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津軽には、鬼伝説があり。津軽の新田開発を調べていた頃、それを知った。卒業論文も、そんな感じだったので。鬼神社の鬼と言う字には、一画目のツノがない。昔、津軽にいた鬼は、悪さをしていた。しかし改心して、優しい鬼になったと言う。それまでは、津軽の殿様が守っていた。しかし、廃藩置県により守り神を失った津軽の民は。鬼の霊力を、拠り所とした。184年前の石碑。飢渇(ケガヅ)の時代であったことからも、人々の祈りが窺える。また、鬼伝説の里には。たたら製鉄の痕跡もある。砂鉄が良く産出する
☆☆吉幾三-津軽平野応援ブログ→http://iizuka1960.blog.fc2.com/youtu.be☆☆☆☆令和4年7月1日(金曜日)より2年近く全面車両通行止め規制となっていた「津軽大橋」が通行出来るようになりました♬ボクの住む十三湖から一番近いスーパーのある町の中里までやっと20分ほどで行けるようになりましたそれまでは遠回りを強いら
寛政8年(1796)津軽藩第9代藩主:津軽寧親(やすちか)公は、藩校「稽古館」を開校しました。「稽古館」は、その後「弘前漢英学校」に継承されましたが、明治4年、廃藩置県に伴い、廃止されました。翌明治5年、第12代藩主:津軽承昭(つぐあきら)公は、藩校の建物を「東奥義塾」に提供します。「東奥義塾」は、県内初の私立学校で、新時代を担う人材を教育するために、英学主体の教育を実施。多くの外人教師を招聘しました。この建物は、開学当初から、外国人教師の住居として使用されました。建物(県重宝
弘前の「山車」は、藩政時代の「弘前八幡宮祭礼」の際、神輿の露払いとして、各町内会の人々により繰り出されたことが始まりだと言われています。後に、「ねぷた祭」にも影響を与えたと言われる弘前の山車。「山車展示館」では、現存する7つの山車を一堂に展示しています。同時に、「津軽剛情張大太鼓」と「津軽情っ張り大太鼓」も展示されています。津軽の夏の夜空を彩る「弘前ねぷたまつり」は、弘前八幡宮祭礼の影響を受け、毎年8月1日から7日まで行われています。この2台の大太鼓は、「弘前ねぷたまつり」の見
■先週3月20日(水)~昨夜27日(水)は【桜の日】‥🌸二週に渡って【昭和歌謡パレード】に出演された三山ひろし君❗2009年6月3日のデビュー記念日から6年目の2015年12月31日大晦日に【第66回NHK紅白歌合戦】に初出場されました‥🌸その時の歌唱曲【お岩木山】が10万枚を売り上げ【ゴールドディスク】に認定されましたね…🌸■久し振りにお聴きする記念曲【お岩木山】❗あの忘れられない浮き立つ鮮烈な気持ちが甦って参ります…🌸■【津軽富士】とも呼ばれ霊験あらたかな岩木山‥🌸美しい清涼感に溢れ
今日は、前回紹介しきれなかった、函館船魂神社の義経伝説について、触れていきたいと思います。<義経伝説>1190年、義経が津軽(青森)から蝦夷地(北海道)に渡る途中、海が荒れ、船が沈もうとした時、船魂明神の加護で、難を逃れることが出来たと伝えられている。義経は無事に箱館に上陸したのち、船魂神社を訪ねて、喉が渇いたので水を探すと、忽然と童子が現れて、水が湧く岩を教えてくれた。ここの神社の社殿の前で手を合わせていると、何だか身が引き締まる感
数日前の記事で、次男とラーメン屋さんに行ったことを書き記したけれど、今回は単純にその続編。次男と入ったのは、津軽人が大好きな煮干し出汁の支那そばを出してくれる『煮干結社麺や絶豚(ぜっとん)』というお店だった。このお店じゃなくても煮干し系のお店は沢山あるのだけれど、店名が仰々しいので以前からどれ程のものかという興味を持っていた。注文した品は『爆ニボ』。どれぐらい煮干臭いのか興味があった。店内は煮干系を出す店とは思えないほどアメリカン。イイ意味で期待を裏切ってくれる。やがて運ばれてきた『
