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星野さんの生涯を簡潔にまとめた動画です。5分間のストーリー詩画作家星野富弘さんのストーリーを5分にまとめた作品詩画:星野富弘絵:みなみななみ音楽:STYLEJun富弘美術館FacebookPagehttp://www.facebook.com/TomihiroArtMuseum富弘美術館オフィシャルページ(やさしさにいつでも逢える)http://www.city...www.youtube.com富弘美術館には一度行ってみたいところです。「館内散歩」「富弘美術館」の展示は、どん
「咲き終えて皺だらけの花が落ちたあとに小さな実が残されていた」―星野富弘さんの絵に添えられていた言葉だ。たまたま庭に咲いていた花にも実がついていた。花の後に残された「種」。小さな種もあれば、花には似つかわしくない大きな種もある。タンポポの種は、綿毛に連れられて遠く旅に出る。椿の種は、ポトンと木のそばに落ちる。どんなに美しい花でも、やがて萎れて枯れていく。真白なクチナシの花も醜く萎えていく。しかし、やがてあでやかな朱色の実をつける。「花盛り」だけが
自己紹介ありがとうございます。はるかです。2024年4月25日にはじめて星野富弘さんを知り、ネットに偶然(必然です)あがってきた星野富弘さんの言葉や絵から溢れてくるエネルギーに導かれ「いのちより大切なもの」・・・詩画集をなぜか急遽お迎えしました。そして私の手もとに届けられたのは4月28日です。同日2024年4月28日18時32分星野富弘さんは宇宙へ帰還されました。ブログでご紹介させて頂いた翌日です。お会いしたこともなく、美術館の存在すら知らずにいました。何か託され
小さい頃、祖母がプレゼントしてくれた星野富弘さんの「かぎりなくやさしい花々」暖かみのある絵と詩は心の琴線に触れる素晴らしい本でした合唱曲もいくつか作詞され、2012年のNHK全国学校音楽コンクールの高校の部の課題曲も作詞されました謹んでお悔やみ申し上げます
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(新約聖書・「使徒言行録」Chapter16、§31より一部)偉大なる天の父なる神さま、あなたのとうといお名前を心より崇めて讃美致します。今週、Internetを通し、星野富弘さんの召天の報(シラセ)に接しました。星野富弘さん(以下、星野さん)は中学校の先生として勤務をされていましたが、部活動の指導のさなかの事故で両手足の自由が利かなくなるというハンディーを負われました。入院生活を余儀なくされる中で星野さんは1
この投稿をInstagramで見る𝔹lack𝕎ork❖刺繍カフェ*フィーカ❖ブラックワーク刺繍教室✿平井真理子(@blackwork_embroidery_fika)がシェアした投稿𝔹lack𝕎ork❖刺繍カフェ*フィーカ❖ブラックワーク刺繍教室✿平井真理子onInstagram:"苦しい時の一歩は••┈┈┈┈┈┈┈••今日は星野富弘さんを偲んで富弘さんの詩画をご紹介したいと思
大型連休後半がスタートしましたね今日は「憲法記念日」あしたが「みどりの日」そして「こどもの日」「振替休日」って…こんなにやすんだら振替いらないでしょぉーって休みのない主婦はため息混じりに呟いてしまいます家事以外は予定はないのですが…トホホな連日になりそうです。そんなことより~今日はリカちゃんのお誕生日なんだってリカちゃんってだれ?ってゆーひとはあんまりいらっしゃらないとはおもうのですが香山リカちゃん永遠の11歳だそうです半世紀以上女の子達のおともだちとして活躍してきてお顔
