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前日にふと思い立ち、2024年の大晦日、高野山へ行った。何十年前だろう。1度来たことがある。熊野古道へ行った帰り、車で山を抜けた。偶然にも、屋台が出ていてお祭りをしている場所を見つけた。広くて人も多く、何となくその場所に立ち寄ることにした。大きなお墓が沢山あり、知っている歴史上の人物の名前をいくつか発見した。そこは、高野山だった。その時の私は、高野山と言っても、ピンとこなかった。ただ、聞いたことのある有名な場所に立ち寄っただけだった。今から数年前、スピリチュアルケア師習
今朝は七草粥しましたいきなりですが(^▽^;)青山新君9日~10日は大阪に来はります新曲「身勝手な女」予約キャンペーン1/9近鉄八尾駅アリオ八尾1Fレッドコート12:00~14:30~10:15からCD購入(予約)で入場整理券配布されます1/10は今宮神社さんの「十日戎」本体出発式道頓堀トンボリウォーク9:50頃~挨拶&歌唱アニメイト大阪日本橋11:10頃~取材後宝惠駕行列参加戎舞台にて歌唱今宮戎神社戎橋南詰特設舞台15
こんばんは!前回の続きで、京阪大津線の沿線巡りです。京阪大津線の路線図です。瀬田の唐橋近くの京阪唐橋駅に来ました。乗り放題切符で乗車します。びわ湖浜大津駅に来ました。目の前がびわ湖です。びわ湖浜大津駅前交差点の陸橋の上から、奥が京都方面、右が比叡山方面、左がびわ湖浜大津駅です。こんな電車も走ってました。機関車トーマスのラッピング電車です。京都方面行きに乗車しました。急カーブをキーキー音を出しながら曲がって行きます。大谷駅で降りました。大谷駅は、こんなに急勾配のところにあり
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨一章正井観順津軽の覚蔵③一八九一年(明治二十四年)七月、覚蔵一家が黒石に移る前のことである。津軽海峡で大きな海難事故が発生した。千島・樺太・北海道のニシン漁の漁夫三百余人のヤン衆達を乗せた瓊江(たまえ)丸と新潟の三吉丸が、濃霧で閉ざされた津軽海峡の暗闇で衝突した。三吉丸に船腹を破られた瓊江丸はあっと言う間に沈み、三吉丸に救助されたのはわずか七十名、二百五十名が溺死する大事故となり、尾上村でも十四人死んだ。この悲報は津軽中を悲しみのどん底に
源信(2)https://xn--udsw7h21snjj.jp/源信僧都の生い立ち源信僧都は、今から1082年前、平安時代の中頃の942年に、大和国(今の奈良県)の当麻(たいま)という里にお生まれになりました。お父さんを卜部正親(うらべまさちか)といい、お母さん...nyabecch.blogspot.com源信(2)-日本思想nyabecch.blog47.fc2.com
朝から忙しい朝から忙しい今日は朝1番で京大CT検査&採血CTは2時間前から食事しない朝一でのCTなので朝食抜きで8時半には出かけCT検査受け付けし採血順番取りに行くは朝9時受付で329番採血何時も混んでいるけれど今日は特に激しい正月明けと言うのもあるけれど後でわかった事だけど皆厚着しているので注射刺すのに腕捲りに時間が掛かっている注射針刺す腕を出して置いて下さいってアナウンスが有った終わったの10時半になっていた一旦帰宅し軽く朝食食べて昼食して
花がほとんど見られない真冬にあって、大きな花のように見えるキャベツです。遠くに、火炎茸のお姿に見えるは、真冬で寒いので、外套を着た蘇鉄です。麦わら帽子のお嬢さんが見えるところにも、花キャベツです。比叡山を眺めているようです。
年末年始はどうしてもごちそうが多いので、体重をコントロールするには意識して運動でカロリーを消費する必要がありますね。京都一周トレイルはひととおり歩きましたので、京都市街近場の山というか丘というかそういうところに行ってみることにします。京都駅前でカレーを食べてその足で自転車で北上します。目的地は、以前より気になっていた船岡山です。船岡山-Wikipediaja.wikipedia.org以前、鷹峯に向かって千本通(かつての朱雀大路)を北上した際にひたすら
