ブログ記事1,479件
「大人とは何か」と問われると、少し考える。年齢で区切ることはできる。制度としては十八歳からが大人だ。だが、それで大人になったかと言えば、そういうものでもない。では何か。自分のことを、自分で引き受けているかどうか。結局はそこに尽きるのだと思う。うまくいかないことを、環境や他人のせいにしない。思い通りにならないときも、それを含めて自分の現実として扱う。言うのは簡単だが、実際にはなかなかできるものではない。感情も同じだ。怒りや不安が出てくること自体は自然なことだが、それに飲まれる
私はよく旅に出る。だが、ただ旅に出るだけでは、あまり面白くはない。そもそも、普段の生活で何かをやり切っていなければ、旅そのものも楽しめないものになってしまう。旅とは、強烈な気晴らしでもある。外食も同じだ。日々しっかりと過ごしているからこそ、その一皿が格別に美味しく感じられる。私はよく非日常を求める。そう考えると、自分は普段、少し無理をしているのかもしれない。もっと穏やかに、なだらかに過ごすことの方が大切なのではないかとも思う。変わらない日々。いつでも平常でいられる自分。そう
息子にインタビューを受けました。学校の宿題だそうです。最初の質問は、「どんな仕事をしていますか」。いつもながら、この質問には答えに詰まります。結局、「いろんなことをやり直していく仕事、あるいは、いろんなことがうまく回るようにする仕事」と答えました。ずいぶん漠然とした答えですが、仕方がありません。次の質問は、「それをやることで、人や社会にどのような影響を与えますか」。これも正直に答えようとすれば、私のしていることなど、地球の歴史や人類の歴史から見れば、ほとんど影響はないと言えるでしょ
いよいよハルゼミが鳴き出した。静まり返っていた山に、あの独特の響きが戻ってくると、「ああ、またこの季節が来たな」と、身体の奥から実感が湧いてくる。桜の花はすでに散り、気づけば山はすっかり葉桜へと姿を変えている。淡い色から深い緑へ。その移ろいは決して派手ではないが、確実で、そして力強い。そんな変化のあとを追うようにして、ハルゼミは毎年、4月下旬頃に鳴き始める。今年は昨年よりも1週間ほど遅かった。けれど、それを「遅れた」と捉えるか、「今年の流れ」と受け取るかで、感じ方はまったく変わってくる。
昨日の午後は福岡にて、月に一度開催しているBHS療法教室でした。BHS療法とは、整体界の大巨人である肘井博行先生が創始された、自然の法則に沿った整体法です。5年前から、BHS療法を学びたい方、さらに磨いていきたい方に向けて、月に一度、福岡で教室を開いています。同日の午前中には、古流柔術教室も開催しています。こちらでは、日本に古くから伝わる身体や意識の使い方、触れずに相手が崩れる現象や、相手を貫く当身、合気の原理などをお伝えしています。継続して練習を積み重ねることで、日常生活は驚くほど楽
地元の駅に帰り着く。いつものように、妻と子が車で迎えに来てくれている。階段を下りる。いつもなら、息子が待ってくれている。階段の下で待ち構えていて、私の姿を見つけると、迷いなく飛びついてくる。それをそのまま抱きかかえて、車まで運ぶ。それが恒例だ。もう160センチはある。軽いわけではない。だが、それでも抱える。帰ってきたという感覚は、そういうところにある。だが、その日は違った。いない。見渡す。少し探す。息子はたまに隠れる。どこかに身を潜めて、様子を見ている。だから今回
今回の関東出張は、山仕事や前日の稽古で追い込んだせいか、電車に乗っても、都会に来ても、あまり何も感じない状態でした。つまり、感覚が鈍っていたのです。出張中はトレーニングの時間が取れないこともあり、出発前にやり切っておこうと、少し無理をしました。ある程度感覚が鈍るだろうとは思っていましたが、やはりその通りになりました。まだまだですね。無理をした影響もあってか、逆立ち歩きで転倒しそうになり、とっさに踏ん張った際に突き指までしてしまいました。普段であれば、都会に出るとそのエネルギーに圧倒さ
