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ありがとうございます昨日は、諸用で遠方に出かけました。丸一日がかりでした。帰りは途中までは大丈夫だったのですが、途中から疲れを感じて、どうしても動く気力がなくなり少しでも早く帰宅したかったのですが、途中でカフェに入って、ひと休みしました。そして、また電車に乗ったのですが、車内は混んでおり、優先席は若い人や健康で元気な人が座って、スマホに熱中かおしゃべりに興じ誰にも席は譲ってもらえず、他の周囲の乗客の嫌なあれこれが目に入り、耳に入りで、どうしようもなくなりかなり長い時間立ちっぱなしで
【まだ間に合う?】イーロン・マスクが警告「高齢者は今すぐこれを知るべきだ!」2026/08/02日本経済眼📊【日本経済眼】データとテクノロジーで読み解く、日本と世界の経済複雑で難解に見える経済の世界を、ニュース・統計データ・最新テクノロジーの視点から、誰にでも分かりやすく解説します。膨大な情報の中から“本質”だけを抽出し、日本経済の現在地と未来を鋭く見通す。日本経済眼は、変化の時代に必要な経済的判断力を育てるナビゲーターを目指します。🔍このチャ…www.youtube
他人の下心や適当さを感じると、どうしても萎えてしまい態度に出てしまう自分の未熟さをどうにかしたいと思いながらもどうにもならずに42歳になっている時点で、もうどうにもならないと諦めている諦めも肝心だと都合良く変換できる天才こと小林です。本日はシトロエングランドC4スペースツアラーのご納車で福岡県福岡市からお越しくださったH様、遠いところ有難うございますお気をつけてお帰りください!m(__)mそして、いつもお世話になっているH様、昨日は朝一番に沢山持って来てくださり
全てなる意識の集中とは「概念」単位で行う「1つの観点」ではなく「1つの概念」に集中を二元フレーム(構造)の意識場は、2つ以上の『視座』を同等に扱うことが大の苦手です。なぜなら、そもそもシステム的にそうした仕様になっていないから。だから、御自我さま達は全員「わたし」という己の意識場内で唯一無二の『視座』を通してしか世界を認識できないのです。この、わたしを通過することを「自我フィルター」と云ったりしますが、その「フィルター」は「わたしが否定することを全てシャットアウト」します。
【南直哉が語る】死の周辺で私が見た人々の悩みと苦しみの本質【南直哉が語る】死の周辺で私が見た人々の悩みと苦しみの本質-YouTube2026/02/17家族の死、友人の死、自分の死、私たちはいつ何時死に直面するか分からない。高齢化と人口減少の進む日本では死は雪崩のごとく押し寄せてくる。自分の死や大切な人の死をどう受け止めたらいいのか。『「死」を考える』(河出新書)を上梓した恐山菩提寺院代・霊泉寺住職の南直哉氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
「コスパ」「タイパ」という言葉が日常に定着して久しい現代。私たちはいつの間にか、すべての行動や人間関係を「得か損か」という物差しで測るようになってはいないでしょうか。効率や利益が最優先されるあまり、かつて日本社会の底流にあったはずの「仁義」や「思いやり」が音を立てて崩れ去る。いま、私たちの生きる社会は、冷徹で殺伐とした「仁義なき社会」へと変貌しつつあります。1.損得勘定が基準となり、消失していく「徳・公利・愛情」すべての判断基準が「自分にとって得か損か」に収斂(しゅうれん)して
山梨県甲州市でジャズピアノ教室を主宰している三枝数也です。音楽、特にジャズを教えるというのは、とても難しいことです。どんなに素晴らしい演奏をなさる方でも全ての演奏家が素晴らしい先生かというと、そうでもない気がします。しかし、人に教えてることを通して無意識に成立していることでも、生徒さんに言葉で説明したり本質を分かってもらえるように、ジャズの本質をもう一度見つめ直します。だから私は、教えることも自分自身の大切な勉強だと思っています。ーーーー『体験レッスン』のお申