約2ヵ月ぶりのブログとなります。津軽は山も里も雪が降ったりすっかり溶けたりを繰り返しています。弘前公園の桜の蕾はまだ固かった。可愛い
尊冨士が新入幕で優勝するという110年ぶりの快挙を成し遂げました。また、貴花田(後の横綱貴乃花)と朝青龍が初土俵から24場所で初優勝したのがこれまでの最速の記録でしたが、尊冨士は10場所というとんでもない早さで達成して大幅に記録を塗り替えました。尊冨士は青森県北津軽郡金木町(現・五所川原市)出身です。横綱・大関に外国出身力士ばかりが目立っていましたが、ようやく日本人力士の有力横綱候補が現れました。津軽といえば、「縄文」が色濃く残ってい
芽がでていた。何の芽だったかな。とうもろこしでは無いのは確かだ。はぐら瓜かな。何はともあれこの気温で芽が出ていたのはうれしい。桜の開花が遅れているくらいの気温が続いているので、ちょっと心配していた。懐かしの言葉。津軽はこう言うだな。さぱっとしたじゃ!意味合いは同じだが、私はこう言う方が多いかな。🤩🤩🤩
いにしえから続く津軽の暮らしや文化を伝えるrakra別冊『古津軽(こつがる)』(ラ・クラ編集部)、3月20日に発売となりました!津軽で大切に受け継がれてきたお祭りや信仰、雪国ならではの食文化や手仕事、温泉などなど。そこには人々の営みがあり、物語が生きています・.・*津軽を訪れる人にぜひ手に取っていただきたい1冊です。そして、地元の人にも、改めて津軽を知るきっかけになるような1冊。目次を紹介すると、「心のよりどころ岩木山」から始まり、「物語1暮らしとともに生きる神様たち」「物
青森市は「津軽うどん(煮干しラーメンとかいう)」の国老親を見回りに来た次男の提案で、新しくできたラーメン屋に行ってみるオットは嫌がるがとりあえず新しいラーメン屋、チャレンジ煮干し使っていないのはウレシイが、麺が違う違う・・・でオットがいつものように「インスタントラーメンのほうが美味しい」とほざく&ぼやく一番問題だと思うのは「短命県返上!」キャンペーン大々的にやっているのに、やっぱりとてもしょっぱいの青森県平均寿命は堂々の47位だそうここのラー
LamiseàjourdeWikipediaesttroptôt(Wikipediaが早すぎる)英語だと、Theupdateofwikipediaistooearly尊富士関、10場所目の優勝おめでとうございます!昨日の朝乃山との一戦では右足を負傷、真っ青な顔色でただ事ではない様相を呈していましたが、今日は足首の固定のみで土俵入り。…いや、よく見ると右足の脇に大きな傷が。しかし取り組むや、グングンと押し進める力強さ!そしてこの笑顔。優勝直後Wik
千秋楽尊富士は12勝2敗、この一番!前日の足のケガの影響は?解説の師匠伊勢ヶ浜親方もグッときたと。15日間の大変さを乗り越えた笑顔。初優勝大したもんだあっぱれ!今宵は津軽の酒、豊盃で乾杯。
こんな表紙の本をみつけたもぉ一目観ただけで何処の鬼コだったかすぐに思い出せる尊冨士たけるふじ五所川原市金木町出身鳥取城北高等学校→日本大学伊勢ヶ濱部屋(横綱旭富士親方:つがる市木造町)ドキドキわくわく勝てば110年ぶり新入幕優勝それって、、、スゴイこと!ひーん朝乃山に負けちゃった...右足どうした!?😰荒れる春場所どこまでも...明日は千秋楽最近は「ジューシーオレンジ」という名で売られている河内晩柑(熊本産)コレは種が多いねみ
