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にほんブログ村自分にしか出来ないことは必ずある、、、。ブログ訪問ありがとうございます。夢を実現させるために常にあなたと向き合っていくコーチングTêteàtête(テタテットゥ)です。自分の力に合うことだけしろ、その他の事はおのずと道が開けてくるまで待て。小説家・武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の言葉武者小路実篤-Wikipediaja.wikipedia.org【幸せレシピ~自分の未来を予約するコーチングセッション】◆コーチングがはじめ
【南九州大島紬を訪ねて④】東郷織物PART1鹿児島県から宮崎県都城へ綿薩摩夏大島などで高名な東郷織物さんを訪ねました。住宅街の街路沿いに美しい織布が風に揺れて、たなびいていました。古き良き織工場の風景です…【大島紬の二度織】「大島紬の二度織」とよく云います。織締機(おりしめばた)という絣括り用の機で七〜十六反分の絣糸をまとめて括ります。織られる絣糸の束を絣筵(かすりむしろ)と言います。絣筵には経(たて)絣筵と緯(よこ)絣筵があります。【経絣筵】経絣筵は経絣糸をま
7月26日(土)。本日は初の文学ドライブGo!Go!!イベント。新車のフリードに乗り込み、団員6人快適なドライブを満喫。武者小路、朔太郎、花袋と普段の読書会では頻繁に目耳にはするものの、その出自、ご家族、そして人となり等々、存外知らないことがたくさん。そんな知識補填の一助にと同イベントを企画・実施。前橋ではおいしいパスタも堪能♪そして、田山先生の行脚っぷりには一同驚愕でございました(゚Д゚)〇目的:群馬・埼玉に立地する文学館・記念館を車にて訪問〇日程:7月26日(土)〇時間:9:00~
こどもたちの演奏を継続してサポートさせていただいておりますもちろん練習は春からスタートしており全体がついに仕上げへと向かっているそうです代表の金刺美穂さんから連絡いただいて、こどもたちの演奏の全体像が見えてきました!着々と、先生方が準備してくださり見習うことばかりです講師の先生は久美子先生にこずえ先生に3人体制で、素晴らしい連携なんです地域も学年も超えて様々な子供たちがいる中で大変なことも、もちろんあるはずですけどとにかく明るくてユーモアがあってその笑顔と導
武者小路実篤の言葉から、私の「奇跡の生」を考えるこんにちは!皆さんは、ご自身の「生」について、深く考えたことはありますか?今日は、私が敬愛する文豪の一人、武者小路実篤の言葉を借りて、私たちがこの世に生まれてきたことの奇跡と、その感謝、そして責任について、皆さんにもぜひ一緒に考えていただきたいと思っています。私たちは、選ばれし奇跡の存在だった武者小路実篤は、かつてこのような趣旨のことを語っています。>我々人間は、数多の精子の中からたった一つが選ばれ、受精して生まれた奇跡的な生き物である
芝大神宮の貯金塚です。こうゆうのはとってしまいますね。予定では億越えの貯金になるかと(笑)碑文の揮毫は、「根気根気何事も根気」と揮毫されで「武者小路実篤」だそうです。芝大神宮にある「貯金塚」のご紹介(芝大神宮のご紹介#09)神社結婚式.jp芝大神宮にある「貯金塚」のご紹介」芝大神宮のご紹介#09神社結婚式.jp神社での結婚式が最もオススメな理由や神社での結婚式、神前式の素晴らしさを詳しく動画にてご紹介、ご案内してまいります。www.jinjakekkonshiki
子供の頃はなかなか難しく理解ができなかった名作たち。今少しハマってます。夏目漱石の自叙伝的な話。武者小路実篤の友情。いずれも、描写がしっかりしている。子供の頃は文字から想像することが、苦手だったんだと気づいた私です。
