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昨日、旅立ちのラストダンスを観てきました。映画『旅立ちのラストダンス』オフィシャルサイト5.8fri全国ロードショー|第98回アカデミー賞国際長編映画賞香港代表作品第49回香港電影金像奨5部門受賞その舞は、死者と残された者の最後のお別れ。lastdance-movie.comやってる映画館が少なくて、この辺りではシネマシティのみ。会員サービスの会費の「60歳以上半年100円」が廃止になってから、ずっと悩んていたのですが、イオンシネマの料金が上がると聞き、遂に再加入。映画料金も高
前回は重複した内容を書いてしまってすみません。今回は病院で掛かる最後の費用を書きます。脳梗塞で意識がないように見える状態でも、母には毎日、理学療法士によるリハビリが行われていました。人間の身体は動かさないとすぐに硬くなってしまうそうで、死ぬまで続けられそうです。両足には血栓予防の空気圧マッサージがつけられ、食事ができないため鼻からの管で高カロリー栄養が入れられていました。それでも母は誤嚥を繰り返し、誤嚥性肺炎を起こしていました。これが症状悪化の大きな原因になったようです。
今日は、心の中にあった温かな思い出と、ふとした瞬間に訪れた「不思議なご縁」について綴ってみたいと思います。ずっと気になっていた大切な方に会いに行ってきました。主治医として家族でお世話になり、公私ともに仲良くしていただいた先輩ご夫婦。先生を見送られた後、奥様が娘さんの家の近くへお引越しされることになり、「お忙しいかな」「お手伝いに行かなきゃ」と思いつつも、バタバタとした毎日に追われ、なかなか連絡できずにいたんです。ところが、ふと一息ついてお茶をしていた時
5日から急遽富山県へ行ってきました🙋♀️✨施設応援団のお父さんにお別れをしに、、、😭浅草ビューホテルでのディナーショーに、富山県から応援にも来ていただいたり、思い出がいっぱいです😭新湊のお父さん、30年間いつも温かい応援をありがとうございました🙇♀️😭😭😭翌日6日は、懐かしい雨晴旅情の舞台になった、雨晴海岸、磯はなびに顔を出してきました☺️支配人や売店の皆さまとお会い出来て、私のことを覚えていてくださり、嬉しかった☺️💕✨またみんなでバスツアー🚌✨したいですね😌昨日、富山県か
SATOEMA相方のサトルが大好きだった「宇宙刑事ギャバン」の主人公ギャバンこと一条寺烈を演じた俳優・大葉健二さんが旅立たれました。謹んでお悔やみ申し上げます。心友からの哀悼ブログはこちらです。☆SATOEMA萬画倶楽部☆★櫻井智琉さんイラスト「宇宙刑事ギャバン」ギャバンと父の再会・お別れ敵に囚われた父と再会出来たギャバン。でも、敵の拷問により父は帰らぬ人となってしまいました…。私はギャバンの頃は特撮卒業していてリアタイ視聴はしていませんが、サトルから教えて貰い視聴したギャ
5月2日病院にお見舞いに行った時既に酸素をつけて身体中で精一杯呼吸だけしてました血圧は朝から下がったと言う連絡で駆けつけましたが薬が効いて血圧は戻りただただおじいちゃんのこんな苦しい姿を見るのがあ初めてで人は縁あって家族の仲間に入れてもらったけど別れは必ず来るのだと実感の時を過ごしました最後の最後まで何も恩返しもできないままただただありがとうございました感謝しかありませんいっときレッズの応援に旦那様と月2回何年続けたかなぁレッズの試合観戦
本屋さんで、何気なく目に留まり手に取った本『夢をかなえるゾウ』(子ども版)子ども版なので読みやすく、パラパラと読んでみると…不覚にも、グッときて泣きそうになってしまいました。ヤバいヤバい💦ずっと、言葉にならない気持ちを抱え眠れぬ夜を過ごしている次女に伝えたい言葉がそこにありました。・・・・・・どうしよこれ言うてもええんやろか。・・・・・・あかん、やっぱり君にはワシの気持ち正直に伝えとかなあかんわ。最後の最後にこれだけ言わせてや。君が夢をかなえても