関東から帰ってきて雨の日が続きましたが、本日ひさしぶりに晴れということで、午後に時間を作りまして山に入ってきました。山に入るのはおよそ2週間ぶりです。前回がおよそ半年ぶりの山でした。これからは毎週山に入る予定です。前回の山ではタゴガエルの鳴き声をたくさん聞くことができましたが、今日はもう聞くことができませんでした。春先だけの風物詩ですね。また来年を楽しみにします。今回の山では、今年初めての出会いがいくつか。トンボは1週間前くらいに見ましたが、カワトンボは今年初めて。またシマヘ
先日、久しぶりにとある神社へ参詣したのだが、神社の社殿にかかるということで楠の大木が切られてしまっていた。腐って寿命だったのかどうだったかは最近来ていないからわからない。なんにせよ、神社は切る必要があったのだろう。どうしても切らねばならぬ事情があったのかもしれない。連綿と続くものを簡単に壊してはならないと私は思う。日本の国体にも繋がるお話だ。大木は千年、千何百年の時を見てきた神様なのだ。人間の一生など百年もない。何百年と続くものの判断などできようがない。断つと文字通り断たれてしまう。そし
何事も基本が大事だと言われる。だが、その「基本」とは何なのか――それは守破離を経て、相当な研鑽を積んだ者にしか分からないものだ。基本とは真理である。いくら真理を言葉で説明したところで、そこに至っていない人間には理解できない。しかし人は、説明を受けると「分かった」と思い込むものだ。そこが面白い。人はいつでも腑に落ちたがる。だが、頭での理解は本当の理解ではない。それを当人はほとんど自覚していない。そこには実体が伴っていないからだ。結局は、頭の中の空想に過ぎない。「分かったつもり」に
先週末はスカイツリーのある押上にて、第53回となるBHS療法悠翔塾でした。その懇親会で肘井先生がしてくださったお話を聞き、私はまだまだ先生が伝えてくださっていたことがよくわかっていなかったことに気が付くことができました。先生の仰られていることに、そりゃそうよねとならなかったのです。自分が大きな勘違いを起こしているのかもしれません。まぁ、それ以前にそりゃそうよねとなっているところこそ、大いに怪しいところかもしれません。先生の仰られている言葉が分かったような分からぬような、そのような感じです。
今朝は柏で、武術家の岡部武央先生の太極拳教室に参加させていただきました。上京の折、いつも参加させていただいております。先生はまず準備運動を長くしてくださるのですが、当然それも身体の原理に添っているものですから、相当に難しいわけです。そのストレッチひとつで、私には万の価値があり、それ一つができるだけで太極拳を得たとなるものだと勝手に思っています。さらに実際の太極拳の動きともなると、それが幾重にも重なり複雑すぎて、とてもとてもこれを覚えるなんてことはできません。ただ、いつもと違うことをや
昨晩は古流柔術教室とその懇親会が終わった後、久しぶりにカプセルホテルに泊まった。今回、宿を取ることをすっかり忘れてしまっていて、いつもの宿を予約できなかったのだ。十年前はよく新松戸のカプセルホテルに泊まっていたが、ここ数年は狭いながらも個室の宿を取るようになった。大阪では西成、東京では南千住に泊まる。土地柄、驚くほど安い。私は眠れればそれでいい。一人旅に贅沢はいらない。どうしてかはわからないが、昔から私は貧乏旅行が好きだ。若い頃は青春18切符の旅やヒッチハイク、野宿も普通にやった。どれだ
今日、久しぶりに関東へ向かう。今夜は古流柔術教室、そして日曜日は、整体界の巨人である肘井博行先生のBHS療法悠翔塾の主催を務めさせていただく。さて、肘井博行先生の悠翔塾の主催を引き継いで、今回でちょうど一年が経った。先生が創始されたBHS療法は、自然の法則に則った治療術である。自然の法則とは、すなわち理に適っているということだ。肘井先生は、治療の達人であると同時に、古流柔術の達人でもある。その古武術とは、先人たちが遺した「理」へと至るための道しるべでもある。当然ながら、肘井先生の
知り合いの方の投稿で知ったのですが、英彦山には多くのゴミが残されているそうです。先日、ニュース記事でも目にしました。知り合いの方も、英彦山に登る際にはゴミを持ち下山しているのだそうです。【なぜ】「英彦山がゴミだらけ」この日は100キロボランティアが背負って下山【ケンミン特捜班】(FBS福岡放送)-Yahoo!ニュース「ケンミン特捜班」です。皆さんの身近な驚きや疑問、不満や怒りなどをFBSが取材します。今回、「英彦山(ひこさん)の山頂付近がゴミだらけになっています」とメールが届きました。