2024年3月21日(木)青森県の新たな魅力を伝えるというミッションの1つを達成した。遡ること11年前(2013年)、県内在住20名の欧米人を対象としたモニタリングツアーを津軽で実施。特に評価の高かったのが「黒石市こみせ通り」「弘前市禅林街」だった。以来、在京の大手旅行社を2回招いて、これらをクルーズ船向けのツアーに組み込むよう永年お願いしてきた。それが、今回初めてツアーとして商品化された。ほとんどのツアーが弘前城に向かうなか、本コースは敢えて弘前城を外し、PRしてきた「こみせ通り」「最勝院
《リンゴ》アップル社のロゴ欠けたリンゴはただ単にさくらんぼと間違われない為。だとか。欠けただけ!なのに強烈に素敵。&チナミにリンゴも最盛期になるとスーパーの出入口付近の売場にズラリ!とお目見え。リンゴの甘い匂いが充満して足止めを食らっちゃいます。こにちゎ津軽から来ました。最盛期は9月下旬~10月下旬。がリンゴはいつでもスーパーに居てくれてます。
110年ぶりの新入幕初優勝へあと一つの尊富士が12勝。出身の青森県金木は名力士を多く輩出した津軽相撲王国の本場。草相撲の伝統がまだある青森でも珍しい場所。
ブログを復活しようと思って、イジっていたら下書きにあった記事がアップされてしまい💦それは、2017年のものだった件。「先日18日……」って、7年も前なの⁉️でも、ぶんたさんの記事なので、上げておきます😅ご了承下さい。⬇️loveaomoriproject隊長のごっちゃん(後藤清安)です先日18日、新宿区にあるライブハウスで凄いコラボのLiveを聴いてきました!津軽笛奏者:佐藤ぶん太さんとフラメンコギター智詠さん、そしてパーカシャニスト熊本比呂志そんのコラボ✨津軽笛は、
明治維新とは何だったのか――世界史から考えるAmazon(アマゾン)1,568円明治維新の歴史Amazon(アマゾン)2,640円南部の赤穂浪士~相馬大作事件~江戸時代に起こった盛岡藩士による弘前藩主の狙撃未遂事件です。これは津軽と南部が不仲とする原因の一つとして知られています。この記事は決して両者の対立を煽るものではありません。過去の出来事を知ってこそ、真の友好はあるものと考えて書いていますので、ご了承下されば幸いです。1)相馬大作とは本名は下斗米秀之進将真
またまた津軽にお邪魔します津軽の十三湖付近でバイクの買取日本梱包様に依頼したのですがお客様との日程が合わずNGです久しぶりに黒石のつゆ焼きそばでも食べに僕等が直接走ろう!という訳で先ずここは新潟のホテルすいつものR113号で小国町を越えますどうせ北に行くならと山形のお店に寄り手に入れたかったカブを一台買って行きます何で東北の地名を見るだけで興奮する?「P津軽」の看板・・なんか嬉しいSNS様々と言うと失礼かもですが何とも小さな?嫁の頭が当たりそうですネットの写真と同
『太宰治『津軽』をめぐる〔弘前城編〕』縁もゆかりもないけれど、東北地方は何度も訪れていて、先月の青森~秋田の旅で、太宰治の小説『津軽』の舞台となった地はだいたい巡ることができた。もちろん細々した部…ameblo.jp↑これのつづきなど。『津軽』序編では、弘前高校時代のことが少しだけ書かれてるのだ~。私は、この弘前の城下に三年いたのである。弘前高等学校の文科に三年いたのであるが、その頃、私は大いに義太夫に凝っていた。(21)義太夫にハマったのが、太宰にとってよかったのか悪かっ
#津軽鉄道キーホルダーかわいい。知りませんよそんなもの津軽鉄道??買ったのは2024年3月15日今日3月17日もやっているといいのですが。ずっとやっていたのに見ていなかった。青森県の食べ物、特産品など食品も沢山おいてあります。#電車のキーホルダー#キーホルダーなんかかわいいんですよ、この電車のキーホルダー。良い絵ですね。昭和っぽい。電車のキーホルダーなんて初めて買おうと思いました。なんかいいです。良いなぁと思うものですね。家の鍵など着けているキーホルダーには、指輪や青リ
