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2025年8月北海道ツアーに行った時、道北の音威子府駅で念願の黒そばを食べたという記事は以前書きました。そして、その黒そばのお持ち帰り用は、駅近くの「ビレッジショップこしん」で売っているというのも書きました。おといねっぷの黒そばは生麺なので、持って帰るのは厳しかったので常温保存できる音威子府産のそば粉100%のおみやげそば(黒そばではない)を「こしん」で購入しました。その時、北海道産小麦100%使用の小倉ようかんを見つけたので、1個お買い上げしました。箱には「北海道命名の地」と書い
🤍ホーリーバジル×音楽×瞑想🤍地球と人が共に笑顔に…MegumiGardenめぐみです。いつもご覧いただき誠にありがとうございます🌸🌸🌸🌼🌼🌼🌺🌺🌺🌷🌷🌷R8.2.22松浦武四郎祭りにて松浦武四郎ストーリーオペラのご感想をいただきましたので掲載させていただきます。ありがとうございます🌸🌸🌸🌼🌼🌼🌺🌺🌺🌷🌷🌷🌟お母さんの歌が本当に良かった。🌟武四郎さんとアイヌの人々のことを知ってもっともっと広く知られて欲しいですね。アイヌの人々と同じような運命を辿っいる人
いったん公開したんですけど、あれ?なんかヘンだな?オレ、ナニ書いてんだ?と思ったので、書き直しました。ただ最後、樺太戦の所があって、そこは気が滅入るかもしれませんので、かなり端折りました。----------先日、札幌に行く用事がありました。久しぶりの春、暖かく、晴れた天気は気持ちがいいです。でも駅前を見てみると、新幹線と関連してか、工事が続いています。どこか。ほかの街みたい。道庁赤レンガの改修工事も終わって、一般公開もされています。確か、半世紀近く前に家族
***道北へ***『2020年(203-1)木古内ランチ/黄葉紅葉/松前城跡/江差晩ごはん24Oct31』***スタイル***北海道小旅に出ました。お天気と気温の予報を見て《これくらいかしら》のコーデです。タイツはまだ要らないよね。***函館からレンタ…ameblo.jp『2020年(248-1)網走小旅/千歳ランチ/網走・能取・サロマ湖・オホーツク25Apr16』***大阪よりひと月遅れの春***女満別⇒サロマ湖⇒網走25Apr16-Google
名称:タツコフ、マクンタプコプ、神威岳アイヌ語名:makun-tapkop奥にあるたんこぶ山標高:467.5m所在地:歌志内市字中村・赤平市2万5千分の1地形図:赤平5万分の1地形図:赤平北緯:43.5188東経:142.006松浦武四郎の丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌のうちの丁巳第三巻の「再篙(こう)石狩日誌」(第二巻)のなかで、歌志内川(ota-sh-nai)の流域についてヲタシナイ(前略)先第一川口より左俚少し登りて、ハンケウタシナイ、ベンケウタシナイ、タツコフ、ヲ
社会問題化している〝いじめ〟は、今に始まったことではありません。人間の歴史が始まって以来ずっとあったことなのでしょうが・・・今日は、特に日本人特有のムラ社会的というか陰湿ないじめによって人生を狂わされた悲運の女性、斎藤きちさんこの名前はご存じなくても〝唐人お吉〟といえばピンと来る方が多いと思いますが、彼女の命日にあたります。お吉さんは、1841(天保12)年に現在の愛知県南知多町で船大工・斎藤市兵衛の次女として生まれました。その後一家は伊豆・下田に転居したものの仕事が
🤍ホーリーバジル×音楽×瞑想🤍地球と人が共に笑顔に…MegumiGardenめぐみです。いつもご覧いただき誠にありがとうございます🌸🌸🌸🌼🌼🌼🌺🌺🌺🌷🌷🌷ひと月以上も経ってしまいましたが💦R8年2月22日第31回松浦武四郎まつり松浦武四郎ストーリーオペラ無事終演しました🙏お祭り全体では5,800人のご来場があり武四郎誕生地にも2,000人のご来場があったそうです。ただただ武四郎さんに恩返しがしたい一心で行動してきた事がこんなにも大きなお祭りでしかも武四
