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うちの母は、大阪育ちなのでバリバリの関西弁です。年齢のせいかもしれませんが私が使わないような言葉も使います。母が使う関西弁の中で私が好きな言葉は「かまへん」です。何か私が大変お世話になったときや迷惑をかけたときに👩「ごめんね」👵「かまへん」=大丈夫、気にしないでそう聞くと、「そんなことはいいんだよ」と言ってもらえて器の大きさを感じます。母は、「かまへん」をとてもよく使うんです。東南アジアに住んでいたとき、そこに住んでいた人たちは「Nevermind」を
私は昔からよく、小さい事でくよ悩んでいた。悩んでも仕方ないのに悩んでしまう。そんな私を見て、母がよく「時間はくすり」と言ってくれた。どんな悩みでも、時間が経つと悩みが薄れていく。今は言ってくれた母はもう居ない。だから私に言ってあげよう。時間はくすり。
朝、主人が出かけたらまず最初にすることがあります。それはトイレ掃除です🚽これはもう、私の中では“できればやる”ではなくほぼ“必ずすること”しないと落ち着かないのです。こんなふうになったのはやっぱり子どものころから母に言われ続けてきたことが大きいのだと思います。私の母は小学生のころからトイレ掃除をしてから登校していたそうです今思うと、すごい話ですよねそんな母に私は小さいころからずっと「トイレ掃除は大事」と聞かされて育ちました。でも子ど
幼いころから、母はよく父の悪口を私に話していた。私はそれを疑うこともなく、「そんなお父さんなら、別れて正解だったんだ」と自然に思い込んでいた。ある日、ふと疑問が浮かんだ。「そんなに仲が悪かったのに、どうして私を生んだの?」母の答えは、あまりにもストレートだった。「お父さんが、あんたを生めば別れなくて済むと思ったからよ」そのときの私は、その言葉の重さを理解できなかった。ただ「そうなんだ」と受け取っただけで、傷ついたという感覚もなかった。大人になっ
大人の言葉は、子供にとってのギフトだ。いい意味でも、悪い意味でも。悪い意味のギフトは、大人になっても続く“呪いの言葉”だと私は思っている。祖母は登校拒否ぎみの私に「行きたくても学校に行けない人もいるんだから行きなさい」と言ったり、引きこもりがちな私を「少しくらい外に出なさい!」と祖父やいとことのドライブに連れ出すような人だった。けれど、私を一度も否定したことはなかった。「漫画を読む人は頭が良くなるのよ。字を早くたくさん覚えるからね」「生まれた時から驚い
こんにちは、ゆうです。ただ今心理を学び中私が反応してしまう母の言葉。何気ない会話のなかで、相手の言葉や反応にイラっとする、ざわつく…そんな経験ありませんか?しかも同じような場面で。例えば、こんな些細な会話の中で。母が新しい掃除機を買ったんだけど吸い取ったゴミがうまくだせなかったみたい。「このゴミ、上手くとれないんだけど、こんなもの?」って、私に聞いてきた。母は昔から「あなたのほうがわかるから」「私はこういうの苦手で」
おとといアップしたYoutube動画のアフタートークで退院後の母が元気すぎる話をしたら、たくさんのから「よかったですね!」とのお声をいただきました。ありがとうございます🙏✨今ではもう入院したのが嘘のようにケロッとしていますがただ、退院当日にひとつ、驚いたことがありました。本人は普段、「もう、いつ死んでもいい思い残すことは何もない」みたいなことを言っていますが、でもいざ、命の危機を感じる場面を迎えみて、不安
こんにちは、かりんとですご訪問ありがとうございますこのテーマでは、私の生い立ちについて書いています。登場人物一覧はこちら第1話から読んでくださる方はこちらおいたち一覧はこちら中学生の頃、母は、ともかく私に勉強をするように、うるさいくらいに言うようになりました。それ以前には、さほど言われなかったのに、です。中学では、学期ごとに中間・期末と、分かりやすく結果が出ます。それが母のプライドを刺激したのかもしれません。運動は苦手な私ですが、勉強につい
いつだったか、ずっと、ずっと前に、母から子どもにとって、「初めて幼稚園や保育園に行く事は大人が言葉の通じない国に一人で行くようなものなんだって」と、聞いたことがあります。母も何処かで聞いた話しを私に聞かせてれくれたのですが、何年経っても思い出す言葉です。自分だったら・・・・と置き換えて考えてみるとどうでしょうか。言葉の通じない国へ、たった一人で、行くことになったら・・
おはようございます骨密度改善サポーターのうちだです生活習慣から骨密度を上げるお手伝いをしています骨密度が気になるあなたお母様の健康状態の心配もいつもどこか心のうちにありますよね独り暮らしの母との電話先日都内で独り暮らしをしている母から電話がありました「もう私も90近いから着ない着物を処分したいのよ」「アポ電で怖いわよねどうやったら防げるのかしら」・・こんな感じ。そんな母がある日電話でこんな事を言いました「毎日魚を食べたいけど、一切
