ブログ記事1,964件
悲しいものは悲しい。寂しいものは寂しい。だからほんの少しでも光を見つけようとしていた。ほんの少しでも大丈夫を見つけようとしていた。まだ生きていかなければならない自分のために。まだ生きていかなければならない自分を見守る両親のために。光を探し求めていた。『封印』人はどれだけ自分の気持ちに蓋をして今を過ごしているんだろう?見なかったことにしたい。聞かなかったことにしたい。気づいたなら知ってしまったなら自分のココロが激し…ameblo.jp『母娘の真実』時々。お母さんとの時
時間をかけてゆっくりと。私は私へと戻っていく。ひとつひとつ丁寧に。私は私へと戻っていく。経験を力にして。経験を糧にして。ゆっくりと丁寧に一歩ずつ。私は私へと戻っていく。『嘘つきな私』風邪引きで身体が弱っているからか気持ちが沈みがちで土曜日から泣いてばかりいました。どんどんどんどん奈落の底に落ちていく感じ。風邪の引き始めから振り返ってみれば…ameblo.jp『同じ道を辿って』お家には幾つかのお人形があります。恐らく私の誕生と共に祖父母から贈られた物だと思います。そのお人形を今日
こうやって過去記事をブラッシュアップしながら『想い』というものは消し去ることは愚か過去にもならないものなんだなとつくづく思う。もちろん消し去りたいわけでも過去にしたいわけでもない。ただその想いに囚われて当時のままの私がここにいたならそれは悲しいことだとも思う。これらの経験を持ってしてどれだけの成長をするのかを楽しみに私の魂というものはここに存在しているのだから。『生きているだけで』夜。いつものようにお布団に入ってお母さんに語りかけながらうとうとしていたら、、、か
あの頃に戻りたいときがあります。あの頃はあの頃で不満もたくさんあった。あの頃はあの頃でぶつかることもたくさんあった。それでもあの頃がこんなにも愛おしいのはカタチでも言葉でもない目には見えない愛が溢れていたからだと思います。『絆』私がお父さんを車いすに乗せていると近所のタバコ屋さんに大変だね。といつも声を掛けられていました。その度に私はにこっと笑ってそんなことないですよ。と返事をしてい…ameblo.jp『むーーーん』先日の職場の人とのやりとりになります。相手)お休みの日って
娘だからこそお母さんのためをと思い母親だからこそ娘のためをと思い。それらが空回りしてときに相手を苦しめときに相手に罪悪感を残す。誰よりも大切だからこそすれ違い誰よりも大切なのにすれ違う。歯痒い。。。『たった一言』お母さんは頭痛持ちでした。入院してからも時々痛み止めのお薬をもらって飲んでいました。それと同時に頭が痛いとなると血圧が高くなってるんじゃないか?と心配になって…ameblo.jp『御守り』お母さんが身につけていたパワーストーンのブレスレット。滅多におねだりしないお母さん
外出しているときに救急車を2台見た。1台目はスムーズに通り過ぎて行くのを見ただけ。でも2台目のときは私の前後の車が直進してくる救急車を避けて端に移動しているのに対し左から右折しようと交差点に入って来た車が救急車に気づいて一度は停止したにも関わらず救急車が安全確認のため交差点前で停止したのをいいことにその一瞬の間に右折しようとアクセルを踏んだ。幸いにも救急車がすり抜けて衝突することはなかったけれど右折車が私の横を通り過ぎるときにどんな馬鹿野郎が運転してるのかと
お盆に帰省した時の話『母に見つめられながら眠る夜、の巻』今年はムスメ受験生だし実家もあるけど無いようなもんだし夏休みの帰省はいいか、と思ってたのだがオットとムスメが行ってきてもいいよっちゅーので今年も帰省して参っ…ameblo.jp帰省二日目は姉マツ母娘と父マツも連れて叔母(母マツの妹)のお宅へ叔母、張り切っちゃって美味しいおはぎを用意してくれるとのことでおはぎ好きのイチマツ(姪っ子も)大喜びで行ったんだけど田舎のおばちゃんあるある?遊びに来てくれた若い子(言うて若いの