↓ツイッターの翻訳機能に感謝Manypeopleareasking:“WhythehellstrikeWildberrieswarehouses?Itwouldbebettertokeephammeringoilrefineries.It’sjustanonlinemarketplace.”Hereisthebriefandstraightforwardexplanation.First,theobviousreasons:
私の「本当」を現すということをもっと丁寧に意識して表現していくことがとても大切だなと感じています。それには自分を丁寧に見ていくことがとても大切だと思いました。ひとつ前のブログ実は私のなかではチャレンジしたところがありました🌱私のこれまでって誰かや何かのせいにしてきた意識が長かったから誰かにこのように言われたから不快なんですという意識が当たり前の時間が本当に長かったです。けれどその心からどんなに物事を見つめても真のこたえにはたどり着けないし心の奥底から救われる
「神様は自分に背負えない十字架は背負わせない」これは敬虔なクリスチャンだった死んだおばあちゃんの言葉で、今でもひとつだけ覚えている言葉です。元になった話は、イエス・キリストが人々の罪を背負ってゴルゴダの丘へ十字架を背負って登りそこで処刑されるという聖書のエピソードから来ている言葉です。その3日後に復活するという聖書に出てくる奇跡の話は、リアルな現実を生きる私にはどこか非現実的に思えてしまう部分もあります。しかし、この言葉の本質はそこじゃない気がしています。私にとって
🦊狐と本質思考の違い〜成功者を真似しても成果が出ない理由〜コピーするのは狐。本質を抽象化して再構築するのが成果を出す人。この違いが、学びを「知識」で終わらせるか、「成果」に変えるかを決める。🦊1.狐=コピー型思考とは何か狐は昔から「形だけ真似る存在」の象徴として語られてきた。その特徴はとてもシンプル。行動だけを真似る表面だけを模倣する文脈を読まない本質を理解しない成功者の足跡だけを追うつまり、「成功者がやったこと=成功の理由」だと勘違いする。行政や他の人が
皆さんは「祈り」に対してどのようなイメージを持っていますか?願い事を叶えるために祈ると思われているかもしれません。実は祈りの本質は願いを実現させることだけではなく自分自身の心を整えることにあります。心が整うと物事の見え方が変わります。同じ出来事が起こっても心の在り方次第で受け止め方は全く違ってきたりします。そしてその小さな心の変化が毎日の選択や言葉、行動に影響を与えていくことになります。不安に満ちた心で過ごす一日と感謝に満ちた心で過ごす一日ではその結果は大きく変
【パンチが「突き」に変わった時】パンチが「突き」に変わった時、技の本質は大きく変わります。パンチは相手を叩く動きになりやすく、腕の力に頼ることが多くあります。しかし、突きは違います。全身が一つにつながり、身体の中心から力が伝わることで生まれる技です。だから私は、こう考えています。「人を叩いてはいけない突きになる。」相手を力任せに叩くのではなく、必要最小限の力で制する。それが武道の突きです。腕で打つのではなく、身体全体で伝える。力で押すのではなく、自然な身体の働きをそのまま相手
「どうでもいいことだろうけど、熊本地震でメディアに招かれた専門家のなかで、断層の説明に「割れ残り」という表現を使ってる人がいる。断層だからすでに大規模に割れており、問題はいつ動いてずれるかだろう。「割れ残り」はいたずらに世間に恐怖をふりまいてるようにしか聞こえない。」その指摘、かなり本質を突いていると思います。「割れ残り」という言葉は、地震学の文脈では「過去の地震で破壊(すべり)が起きなかった断層セグメント」や「今回の破壊が途中で止まった部分」を指す技術的な表現として使われます。断層
