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松代のある酒屋に、毎晩のように酒を買いに来る小僧がいた。小僧は「明徳寺の使いだ」と名乗るが、酒の代は払わぬまま帰ってしまう。不審に思った酒屋の旦那が明徳寺を訪ねると、和尚は「わしは酒を飲まぬが」と首をかしげた。ある夜、再び現れた小僧を捕まえ、松の木に縛りつけておいた。ところが翌朝には姿が消え、雪の上には足跡だけが残っていた。その跡を追っていくと、明徳寺の弥勒堂へと続いている。旦那と和尚が中をのぞくと、そこにいたのは弥勒さま――。あの小僧は弥勒さまの化身だったのである。それ以来、
二枚目に書いた絵が楽だという者にはやる事を決めて好きな様にやらせながら時々見てやり言った事を覚えているかどうか合間合間に聞くことじゃなそして返答が違っていたらそこでまた教えるようにするが良い#共育#昔話#著書#育てる#教え方#教育
⛩️🙏🙏m(__)m畏れ多くも裕仁様が崩御されてから38年がすぎました🙏📺️某日産のセフィーロ🚘️のテレビコマーシャルには井上陽水が「皆さんお元気ですか〜」その半年前くらいから📺️テロップには「陛下が下血された模様」1月8日全ての📺️放送からコマーシャルが一時音声無し!流れていたのを思い出しました。崩御される約3カ月前🇸🇬✈️新婚旅行先はシンガポールマーライオン辺りの出店、セントーサ島出店オーチャード通りビィトン、CHANEL、PRADA、直営店にては
昨日、書いたフリーターちゃんとの話時給の話になり掛け持ちバイトも、ここのバイトも時給が、最低賃金だからもっといいといいんですけどー1300円は欲しいと、言っていて1300円!驚いたのだけどそもそもの、今の時給の最低賃金が1225円、という金額に驚いた去年の10月に上がっていたのか(あまり気にしてなかった)最低賃金のお知らせ【賃金室】jsite.mhlw.go.jp高くなったよなぁ、、、学生時代に働いていたお店でパートで働いてる私学生時代は、500円くらいの
亀が出てくる昔話です。浦島太郎のお話です。ボランティア団体笑夢と活動している指人形劇団つくし座の人形を作った2人です。指人形劇団つくし座は、年齢・性別・能力にかかわりなく、笑顔で夢にチャレンジする活動をしているボランティア団体笑夢と共に月1回第2日曜日に活動しています。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
木曽義仲が戦に敗れたのち、源頼朝方の追手は厳しさを増し、その手は義仲の子・力寿丸にも及んでいました。小川村の桐山へ至る道は、険しい峰が連なる山深い場所です。そこに一団の武士たちが小屋を建て、ひそかに身を潜めていました。侍はおよそ二十人、馬は七頭。幼い子どももいたと伝えられています。やがて「義仲の残党がこの山中に逃げ込んだらしい」という噂が、村じゅうに広がりました。しかし、ある朝――武士たちは忽然と姿を消します。小屋はきれいに片付けられており、ただ馬の糞だけが、あちこち
語り部私には、語り部がついています。「杉じいさん」です。きりえギャラリーでは、昔話を切っています。日本昔話だけではなく、創作昔ばなしも作っています。創作の昔話を切り絵にして、本にしたり、紙芝居にしています。(私のブログに、掲載しています。)特に、住んでいる町田市の昔話が16話。出身地の兵庫県赤穂市の昔話が3話。それらのすべてを語るのが語り部の「杉じいさん」です。「杉じいさんが子供を集めて昔話をしていた。杉じいさんが、どうして杉じいさんと呼ばれるようになったかは、誰も知らなか