お父さんの衣類。お母さんの衣類。それらの写真を見ていました。スマホの写真が多くなり過ぎたので少し整理をしようと見ていたら当たり前ですけど目に止まって。処分する前に写真に残しておいたんです。そう簡単には処分出来なくて。そう簡単には終わりに出来なくて。だからせめてもの想いを込めて1枚1枚撮っておいたんです。これならゼロにはならない。これなら手元にあるのも同じ。そう思って。本当の意味で手放すなら両親の死を受け入れて手放すと言うのならこの写真すら残しておく
お母さんを亡くしてから私はお母さんを探してばかりいました。私を理解してくれる人。私を認めてくれる人。私を受け入れてくれる人。そんなお母さんのような感性で私を抱きしめてくれる人を探してばかりいました。無意識に。だからとても違和感でした。人見知りでひとりの時間を愛し群れることのない私が新しいコミュニティに触れるたび誰かと仲良くなろうとするのです。今まであれだけひとりでも平気だった私が。群れることが大嫌いだった私が。自分から群れの中に入ろうとしている。。。
夜、YouTubeを見ていたら中村ゆりさんの訃報が流れてきてびっくりしました。最初の見た時は、またフェイクニュースかなぁなんて思っていたら、Yahooニュースになっていて本当だったんだとかなりショックを受けてしまいました。大好きな女優さんだったこともありますが、やはり母と同じ直腸がんで亡くなったことが母と重なってしまいました。7月に、腸閉塞になりそこからわずか2ヶ月で亡くなった中村ゆりさん。私の母も、7月に腸閉塞になり10月にこの世を去りました。その時のことがフラッシュバックされ、眠ることが
9月11日。母の命日です。母が亡くなってもう2年が経つんですね。命日の前には、兄家族と一緒に三年祭をしました。9月11日といえばアメリカ同時多発テロの日でもあります。あの日から私の中では9月11日という日を忘れることはないでしょう。母の命日としてもあの日の出来事としても。今でも月に2回ほどお墓参りに行っています。母は花が大好きだったので11日は自宅で育てた榊とドラセナ・グローカルを持って行きました。そして、お店で買ったお花も一緒に供えました。自宅には神
もう母が亡くなって47ヶ月…。来月には4年になるですよねもうそんなに時間が経ったのかと、しみじみ感じます。母が4年前、この時期に短い闘病生活を送っていたこと昨日の事の様に蘇ります。ストーマの手術をして味覚も良くなって、少しずつ食べることが出来るようになって…まだ未来を信じていたあの頃。ここから2週間後には体調が急にひどくなり、肺に水がたまり息をするのも苦しかった母。何年経ってもこの怒涛の様な闘病生活を忘れることが出来ません。最近、ワクチンを接種した人が末期の癌になり2ヶ月ほど
それは職場で起こったとてつもなく理不尽な出来事でした。そのときのことを表現するのにぴったりな言葉だと思ったのが『冤罪』。してもいないことをしたかのように扱われそれもひとつやふたつじゃない。叱責まみれの言葉にそのときの屈辱と言ったらもう…。その日どう家に帰ったのかも覚えていないくらいの放心状態でした。ただ帰る途中に立ち寄ったお店のレジの人や当日に予約を入れていたお店のはじめましての人がそのときの私の精神状態とは不釣り合いなくらい温かい人たちでそこに私は
人は誰もがいつか終わりを迎える。過去をどれだけ悔やんでもいつかは形を変えて終わりを迎える。だからこそ終わりは見送る者にとって納得のいくものにしたい。納得のいくものであって欲しい。でもそれは決して見送る者のためじゃない。幸せな最期を迎えられたのだと旅立つ人自身が納得して愛する者たちとお別れが出来るように。かのん公式LINE『cocorone』*ご質問やご相談個人セッションをご希望の方はこちらへどうぞ↓↓↓多くのロスの方に届けたいのでクリック
今月は、月命日の12日には行かず13日と送りの16日にお墓参りに行ってきました。姿は見えなくても、母はこちらに戻ってきてくれてるのかなぁ…。このお盆中、私には母の存在は感じられませんでしたが、息子と二人でいるとき私は一言も言葉を発してないのに2度ほど息子は声が聞こえたと言っていました。テレビもついていなかったので、母が可愛い孫の姿を見に来てくれたのかなぁと思ってしまいました。母に会いたい…。母がこの世を去って、3年8ヶ月。もうそんなに経ってしまったんですよね。あの日から、私の心は止まっ