4月が終わりました。長かった。辛かった。昨年の夏、上司から突然、奥様のご懐妊の報告と春に育休を1ヶ月取りますと宣言がありました。もう目の前真っ暗。それでなくても青色吐息の毎日なのに。おめでたい事なんだけど心の中はブルー。4月が来るのが心底イヤだった。そして、予定通り、4月初めに上司の第4子誕生。残された職員の地獄が始まりました。来る日も来る日も仕事が終わらない。辛かった・・・。娘の体調不良、私の体調不良。
群馬県みどり市出身の詩画作家、星野富弘さん=桐生市=が28日、死去した。78歳。手足の自由を失いながら、口に絵筆をくわえて詩画を描いた。四季の草花を題材とした絵に、命や人生、母子の絆などへの思いを添えた作品を多く生み出し、人々の感動を呼んだ。詩画作家の星野富弘さん死去78歳手足の自由失い、口に筆をくわえ創作|上毛新聞社のニュースサイト群馬県みどり市出身の詩画作家、星野富弘さん=桐生市=が28日、死去した。78歳。手足の自由を失いながら、口に絵筆をくわえて詩画を描いた。四季の草花を題
先日、先生から富弘さんのニュースをお聴きして本当に驚きました!何で驚いたかと言いますと今、書斎の本を減らしている中で袖ケ浦市郷土博物館にて開催した「星野富弘花の詩画展」の記念誌を見つけて先生にお見せした頃に亡くなられた事を知ったからです。「虫の知らせ」と言いますが本当にあるのだと思いました。富弘さんとの出会いは母が『愛、深き淵より。』を読んで私に勧めてくれたのがきっかけでした。その後、数十年が経ち母が赴任した学校の校長先生が富弘さんの大学時代の親友だった事が分かり友の会に入会して
絵本好きのミホです。高校時代、約30年前のお話。ホームルームの時間にある音声がおもむろに流されました。まだ、カセットテープの時代です。講演会を録音したものでした。その声の主は星野富弘さん。星野さんは、体育の先生でした。はりきって、バク転をして見せたところ頭から落ちました。そして、首から下が動かなくなったのです。高校生だった私は、このホームルームで、初めて星野富弘さんを知りました。健康で、人一倍元気な人が障がい者になってしまったという事実に衝撃を受けました。その
私の誕生日でもある4月28日にご逝去されました口に筆をくわえて描く詩画は数多く昨年まで作品を描いていたそうです呼吸不全だそうです星野富弘さんの絵に添えてある詩は心に響くものでした作品は生き続けます星野富弘さん安らかに今までお疲れ様でした
絵を描くのが苦手な私でしたが、36歳て亡くなった弟の形見となった色鉛筆と、父が遺した里山の野花の写真集が施設に居る母へ絵はがきを描いて送るきっかけとなり、母が亡くなった日に描こうと思っていたハナミズキを後日描いて、それが母への最後のハガキになりましたそんなことが無ければ今も花の絵に興味など無かったかもしれません花の絵を描かれていた星野富弘さんが亡くなられました首から下が動かず口にくわえた筆で描かれていました私が持っているのは、この三冊真ん中のは好きなオダマキが表紙だったので購入しまし
ハーブと風そよぐ里山星読みヒーリング庭に今年最初のオルレアの花が咲きました白くて一見か弱そうに見える花ですがたいした手入れもしてあげていないのに毎年顔を見せてくれますそして家族もうちにおいでいただく方もみんながきれいだね☆彡と言ってくれる花です数日前に詞画を長きに渡り書かれた星野富弘さんがお亡くなりになられたことを知りましたあぁとてもさみしい思いがそのニュースを聞きそして静かに思いを馳せました星野さんは今は
ti-bo-109さんのプロフィールページhttps://profile.ameba.jp/me4月28日、星野富弘さんが、お亡くなりになった事を新聞で読みました。桂由実さんの亡くなられた記事は、世界的に有名でしたので、大きな記事に。その下のほうで、星野さんの記事も載っていました。私が、中学生の頃?に、星野さんの事を知りました。中学校の先生で体操のクラブの指導中に、模範演技をするときに失敗して、首から落下してしまい、首から下の身体機能を失いました。お見舞いの手紙やらの返事を書きたくて、