谷川俊太郎昨年11月、谷川俊太郎がお亡くなりになられた。日本語、言葉、詩に向き合った生涯。「歳をとると厚着が重いコトバを脱いで裸になって宇宙の風の吹かれたい」。コトバの厚着、なぜだかしっくりくる。夏はTシャツで過ごす谷川俊太郎。自分を押さえつけるものが嫌いなのだと思う。そんな谷川俊太郎が、大岡信と選んだ「声でたのしむ美しい日本の詩」(岩波文庫)。和歌・俳句は大岡信、近・現代詩は谷川俊太郎が「注記」という形で解説を述べている。注記を楽しむのも格別である。今回は「近・現代詩」を
探索は程々にしてエレベーター前の長椅子で持って来た本を読むことにしたこれ↓結構気楽に読めて楽しい本。やや未開拓の地域を旅した時の感想本。悪くないネこれで2時間は過ごせる冷房は効いてるから避暑は出来てる。隣にはお一人様が2人夫婦カップルが1組、仲がいい夫婦はみていて気持ちいいネ〜歳を重ねた夫婦はこうでなくちゃネ誰の言葉だっけ?仲良き事は美しき哉?だっけ?武者小路実篤?だっけ?さてどうするか?30分後に帰るかそれとも2時間半後に帰るかそれが問題だ〜(
2025年6月29日(日)。天気晴れ。今日も東京は真夏日。すっかり梅雨の気配が消えています。朝食代わりに、「ドトールコーヒー」でコーヒーとバウムクーヘンです。京王線「国領駅」近くの「ココスクエア」の中華料理屋さん「水仙」にて昼食。京王線「仙川駅」の駅前広場。駅前の桜は、緑が濃くなっています。調布市内では、一番おしゃれな商店街と言われています(誰から?)。「猿田彦」の店内も、明るい雰囲気です。アフォガード。「ハーモニーロード」の街並み。「桐朋学園」方面に振り返ると、狭い道を小田急バス
おでかけニャンコ『ヽ(゜▽、゜)ノあ、おばんです♪例えば、大学病院での検査のために出勤しているはずの平日は週三日程度やむなく休んでいる人も多いかと思いますけど、わたしもそんな一人なのかもしれないのでございます。@&%$#・・・(*ノωノ)」『|ω゜)・・・まあ、再発も初期発見なので前回のように急いでばたばためいた感じも無く、自覚症状も無いので他人事のように検査を受けてますし、前回のような開頭手術とか長期入院リハビリは回避出来たら良いのですけど、そんな都合
🍳第010話「黄身に染まる、約束の余白」──あの日、忘れたはずの言葉が、箸の先でほどけてゆく。夜の帳が降りきる少し前。「TKGたあくん酒場」には、ひとつの静寂が流れていた。いつもより客の少ないこの夜、マスターはゆっくりと卵を割る。とろり。器に落ちた黄身が、まるで記憶のなかの灯火のように揺れている。カウンター席にひとり、スーツ姿の青年が腰掛けていた。彼の名は、風間ユウト。5年前、この酒場がまだ名前も持たなかった頃に、ほんの一瞬だけ通っていた常連客だった。「ここ、まだあったんで
できるだけ美しい世界を見たいから・・・・・・・・「美は、見る人の前の中にある」と言います。醜い考えを排しそばにいる人に愛を施し思いやりのある行動をとっていればそれを見る人の目にはあなたの周囲が美に満ちている、と映るでしょう。(『生きていることを楽しんで』ターシャテューダ―著:倉野雅子:訳メディアファクトリー、p150)・・・・・・・考える時間をとり自分自身の内なる平和をみつけましょう。なぜなら、魂が平和なときだけこの世の美しさや愛を発見できるから。(
令和7年6月15日(日)ご自分の夢や目標に向って努力している時、もっとがんばりたいと感じている時など、わたしたちを前向きな氣持ちにさせてくれる言葉をご紹介します♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕は運命を信じないのです。ただ実力を磨くことだけを信用しているのですよ。By武者小路実篤日本の小説家、詩人、劇作家、画家1885~1976・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日引き寄せた武者小路実篤の言葉から、少し疑問に感じることがあります。わた