赤ちゃんのときは白誰でも白どんな人でも白からだや心がそだっていくのといっしょにその白を美しく染めていく染めあげていく毎朝目がさめたらきょうも一日ウソのない生活をおくりたいと祈る夜眠るときにふりかえってその通りだったらありがとうとつぶやくひとにはやさしく自分にはきびしくこれをつづけると白はすばらしい色になるひとをいたわり自分をきたえるこれが重なると輝きのある色になるなにもかも忘れてひとのために働く汗はキモチ
今は亡き母が、学生の頃の私によく言っていた言葉があります。その中に、「子連れの人と結婚するな」「子どもを産んだら、再婚するな」と常々聞いていたのを思い出します。中学高校の頃に聞いていた私は、「結婚もまだ先の先の話なのに、どうしてこんなことを言うんだろう」と思ってました。連れ子に暴力、虐待、そんな話をよく耳にします。今回の南丹市で行方不明の児童の事件が最悪の結果になりましたが、学校まで送ったと言われる父親が「義父だった」と知り嫌な予感がしました。母親の交
前回からの続きです。「なぜ私は、その言葉を守り続けたのか」なぜ私は、「まだ結婚しないでね」という母の一言を、何年も守り続けていたのでしょうか。それは、母の言葉が特別強かったからではありません。私は幼い頃から、「親を困らせない、いい子」でいようとしてきました。長女として、我慢すること、譲ること自分の気持ちは後回しにすることが、当たり前だったのです。だからその言葉を聞いたときも、「私はどうしたいか」ではなく、「親の都合」を優先して受け取ってしまった。結婚という個人的な選択さ
実母と、不登校の子どもたちのことをあまり話したくないと思ってしまう。理由はきっと、言葉の端々に“育て方を否定されている気がする”から。もちろん、母にそんなつもりはないんだと思う。それでも、私はそう感じてしまう。今日も、心配して連絡をくれた母との会話で不登校中2娘の話題になった。「何でだろうね。何がきっかけだったんだろうね。」母はいつも、原因を探ろうとする。でも私は、こう答えた。「これといった原因はないと思うんだ。それよりも、今の娘に合った環境を見つけたいと思ってる。臆病
私はひとりっ子、母は70代後半昔からかなり気の強さはあるし、バイタリティもある人間でしたが、急に老いを感じたらしく、それを受け入れられないもどかしさから、私にかなり当たり散らすことが増えてきた私だって人間なのだから毎日がベストコンディションとは言えない、実は不安神経病持ちであり、薬でなんとか乗り切ってるから、母の言葉はストレートに毒として入ってくる言い返すだけ言い返すと私が悪者になる、これが老いだけならば良いのだが、とにかく気が滅入る日々色々な方にアドバイスをもらうが、本人が動かないと始
言葉で幸せな生き方を伝える今年私が参加しているとある素敵な場所でご縁がつながったYさんから、とても嬉しい感想をいただきました(*^^*)kokkoさんの書籍📚2冊読ませていただいています☺️kokooさんには、お伝えしており重ねてですみません😅皆さんにお伝えしたくて❣️私はkokkoさんの書籍で救われました😊本当は大好きな母。だけど、ずっと母の言葉が深く刺さっていたんです。気づいてはいたけれど、どうすればいいのかわからず、気づいてから20年も経ち😅同じ思いをわ
『目指していたものを手放して、もっと生きやすくしたい』わたしは毎朝5時に起きることを目標にしています。朝早く起きた方が気持ちがいいだろうし、やりたいことをテキパキとできると思うからです。それに、今後働くことを考え…ameblo.jpこちらの記事と関連しています。朝の8時のアラームで起きました。昨日決めた「早起きすることを目標にする」のをやめてみました。なげやりな気持ちは手放して、ゆっくりと美味しいコーヒーと紅茶をいただきました。少しだけ、優雅な気持ちになれました。ふと、わたしにダ
わたしは、高校卒業と同時に県外へ出て結婚も県外の方としました。初めての出産をした20数年前。母がはるばる手伝いに来てくれたのです。母がいてくれることの安心感💕今でも鮮明に覚えています。・・数週間お手伝いをしてくれていよいよ母が帰る日。これから始まる、初めての育児への不安で大号泣のわたしに、玄関先で母が言ってくれた言葉があります。それは…「あなたが選んだ道でしょ。がんばりなさい。」でした。その一
今年も桜🌸が咲きましたね☺️前にも書いたと思うのですが...桜を見るたびに思い出します☺️病院のお庭の桜を、車椅子の母と2人で見ていた時...「あと、何回桜が見られるかな」と言った母の言葉に...私は...「桜は好きな人と見るのが一番だね」と車椅子を押しながら、涙を隠したくて話しをそらしたなぁ...。今日はちょっと、おセンチな気持ちで桜を撮った...今!本気で声を大にして元気に言いたい!「桜は大好きな人と見たいなぁ」😊はい!私は今日も元気です😊#桜が咲くと#母との想い
「母といると、なぜか疲れる」そんな感覚を感じたことはありませんか?優しくしたいのにイライラする大事にしたいのに傷つく私はずっとそうでした。母の言葉に反応して怒ったり、悲しくなったり気づけば心がザワザワしている。でも今回、久しぶりに両親とゆっくり過ごして自分でも驚く変化がありました。それは母と一緒にいても、心が穏やかだったこと。あんなに反応していた私が何を言われても、スッと受け流せる。そして不思議なことに母自身も、以前のような