2009年9月7日、モカちゃんから4ビー誕生。名前は左からサブ、ムウ、マオ、セナ。出産からのお世話は大変でしたが、いい思い出です。我が家に残したのはモカベビー唯一の女の子のマオちゃんと、メル家初の男の子のムウくん。メルちゃん、ミルちゃんもお世話してくれたね~男の子はムウくんだけだったけど、どう思ってたのかな~初めての遠出の時らかマオちゃんとムウくんは一緒にクレートに乗ってたね。オフ会デビューは大阪の稲荷山、懐かしい~
おはようございます今日は、久しぶりに日付け変更線跨いだ帰宅になってしまいましたちょっと疲れた🥱今日も沢山のメッセージをありがとうございました日付け変わってしまったので、今日なんだけれど、夜勤の前に先日旅立った友人と最後のお別れをしてきますみんなで、笑顔で送り出そうねと約束しましたお天気にも恵まれそうで良かったです♡しっかりと…また会おうね♡と見送りたいと思います昨日も、グンちゃん…クギドンさんで賑やかでしたねもちろん…今日はゆっくり見る余裕は無かったので、お楽しみは貯金ですt
亡くなった時の写真が入るので苦手な方はスルーして下さい。フクが亡くなった時、死後硬直が酷いのとフクは目が大きいので半分目が開いてる状態でした。3日は経過してたので火葬をしようと思い市の火葬場に予約を入れた所、色々な説明をされました。先ずは箱📦の大きさと必ずビニール袋に入れる事(体液が漏れない様にする為です)お花🌸🌼は最低限オヤツは入れられないという内容でした私「わかりました」と電話☎️を切ったのですが何故かビニール袋に入れるのと花💐もオヤツも制限🚫⁉️という事に何だか物みたいに
日本全国津々浦々に居ると思われるラ〜メンマン的トサカ海坊主の波乗り日記の熱狂的にわか大ファンの皆様方こんにちは僕の短かい恋×2GW2日間はあっという間に杉〜去ってしまい、これでまた現実と向き合う平凡な日々をスタ〜トするの中・・・先日の大会のヒ〜ト前に訃報が有り亡くなられた僕の大事なお客様(身寄りのない方)と最後のお別れをして来ました😢開業当初からこんな僕の事でもずっと男気熱く非常に熱く頼ってくれていた。だから僕はこのお客様の日常生活において頼まれた欲しい物は直ぐ対応するなどあらゆるサポ〜
こんにちはガーネットですもうひとりの私"彼女"が新しい人生を幸せに生きられますように大好きな彼とのお話しはこちらから『彼女の秘密〜大好きな人〜』こんばんはガーネットですもうひとりの私"彼女"が新しい人生を幸せに生きられますように『その後の彼女〜最低な人〜』あれから色々とあり彼女はひとりになったと、言…ameblo.jp彼女の秘密〜最後のデート〜『彼女の秘密〜終わりまでのカウントダウン14〜』こんにちはガーネットですもうひとりの私"彼女"が新しい人生を幸せに生きられますよう
おじいちゃんが亡くなった葬式に母の田舎に父母と行った大きなダルマのようだったおじいちゃんの姿は痩せて空気の抜けた風船のようだった静かに寝ているようだった悲しみは感じなかったそれよりも従兄弟達と久しぶりに会ったことが嬉しかった日々のこと今興味あること話は尽きなかったとても長く思える葬式が終り親戚一同でバスに乗り山のてっぺんの火葬場に向った最後のお別れをして棺を焼き口に収めた
4月29日(水)、まおくんを火葬してきました。もう大号泣のちびさんと寂しそうな顔の私、そしてテンションの高いナッツちゃん。じゅーちゃは「別にいっかなー」と参加しませんでした。これ、たぶん私の葬式の時もこんな感じだと思う。薄情ではなく、悲しくなるようなところに行きたくない、認めたくない、という状態なの。でもね、やっぱりこちらからすると…。3人と1匹で最後のドライブ。ちびさんはもう本当に可哀想なくらい泣いていました。最後のお別れをしてから、この施設の裏にある慰霊碑のところへ行きま
冷たい雨から始まった5月……☔「おののこみち」を10数年ずっと変わらずに応援、励ましてくださいました方とのお別れがありました。つい先日、「お笑い浅草21世紀4月公演」初日の4月12日、いつものようにお仲間の皆さんと一緒に木馬亭に来てくださって、いつものように穏やかな笑顔で「こみちさん、がんばって」と声をかけてくださり、いつものようにやさしく握手もしてくださいました。5月にはまたいつものようにお逢いできるとなんの疑いもなく思っていましたのに……。日本地図の、ほんとにてっぺんに