昭和47年、岩手県遠野市を訪ねた新日本紀行を再び!山里に守り継がれる昔話や先人の教え。時を超えて自然と家族の大切さを語りかける民話の世界が描かれている。よみがえる新日本紀行昭和の日本が鮮やかな映像に昭和38年から57年にかけて、日本各地の風土や人々の営みを描いた「新日本紀行」。最新のデジタル技術で鮮やかによみがえる。番組の舞台を再び訪ねたミニ紀行も合わせて放送。半世紀の変化を紹介する。番組から54年後の2026年、遠野市を再訪した。「民話の里」
看板より中身だけど...・・・・・・・・・・・昨今は、とても優秀な宣伝のツールが多くて驚くほどの機能があります。SNS用のツールも凄いですよね。僕自身、使うことは苦手ですが使えたらいいんだろうなと思います。時々思うのですが辺鄙な処でもお店が流行っていて驚くことが多いのです。お客さんが並んでいるんですね。その光景に驚かされます。ただ、一つ気になるのはそうしたお店に魅力を感じたことはあまりない気がします。そこがなんとも不思議な気分です。年をとっ
和尚さんは「芋っぺよ良く聞くのじゃよこの三つの絵のどれを書くのにいちばん楽だったのかを選んだ者によって伝え方が判るというものなのじゃよよいかな最初に書いた絵が書くのにいちばん楽だったと言う者には言われた通りに動くのが楽という事でな一から十まで少しづつ事細かく手とり足とり教える事じゃ#共育#昔話#著書#育てる#教え方#教育
🙏🙏m(__)m4月も終盤ですね。ボヤキます。毎朝のルーティンで無料サイト🖥️📺️観ていてふと⋯自分は母親には全く性的な願望はありませんでした!しかし、友人の母にそのような願望を抱いたことは有ります😅40幾年前の事⋯友人の家を訪ねた時玄関あけると風呂上がりの友人の母上(庭先の🧹掃除を終えて水浴びを終えたとのこと)すっぽんポンの姿🤯齢四十路過ぎかな🤔胸も大きな女性肉付程よく陰◯はボーボー2〜3秒くらいかなガン見😳「ごめんね山君こんな姿していて🧑🦰
小学生の頃の話し小学生になってからは人間味が増してきた気がする。でもやはり小学生だ。自分の行動や感情の説明が出来ない。というか分からない当時を振り返り小学生の自分と向き合う私は自分の気持ちをちゃんと説明して言葉に出来て理解するということが出来るようになっていた。びっくりだけど、私がそれを出来るようになったのは30半ば頃だ。遅いね笑親の顔色を伺いながら過ごしてきた私は自分の気持ちには無頓着だった。小学生になって初めて女の子の友達が出来た。でも困ったことに女の子と一緒に遊ぶのがしんどかっ
【おやすみ朗読】神話の夜語『日本神話編~神武東征~』第九夜/最終章日本の基礎を築いたとされています。神話としての側面架空の物語:神武天皇の存在や東征の具体的な年代(3世紀後半〜4世紀初頭と推定されることも)は歴史学的には実証されていません。国家統合の象徴:天照大神の系譜を引く天皇が、各地の土着の神々(国津神)を統合し、国を統一したという「国家統合」の物語として重要視されています。この神話は、単なる昔話ではなく、日本の天皇の起源と国家の成り立ちを説明する、日本人の精神文化に深く根
こんな人でも...・・・・・・・・・・・もう昔話になっちゃいましたが僕がサラリーマンだった頃とても人徳の高いであろう方が珍しく批判の的になっていました。その批判を耳にした時完全なる誤解だと確信しました。というのも、その誤解に至る内容を詳しく知っていたからです。更に、意外なことに僕がいつも仲が良かった友人たちもその人に対する批判を何ら疑わずに完全に受け入れていました。僕は、その一方的な情報を鵜呑みし批判する側を擁護する姿勢にかなり衝撃を受けたのでした
読んでびっくり、語って楽しい。日本の昔話集懐かしい話もあれば笑えるはなしもある91話の昔話久しぶりに日本の昔話集を読みました。どの話もいろんな人がいて鬼がいて神様がいて泣いたり笑ったりいつの間にか心の中があったかくなりました✨素朴に正直に生きる物語の人々やはり昔話は日本人のふるさとなのかも知れません特に笑えたのが風呂屋の大黒日本人の描く神様って笑える神様が多いたまには昔話もいいものですね
