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ジョン・メレンキャンプは、デビュー当時の芸名がジョン・クーガーであり、1983年に本名のメレンキャンプを加えてジョン・クーガー・メレンキャンプと改名し、1991年に本名のジョン・メレンキャンプを名乗ることに。クーガーはジョンにとって名乗らされたニックネームであり、これを取り除いて本名を名乗りたかったのだろうと思われる。今回は、ジョン・クーガー・メレンキャンプ名義としては初の1983年のアルバム『Uh-Huh(邦題は「天使か悪魔か」)』から、アルバムのトップに収録されている「Crumblin'
本当はこの記事について、昨日取り上げるべきだったと思う。なぜなら、10年前の昨日10月13日は、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した日だったのだから。ディランが生み出す音楽はもちろん、彼の書いた歌詞も大きな影響を与えている。今回はそんな彼の曲の中から、僕のお気に入りのアルバム『BlondeOnBlonde』に収録されている「FourthTimeAround」を取り上げる。1966年リリースのアルバム『BlondeOnBlonde』からは、過去にも当ブログで「IWant
今回取り上げる「SomebodyToLove(邦題は「愛にすべてを」)」は、故フレディ・マーキュリーの作品で、クイーンが1976年のアルバム『ADayAtTheRaces(邦題は「華麗なるレース」)」に収録されたのがオリジナル。アルバムからの1stシングルとしてもリリースされ、全米最高第13位、全英最高第2位を記録。「愛せる人が欲しい」と神への祈りを捧げるこの曲は、正にゴスペル。ゴスペルを作りたかったというフレディのヴォーカルに耳を奪われるけれど、ブライアン・メイとロジャー・テ
気分が良い時は、ロックンロールに限る!ということで、今回取り上げるのは、ボストンの「Feelin'Satisfied」。1978年の2ndアルバム『Don'tLookBack』に収録され、翌1979年にアルバムからの3rdシングルとしてもリリースされ、全米最高第46位を記録。この曲以降、ボストンの次のシングルリリースは、1986年の「Amanda」まで7年の歳月を要することになる。この曲「Feelin'Satisfied」は、音楽の魅力、とりわけロックンロールの魅力へのアンセ
(605.WildNight/JohnMellencamp,MeshellNdegeocello)本日10月7日は、ジョン・メレンキャンプのバースデー。ジョン・メレンキャンプは、僕が高校生時代によく聴いたミュージシャンの一人で、僕が初めてコンサートに足を運んだミュージシャンでもある。絵に書いたようなシンプルなアメリカン・ロックを象徴するミュージシャンの一人で、今でも時々当時のアルバムを聴いている。ここでも既に彼の曲を4曲取り上げているが、5曲目となる今回は、ラッパーでベーシス
本日9月23日は、ボスことブルース・スプリングスティーンのバースデー。今もなお現役のミュージシャンとして活躍しているが、僕の中でボスといえば、1975年の『BornToRun(邦題は「明日なき暴走」)』と、1984年の『BornInTheU.S.A.』の2枚のアルバム。なかでも『BornInTheU.S.A.』は、中学生の頃リアルタイムで聴いて衝撃を受けたアルバムで、恐らくローリング・ストーンズのアルバムを除けば、最も多く聴き込んでいるアルバムになると思う。このアルバムから
本日、57回目の誕生日を迎えた。ブログを始めてからこの日を迎えるのは、今年で18回目。長いこと続けているもんだなあ、と我ながら思う。ブログを始めてから18年間、メインで更新するテーマは変わって来ているが、変わらないこともある。それは、僕が世の中で一番好きなのは、ローリング・ストーンズであること。チャーリー・ワッツが惜しまれつつ亡くなり、ミック・ジャガーやキース・リチャーズが80歳を超えても、ストーンズは今もゴッド・オブ・ロックンロールとしてその存在感を放っており、今年の7月にはニュー・
