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探索日2018/09/23切り替えは1956年11月17日木津駅方新旧線分岐点現在線は写真右へ向かってカーブ、旧線はこっちへ直進してくるこの下を通過していた旧線の切通しは埋められた奥へ続く旧線跡埋められはしたが、今も浅い切通しになっている突き当りにあった鹿背山トンネル西口も埋められてしまった鹿背山トンネル西口跡トンネル坑口上から木津駅方面を見る旧線をまたいでいた、人道用の橋梁穴は欄干を立てていた跡か跨線橋上から木津駅方
当ブログでもこれまでもご紹介しておりますように、長崎線の浦上~喜々津間は、運行上「市布経由」と称されます区間を新線、「長与経由」と称されます区間を旧線として運行されております。これら区間に関しましては、運行自体もそれぞれの経由におきまして、日中普通列車は1時間に1本の割合で運行されておりますし、さらに新線では令和4年9月23日より特急列車は運行されなくなりましたが、快速「シーサイドライナー」は運行されている区間でもあります。このうち、「市布経由」と呼ばれます新線ルートの特徴
当ブログでもこれまでもご紹介しておりましたように、上の画像1にあります長崎県諫早市の喜々津駅から、長崎市の浦上駅の間には長崎線は2線に分かれておりまして、画像2のように駅の長崎方で2線に分かれております。この区間も、令和4年9月改正までは電化されておりまして、かつては特急電車が運行されておりましたし、現在も画像3のYC1系気動車で運行されております快速「シーサイドライナー」が運行します「市布経由」と呼ばれます区間が「新線(画像2では左側)」、同じくYC1系気動車によって非電化区間で
あけましておめでとうございます🎍本年もよろしくお願い申し上げます🙇第168回「くりはら田園鉄道線(2)」を公開いたしました。また同記事のブログ版も解除・公開いたしました。よろしくお願いいたします🙇Youtube版こちらになります。ブログ版こちらになります。
当ブログでは、11月に「D&S(デザイン&ストーリー)列車」の「ふたつ星4047」に乗車する事を目的としまして、大村線が全線「SUGOCA」区間、そして長崎線の「有明線」区間が運賃計算区間となった事で、新たな「SUGOCA大回り」ができるようになった事に伴いまして第12弾を敢行しましたが、その際、肥前浜駅から諫早駅まで乗車しました話題をご紹介しておりました。『NO.3338「ふたつ星」を求めて・・「SUGOCA大回り」第12弾(その2、肥前浜→諫早編)』第12弾になります、「SUG
探索日2018/09/23切り替えは1964年9月8日カーブしてるとこが尼ヶ辻駅方新旧線分岐点旧線は奥へ直進していた現在線を8810系電車が通過高架道路下付近が分岐点旧線はここへのびてくる旧線用地には住宅が並ぶ橋梁跡両岸に複線分の橋台が残る尼ヶ辻駅方の橋台大和西大寺駅方の橋台西側から見る電車の停まっているとこは西大寺検車区手前を現在線が走っている住宅のならびが廃線跡ここに架かっていた橋の跡はない国見小
探索日2018/08/18切り替えは1917年(大正6年)現在この駅間には貝田駅があるけど、開業は1952年前身の貝田信号場は1922年改設貝田駅のこのあたりが越河駅方新旧線分岐点旧線は左へ分かれる上で書いたように、当時ここには駅も信号場もなかった旧線は貝田駅駅舎付近を通過中央の小道がほぼ廃線跡ここが旧線跡のはず道となって続く旧線跡盛り土は鉄道時代のものか線路の跡らしいカーブ道路が廃線跡貝田姥神沢旧鉄道レンガ橋の案内が
探索日2018/08/18切り替えは1961年1月31日の電化時城山トンネルが新トンネルへ移行した1967年の複線化時には川側にもう一つトンネルが掘られ、現在の形が完成さらに古い時代には、トンネルを経由しない旧々線が存在した白石川氾濫時の被害を防ぐため、山側へ移設したとのこと一度目の切り替えは日本鉄道時代の1889年(明治22年)※下り線はまだない旧線は、現行下り線(右の線)とほぼ同位置を走っていた左は下り線城山トンネル青森駅方口旧線は右の空間へ続く
今年も、行ってきました~。土日の混雑を避け平日の午後、出かけてみましたっ。JRの定光寺駅を歩いていくと、駐輪場がありました。来年、ここに自転車を停めるのは、アリですね。いつもは、休日の朝だったけれども、平日午後の入口は余裕がありましたっ。こりゃあ、ゆっくりと観られるなんて、余裕をかましていたら、大失敗。入口で、入場料100円を払います。最初のトンネルがやってきます。意外に人は多かった。戻ってくるひとたちばかり。トンネルのなかは、独特の雰囲気があります。人がいないときを見
探索日2018/08/18切り替えは、①区間と同様1967年8月12日の複線化時E721系電車付近で新旧線は交差旧線はこちらへのびてくる旧線跡は宮城県道50号になった右が現在線旧線跡は県道と分かれ、右へ曲がってく旧線はここを走っていたその証がこれレンガアーチ橋が残っているアーチ橋上に線路があった水路沿いに続く旧線の築堤田んぼ沿い林のラインが廃線跡雑草のラインが旧線跡草がなければ路盤が見えるは
当ブログでは、これまでもICカードを使用しました、「SUGOCA大回り」を行った話題をご紹介しておりまして、安く列車を利用する事ができる話題を皆様にご紹介しておりました。「SUGOCA大回り」とは、通常の乗車券を使います「大回り」のように近郊区間を利用するだけではなく、「SUGOCA」など交通系ICカードを使用する事で大回りができる事でありまして、その範囲も広範囲で使用する事ができるようになっているものであります。今回当ブログでも初めて西九州エリアでの「SUGOCA大回り」