雪が溶けて、塵が残り埃っぽい札幌です!喉やられてます連休は、札幌赤れんが庁舎に行きましたw午後に行ったので、目当ての石屋製菓の『赤れんがサンド』は完売していて残念すぎて泣きそうでしたが、展示は面白かったです。松浦武四郎の北海道探査に思いを馳せながら頂いたソフトは、食べ切れませんでしたそして、庁舎内で、ずーしーほっきーを発見気持ち悪いキャラって、良くも悪くも印象深い物なんだなと思いました
名称:タツコヒ坊主山アイヌ語名:tapkop標高:374.6m所在地:瀬棚郡今金町字美利河2万5千分の1地形図:美利河5万分の1地形図:今金北緯:42.474東経:140.160松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調図には、いまの今金町の後志利別川の上流部に”タツコヒ”が記されています。これは”タプコプ”の事ではないか?と思われます。見地ではそう訛ってよばれていたのかもしれません。これを今の地図で見てみると、この山は坊主山に相当すると思われます。東西蝦夷山川地
北の大地北海道北海道の名付け親である人物出身地の松阪にある松浦武四郎の記念館へ行きました武四郎は日本各地を旅した探検家で28歳の時長崎で住職を務めていた時に蝦夷地にロシアが南下する話を知り蝦夷地の調査を個人で3回幕府役人として3回計6回の調査を行いました蝦夷地調査には現地のアイヌ人の協力を受けながら現地の地名や伝承の記録を行いその中で数多くの記録を残しました151冊にものぼる調査記録をもとに紀行本や地図を出版しており蝦夷地やアイヌの文化を多
昨日は兵庫県西脇市の新雌邸を訪れました。アイヌの語り部である結城幸司さんのお話し会が、tamakiniime会員向けに企画されていて、参加させてもらいました。2023年頃、銀座での結城幸司さん版画展に訪れたことがあり、とても好きなアート作品だったので、直接ご本人からお話しが聞けて光栄でした。今回一番印象に残ったのは、三重県出身の探検家で松浦武四郎という人物が、蝦夷地を探査し北加伊道(現在の北海道)という名前を考案したほか、アイヌ民族・アイヌ文化の研究に努めたという史実を知れたことで、
松浦武四郎が『東部安加武留宇智之誌』などで記した、津別町のタプコプ(タッコブ)については様々な見解があるようです。このタプコプは、網走川とタッコブ川のの合流部近くの永代橋あたりからでもはっきりと認められます。写真1図1タプコプと思われる山塊にはB,C,Dの3つの峰がある(地理院地図より)その理由を以下に述べます。このタプコプは、上図のAの方角から見ると下(写真2)の様に見えます。写真1ここで、地理院地図地図で3D像を作ってみると、下(図2、3)のように
一昨年、松浦武四郎著丁巳(ていし)東西蝦夷山川地理取調日誌(上・下2冊)(高倉信一郎校訂、秋葉実解読、昭和57年、北海道出版企画センター)および戊午(ぼご)東西蝦夷山川地理取調日誌(上・中・下3冊)(同、昭和60年、北海道出版企画センター)を古書ネットで購入しました。松浦武四郎丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌(上・下)松浦武四郎戊午東西蝦夷山川地理取調日誌(上・中・下)これらには、松浦が調べたおびただしい数のアイヌ語地名が載せられており、改めて松浦のすごさを確認できるとともに、こ
名称:ウトルルクシタプコプアイヌ語名:utur-rukus-i-tapkop標高:324.9m所在地:虻田郡喜茂別町字比羅岡2万5千分の1地形図:喜茂別5万分の1地形図:留寿都北緯:42.805東経:140.888喜茂別町には2つのタプコプがあることが松浦武四郎作の「東西蝦夷山川取調圖」で記されています。しかし、記事となっているのは『戊午東西蝦夷山川取調日誌』の「東部作発呂留宇知之(サッポロルーチシ;札幌越え)誌」でのウトルルクシタツコブ是はヒン子シリとシリベツ間に