あなたの好きな人のタイプは?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう好きな人のタイプは「穏やかなひと」です。今は亡き父が何でキレるか分からない人で、キレるとすごく怖い人でした。夫は父とは大違いでとても穏やかな人です。穏かな人といると自分も穏やかでいられる気がします。星野富弘さんの訃報昨日の朝刊に星野富弘さんの訃報が掲載されていて22歳でパニック障害になったとき、口に絵筆をくわえて描かれた星野さんの絵画と詩集に随分救われた日々があったことを思い出
散り始めてますが、まだ、綺麗です。雨上がりの朝、重そうです。藤の花を見ていたら、ちょうど、テレビでやっていました。地元のホールでコンサートがあると、行っていました。フジコヘミングさんのピアノコンサート、初めて観たのは、オーケストラをバックに演奏していました。家族に、また行くの?なんて言われてましたが、年齢を感じさせない、指の動き、聴覚障害を患っているのに、狂いがない、素晴らしかった。ラカンパネラ話す声が耳に残ってます。星野富弘さん、絵と文に魅力を感じてい
私が救われた方たち私が子どものころから活躍していた方たちが亡くなる度、これから先こんなすごい人たちは出てくるのだろうか・・?と思います。もちろんその時代ごとに偉大な人ないるのでしょうが、激動の時代を生きて生まれた感性というのはその時代ごとに変わっていくでしょう。詩画作家の星野富弘さんが亡くなりました。学校の先生だった星野さんは部活の指導中の落下事故で頚髄を損傷し、首から下がマヒしてしまいます。想像を絶する絶望があったでしょうが、口に筆をくわえて文や絵を書き
自分の記事ですが、リブログしました。星野さんが亡くなられて、今朝この記事にポピーさんが、いいね👍️を下さいました。改めて読んでみて驚きました。先日、亡くなられた桂由美さんも同じ誕生日と教えていただいています。奇しくも同じ誕生日の方々が、誕生日の直ぐ後に他界されていらして複雑な気持ちです。ブログの中で、わたらせ渓谷鐵道乗車中に牧野富太郎博士を感じたことについて書いていました。その時の記憶は未だに鮮明です。改めてご冥福をお祈りさせていただきます🤲🛐
詩歌画家の星野富弘さんが4月28日に召されました。中学校の先生だった星野さんは部活の体操指導をしていた時に頚髄を損傷して、手足を動かすことができなくなりました。24歳の時でした。絶望の日々でしたが、やがて口で筆をくわえて文字や絵を描くようになりました。*星野さんのことはよろしければこちらを。3分ほどの動画です。口に筆くわえ創作活動みどり市出身で詩画作家の星野富弘さん(78)が死去(24/04/30)www.youtube.com星野
群馬県人でクリスチャンの星野富弘さんが亡くなった。何回かお会いしたけど、個人的にお話聞きたかったなぁ。残念😢https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/455702詩画作家の星野富弘さん死去78歳手足の自由失い、口に筆をくわえ創作|上毛新聞社のニュースサイト群馬県みどり市出身の詩画作家、星野富弘さん=桐生市=が28日、死去した。78歳。手足の自由を失いながら、口に絵筆をくわえて詩画を描いた。四季の草花を題材とした絵に、命や人生、母子の絆などへの
詩画作家の星野富弘さんがご逝去されました亡き母が好きで母と一緒には行けませんでしたが2010年に父と訪れた群馬にある【富弘美術館】とても良かったです群馬出身で元中学校教師の富弘さんは1970年24歳の時クラブ活動の指導中に事故にあい頸髄を損傷し手足の自由を失い入院中のベッドで口に筆をくわえ文章や絵を描き始められたそうです父がシンビジウムをザクっと切り母の仏前に供えたことがあり美術館にはその出来事を思い出す作品がありました↓↓↓ꕤꕤꕤ私の未熟な筆では