普通、連係プレーというと、野球の「カットプレー」を連想します。学生時代、捕手だったため、自らカットプレーに参加することはなかった代わりに、「ちょい左」とか「カーット」とか指示を出すわけです。しかし、これが自分にはなかなか難しくて、「カットか、今の?」と先輩に怒られることが度々あったりしました。という昔話はともかくですが、私の事務所ホームページ(HP)がグーグルマップと連携して以降、祝日前になるとグーグルから、「営業時間の修正の有無」を尋ねるメールが送られてくる
昔、野尻湖の近くを歩いていた若い武士の前に、ひとりの美しい娘が現れた。娘は丁寧に頭を下げ、「どうかその刀をお貸しください」と頼んだ。深い事情がある様子に心を動かされた武士は、腰の刀を差し出した。娘は刀を受け取ると、そのまま湖の底へと沈んでいった。しばらくすると、水面に真っ赤な血が広がり、武士はただ立ち尽くすしかなかった。やがて再び姿を現した娘は、「長年のあだを討つことができました」と静かに語り、礼として短い竹の筒を手渡すと、そのまま消えてしまった。武士がその竹筒を家の庭に立てて
よし今度はお前の好きなものを好きな様に書いてごらん」と言って三枚目の半紙を差し出しました芋っぺは好きなものが沢山あって何を書いていいやら分りませんでしたが自分の育った山や畑などの絵を書きました「和尚さん、これでいいべか」和尚さんは「うん、なかなかよう書けておるぞそれでは芋っぺよ今書いた三つの絵のうちお前さんが書くのに一番楽だったのはどれじゃな」そう言われると芋っぺはすかさず「これだべなお芋に目鼻のオイラの顔だ」と言いました#共育#昔話#著書#育てる#教え方
こんにちはインテンションキャンドル専門店店長RIOです。晩御飯を作りながら、テレビ聞いてたんですが70年前ぐらい?は、家に鍵かけてなかったらしいです。「え?やば」ですよね。しかも人ん家に勝手に上がってたらしいです(汗)その世代の方々は普通に話してましたが、今のご時世からすると「ありえない話」ですよねその時にふと思ったのが、私の店のキャンドルも今、日本では
昔話が多いのは、インプットが足りない証拠。「昔は、楽しかったなあ」「懐かしいなあ」「あのころは若かったな」過去を思い出すのは、なぜか心が安らぎます。昔を懐かしんで思い出し、自分の成長を確かめたり、過去を振り返ったりすることで、現在の感謝に気づくこともあるでしょう。過去を振り返ることは悪いとは言いませんが、頻度の問題です。昔話をする頻度が「たまに」ではなく「いつも」になったら、赤信号です。いつも昔話をする人は、新しい刺激を取り入れていないため、過去の
俺が17歳の時。まだ地方に住んでいた高校生時代に、漫画を描いて投稿していた雑誌「COM」(コム)。この月刊雑誌「COM」投稿者の中から、数多くの漫画家が世に出た。あだち充、竹宮恵子、青柳祐介、泉谷しげる(後にフォークシンガー)、書き出せばキリがないほど多くの若者が、この雑誌に漫画を描いて投稿していた。『ぐら・こん』(グランドコンパニオン)と名づけられた巻末の数ページは投稿者の熱気に溢れていた。「峠あかね」のペンネームで、COM専属マンガ評論家として「ぐら・こん」ページを担当していたのは、の
今思えば父は優しい人間であったよく昔話を聞かせて寝かしつけてくれた不器用な父の精一杯の愛情だったのだろう私といえば仕事にかまけて子供達を寝かしつける事もなく過ごしてしまった父のように子供達に絵本を読んで寝かしつけられなかった事を後悔している大人になって父の愛情を感じた