「もっと上を目指すべきだ」「売上やフォロワー数を伸ばさなければ成長ではない」「能力があるなら、もっと大きなステージで戦え」現代社会には、こうした無言の圧力が満ちあふれています。しかし、ふと思うことはないでしょうか。「なぜ私たちは、自分に合ったペースで静かに暮らすことすら許されないのだろうか?」「多くを望まず、足るを知る」という生き方や、自分たちの手に負える範囲で営むお店。そうした「身の丈」に合った選択が、現代の過剰なシステムやSNSによって土足で踏みにじられ、解体されていく
中高一貫校生かつ初学者息子の英検状況。息子の英語学習内容は・(通常の)授業+宿題・英検過去問少々(検定前、数日限定)…で比較的ゆっくりペースで受けています。(伴走なし)で、先日受けた2次試験、合格でした。人見知りなりにちゃんと受け答えはできた模様。。。2次は英検バンド+◯でスコアは一つ上の級に近いものの基準には達していないため完全学校依存型でやっていくには次のチャレンジは来年あたりなのかなと思っています。(本人次第だけど・・)人より早く上の級に合格することなど興味なく
「上司に指示されたわけじゃないけれど、怒られたくないから先回りしておこう」「頼まれてもいないけれど、気の利く自分をアピールするために手を回しておこう」組織や社会の中で誰もが目にする「忖度」。ニュースや職場でのトラブルでこの言葉を聞くと、どこか「巨大な権力や同調圧力に屈した被害者」の構図を思い浮かべがちです。しかし、この現象の本当の不気味さは、「誰かに強制されたわけではない(非強制)」という点にあります。命令が存在しないにもかかわらず、私たちは自分から相手の顔色を伺い、歩み寄って
M&A思考®が導く人生の視点M&A思考®は、会社を買うためだけのものではありません。私は40年前の買収の失敗から、目の前の条件だけで判断せず、「人を見る」「構造を見る」「その奥にある本質を見る」ことの大切さを学びました。仕事も人間関係も、表面だけを見れば判断を誤ります。一度立ち止まり、「本当の問題は何か」と問い直す。その習慣が、あなたの人生の選択を変えていきます。今日の一言M&A思考®は、人生の本質を見抜く力になる。※M
8月に入り暑さか辛いと思っても、熊本の方々を考えると言ってられないと感じます。恐らく想像を絶する状況なのだと感じるのです。島が集まった日本列島ですが、太古は繋がっていた部分も多くて龍に例えられるその形は全部で一体なのだと感覚がそう言っています。報道は我欲のエネルギー放出が強くなったけれど稚拙さが伴います。私達の気付きが高まってきた証でもあるようです。熊本。クマのもとです。熊は球磨。球磨は球を磨くと書きます。美しい文字です。私達の霞んでしまった球は私達で磨く。そして本質が見えるように
こんにちはオーストラリアのメルボルンに住む、魂のど真ん中でいたら臨時収入8桁豊かで最幸な人生を諦めないで魂の本質の才能や強みを使って生きれば、自然と宇宙のリズムに乗って、無限の可能性が開くピンときたなら今がチャンスあなたを魂のど真ん中に戻す,スピリッチコンサル学校に行かずに本質のまま育つ子育てを選んだホームエデュケーターセプタグラムソウルジャーニーリーディング®️プラクティショナーなほです初めましての方はこちらからどうぞ『
【警告】わが子の仕事は大丈夫?🚨イーロン・マスクが明かす「消える職業TOP5」【50代親必見】2026/08/02日本経済眼📊【日本経済眼】データとテクノロジーで読み解く、日本と世界の経済複雑で難解に見える経済の世界を、ニュース・統計データ・最新テクノロジーの視点から、誰にでも分かりやすく解説します。膨大な情報の中から“本質”だけを抽出し、日本経済の現在地と未来を鋭く見通す。日本経済眼は、変化の時代に必要な経済的判断力を育てるナビゲーターを目指します。🔍このチャ…www.