幸いにも私の勤務先が神田にあるので神田神保町の古本屋街へは良く出掛けます。「人間万事塞翁が馬【23】年甲斐もなく・・だが」でご紹介したピーポ君とも神田神保町へ出掛けたことで偶然に会うことが出来たのです。しかし両手を開いたピーポ君と同じポーズをとらなかったことを美月に指摘され、ゆるキャラマニアとしては今も人生最大の痛恨事となっています。本当に悔しい限りです。神田神保町で特に贔屓にしているのが仏教本専門の東陽堂書店です。先日、第253世天台座主の山田恵諦(えたい)が著した『慈覚大師』を掘り
2025年1月5日(日)こんばんは今夜の三日月もなんとも美しいベランダからデジカメでなかなか上手に撮れてるでしょう今日は午後から滋賀県の比叡山の麓にある日吉大社へお詣りしてきました毎年三が日は外してきます空気がピリッと身が引き締まります神猿(まさるくん)見えにくいけどタイヤで遊んでました寒いので私はゴロンゴロン比叡山の麓に鎮座する日吉大社はおよそ2100年前崇神天皇7年に創祀された全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です平安京
2009年撮影。今回の『駅【簡易版】』シリーズは、京都府京都市左京区東部、滋賀県との府県境にまたがる比叡山(滋賀県側に延暦寺あり)の西側山麓に位置する京福電気鉄道鋼索線【叡山ケーブル】の山上駅に相当し、比叡山頂を目指す叡山ロープウェイとの乗換駅として機能している、ケーブル比叡駅(けーぶるひえいえき。CABLE-CARHIEIStation)です。ちなみに叡山ケーブルは12月~3月の冬季に運休しますので(正月3が日を除く)、ご訪問の際は事前に運行状況をご確認下さい。尚
お釈迦様は人間の一生は「一切皆苦」とお説きになりました。しかし私たちの一生を考えてみるに、一生苦だけで終わる人はいませんし、一生が最高の幸せだけで終わる人もありません。ひとたび問題に直面すると、苦しくて、悲しくて、悩みますが、それを乗り越えられると、幸せがやってくるように思います。苦しみと楽しみは変わりばんこなのです。それでは人間最大の苦悩の根源は何でしょう。親鸞聖人がお出ましになる前の仏教では、苦悩の根源は人間の煩悩であると考えられてきました。そして煩悩を滅却するため
~名残の紅葉~釈迦堂から~一番高い薬師堂まで~善峯寺(撮影日2024・12・12)ようやく釈迦堂にたどり着きました。素晴らしい眺望を楽しみながら歩くので気持ちが良いですね。!(^^)!ここで頂点にある薬師堂まで半ばですね!釈迦堂にある一本の、もみじ、善峯寺の境内にある中で・・一番、色鮮やかに残っていました・・とても奇麗でした・・・釈迦堂・・・1885年(明治18年)建立。皆さんこの前で写真を撮っていましたね・・紅葉越しの眺望も素敵でした・・・カメラの悪戯・・・ちょ
❖大阿闍梨への道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨一章正井観順津軽の覚蔵①一八六〇年江戸時代末期、世情は『桜田門外の変』が起き、老中田沼意次が暗殺されるなどにわかに風雲急を告げてきた。津軽藩尾上村(現青森県平川市)の正井清次郎と黒石藩上十川(現青森県黒石市)から嫁いだ宇野家の娘、サキの間に長男として十二月七日に生まれたのが覚蔵、後の正井観順である。正井家と宇野家、両家共に性があることからかなり裕福な家系であった。しかし、母サキは覚蔵の三歳の年に姉タケと二人の子を残して亡くなった。「近