599回目の記事で、僕が中学生の頃の音楽の収集は、FMラジオが主流だと書いたが、もう一つの手段が、ミュージックビデオのTV放送だった。当時は『MTV』や『ベストヒットUSA』といった、80年代のミュージックビデオを流す番組が、毎週のように放送されていた。そんな番組の一つに、『SONYMUSICTV』があった。毎週金曜日の23:30から深夜3時頃までサンテレビで放送されていたこの番組を、僕は寝る前までよく見ていた。タイトル通り、この番組はSONYの提供なので、SONYのカセットテープの
脳天気でシンプルなロックンロールが、僕は大好きだ。これはもう嗜好というよりは、生理的な感覚だと思う。そういった曲がオープニングに収録されているアルバムは、続きの曲も聴きたくなってくるもの。『StickyFingers』『ExileOnMainSt.(邦題は「メイン・ストリートのならず者」)』をはじめ、ローリング・ストーンズにはそういったアルバムが多い。今回取り上げるロッド・スチュワートの1980年のアルバム『FoolishBehaviour(邦題は「パンドラの匣」)』も、そんな
昨日600曲の紹介を終えたところで、これまで書き綴ってきた600曲について、前のブログの分も含めて、下記にリストアップしてみた。なお、文字数制限の関係で、1曲目から300曲目については、以前リストアップした記事のリンクを貼らせていただくに止める。なので、是非リンクをクリックしていただき、これまで取り上げた600曲の中から、興味のある記事だけでもご覧いただければ幸い!元々好きな曲について書きたいと思い、ブログを始めた僕の原点がここにある!なお、ここまで取り上げた曲数のミュージシャンTOP1
本日9月12日は、故バリー・ホワイトのバースデー。バリー・ホワイトはアメリカのシンガーソングライターで、彼自身のヒット曲もあるが、最も知られているのは、彼が結成したラヴ・アンリミテッド・オーケストラの「Love'sTheme(邦題は「愛のテーマ」)」だろう。ラヴ・アンリミテッド・オーケストラは、バリーが結成した女性トリオのラヴ・アンリミテッドのバックバンドとして結成された、40人編成のオーケストラ。ラヴ・アンリミテッド・オーケストラには、デヴィッド・T・ウォーカー、レイ・パーカーJr.、
僕が中学生の頃、好きな音楽を聴くのは、FMラジオが主流だった。FMfanを買い、お目当ての番組情報とセットリストを確認し、お目当ての番組を聴きながらラジカセのポーズボタンを押した状態で録音ボタンを押し、お目当ての曲が流れる直前にポーズを解除する。そうやってお目当ての曲を録音したカセットテープを、繰り返し聴く。レコードを買うお金も無い中学生時代は、そうやって好きな音楽を収集していた。今回は、そうやって好きな音楽を聴いていた時代によく流れていた曲から、故ポール・デイヴィスの「CoolNig
ビートルズの1964年リリースの3枚目アルバム『AHardDay'sNight』は、個人的によく聴いたアルバムの一枚。ビートルズにとって、全作レノン/マッカートニーの作品で占められた初のアルバムで、なかでもジョン・レノンが音楽的実権を握っているアルバムである。収録曲の中から、ここでも「IfIWell」「AHardDay'sNight」の2曲を取り上げた。今回取り上げるのは、同アルバムから3曲目となる「I'mHappyJustToDanceWithYou(邦題は「
本日9月9日は、故オーティス・レディングのバースデー。僕がオーティスに深く興味を持つようになったのは、ローリング・ストーンズとの関わりだった。オーティスはストーンズの「(ICan'tGetNo)Satisfaction」をカヴァーし、ストーンズも「PainInMyHeart」「That'sHowStrongMyLoveIs」といった曲をオーティスのヴァージョンを手本にカヴァーした。互いに、というよりも、ストーンズがオーティスに影響を受けているようだ。そんなオーテ
本日9月7日は、故バディ・ホリーのバースデー。ロックンロールの黎明期と言われる1950年代に、「That'llBeTheDay」「PeggySue」といった自作曲をリリースし、当時の若者たちを熱狂させた。1959年2月3日に飛行機事故で22年の生涯を終え、活動期間は短かったものの、黒縁メガネでストラトキャスターをプレイするスタイルや、彼が率いたザ・クリケッツのバンド編成(ギター2本、ベース、ドラムス)は、ビートルズや後のロックバンドに大きな影響を与えた。そんな彼の作品の中から、19