星野富弘さんがお亡くなりになりましたね。私が生まれた群馬県出身の方。勤務先の学校の体育館での一瞬の出来事宙返りに失敗して、手足の自由を失って。入院中に口に筆をくわえるスタイルで作家活動に入ると四季の草花を描いた水彩画に詩を添えた作品が人気を呼び国内外で展覧会が開かれた。山あいの自然豊かな場所にある美術館を訪れたことがありました。多くの作品を鑑賞してきました。その中の一つ神様がたった
2003年にバスツアーで訪れた富弘美術館。『群馬日帰りバスツアー日記』今日は2003年4月に行ったバスツアーの写真UPしますでも写真が全然ないんですが。。。なんでもっと撮ってこなかったのか(笑)このバスツアーのメインは『花見』と…ameblo.jpその美術品の作者・星野富弘さんが亡くなりました。訪れた前の年に父親を亡くし、友人が独り暮らしの落ち込んでいる私に気を使ってくれて、ちょくちょくバスツアーなど誘ってくれて行きました。その時に富弘美術館へ行って壁一面、事故から間もない頃の口で書い
命より大切なものとは何だろうか、36になっても答えが出ない永遠の課題です。命が何よりも一番だろうってのを、置いといて考えてみました。些細なことなんだけど、職場・家族や親戚・自治会との交流です。自分は誰にも頼らなくても、何でも一人で解決してきたって人が居ます。そう言う時に考えなきゃならないのが、命より大事なのが何かとね。人との交流は避けたいこともあるが、繋がりってのは言葉で片付けるには簡単には出来ない。命より大事なものは、私なら人付き合いです。人との縁と言うのは、自分自身では当たり前だって決
私が星野富弘さんのことを知ったのが、高校時代の現代文でした。高校2年~3年の担任が国語担当でね。担任の授業は、何時も真剣で厳しさや優しさも忘れずに。星野さんの作品の時だけは、私が一番尊敬する人です。今のあなたたち(私も)が忘れているのを、星野さんは作品を通して教えてくださいますと。私が今でも忘れられないのが、次のブログで意見を書いていこうと思います。担任が星野さんへの、尊敬の気持ちが今の私の中にも生きています。星野さんの、ご冥福をお祈り申し上げます。
皆さんは・・・最近の訃報っていうと、ブライダルのお仕事をされてた桂由美さんが身近かもしれませんけども、私は、この方のことを紹介さして頂きたいと思ってます。手足が不自由ながら、口に咥えた筆で、素晴らしい詩と絵画を創作されてきた星野富弘さん。先月28日、呼吸不全のため、亡くなられました。78歳でした。星野さんは元々、中学校の先生をされてたんですけども・・・。部活動の指導中の事故によって、首から下の自由を、完全に失われてしもたんです。1972年に、群馬大学病院で入院された時か
今朝、たまたまインターネットで調べ物をしていて、星野富弘さんが亡くなられたことを知りました。78歳。呼吸不全のためだったようです。星野富弘さんは、クリスチャンのみならず一般の方もカレンダーや詩画集を通して広く知られていました。中学校の体育の先生で、模範演技中の事故により首から下が動かなくなり、生きる希望を失っていましたが、やがて信仰を持ち、口に筆をくわえて絵や詩を書くようになりました。富弘さんならではの視点で、優しさに溢れた言葉、多くの気づきを与えてくれる言葉を残しました
私のいちばん好きな詩。心よりご冥福をお祈りします。
星野富弘さんが先月、4/28日に天に召されました。彼の詩によって多くの人が励まされた事でしょう。私もその一人で、このブログでも多くの彼の詩を紹介してきました。彼は若いころ、体育の授業中に転倒事故によって手足の自由を失い希望を失ってしまいました。しかしそのような絶望の中、彼はイエス様と出会い、希望を得て、口で筆を加えて絵と、彼の感じたままを詩に残すのでした。いつか彼と天国で会える日が来る、話を色々聞いてみたいものです。お疲れさまでした。ここに、彼の残した詩(動画のリンクの↓