上の梵字は私、隆健の筆によるサンスクリット語・般若心経からの一文字です。ブログを途中からお読み頂いた方々の為に、過去のブログを、改めてご案内させて頂いております。なお、私のつぶやきは実生活には何の役にも立ちません。謝謝。つぶやきを進めましょう。天台宗は比叡山・延暦寺を総本山とする宗派です。この天台宗のマスコット菩薩が観音様です。皆さんは観音様が女性か男性か、考えたことがありますか?観音様は女性か男性か、この質問には良く出会います。日本の場合は性に対して露骨な表現を避けておりまして、観
曼殊院門跡は京都市左京区一乗寺にあります。最澄が比叡山に建立した一宇が寺の始まりとされています。門跡というのは、今までも何度か書いてきましたが、皇室一門の方々が住職であったことを意味します。勅使門の両側の塀に見られる五本の白い筋・筋壁があります。これが皇族が住職である証と言われ、格式を今に伝えるものです。五本線は一番格式が高いお寺になります。勅使門に続く白壁と石垣の間に広がる紅葉の美しさは有名です。ここだけでも行ったり来たりして紅葉を満喫できます。勅使門は天皇
昨年1月、佛法寺の元山大師の御札を紹介しました。その際、元山大師の御札についての解説が記載されている裏面の写真を撮り忘れてしまい、紹介し損ねてしまいました。写真を撮り直そうと思った時には既にブログ管理人の実家の玄関に御札が貼られていましたので、裏面の撮影はできませんでした。そこで、今回は1年を経て、裏面の解説文を引用しつつ紹介します。解説文は裏面に縦書で書かれています。まず右側にタイトルとして「角大師の御牘について」とあり、次の行から「この御牘は、比叡山中興の祖といわれる元山大師が疫病
大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨❖酒井雄哉阿闍梨に魅せられ、数多くの文献著書がある中で手に触れ目にとまった書籍の中には、初めて見聞する高僧がいる。伝教大師最澄が若き時に志し、庵を結び今日まで千二百年以上が経った今も御灯がともしび続け、日本仏教の礎となり数多くの宗派の祖師たちを輩出した、比叡山。比叡山にあって最大の荒行、千日回峰行。なぜこの荒行に惹かれるのか、何をこの行に求めるのか、酒井阿闍梨は『山を歩くだけ』『得られたものはなにもない』『拝むことしかできない』と言う。私が気に
先ほど「chakkoro1031」さんのブログを読んで、本日が大変重要な日であることを失念している自分に気づきました。本日1月3日は元三慈恵大師良源のご命日(985年)でした。なにしろ法力のお強い怖い方・・厳しいお仕置きがあるのではと震え上がりました。箱根駅伝で遊行寺坂(藤沢市)を走る選手をTVで観ながら、「久しぶりに一遍さんと会いたいなあ」とソファに寝転がって美月とうつつを抜かしていたからです。そう言えば愛猫の慈恵(勝手に名前をお借りしています)ちゃんも、昨日から飼い主を威嚇的するよう
🎍賀正🎍今年も宜しくお願いします🙇バスから見た比叡山がエエ感じで☁にかかってたので降りてバス停から撮ろうとした時には☁が右へ💦でも頂上がハッキリ見えてエエか上賀茂神社⛩️やはり早朝に来ると清々しい今日はあまり寒くないてか、暑がりの私は本殿辿り着く迄にアウター脱ぎたくなった😅なのに厄除け大根あっつあっつでお出汁がしっかり染み込んで美味しかったぜんざいもあったけど私は嫌いなので大根結構大きい大根食べたとこでお腹イッパイさぁ次は下鴨神社へで、お腹イッパイやの
2025年がはじまりましたね謹んで新年のお慶びを申し上げます2025年さらに地球に優しい時が流れますように..自然動物たち人々の調和と温かく愛ある世界へ向かうよう心から祈りをこめて・・さて今年も精進おせちをいただきながら年始を迎えました精進料理なのでお肉やお魚は使われていませんがそれを感じさせないくらいの見た目・味・ボリュームには驚かされます戸隠や比叡山延暦寺でいただいた精進料理も素晴らしく美味しくて想い出深いです
