢を」は、1962年(昭和37年)に発表された橋幸夫と吉永小百合のデュエット曲。橋の27枚目、吉永の3枚目のシングル。同年暮れの第4回日本レコード大賞で大賞を受
久し振りの外出も、気温は36℃を超えて、家を出た途端に汗が吹き出します。歌好きのさすらいですが、最近ではカラオケ歌うのも年に一度か二度の事、今年初めてのカラオケでした。最初の景気づけは「銭形平次」でしたが、一気に昭和60年代の歌に突入します。西郷輝彦「チャペルに続く白い道」久保浩「霧の中の少女」安達明「女学生」浜田光夫・三条江梨子「草笛を吹こうよ」梶光夫・高田美和「わが愛を星に祈りて」仲宗根美樹「川は流れる」和田弘とマヒナスターズ・多摩幸子「北上夜曲」北原謙二「若い二