第31回松浦武四郎祭りに出演させていただきます。2月22日(日)に開催です。北海道の名付け親北海道開拓の為にアイヌを守る為に北海道を知ってもらう為に鉄道も飛行機もない時代に6回も北海道へ渡り大変な貢献をされた幕末の偉人です。大峰山は役行者が、高野山は空海上人が開山していたことにちなんで大台ヶ原はその二人でさえ足を踏み入れたことのない深い山であり、ここを開くのは私なんだ・・・と大台ケ原を開山されて68歳から3度も登山をされました。148cmの小さな體で驚
私が北海道内のアイヌ語地名探索に使用している地図は、現在の国土地理院の2.5万を別にすれば、主に20万分の1道庁実測切圖(以下切圖と略)と松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調圖(以下山川と略)である。どちらも、今は使われなくなったたくさんのアイヌ語地名が掲載されていて資料的価値は大変高い。その数で言えば山川の方が多いだろう。よって地名だけを調べるなら山川が良いかもしれない。切圖の方は編集を担当した技官の裁量(そもそもどのように製作・編集されたのか明らかではないが)によって地名の非常に細か
今年もやって参りました🙌第31回松浦武四郎祭り令和8年2月22日(日)出演させていただきます⭐️松浦武四郎誕生地にて13時半より『松浦武四郎物語ストーリーオペラ』紙芝居と音楽で武四郎の人生が今ここに蘇ります。一志(ishi)紙芝居朗読鈴木晴美パーカッション中西康裕歌ピアノ倭めぐみユニット名一志(いし)は武四郎さんのひとり娘さんのお名前をいただきました。娘、息子達から武四郎おとっつぁんへこれまでお導きくださっ
2019年1月のブログです*スェーデンの生物学者ステン・ベルクマンさんの『千島紀行』(加納一郎訳・1992・朝日文庫)を再読しました。原典は1932年の本で、1929年から30年にかけての千島列島の調査紀行です。今から90年前の千島列島、自然が豊かです。動物が自由自在に駆け回っています。千島列島の返還交渉が話題になっていますが、政治オンチ(?)のじーじにはあまり関係ありません。じーじは北海道生まれのどさんこですので、やはり北海道もそうですが、その近くの樺太
いままで、個人と少ない仲間でアイヌ語地名探索の活動をしてきましたが、活動の場をより広げて多くの方と意見を交わそうと考え、このたび「アイヌ語名研究会」に入会しました。実は「アイヌ語名を大切に」という日本語地名/アイヌ語地名併記運動にかかわっていた20年位前までの数年間同会会員でしたが、その後自然退会となっていました。当時の「アイヌ語名研究会」は、「松浦武四郎研究会」とほぼイコールで、当時の私は武四郎には興味なく、一度論文を投稿したのみに終わっていました。当時と比べ研究会のメンバーも若返
名称:ヤウンタプコプアイヌ語名:ya-un-tapkop外側のたんこぶ山(孤山)標高:431.9m所在地:芽室町上美生2万5千分の1地形図:上美生5万分の1地形図:札内岳寒そうな写真で申し訳ありません松浦武四郎の『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』東部登加知留宇知之誌に、ふたつのヤウンタプコプ(ヤウンタツコフ)が記載されています。①ピウカ川沿いのもの、②ビバイル(美生)川沿いのものです。②は1月1日に紹介しました。先の1月10日十勝の渋山川流域を探索した際に、①らしきも
去年の12月に、松浦武四郎の『東西蝦夷山川地理取調圖』で芽室川と渋山(しぶさん)川との関係が間違っているのでは?と書きました。このことが、どうしても気になったので帯広のホテルに前泊し、先日(1月10日)現地に調査に行きました。全くのもの好で、自分でもあきれてしまいますが・・・。前期の記事の一部を再掲しますこの円山(483.0m)がタツコフで間違いないと思われますが、松浦武四郎の『東西蝦夷山川地理取調圖』で見るとこのタツコフは、芽室川支流の渋山(しぶさん)川の流域にあることになってい
1月3日「二宮ん家」で紹介!2026年最強待ち受けパワーパーソン3人のまとめ!琉球風水師シウマさん、琉球鑑定士のミウマさが登場!1位吉田沙保里迷わない力霊長類最強女子の考え方[吉田沙保里]楽天市場2位みちょぱ【10%OFF】カラコンワンデー度ありみちょぱ10%OFF4箱セット池田美優ドープウィンク1箱10枚入りDIA14.5mmBC8.6セットハーフ1日使用フチありフチなしグレーヘーゼルブラウン