壱が死んでしまってから今日で5ヶ月が過ぎました。もう壱と暮らした日数より、いなくなってからの方が長くなってしまいました。保護した時の壱は、何ヶ月もの間外を彷徨っていた様でとても汚れていて毛も絡まり固まってしまい、さらにひどい悪臭を放っていました。無くなる前日の朝、やっと最後の毛のかたまりも取れて綺麗になり、これから寝室で一緒に寝ることができると思っていたのでした。ところがその日の夕食後、壱は突然血の塊を吐いて倒れ、救急病院に連れて行ったものの、治療の甲斐なく6時間ほどで亡くなってしまいま
今週、最も心を痛める出来事がございました。日本弁理士会常議員を拝命していることもあり、去る四月二十八日、オンラインにて常議員会の準備会合に出席しておりましたところ、同じく常議員を務めていらっしゃった弁理士の訃報に接しました。突然のお知らせに驚きを隠せぬまま、同日午後五時より東京都内にて執り行われました通夜に参列し、故人と最後のお別れをさせていただきました。故人は日本弁理士会関東会副会長としてもご尽力されており、四月中旬のオンライン会合にいつものようにお元気なご様子で臨席されてお
弾丸4泊の日本滞在。やっと昨日は今後の予定・日付等が決まり、母を斎場へ送り出しました。母はそこでお葬式まで、安置されることに。昨日はやっと一息ついて、一人で天ぷらを食べて参りました。今回は「母にありがとうを伝え、そして”さようなら”のための旅」でしたが、一人でカウンターに座り、季節の天ぷらを味わっていると、不思議と次の「旅」への意欲が湧いてきました。天ぷら屋さんはアメリカの東海岸にはないんですよね。西海岸はどうでしょう?天ぷら、実はいた頃はカウンター
ジブリのとなりの建築士(一級)のあしたかです。0歳児と2歳児の子育てに奮闘中!飲み会やご飯会などは好きですか?私は好きだと思います。自分で幹事をやるくらいは好き。まあ、幹事やるのはみんなが楽しんでもらえる企画を考えるのが好きだったり、参加してくれる人たちが笑顔になってるのを見るのが嬉しいから。それに対する責任感と自信も少しはある気がしている訳でもあるのですが…。最近は飲み会自体があまりなくなってしまって、飲み会やご飯会は送別会みたいな最後のお別れのとかばかりになっていることが多いで
先日亡くなった友人のお通夜と告別式の知らせが来ました。娘達かいるので、お通夜は無理だけど、葬儀は行かれそう。家族の体調を万全にして最後のお別れをしたいと思います
職場にもファミリーエマージェンシーで話しをつけて1か月のおやすみいただきました。どーなるかわからないから、日にち変更のできるチケットで🎫一応取って、仕事もマックスの1か月おやすみ。最悪の場合は一回退職してまた入り直すという感じで。と、時間的にはもう父の容態最優先にして帰りました。が、にゃんと着いて5時間後に逝ってしまいました。帰宅後、声をかけて1ミリくらい目を開けてくれて反応示してくれたんだけど、1時間に一回くらいかなー、呼吸が止まるような弱くなる時間が結構度々あって、私は医療関係者
父の余命宣告を受けた頃こんな時に…ごめんやねんけど…お葬式はどうしよか…と、切り出した私姉二人の意見を聞いておこうと思った恥ずかしながらうちの両親も、私を含め三姉妹も貯蓄なんてない…お金がないのにお葬式なんて出来ひんやろ…と長女ないなりに、なんとかみんなで見送りたいけどなぁ…と次女母はお金がないなりにお葬式をしたい気持ちはあるようで…家でするのは?公民館でするのは?と色々と考えてはいるようだが先立つものがないからあんたらに任すわととりあえず、葬儀屋さんの話を聞きに行
昨日、姉の火葬だった。火葬の前に、霊安室にいる姉の面会に行った。本人の希望もあっての直葬の選択だった。対面した姉の顔は、闘病の後だからか、目の周りが赤くなっていて、亡くなったときの姿のままでかわいそうになった。そして本当に亡くなってしまったんだと急に実感が込み上げて来て、いぬさんと号泣した。服も病院で最後に来ていたTシャツのままだったし、死化粧も施してあげられなかったことが送る身として苦しくなった。生前での後悔はないのだけど、やっぱりちゃんとお葬式をして送り出してあげたかった..