洋の東西の偉人、賢人たちの「名言」をご紹介します。人の一生には悩みがつきものです。私たちはしくじり、恥をかき、苦悩する。心を惑わせ、傷つけるのが人の言葉なら、励ましを与え、明日を生きる理由を与えるのもまた、人の言葉なのである。◎充実した人生を送るためにその1笑われたたっていいじゃないか~正直が一番笑われるのを恐れるよりは心にないことを云うのを恐れなければいけない。武者小路実篤{むしゃのこうじさねあつ}(日本の小説家・詩人・劇作家・画家。貴族
人は、自分を愛せる量だけしか、他の人を愛せません。そして、自分を愛せる量だけしか、他の人からも愛されません。武者小路実篤ーーーーーー自分を愛さず自分を嫌って粗末にして他人を愛するそれはできないと思います。自分に愛が足りないと愛せないどころか愛を奪います。足りないから。自己愛はとても大切ですね。ーーーーーー武者小路実篤の「友情」10代の頃読みました。盲目的片思いを主人公はします。親友も応援してくれる。しかし片思いの女性は親友を運命の人だと思います。親友は彼女を徹底
どうして人は死んでしまうのかその答えは簡単だそれは、生まれてきたからに他ならないいのちあるものはみな、不死にはつくられていない“一番いやなものは死であるしかし一番神聖なのも死である”“”内は、武者小路実篤(1885年-1976年)『蝸牛獨語』(1940。昭和15年)からの引用となります。以下も同じです。では、どうして生まれたのかそれに答えるのはむつかしいお釈迦さまなら、それは無明(煩悩)とその無明である自我意識(我執)に基づく行い(善悪を含めて、これまでに
この本を読んでいたらどうしてもそれが疑問となった中国料理は基本超高温で調理されたものをアツアツのうちに食す冷めたものなど誰も食べないこの本を読んでいる限りぼくのような猫舌人間など中国には一人も存在しないのではないか?そんな風に思えてしまったのだこの本の著者中国料理シェフ脇屋友詞さん66歳朝日新聞土曜日beフロントランナーで紹介されていた人物ぼくがこの人に興味を持ったのはその生い立ち父親は易者母親は専業主婦極めて珍しい
(令和7年)2025年5月27日(火曜日):人生「仙川駅下車」散策スナップ日誌:・・・・・・前回のつづき:・・・・・・この日、もらった切符で、京王線の仙川駅を、我が人生で、初めて、下車。「1万歩」ウォーキング。(16時31分):◆「せんがわばし」・・・・・・京王線の線路が、見えますね。***◆「仙川橋」・・・・・・ここを渡って、まっすぐに、歩いて行く。*****◆「ハーモニータウンせんがわ」(仙川商店街協同組合)・・
レッド!ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組ピー⁽⁽٩(•ʚ•)۶⁾⁾ーッ組武者小路実篤友情←
令和7年5月24日(土)ご自分の夢や目標に向って努力している時、もっとがんばりたいと感じている時など、わたしたちを前向きな氣持ちにさせてくれる言葉をご紹介します♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桃栗三年柿八年だるまは九年俺は一生By武者小路実篤日本の小説家、詩人、劇作家、画家1885~1976・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今朝引き寄せた、武者小路実篤氏の言葉に、わたし自身を重ねてみます。実を結ぶまでに時間がかかるものもあれば、一
たつき諒さん。例の「私が見た未来」の作者・漫画家さん。一応、現在は引退されておられるようだが、「(たつき)」。漢字表記である。「竜樹」で「たつき」。成程ねぇ、すんなりとは読めないわな。なのでひらがな表記を用いたのであろう。「竜樹諒」より、「たつき諒」。うん、何となくだが合っている。難読漢字+ひらがなのケースね。「十時(ととき)」とか、「實(みのる)」とか。世には不思議な、もとい。あまりお目に掛かれない難解姓字も多いけど、その方々はふりがなを振るか、ひらがな表記での筆名を、