目次過去の思索6:方策・活法過去の思索7:恋愛・結婚過去の思索8:幸せ過去の思索6:方策・活法逆境より順境の方が難しい。創業より守成の方が難しい。増やすより減らす方が難しい。得るより失わない方が難しい。進むより退く方が難しい。勝つより負けない手。得るより失わない手。急ぐより緩やかな手。楽しむより苦しまない手。喜ぶより悲しまない手。善は悪に繋がり、福は禍に繋がる。増やす事は減る事を招き、減らす事は増す事を招く。摂理の流れを掴むと、要諦は無為と知
今朝、汲み取り屋さんが回ってきました。毎月この時期になると、当集落には汲み取り屋さんが来てくれます。都会とは違い、下水道が普及していない田舎の嘉麻市では、ほとんどの世帯が汲み取りを利用しています。我が家も同様です。私自身はどこででも用を足すことができますが、他の家族はそういうわけにはいきません。ですので、現状ではどうしても汲み取り屋さんに頼らざるを得ません。これも近いうちに、より良い形に変えていけたらと思っています。さて。今朝、汲み取りが終わり、料金を請求されたのですが、その金額を見
そう言えば、私が山へ移住しておよそ十年が経ちました。もう立派に田舎の人だと胸を張って言えます。新しく始まった山での生活は、希望であり、挑戦であり、苦難の連続でした。そして、それは今も継続中です。難しい問題にいつも直面しています。ですが、その難しい問題は別に放っておいてもかまわないことばかりなんです。別に見て見ぬふりをしても、生きていく分には全く困らないことばかり。人にとってはどうでも良いようなことを真剣に取り組んでいるのが、私の人生です。その問題は自分自身の問題なのです。自分自
熊ヶ畑山に棲息するタゴガエルの鳴き声です。私にとってはこれは春の風物詩。毎年この鳴き声を楽しみにしています。タゴガエルは山の沢沿いの穴や岩の奥深くに潜んでおり、まず姿を見ることができません。私も一度も姿を見たことがなく、何年も鳴き声だけ楽しんでいます。我が家の山にも少ないですが生息しています。タゴガエルは清らかな場所にしか住めませんから、その場が美しいかどうかの指標ともなる生き物です。いつかの遭遇を楽しみにしています。また我が家の裏の小さな池では、たくさんのサンショウウオの
先週、来週から山に入りますと書きましたが、急遽時間ができましたので、先週土曜午後、およそ半年ぶりに熊ヶ畑山に入ることにしました。久しぶりですので、時間には余裕を持ち、とりあえず痛みなく行って帰ってこられば上々という心づもりで出発しました。小夜ノ神様へご挨拶してからの出発です。私の住む集落の結界と言いますか、守り神ですね。この半年間で掴んだ新たな身体の使い方のあれこれを試しながら歩みでもありました。最初に1㎞ほどの廃線路のレール上を落ちないように歩いていくのですが、また新た
昨日の続きです。とは言っても、今日はタイトルからお分かりのように第2部の自由組手の様子になります。当日撮った写真をご覧いただきながら、稽古の様子をお話ししていきます。この日、想定よりも時間を取ることができましたので、各自2回ずつ行ないました。そのことはタイトルからお分かりになると思いますが、組手稽古に間が空いた人もいます。組手の雰囲気にうまく乗れるか心配していましたが、最初は上手く身体が動かない人が多かった、という状態でした。だから2回行なったというとこ
春休みに息子の勉強の見直しをやろうと思っていたのですが、ドラマスクールの発表公演もあり、あまり時間が取れなかったため、ほとんど見直すことができずに終わってしまいました。『子どもを見極める』さて。春休みに入って、やろうと思っていたことがあります。息子の勉強のやり直しです。本人の目標もあり、息子には昨年の11月からアイスホッケーにかなり注力して練習…ameblo.jp昨年11月から息子のアイスホッケーのトレーニングにかなり注力してきましたせいで、いわゆる勉強というものがかなりなおざりになって
自分の人生。たった一度きりの人生です。それならば、自分の思うとおりに生きてみたい。そんな想いで、約十年前、都会での安定した生活を捨て、山の中で生活する道を選びました。それは、それまでの生活が嫌だったから思い切って辞めるという決断でもありました。ならばと、自分の好きな自然あふれる場所で生活してみたいとなりました。新たなる道はいろんな困難が伴いましたが、その困難こそ自分が求めたものかもしれません。遠い問題、近い問題。さまざまな困難をいかに克服していくか。常に自分が試されるのが独立への道で