2週間も点滴なツヨシ。ネットで調べたら点滴だけだと人は2か月くらいしか生きないらしい。入院先は中学生以下の面会禁止三等身の親族までしか面会できない。駐車場がなくて近隣パーキングに停めないといけない。なので、いとことツヨシの友達とアキくん連れて面会にいきました。顔も白いし微妙に顔浮腫んでる感じもするしで痛々しかったです。ツヨシの友達も涙声で「お前なんで痩せちゃったんだよ」と泣く。いとこも「おじさんに教えてもらって運転できるようになったんだよ今日は車で来た
先ほどいろいろとお世話になった人と最後のお別れをしてきました。Nさん、重い病気でしたが、10年以上に渡って闘い続けました。また、地域の発展に、いろいろと尽力されました。3週間ほど前は、まだ元気だったのに、残念でなりません。あまりよい家庭環境ではなく、苦労した話をよくしていました。また話ができると思っていました。御冥福をお祈りします。//なぜかEL屋
旦那が録画していたテレビ番組。余命少ない飼い主が犬を終身で預けてる所に面会に行くところを見た。12日ぶりに現れた元飼い主と暫く遊んだ後、元飼い主は車へ。それを見送るホームの人に抱っこされた2匹の犬。たぶんコレが最後のお別れでしょう。飼い主は現場を確認して良いところで喜んでもう思い残すことはないでしょうが、飼い主の車を見送る犬たちが可哀想すぎる。人の事情なんてわからないもの。お迎えに来たと思ったと思う。えっ、1人で行っちゃうの?さっき、元飼い主と遊んでるときとは打って変わった顔。
今朝の10時頃に「ちゃたろうさん」と最後のお別れをしました。「姉のみーちゃん」「弟のさんたろうさん」と同じペットセレモニーに火葬と埋葬をお願いし、今朝迎えに来た車上で「線香」を立て、亡骸の顔の周りに「花」を添えてのお別れでした。今年の2月のちゃちゃ。2008年7月の「さんたろう」と「ちゃたろう(右)」
こんばんは先週末のことになりますが、元職場の同僚の方々との食事会がありました。私が新人で勤務した職場仕事は大変だったけど、みんなが同じ方向に向かっていて、楽しかった時代あの頃のメンバーと一緒に仕事ができたことに感謝です。そして、未だに、こうして出会って、あれやこれやとわいわいと、話が出来るのが楽しいみなさん、私の大先輩の方々なんですけどね子育て、介護、孫育て・・・いろいろ乗りこえてこられた頼もしき先輩方々でもあります昨年はそのメンバーの
今日は午前中、ごまと最後のお別れをしてきました。10:00に火葬の予約を入れていました。4月15日の夜10時に旅立ってから、ちょうど3日と半日。翌日・翌々日は、なかなか気持ちの整理がつかず不安定な心理状態でしたが、昨日18日の土曜日には少し気持ちも落ち着き、今日は「ごま、ありがとう。」と送り出すことができました。絶対に大泣きする、と思って、ティッシュを大量に持参していったのですが、なぜか葬儀中はとても落ち着いていて、収骨の時は手伝ってくれた式場のスタッフの方と、ご
これまでの人生の付き合いで、過去一、最高なナイスガイの後輩との想い出を振り返る…。愛娘達が小学生&幼稚園児時代の頃からお付き合い、子供達同士よりも、むしろ学父母仲間の友情がアツかったこのメンバーで、毎年、家族総出で日帰りキャンプに出掛けてた。そしてこの年からは1泊2日のキャンプツアー!。自分ん家の、我が家の子供よりも愛情を注いでくれた後輩。毎回、驚かされる様々なイベント企画を発案したり、大の子供好きの性格から、こんなにも小さかった頃からの三姉妹は、本当にお世話になり放しで。これまで数多く