なむからたんの、とらやんのや!日本昔ばなしとら猫とおしょうさんAmazon(アマゾン)とら猫とおしょうさんおざわとしお再話かないだえつこ絵くもん出版貧乏寺の和尚さんが可愛がっている猫の「とら」には秘密がありました。ある晩、とらの後をつけることにした和尚さんが見たものは。青森の昔話を元にした猫の恩返し。どこか聞いたことがあるような世界観が、とても心地好い昔話絵本です。4・5歳位~おすすめ(読み聞かせにも○)--------読み聞かせや音声データ制作・講演・講座
昨日(25日)は、大阪の「寝屋川公園」にて同窓会BBQを開きました。同窓会と言っても学友ではなく、以前同じマンションに入居していた住民仲間です。オレが27歳(1988年)から47歳(2008年)まで入居していたマンションで、低価格な新築マンションなので同じ世代が一斉に入居し、自治会や管理組合で苦楽を共にした連中です。みんなもう60代になってしまいましたが懐かしい昔話に花が咲き、天気も最高に良くて楽しい5時間でした。スライドショー↓↓↓
戸隠山の中院には、二体の仁王様がお立ちになっていた。この仁王様は馬鈴薯が大好きで、芋をお供えすると翌朝にはきれいになくなっていた。そして、その翌年は稲や豆などの実りがよくなるといわれ、村人たちは親しみを込めて「芋喰い仁王さん」と呼んでいた。やがて明治のはじめ、世の中の流れが大きく変わり、戸隠の仏さまを守るため、小布施の岩松院へお迎えすることとなった。仁王様を大八車に移す際、戸隠の人足衆は酒手のことでいさかいとなり、思わぬ出来事が起きてしまう。それでも小布施の人々は大切に迎え入
和尚さんは二枚目の半紙を渡し「今度はお前さんの畑のお芋が沢山採れた時を思い浮かべてその時の嬉しい自分の顔を好きなように書いてごらんうれしい時の自分の顔じゃぞ」芋っぺは自分で自分の顔を見たこともなかったのですがお芋の形を書いて目、鼻、口を書きました「よしよし良ぉく書けたぞ嬉しそうな顔しとる#共育#昔話#著書#育てる#教え方#教育
毎日驚きを隠せない様子で、ねえねえ、みてみて!きいてきいて!と、目をまん丸くしていろんな情報を持ってきてくれる、可愛い君へ。君のくれる情報は確実に価値がある。毎日、毎回、楽しみでしょうがない。君はどこで、どうやってそんな情報を集めてくるの?でも、考えたんだけど、この情報は、君からもらわないと価値がない、のかもしれないと。狐に化かされて、馬のフンを食べさせられた昔話。あのフンみたいなものかもしれない。いいよ別に。それで。要するに、
こんばんは。連日美味しい、食べ物。今夜は、リクエストに答えて、焼肉。開催時間が、遅れて、9時まで賑やかにしてました。そこで話題は、昔の料理。私のご飯は、最低だった。と。毎回出てくるはなし。次は、おばあちゃんの料理。懐かしい。さんしょ、たけのこ、さつまいも、などなど、手料理話。今は、覚えてないと返事をする。本当!いつ何時何がおきるのやら?なので、健康に留意して、身体を大切に、頑張らねば。毎月1回の宴会。昔話で、盛り上がる。自宅でも、腹が捻れるぐらいの、笑い話。ま
今日はyonejiが所属している会の会合と懇親会。午前中は総会と講演会、昼から懇親会。講演は鳥海山信仰に係る話。とても良い興味深く聴くことができました。神が宿る山鳥海山。古代から信仰は続いています。懇親会はとても楽しいひと時を過ごしました。だんだん先輩方の参加が少なくなり、少し寂しい感じがしたけれど、皆さんと昔話や近況などを話しながらワイワイやってきました。ということです。
千曲川は昔からたびたび氾濫し、洪水のたびに大きな被害をもたらしてきた。飯山藩でも大洪水が起こり、家々や寺社は流され、村は壊滅的な状況となった。そんな中、一つだけ流されずに残ったものがあった。神社に立つ一本の杉である。濁流に揺れながらも、その杉は倒れることなく立ち続けていた。長老は「御神木だからだろう」と静かに語った。やがて三日ほどして水が引くと、田畑はすべて流されていたが、杉の木だけは変わらずそこに立っていた。不思議に思った若者が近づくと、思わず声を上げた。「大蛇だ!」杉の根