日本では日産・シルビアのCMソングとして使用されたことで知られる、シェリル・クロウの「EverydayIsAWindingRoad」は、1996年にリリースされた、彼女の9枚目のシングル。全米最高第11位と、惜しくもトップ10ヒットは逃すこととなった。アルバムでは、彼女の2ndアルバム『SherylCrow』に収録。全米最高第6位を記録した同アルバムは、翌1997年のグラミー賞の最優秀ロック・アルバム賞を受賞した。1994年、シェリルはクラウデッド・ハウスのツアーのアメリカ
「She'sgotit,yeahbabyshe'sgotit」のフレーズで有名な「Venus」は、1973年にリリースされたショッキング・ブルーがオリジナル。ショッキング・ブルーは、1967年から1974年にかけて活動していた、オランダのロックバンド。結成はギタリストのロビー・ファン・レーベンによるもので、この曲「Venus」もロビーの作品。同曲は1969年にリリースされ、翌1970年に全米ナンバーワンを記録。日本では「NeverMarryARailroadMan(
本日9月1日は、グロリア・エステファンのバースデー。1975年にマイアミ・ラテン・ボーイズというバンドに参加したのが、彼女の音楽活動の始まりだった。このマイアミ・ラテン・ボーイズは、エミリオ・エステファンがリーダーのバンドで、彼女が加入した3年後の1978年に、2人は結婚。バンドはマイアミ・サウンド・マシーンと改名し、1987年に全米ナンバーワンに輝いた「AnythingForYou」をはじめ、1980年代に数々のヒットを放った。今回取り上げるのは、1985年にリリースされたアルバム
ポリスの曲で最もよく聴いているのは、1983年の最大のヒット曲「EveryBreathYouTake(邦題は「見つめていたい」)」だが、最もよく聴いているアルバムは、同曲が収録されている『Synchronicity』ではなく、1978年リリースのデビュー・アルバム『Outlandosd'Amour』である。彼らのデビュー・アルバムの『Outlandosd'Amour』には、秀逸な楽曲が数多く収録されているからだ。ただ、最も好きな曲の「BornInThe50's(邦題は「俺達の
フレディ・マーキュリー亡き後も、クイーンは活動を続けている。しかし、クイーンのヴォーカルはやはりフレディだろうと、僕は思っている。特に今回取り上げる「KillerQueen」は、フレディが歌ってこそ。「KillerQueen」は、クイーンが1974年にリリースした3枚目のアルバム『SheerHeartAttack』に収録。アルバムからの1stシングルとしてもリリースされ、全米最高第12位、全英では最高第2位を記録。バンドにとって、最初のヒット・シングルになった。作者のフレ
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今回取り上げるボーイ・ミーツ・ガールは、ジョージ・メリルとシャノン・ルビカムの男女二人によるポップス・デュオ。航空機の開発製造で有名なボーイング家の結婚式で出会った二人は、バンドを組み、ソングライターとしての活動も始めた。二人の出会いからも、このデュオの名前は、実に合っているのではないかと。二人がジャネット・ジャクソンのために書いた「HowWillIKnow(邦題は「恋はてさぐり」)」が、ジャネットに気に入られなかった。そこでホイットニー・ヒューストンに提供したところ、彼女のシング
夏になると聴きたくなるアーティストの一人が、杉山清貴さん。以前にも書いたと思うが、20代の頃、毎年のように夏になると四国へドライブしていた時に、必ずといっていいほどカーステレオで流れていたのが、彼のアルバム『summerselections』だったので。今聴いても、歌詞といい、サウンドといい、街と海辺が直結した景色の中でドライブを楽しむのに最適な内容になっているなと。今回は、アルバム『summerselections』の収録曲の中から、「僕の腕の中で」を取り上げる。1988年に彼の6