宇奈月温泉つぼや温泉まんじゅう購入あきのくろワン協賛店5店目さらに福多屋季節限定、栗どらあきのくろワン協賛店6店目さらに湯めどころ宇奈月の日帰り入浴はパスこの夏くそ暑くて湯めぐりパスポートを買ってないので...レッドアロー出発おかめんの行列ひどくなってたランチどうしよまずは峡谷鉄道の方へ能登半島地震の影響が続き、今年も猫又までの区間営業現時点でも全線開通時期は未定鐘釣橋損傷による不通でしたが現時点
探索日2018/08/18切り替えは1967年8月12日の複線化時撮影地点付近が北白川駅方新旧分岐点旧線は左へ分かれる現在線下り線を701系電車が通過旧線はこのへんを通過道路がほぼ旧線跡旧線はカーブミラーの位置へ続くこのへんで高田川を渡っていた橋の跡はないE721系電車の走っているとこが現在線写真中央を左右に旧線は走っていた段差のラインは線路の跡ではない旧線はこのへんを通過あぜ道と草地の境目は鉄道用地の区画ではない西
JR東日本・常磐線・桃内駅から「常磐線旧線隧道探検ツアー」が、2025-11-8(土)に開催されます。プレスリリースされた、「常磐線旧線隧道探検ツアー」の内容です。隧道の写真です。参加証です。本日のイベント参加して、クイズに正解して貰ったカ−ドです。
#4623昨日は定休日で休みました。今週末に向けての一人作戦会議。会議とは言わんか。日曜にネタ収集に行って来ようなんて思ってる。東の方だな。ではオヤジの青春18きっぷ旅2025の続き。まずは勝沼ぶどう郷駅のホームから見えたトコへ。どう見てもプラットホームにしか見えない。元駅のホームなんだな。説明書きによると旧勝沼駅は傾斜地のためにスイッチバック構造だったそうで当時は単線。開業は大正2年だそうだ。その後電化
探索日2018/08/17東日本大震災の被害による線路移設切り替えは2015年5月30日鳴瀬川橋りょう仙台駅方取り付け部ここは東日本大震災前と変わらない上写真の仙台駅方震災前、橋桁は地平に降りるため左に向かって下り勾配になっていた橋脚の上部だけ新しいことに注目そこは継ぎ足しと思われる現在線は高架橋が続いているけど、旧線は地平へ降りて行く旧高架は、今よりやや低い位置にあった新旧高架橋の接続部左が2015年開業、右が2000年開業ただし
探索日2018/08/17鳴瀬川/吉田川橋りょう架け替えにともなう線路移設切り替えは2000年6月25日※この付近は二世代の旧線が存在する左へカーブしているとこが陸前小野駅方新旧線分岐点旧線は奥へ直進する旧線用地は太陽光発電所になった橋の跡は残っていない左の高架橋が現在線柵でかこまれたスペースが廃線跡築堤込みの用地なので幅は広いアーチ橋が残るソーラーパネルの列が廃線跡右の高架橋は現在線ここから旧鳴瀬川橋りょうが架かっていた
上写真は2011年撮影、下写真は2012年撮影。今回の『駅【アーカイブ】』シリーズは、東京都渋谷区、巨大ターミナルである渋谷に位置する東急東横線のターミナル駅、渋谷駅(しぶやえき。ShibuyaStation)ですが、今回の記事では、現在の位置(明治通り地下)に駅を移転する以前、JR渋谷駅東側にあった旧駅(地上駅)の写真をUPしていきます。末期は東京メトロの車両も乗り入れていました。現在の地下駅をレポートした記事はこちら。駅名渋谷駅(TY01)
(その13からの続き)-品井沼(10:56着)-愛宕駅から東北本線の旧線跡をたどると、元禄潜穴の竪穴がありました。旧線跡の道に戻ってさらに先へ進むと、トンネルが現れました。こちらは根廻トンネル。元々はもちろん鉄道トンネルです。内部はレンガ積み。往時の姿をよく残している…はず。天井には蒸気機関車時代の煤が。トンネルを抜けると緩やかな下り坂。やはり現在線と併走しています。少しずつ周囲が開けてきました。踏切
探索日2018/08/15湯田ダム建設にともなう線路移設切り替えは1962年12月1日横黒線は現在の北上線、陸中川尻駅はほっとゆだ駅民家左が廃線跡奥へ続く旧線林の切れ目がそれを示している旧川尻トンネル和賀仙人駅方口レンガ/石積みではなくコンクリートバリケードがあったようやけど崩壊している木製やトタン/金網の封鎖なら、年月が経てば侵入できる可能性があるここも10年ほど前なら入れなかったかもな昔は車で入ってこれたんやな
おはようございます。康樂~知本間(7.0km)では、複線化に向けた工事が進められており、今月10日には工事の一環として線路の切替工事が行われました。聞いた情報によれば、台東から知本までの区間は複線化する計画があり、今回の線路切替後、旧線に残っている橋梁を撤去、再新設する計画があるそうです。実際に複線用の線路を敷くのは、新しい橋梁をかけてからになるかと存じます。
飯田線乗り鉄旅田本駅ここも秘境駅断崖絶壁にある駅駅からの唯一の脱出ルートはトンネル横の階段をのぼりトンネル上部の通路より田本駅を撮影駅前三叉路写真後方が駅左の上り坂、田本集落へ通じる道右、隣町阿南町へ通じる道どちらも車どころかバイク、自転車も通行不可どちらも車道到達まで15分~30分w衛星写真で見ると意外と周囲は町ただし駅は谷底、標高差は100m以上ありますこの上には学校...もちろん今回は行きませんだって....