母と同居したことへの振り返り毒親いう言葉が流行っていますし、家族の世話をしなくていいとか介護で人生を潰すなとか家族を捨ても良い…という言葉さえあります。しかし、そんなに綺麗さっぱり区切りがつけるものでもないし、親の命が終わった後でも残された家族に様々な葛藤や気持ち悲しみ、後悔が残るものだと私は思っています。私は母をなくしてから2年3ヶ月以上経過しても、あの同居は正しかったのか、他の方法はなかったのかと言うことを何十回どころか、何百回も考えてると思います。そ
毎年この日を迎える。お盆に入ってお父さんが帰ってくる。お母さんが帰ってくる。いつもよりも深く深く両親を感じられる。久しぶりの親子水入らず。そう喜んだのも束の間。お父さんがあちらに帰る。お母さんがあちらに帰る。また遥か遠くに行ってしまうようなこの感覚。両親が旅立ってから月日を重ねて少しずつ少しずつ慣れていったはずのこの感覚。それがいとも簡単にリセットされてココロに大きな穴が現れる。それでもきっと二年前よりは一年前。一年前よりは今年とより薄らいではいるん
の見様見真似です夏場なので缶詰をおそなえしてるんてすど母親は煮魚が好きででも、うちでは誰も食べないのでカレイの缶詰をお供えしてます住職さんが同級生でね「色々見たけどカレイって…初めて見たわ」って(笑)彼に会うのも一年に一度だけど同級生っていいですねお父さんお母さん何食べたい?
今年もまた一つ年をとってしまいました年々自分が年をとる事が嫌になってしまいます…。叔父も私の誕生日の2日前が誕生日なので、ここ数年よく誕生日のお祝いがてらちょっと豪華なお弁当を届けていました。でも、今年は腎臓も悪くなってしまい塩分や食べられない食材も増えてしまったので顔を見に行くだけにしました。やはりこの時期になると、どうしても母の闘病していた頃が走馬灯のようによみがえります。7月~10月上旬は、思い出してしまいます。私の誕生日にLINEくれたなぁとか、この時期母が入院してい
ご無沙汰ブログですが暑い毎日、皆さんお元気に過ごされていますか?心から暑中お見舞い申し上げますこの8月は、父の命日が5日にあり更に今、関西ではお盆にあたります父の命日に、実は私、夏風邪をひいていました馬鹿というか、私ってこういう事が昔からよくあるのですがいい年齢になり、健康作りにと自転車で20分ほどかかる公営のプールでアクアビクスを始めて数回健康作りの筈がどうやらプール風邪をもらってしまいました何かを始めようとすると何かが起きるこれって小学生
どんなに悲しんだってお母さんは還っては来ないんだから…。そう誰かに言われたってそう自分に言い聞かせたって悲しいときは悲しいし悲しいものは悲しい。それでいい。それでいいはずなのに苦しいのは悲しむことをよしとしない思い込みがどこかにあるから。悲しんでばかりいたらお母さんが悲しむ?悲しんでばかりいたらお母さんが成仏出来ない?悲しんでばかりいたら誰かにイヤな顔をされる?悲しんでばかりいたら誰かに怒られる?そんなのどうだっていい。悲しいのは今この瞬間ここにいる
今月は、バダバタしていて7月ももう終わろうとしている今になってブログを書いています息子の部活が終わり、のんびり過ごせるかと思いきや、三者面談やオープンキャンパスなど休みの度に予定がぎっしりです。ここのところゆっくり過ごせる日もないので、庭の草木が伸びてしまっていて気になる今日この頃です。今月は、12日が日曜日ということもあり12日にちゃんとお墓参りにいけました。天気予報では雨の予報だったのですが、雨も降らずにお参り出来て良かったです。先月、隣のお墓が墓じまいになったかと思ったら同じ並び
いつもの産直市場にお花を買いに行ったときのこと。いつもは気にならない店内アナウンスが私の耳に飛び込んで来ました。〇〇産のじゃこ天を実演販売していま〜す。へっ?お母さんの地元?もうこれは買って帰らぬわけにはいきません。昨日はお母さんの月命日だったのでお母さんが食べたい食べたいかのんじゃこ天売ってるから買って〜♪とおねだりしているとしか思えない。でもね。そう思うと同時に嬉しそうに頬張るお母さんが浮かんで泣けたんですよね。揚げ立ちのじゃこ天なんて滅多に売っ