約400kmもの旅を経て、20歳のバッハは、ようやくリューベックへたどり着きました。そこで彼は、憧れ続けてきたDieterichBuxtehude(ディートリヒ・ブクステフーデ)の音楽に触れることになりますしかし、この旅は予定どおりには終わりませんでした・・4週間の休暇が、約4か月にバッハが勤務していたArnstadt(アルンシュタット)の教会から認められていた休暇は、4週間でした。ところが、実際にリューベックへ滞在したのは約4か月
スピッツは僕の好きなバンドの一つで、地元大阪だけでなく、札幌にもライヴに足を運んでいるほど。ただ、シングル曲を除けば幅広く聴いているわけではなく。アルバムでいえば1999年リリースの『花鳥風月』と、2010年リリースの『とげまる』の2枚を特化して聴いている。なかでも、『とげまる』は僕が一番好きなスピッツのアルバムで、これは当時誰よりも応援していた、オリックス・バファローズの北川博敏選手(現阪神タイガース打撃コーチ)が登場曲に、アルバム収録曲の「君は太陽」と「幻のドラゴン」を登場曲に使っていた
1685年。ドイツ中部の小さな町アイゼナハで、一人の男の子が生まれました。その男の子が、後に「音楽の父」と呼ばれる**ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(JohannSebastianBach)**です。しかし、この時、誰一人として、その男の子が300年以上にわたり世界中で演奏され、愛され続ける作曲家になるとは想像していなかったでしょう。では、バッハはどのような人生を歩み、なぜ時代を超えてこれほど多くの人を魅了し続けているのでしょうか。その物語を、一緒にたどってみ
本日6月29日は、ビートルズの日。1966年の今日、ビートルズが初来日したことによるものだが、前回ビートルズの曲を取り上げたし、今回はビートルズ繋がりで、ジョン・レノンの息子であるジュリアン・レノンの曲を。というのも、最近になってまた、ジュリアンの1984年リリースのデビュー・アルバム『Valotte』をよく聴いているからだ。当時はやはり父のジョンに顔も歌声もそっくりだから、という理由でアルバムを手にしたのだが、聴き込んでいるうちに楽曲の良さをより実感できるようになってきた。そして、最近
本日6月18日は、ポール・マッカートニーのバースデー。今年で84歳になるが、新作『TheBoysOfDungeonLane(邦題は「ダンジョン・レインの少年たち」)』を先月リリースするなど、今もなお現役のアーティストとして活躍中。僕がソロになってからのポールの曲で一番好きなのは「MyBraveFace」なんだけど、既にここで取り上げているので、今回はビートルズ・ナンバーの「AHardDay'sNight(邦題は「ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」)」を取り上げたい。
君がまだ幼い少女で学校へ通っていた頃どうして黄金律を学ばなかったんだい見知らぬ男の人と話さないで、馬鹿な真似はしないでって俺も話には聞いていたけどカッコいい話じゃないだろうこんな風に束縛されて、女の人はどう感じるのだろう?聴いていてそんな風に考えたのが、リック・スプリングフィールドの1982年のヒット曲「Don'tTalkToStrangers」。同年リリースのアルバム『SuccessHasn'tSpoiledMeYet(邦題は「アメリカン・ガール」)』からの1s
今回取り上げるビートルズの「Girl」は、収録されているアルバム『RubberSoul』で最後に録音されたナンバー。ジョン・レノンの作品で、イントロ無しでジョンのヴォーカルから始まるこの曲の歌詞について、ジョンは「(当時は)理想の女性像について書いた曲だ」と、1980年のインタビューで語っている。結局それはオノ・ヨーコのことだったようで、この曲は理想から現実になったと言える。ただそれだけでなく、ジョンは当時反感を抱いていたキリスト教について触れたかったようで、それはラストの「彼女は若かっ