エルボ・整骨院の肘井博行が講師を務める「BHS療法」。2026年4月19日のBHS悠翔塾、テーマは前回に続き「気合い術」です!「気合い」とは文字通り、気を合わせること。しかし、何に気を合わせるかによって、その力は劇的に変わります。「気合い」で気を合わせ、「合気」で合う気を作り、使いこなす。意識をどこに向け、何に気合いを込めるのか。瞬間催眠も同様に、すべては「意識の置き所」で決まります。気合い術の世界は、実に奥深く面白いものです。私たちの目的は、この技を日々の治療や施術に最大限に活かすこと。
いよいよ来週から山に入ろうと思います。昨年11月の山行で両膝を負傷してしまい、もう少しで半年が経とうとしています。まだまだ完調には程遠いですが、山に行けそうな感覚が戻ってきました。『嘉穂アルプス周遊その一』12月20日東京の北千住にて古武術教室を開催いたします。詳細はこちらから↓12/20(土)19時半から古武術教室―意識と身体動作-【東京北千住】-た…ameblo.jp昨年11月の山行。達成感と両膝の負傷を引き換えました。失ったものと得られたもの。結局は全てが得られたも
昨日のつづきです。『自信その一』自信。人はよくこの自信という言葉を使います。自信をもってやれば大丈夫だとか、自信があるだとか。ただ、この言葉ほど曖昧なものはありません。私は曖昧な言葉を使うこ…ameblo.jp『自信その二とことん失敗しろ』昨日のつづきです。『自信その一』自信。人はよくこの自信という言葉を使います。自信をもってやれば大丈夫だとか、自信があるだとか。ただ、この言葉ほど曖昧なもの…ameblo.jp人は、できることのほんの少し先にある「できないこと」しか、
昨日のつづきです。『自信その一』自信。人はよくこの自信という言葉を使います。自信をもってやれば大丈夫だとか、自信があるだとか。ただ、この言葉ほど曖昧なものはありません。私は曖昧な言葉を使うこ…ameblo.jpやれるという感覚があったとしても、実際にやってみないとわからないことも多く、やるだけやってもやはり失敗することは多々あります。やってみなければわからないなら、まずやってみなければなりません。やってみることで得られること、これが全てです。成功と失敗と。失敗は成功への糧です。失敗
自信。人はよくこの自信という言葉を使います。自信をもってやれば大丈夫だとか、自信があるだとか。ただ、この言葉ほど曖昧なものはありません。私は曖昧な言葉を使うことを嫌いますので、自信という言葉を使うことはほとんどありません。昨日のお話ですが、息子が演劇の発表公演で活躍できたこと、アイスホッケーで大きな声を出せたこと。それはどうしてでしょうか。『試練』今日も息子のアイスホッケーのお話です。自分を変えていくにはというお話に繋がりますので、ご参考にしていただければ幸いです。『今年度初の練習』
今日も息子のアイスホッケーのお話です。自分を変えていくにはというお話に繋がりますので、ご参考にしていただければ幸いです。『今年度初の練習』今日は息子のアイスホッケーのお話です。昨晩、今年度、新チームとなっての初めての練習が行われました。今期から四年生以上の小学生高学年は中学生と一緒に練習するよう…ameblo.jp今年度新チーム初練習に際し、私は息子に二つの試練を与えました。一つ目は中学生たちがいる更衣室で着替えることです。このチームには六年生以上がリンク中央付近にある更衣室で
今日は息子のアイスホッケーのお話です。昨晩、今年度、新チームとなっての初めての練習が行われました。今期から四年生以上の小学生高学年は中学生と一緒に練習するようになるようです。高学年も人数が増え、監督には新チームを鍛えたいという想いがあるのでしょう。息子は「なんだかなぁ」と言っていました。それには理由があります。かつて息子が中学生の練習に参加したいと何回も監督に頼み込み、やっと中学生との練習に参加させてもらえるようになったという経緯があります。それまで中学生の練習に参加できるのは六年生だ