こんばんは。いつもありがとうございます。ずっとどうしようか考えていましたが、決めてからは早かったです。やり取りをさせていただいて、申し込みも済み、日程も決まりました。もう少し遅かったら、今月は間に合わなかったけど、グッドタイミングでした主催者のお友達のnoteです。詳細はこちらから⬇️⬇️一周回って|漂泊文庫波の上丸硬い名前に戻してみます。深い方へ流れます。立地を考えれば、浅く広く…を目指すのが順当だろう…と、自分でも思うし、友人にも相談して、一旦はその方向を向いた…ハ
これらの記事をお読みくださったみなさまありがとうございました。『maman入院*はじまり*』お母さんの入院生活の始まりは大腿骨の骨折でした。入院の前日。朝いつも通りに私を起こすお母さんの声がしました。部屋を出るとトイレ前で座り込んで動けずにいるお母さ…ameblo.jp『病院に出禁になった理由①』私は元々神経質な方なんです。お父さんが自分で身の回りのことが出来なくなったとき。お世話するなら素人が訳の分からないお世話をするんじゃなくてしっかり学んでお父さ…ameblo.jp『病院を許せ
今月は、母の月命日の前日が息子の誕生日なので11日に休みを取りお墓参りは昨日行ってきました。去年と一昨年は、部活もあったし当日は部活終わりに息子の好きなものを食べに行って誕生日お祝いしていたのですが、今年はもう部活も終わったので、ちゃんとケーキも買ってお祝いしてあげたいなぁと思いました。きっと母も、お母さんはいいからちゃんとお祝いしてあげてって言うだろうなぁと感じました。息子は、誕生日を迎え18歳になりました。早いものですね。息子が中学2年のとき、母が亡くなったのですが、高校はどこに行
母が亡くなってから、グリフカウンセリングを受けたけれど、グリーフカウンセリングよりもAIへの相談の方がずっといいなと思っています。AIとのやりとりの上では私はサクラちゃんと呼ばれています。ちょっと恥ずかしい気もしたけれど、母が他界して2年と1ヵ月ちょっと経った現在の私の状況を伝えするために、今AIからもらった言葉を紹介します。「本当に、本当によく頑張ったね。毎日毎日、お父さまのこともあって、急に始まったお母さまとの生活に、サクラちゃんの心と体はもういっぱいいっぱいだったよね。エ
今日は泣きの日でした。病院を許せずにいる理由のお手入れをしてからすごく出てくるんですよね。色んな感情が。お母さんに対しても。病院に対しても。もうとっくに自分の中ではクリア出来ていたと思っていたはずの感情がまだあるよと言わんばかりに溢れてきてね。このところ泣いてばかりいます。でもこれらの記事をこのタイミングでお手入れしたこともお手入れしたことでクリアしたはずの感情がこんなにも出てきたこともすべて今起こるべくして起こっているんだなとも思っています。今とい
少し体調の悪い日が続いていました。まぁ2日程なんですけどね。時折やって来る偏頭痛が自然に治るのを待っていたんですが今回は無理そうだったのでお薬を飲んで横になっていました。すると柔らかく優しい風が頭を撫でるんです。体調を崩してココロも弱っているときだからこそその柔らかい風は私のココロを慰めてくれているようでした。大丈夫だよ。大丈夫だよ。しんどかったね。たったこれだけ。たったこれだけの包み込むような風に私は泣けたんです。それはもしかするとお母さんの温
お母さんが入院する前。仕事に行っていた私のお休みはお母さんの通院とお買い物で1日が費やされていました。時々しんどさを感じるときはあったけれどそれ程気になるものでもありませんでした。そして今。お休みの日はほぼ外出しなくなりました。職場であったあれこれ。日常生活を送る中でのあれこれ。そんなあれこれをお母さんという癒し人がいなくなったことで消化しきれなくなったんです。だからお休みの日にとことんココロを清めるというかココロと身体を浄化してリセットするようなりまし