おはようございます♡我が家でよくある風景🌿子ども達も、旦那さんも家に入るとまず「ただいま〜」そして私の姿が見えないと、続く言葉は「お母さんは?」トイレに入っていたり洗濯物を片付けていたり家の中にいるけれど、私が、みんなの視界に入っていないことはよくあります。でもそのたびに聞こえてくる「お母さんは?」の一言。あぁ、幸せだなぁと思うのです「お母さん」という存在。当たり前のようでとても大きくて温かいもの。母であることの喜びをしみじみ感じました。今日も読ん
スマホのロック画面は、孫の可愛い写真なのですが、ホーム画面は、にのちゃんの写真です金髪で、多分ニノさんの時の写真で、インナーが白で上に黒のニット着て、あごに手を置いてます。で、先日実家に戻った時に、母がその写真を見て「にのみやじゃね」って言ったんです。「知ってるん」「それぐらい知ってるわ」どうして知ってるのか聞けなかったせめて、二宮くんって言ってほしかったわ。思いがけない母の言葉でした。
父の33回忌がきますでも私は父の法事には参加しません今回で父の法事は最後ですそれでも参加しません父を亡くしたあの日私は家族全てを亡くしました母から法事の連絡があり初めは行こうかと思ってましたでもその心を変えたのはやはり母の言葉その言葉ひと言で全てが終わりました。節目を迎えて逆に母と縁が切れて良かった1週間過ぎてやっと言葉に文字にできました書いては消したそんな言葉をやっと消化できるようになりましたもう二度とお会いすることもないと思いま
母に行ってくるね20分くらい、ね☺️と、声をかけてランニング懐かしい風景の中に溶けていくいってらっしゃい、とおかえり、の母の声がただただ嬉しい#桑田靖子#❤️#母の言葉#母の声#ありがとう
さわるなと書いておいても勝手に触ってどこかにしまいどこにあるかわからなくなる今日は外れたブリッジを触るなと書いておいても探し出し違う所に置いて『明日歯医者に行く』と予約は(土)しか取れなかったと言っても『なんですぐみてくれないの行けばみてもらえるから行くよ』と常識を持ち合わせてない母1番私が傷ついたのが母の言葉『私は頭がおかしいんだから全部あんたが我慢すれば済む話でしょ、まったくもー』唖然としたし涙が出たわこんな人が親なんて・・・(昔から酷い事を平気で言う人)辛
今日は、母の10年祭(命日)10年前、私の勤めていた病棟で私の勤務時間帯に息を引き取りました私の病棟は内科病棟ではありませんでしたがありがたいことに転床させていただけたんです悲しみの中でも様々な感謝でもいっぱいになったあの日のことは忘れられません…時は立ち今もなお語り継がれる母の名言があるのですがただ今、無くしたものを探し中その中で母の名言『無い無い思ぉて探されな!有る有る思ぉて探されぇ!』私が子供の頃に学校に持って行くものがないとか無くしものを探していた
今日も疲れました。最近、とてもお口が達者なむすめ。「きがえてねー」「はみがきしてきてー」「おふろはいるよー」どれもすんなりとは聞いてくれません。「さきにあそびたいの!」「歯ブラシもってきて!」「もうちょっと!(どうがみる)」なかなかすんなりといかないのでこちらも、様子をみてタイミングをはかって声をかけているのですが・・・。実家の母にそんな話をしたら母はサラッと「あんたも言うこと聞かんかったよ」おっと。思い
ThisdiaryentrywaswrittenonMonday,March9,2026.Init,IreflectonapowerfulmessageIheardatamorningseminarforbusinessleaders.Thespeakersharedamovingstoryabouthisdifficultchildhoodandthewordsfromhismotherthatchange
こんにちはいつもブログを読んでいただきありがとうございます。83歳になった時の母の言葉「こんな歳になったのは、生まれて初めてのことやろー。だから、今まで知らんかった。歳がいくと、体が思うように動かんなるんやねー」この言葉を聞いた時、「ほんとだなー」私も中年になって、もう随分経ちますが、まだ、高齢者の気持ちがどんなものか想像もつきません。まだ、高齢者になったことがないから、経験がないから、わからない、、母の言葉で、「確かに、毎年、歳がいくたびに、新しい、初めての経験をしてるんだな」
毎度アメリカ生活33年日本に本帰国したネコママです訪問ありがとうございます😊外泊二日目はピンポーンから始まった太極拳のお仲間が母に会いに来てくれた太極拳は朝の7時から始まるので8時前には終わるお仲間二人と母とで色々話し込む母の言葉は聞き取れないので通訳の私が呼ばれるお茶とか簡単な事なら分かるけどちょっと複雑になると私も分からないひ、ら、いこの前のひらいがまた出てきた地代か?いや、ひ、ら、い平井さんは、去年亡くなったよーどうしても平井さんに固執する母お