探索日2018/08/15湯田ダム建設にともなう線路移設切り替えは1962年12月1日横黒線は現在の北上線、陸中川尻駅はほっとゆだ駅前編でも取り上げたスノーシェッド(落石覆い?)写真中央を左右に走る旧線の跡橋梁跡橋台が残る橋台につながる築堤右端は本内トンネル和賀仙人駅方口本内トンネル陸中川尻駅方口この一年後、あそこに到達トンネル内には横穴があって、出口には小さい滝が流れている左、崖が途切れているとこがそう滝が見
小湊鉄道といすみ鉄道を乗り継いで、大原に到着しました。ガラーンとして人がいない平日のデータイムの大原駅前。お昼なのでお腹が空きましたねぇ。駅前に創業昭和元年と書かれた「ふじや」という食堂があったので、ここに入ってみましょう。店内は私以外には一人しか客はいませんでした。雑然とした感じですねぇ。でもメニューが豊富で、しかも安い。壁に貼ってあるメニュー表をアップにしてみると・・・。1000円を超えるものがないんですよ。年配の方がやってらっしゃった
探索日2018/08/15湯田ダム建設にともなう線路移設切り替えは1962年12月1日横黒線は現在の北上線、陸中川尻駅はほっとゆだ駅和賀仙人駅より陸中川尻駅方面を見る現在線右に旧線があった旧線跡は日本重化学工業南岩手工場専用線敷設に利用されたと思われる旧線はこのへんを走っていた国道107号になった旧線跡国道と分かれ、奥へ直進ここに旧和賀仙人駅があった現在は日本重化学工業南岩手工場の敷地になっている橋梁跡橋跡から陸中川
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1943年9月20日写真上部付近が宮守駅方新旧線分岐点旧線は撮影地点下へのびてくる旧線は右の跨線橋枠の位置を通過していた橋は1947年架設なので、軽便時代にはなかったこのレンガは旧跨線橋の橋台か?現在線は右の林の中を走っていた現在線むこう沿いが廃線跡宮守トンネルを抜け出すキハ110系気動車右奥に旧トンネ
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1943年9月20日撮影地店付近が宮守駅方新旧線分岐点旧線は左へ分かれていくここから旧宮守川橋りょうが架かっていた橋脚が三本残っている柏木平駅方の橋台も健在宮守駅方の橋台は確認できん完全な形で残っているのは一本のみコンクリートか?これもコンクリート?柏木平駅
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1950年10月10日※①②間の旧線は、訪問時見落としたので未探索現在線右沿いに岩手軽便鉄道時代の路盤が残るこのへんは、旧線に隣接して新線が敷かれたよう青笹駅方面を見るシートかぶせてるとこが旧路盤現在線に沿う草むらが廃線跡第一早瀬川橋りょう手前に旧橋梁が架かっていた橋脚の基礎が残る大理
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1950年10月10日※①②間の旧線は、訪問時見落としたので未探索奥が遠野駅旧線はこのへんにのびてくる駅の位置は軽便時代から変わっていない中央民家の位置が廃線跡左の住宅と、建っている向きが異なることに注目岩手軽便鉄道はここを走っていた右下に国鉄の境界標道路をななめに横断ここにも国鉄の境界標クリーニング店
きょうは安芸太田町の加計でとうとう40℃を記録したらしく、広島もいよいよ住むところではなくなってきた感がするこの頃です。暑いのはめちゃくちゃでフィールドで鳥見などする気はまったく起きず、たまに出かけてもクルマの窓を開けて涼しい車内から(本当はエンジンを切らないと微振動でブレてしまうのですが)ほんの少しだけレンズを向けたら、『ヤメヤメ!どうなろうにゃ~』とすぐに涼しい喫茶店に足を向けてしまいます。その点広島駅の旧線、新線の撮影はミナモアやエキエなど冷房を効かせた施設がすぐ近くにあるので