偶然か必然か…日本でアヘンが流行しなかった理由とは【ゆっくり解説】アメリカスゴイ!!(参考文献)「阿片の中国史」著譚璐美「麻酔の歴史-ケシの渡来と津軽一粒金丹-」著松木明知「日本開国史」著石井孝「アヘン―その薬物史と功罪一」著M.H.ツェンク、田端守「アヘンの社会学『エドウィン・ドルードの謎』をめぐって」著牧嶋...www.youtube.com
昭和31年、「壁の花」で直木賞を受賞した今宮一の生家「蘭庭院」です。「ダンディーで、ハイカラで、ロマンチックで、そのくせ現実主義文学に、十分に触れている」と評されていました。今は、明治42年生まれ。早大露文科中退。同郷の大宰と親しく、「桜桃忌」と命名したのも彼です。帰郷後は、後輩の作家を育成しました。下寺通りへ向かいます。「川龍院(せんりゅういん)」です。鎌倉時代、地頭として津軽へ下向した曽我一族の平弘忠が築城した石川城。その南側に創建したのが「川龍院」
縁もゆかりもないけれど、東北地方は何度も訪れていて、先月の青森~秋田の旅で、太宰治の小説『津軽』の舞台となった地はだいたい巡ることができた。もちろん細々した部分は行けてはいないけれど。『1月に読んだ本と観た映画、そして雪深き地へ』みなさま、ごきげんよう。現在、あたくしは東北新幹線はやぶさ車内におります。雪深い奥地へ旅立つことに❄️旅のお供は東京限定の柿の種と太宰治全集。新幹線備え付け…ameblo.jpせっかくなので、何度かに分けて、これまで旅した津軽の地を、小説『津軽』を追いなが
津軽らしい弘前の大衆居酒屋JR奥羽本線弘前駅から歩くこと約四分、大町の飲み屋街の飲食ビル一階に大衆居酒屋(津軽衆)がある。「いらっしゃい」迎える若い店員は髪をさっぱりと剃りあげ、鯉口シャツの袖をまくり、太い腕とあいまって若々しい。店内は地元客がカウンターに肩を並べてにぎやかだ。この店に初めて訪れたなら、まずは津軽郷土料理「貝焼味噌【お一人様1個まで】」100円だろう。古くからホタテ産地として知られた津軽湾周辺では、江戸時代から貝焼味噌を食べていたといわれる。貝焼味噌
昨年の津軽旅で楽しみにしていたことが幾つかあって。そのうちのひとつが、棟方志功さん。初めて見たときから、志功さんの板画や絵に惹かれます。こちらは青森の、棟方志功記念館にある志功さんのお写真。おもわず笑顔になってしまう😊土砂降りの平日の朝、開館と同時に入場したら、他に誰もおらず、最初のうちはゆったり見ることができました。(20分くらいしたら沢山の見学者が一気にやってきて、たまげましたけど😅)どれも素敵な志功さんの作品中で、わたしが一番好きなのは「釈迦十大弟子と二菩薩」という板画でして。
東小金井の全国区の人気店“くじら食堂nonowa東小金井店“にて、限定の『津軽煮干ラーメン肉増し』1,200円を(訪問日:3/1)石井店長、平岡さん、男性の3人での切り盛り。ほどなくして提供。早速いただきます。表面を油で覆われた清湯スープは、煮干しをガツンと効かせた醤油味。やや酸味も感じられる中にクリアな煮干しの風味が堪らない美味しさいくらでも飲める感じ煮干し好きには堪らなく美味しく、このスープ大好きです麺は、無かんすいのストレート中細麺で自家製
凸撃りおちゃんねるをご覧の皆さま。こんにちは!りおたんです(・∀・)ノ☆今回は青森県弘前市三岳町『三嶽神社』へご案内致します(^^)※この辺。えー。毎年7月に小規模な宵宮(お祭り)のある弘前実業高校近くにある神社です。もちろん弘前市民にとってもマイナーな神社です←以前ブログに上げていますがその時には【心霊スポット】として訪れています。※参考資料『【検証】三岳公園に凸してみた』どもども(・∀・)ノ☆りおたん@歩く歩行