12月5日に、《3年連続の松阪謎解き①》のブログをアップしました。『今日から松阪ナイター競輪です《3年連続の松阪謎解き①(※謎解きは11/30で終了)》(立野純)』※松阪競輪場の「旅打ちブログ」はこちら。ぜひ旅打ちのご参考に!松阪競輪場(三重県松阪市)–競輪実況立野純の「旅打ちへ行こう!」tabiuchi.co…ameblo.jp今回はその続き。「車で120分~」という「月の勾玉コース」にチャレンジ編です。「車で120分~」ということは、電動自転車だとどのくら
昨日の記事とかぶりますが、もういちど、芽室川と渋山(しぶさん)川との関係を整理してみたいと思います。5万分の1地形図御影より芽室川は十勝川の支流で、芽室市街(地図東側、欄外)の近くで十勝川に合流します。一方、渋山川は芽室川の支流で、南西から流れてシュプサンプト(渋山太)で芽室川に合流します。大雑把にいうと、芽室川はだいたい東西に西から流れるのに対して渋山川は南西より北東に斜めに流れています。渋山川には北側に大きな支流があって、現在はパンケホロナイ川となっています。松浦
3泊4日の伊勢志摩松阪旅行3日目9松阪市・北海道の命名者・松浦武四郎記念館昼前に本居宣長記念館を訪問後、近く松阪市内のファミレスで昼食を取り、松浦武四郎記念館を初めて訪問、見学しました。2019年『三浦乾也一門』(非売品)初めて上梓した際、当館から、乾也作品の画像提供を受けていて、この日、その寄贈した本に出会いました。この記念館の入口には武四郎の絵本がたくさんありました。最近郷土史や郷土の人物紹介で幼児や小学低学年への語り聞かせの必要を強く感じていて武四郎が地元でよく知られていると感じまし
※松阪競輪場の「旅打ちブログ」はこちら。ぜひ旅打ちのご参考に!松阪競輪場(三重県松阪市)–競輪実況立野純の「旅打ちへ行こう!」tabiuchi.com今年も参加しました!松阪市内を舞台としたリアル謎解きに!この謎解きは、問題を解くことだけでなく、何もなければ足を運ぶことがない場所に、行くキッカケを作ってくれるところにも、楽しさがあります。初回はおととし。『今日から松阪競輪です《「豪商のまち松阪謎解き宝探し」へ(謎解きは11/30で終了)
宗谷本線の秘境駅糠南駅筬島駅をGoogleマップで見た際、近くに「北海道命名之地」という場所があることが分り、気になったので行ってみることにしました。筬島駅から2.2㎞、途中天塩川の橋を渡りました。天塩川の名の由来へぇ~(゜-゜)おっ!「北海道命名の地」の看板発見!よし、この坂を下りればいいんだな。↓↓↓チッ!なんだこの砂利道は・・・到着~!何やら記念碑みたいのがあるようです。行ってみましょう!↓↓↓北海道命名之地北海道命名ゆかりの地松浦武四
「北海道・東北既訪問タプコプすべて公開」の2回目となりました。これから示すようにまずは名称と所在地、現在の地図(2万5千分の1地形図、地図と略す)を示します。後に、出典各種資料での記載の有無を示します。その略称として、戊午:戊午東西蝦夷山川地理取調日誌(松浦武四郎)丁巳:丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌(松浦武四郎)永田:北海道蝦夷語地名解(永田地名解)(永田方正、明治23年)山川:東西蝦夷山川地理取調圖(松浦武四郎)切圖:北海道実測切圖(北海道庁、明治25/28年)ほかに
タプコプ(tap-kop)とは、こんもりした小山を示すアイヌ語地名である。アイヌ語地名研究家の山田秀三さんは、「たんこぶ山」と訳した。タプコプという地名は、北海道の釧路町達古武(たっこぶ)や津別町の達媚(たっこび/たっこぶ)などがあるが、いずれもタプコプという山の名前じから由来したもので、初めに山ありきである。これから回を追って私が今まで訪問した、北海道・東北のタプコプを紹介してゆきたいと思う。すでにこのブログで公開しているものがほとんどだが、これまで分散していたのを改変して連載して