❖阿闍梨【法灯】道心は国の宝第二五三世天台座主山田恵諦師の伝えたいもの完◆伝教大師のことば国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す2◇国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す山家学生式2唐突なことを申しますが、近頃テレビで説法されている僧侶がいて、時に『タレント僧』などと悪評されることがあるようです。しかし、私自身はそういう僧侶の積極性を買い、その功績を大いに認めなければならないと考えております。伝教大師は『山家学生式』の
自衛隊音楽まつりで、A子さんに取り憑いている男の霊の声が菊水さんに聞こえました。男の霊うるさいこと!音消せ!耳障りだ!むかつく!ううーくそっ!何の音も消してくれ(憑かれているかた=A子さんとします)心が豊かになってしまうではないか憑かれているかたの守護霊やー見事な腕前だ男の霊む?誰だ?俺が憑くのをやめさせるだと?どうやら、憑かれているかた(=A子さん)が演奏を聴いて感動的な気持ちになり、これまでを振り返りながら、次第に前向きな気持ちになっていったようです。
皆様、こんばんは。どうも、年末から1日間違ったペースが抜け切らず、1日遅れの初詣です。勿論、昨日は嫁と娘とお墓参りに行き、お墓で兄と合流して、母宅へ行ってきました。いつもなら、母宅から帰った後に初詣に行くのですが、娘が深夜勤務で帰るのでバイバイしてきたので、何処へも行かず今日となりました。まあ、良い天気ですが、流石に2日目の朝なので賀茂川を上賀茂神社へ向かう人は少なかったです。iPhone16PROMAXです。綺麗に船山が見えています。反対側の比叡山や大文字山は逆光とモヤで見え
崇道神社(すどうじんじゃ)は、桓武天皇の実弟で皇太子でもあった早良親王(さわらしんのう)=崇道天皇をお祀りする神社です。延暦4年(785年)早良親王は実兄である桓武天皇から藤原種継の暗殺に関与したと流罪に処され、無罪を訴えながら流刑地に送られる前に絶食して亡くなりました。その後、桓武天皇の身辺に次々と凶事が発生、母の高野新笠、妻たち、ほか陰陽師によって早良親王が怨霊となって祟っていると認定された相良親王の祟りをおさめるために創建されたのが崇道神社です。崇道神社所在地京
今日は愛宕山(924m)に登ってきました!毎朝、天気予報代わりに、愛宕神社のインスタを見ているのですが、毎日、クリスマスも大晦日も元日もお詣りしている人がいてスゴイな~!と思い、私も挑戦してみました♪今朝の最低気温は1℃でしたが、愛宕神社は氷点下4℃で積雪が1cmだったそうです。昨日の元日も晴れだったので、足元は大丈夫だろうと思い、朝9時のバスに乗ったら、超満員でした💦初日の出を見るために、元日の夜明け前から登る人も結構いる
賀茂川散歩/背景は比叡山賀茂川/御園橋より上賀茂神社(上5枚)おせち&雑煮*京都人だからといって特にこだわりはありません
皆様の明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました、本年も皆様にとってよい一年になりますように微力ながらお祈り申し上げます。年の瀬には航空機事故が続き、新年からテロ事件が頻発していて世界的には荒れておりますが、犠牲者の方々のご冥福を祈ると共に、世界の安定がもたらされるよう切に願います。ブログに書くネタは結構あったのですが、なんやかんやで書くことができず…昨年暮れに比叡山を参拝させて頂きました。雪の中、大変厳かな空気でありました。三面大黒天尊参拝感謝法楽その後は無
私が旅した場所からの出題です。次の3枚の写真から連想される歴史上の人物はだれですか?この電車が分かれば簡単かも?江ノ電の腰越駅と鎌倉高校前駅の間にある踏切の向こうにあるのが、鎌倉の頼朝に拒まれ義経が留め置かれた腰越の「満福寺」義経の命で弁慶が書いたのが「腰越状」この名前のついた神社は全国にあります。歌舞伎十八番「勧進帳」で知られる安宅の関近くに鎮座するのが「安宅住吉神社」安宅住吉神社に参拝すると、巫女さんが「勧進帳」を朗々と語ってくれます。上の2枚の写真で連想されるのは、義経と弁