昨日は帰宅途中にちょっとだけ花火を見ることができました。昨日の出来事を少々。。。「そのやり方で良いはずがない」とわかっていてもどうにもならないことってあるんですよね。もちろん手は尽くしました。でも、結局のところ「人は変えられない」昨日は理不尽な発言に怒りさえ覚える場面もありましたがまぁ、その感情にはいっときしっかりと向き合ってあげて。本質を見てないからだとそれよりも自分の立場がかわいいのかそれがわかるから怒るってことがちゃんとわかっているから。あとは自分を整えるの
コラムのサマリー(7月27日~8月2日)*構造化の応用編です。7月27日構造化プロンプトの本質!再現性とリカバリー力の高さ。7月28日プロンプトは目的を明確にする!チームミーティングも可能です。7月29日逆算型プロンプト設計の核心!想像以上に難関でした。7月30日経営者の意思決定精度向上支援!横断ログの活用7月31日構造化ワンシート企画書!最終的に自分の経験やノウハウから作成
「バカになれ!」を読んで考えたこと水野和敏さんの本です。「バカになる」仕事術|超簡単要約バカになる=何も考えないことではなく、自分の欲や見栄を捨てて、本質を考え抜くこと。一言で言うと、自分中心をやめて、人の心を中心に考えること。1.大切なのは本質を見ること仕事で大事なのは、「自分が作りたいもの」ではなく、お客さんがどう感じるか。良い商品は、機能だけでなく、人の心を動かす。2.GT-Rが成功した理由日産GT-Rは、単に高性能だったから売れたのではない。「この車がほ
8/1の気づきと「ワタシの経営」のヒント気づいて検証してアクションプランを具体的な行動にまで落とし込み、実践につなげるのがこのブログの目的でもありますいつも「人が足りない」と嘆いている組織と、「うちは少数精鋭です」という組織の違いってなんなんだろうと思ったので深めてみた。「少数精鋭」と「マンパワー不足(人手不足)」は、どちらも少人数で業務を回している状態に見えますが、その実態や組織の健全性は根本的に異なります。決定的な違いを一言で言えば、「戦略的に絞ってい
「護摩祈祷」(個人用の個別に修法する護摩)についてのお知らせです---------------------------------■高野山大師教会光寿支部活動---------------------------------一願不動明王護摩加持祈祷(高野山大師教会光寿支部)onInstagram:"#最強の真言#不動明王がついてる人の特徴"25likes,0comments-goma.kokei_amamiyaonJ
今日は、最近あった何気ない出来事から気づいた「潜在意識からのメッセージ」について書いてみようと思います。「なんだか最近、これが嫌。」「前は平気だったのに…。」そんな経験ってありませんか?実は、その「嫌だな」という感情の奥には、自分でもまだ気づいていない本当の気持ちが隠れていることがあります。今回、そのことを教えてくれたのは…なんと、目玉焼きでした(笑)。「また目玉焼きか…」数ヶ月前から、仕事や家庭の事情があり、母と同居することになりました。自然な流れで、朝食は
ありがとうございます詳細な内容は割愛させて頂きますが職場で、ある事に大きな変化が生じた。その時、その前から、わたしはそのある事に関わり続けていた。そうして、目に見える大きな変化を確認した時は、とても嬉しい気持ちになった。もう、それは長らく変化が見られずにいた事で(目に見えるという点において)個人的には、一時は成す術もなく、どうしようもないと諦めていた時もあった。それでも関わり続け、まさかそこまでの変化に至るとは思いもしなかった事を目の当たりにして、どうしようもない嬉しさを感じていた
確実な「一」の進化は「徹底した」落とし込み全ての細胞に染み渡るような「解った」を創る他者のことを「判定」して、「自他の立ち位置=座標値」を勝手な我軸で測って決めつける、その「二元フレーム(構造)の儀式」をする必要があるのは、「わたし最高位」の観点に居座る選択(原因)を決定した御自我さまのみです。目の前の「わたしの盲目の可能性を鏡する」師である他者が、「わたしの視座からは観えない考え方や世界観や観点を持っている」ことは、「盲目の可能性を映し出している」わけですから、至極当然