我孫子•手賀沼周辺散策【6】アビスタ展示パネル①「物語の生まれるまち我孫子」②文人たちが見た我孫子③我孫子に移り住んだ文人たち④展示パネル全体的な構図我孫子市アビスタ我孫子市生涯学習センター2025.5.9(金)撮影①「物語の生まれるまち我孫子」「物語の生まれるまち我孫子」古より手賀沼は多くの人々を魅了してきました。特に明治末期から大正期、昭和初期にかけて、白樺派をはじめとする多くの文化人が手賀沼のほとりに集い、別荘や邸宅を構えました。『東京朝日新聞』
真実真実誠実誠実見える処より見えない処に~武者小路実篤『詩の花びら』より~
5月13日は『愛犬の日』で、今月の満月はフラワームーンだそう🌕いつもは黄色っぽいイメージの月ですが、この日はオレンジでした🍊5月も半分になりました。今年は早い‼️まだ、何もしていないっ‼️4羽揃ったので、ルリちゃんも誘いました。皆んな揃いました。ミコちゃんが見上げている先は……なぁんか
「心配しても始まらないことは、心配しないほうがよい」(武者小路実篤)心配する時はどんな時?案外、暇な時間がたっぷりある時じゃないかな。心配の世界にどっぷり漬かっちゃうんだよね。だから、いちばんカンタンな解決法は、頭と体をフル回転させて暇を作らないこと。心配なんか吹っ飛ぶようにね
武者小路実篤さん武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)本名:武者小路実篤(むしゃこうじさねあつ)ローマ字のサイン:mushakoji愛称:武者(ムシャ)姓の武者小路は本来「むしゃのこうじ」と読むが、後に「むしゃこうじ」に読み方を変更した。しかし、一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も誤りだと糺すことはなかったという。1885年5月12日生まれ、1976年4月9日、満90歳没。東京府東京市麹町区(現・東京都千代田区)出身の小説家、詩人、劇作家、画家。
春は鳥の声が心地良い🕊️テテコです、こんにちは!さて先日。お久しぶりの友達と仙川ランチへラマンチーナ(map)友達が電話予約していてくれました✨ありがとう嬉しい!外のランチメニューはこんな感じでしたが、中に入ると手書きで加えられた別メニューがあり、こちらよりもたくさんの種類がありましたよこじんまりかわいい店内開店時間すぐだったので誰もいないように写っていますが、この後は予約の方でいっぱいに。お兄さんがおひとりで営業されているのかな?その割にはテキパキと動きがはやく全然待
令和7年5月2日(金)ご自分の夢や目標に向って努力している時、もっとがんばりたいと感じている時など、わたしたちを前向きな氣持ちにさせてくれる言葉をご紹介します♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ものになるならないは、実に一寸した処で決まるのだ。昨日までものにならなかった人が、今日ちゃんとものになっていた。そう言う事実を自分は何度か見た。By武者小路実篤日本の小説家、詩人、劇作家、画家1885~1976・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今朝引き
志賀直哉「清兵衛と瓢箪・網走まで」(1965年)という文庫本を読んでいる。この前は井伏鱒二で、今回は志賀直哉。どちらも文豪で、生年も近く、活躍した年代も結構似通っている。この志賀直哉も今回初読みとなった。意外に読み易く、そして文体の印象が明るい。文章が非常に上手くても、何となく全体的に暗い感じの文体は多々有るが、これは明るい。漢字や語彙は確かに少しレベルが高く、漢字力や語彙力が極端に低い人には、少し読みづらいかも知れないが、それでも何となくの意味は無理なく取れるだろう。本当は