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こんにちは万葉館です明日、10月16日(金)から大上敬史写真展「歌の聖地玉津島展~魂に響く万葉の世界~」が始まります今回の写真展では、大上敬史さんが撮影された全51枚の写真を展示いたします夕日に染まる海、空を舞う鳥たち、そして歌の聖地・玉津島の風景自然の美しさや、玉津島ならではの魅力を写真を通してお楽しみいただけます一枚一枚の写真から感じられる、和歌の浦の豊かな自然と万葉の世界ぜひ会場で、写真が伝える玉津島の魅力に触れてみてください皆さまのご来館を心よ
3日目④です。塩尻市までは『長野県旅行3日目③(塩尻市)』3日目③です。岡谷市までは『長野県旅行3日目②(諏訪市③、岡谷市)』3日目②です。3日目の行程については『長野県旅行3日目①』昨日は距離は260キロでしたが、…ameblo.jpここからは高速使って60キロ近く移動ですナビが塩尻IC経由になるのを塩尻北ICからにして180円節約姨捨SA🍇売ってますが、高いですね眺めはいいです姨捨SIC降りて、姨捨駅に寄るつもりでしたが🅿️がなくて断念日本遺産センター今は配布していない日
〜私のなつやすみ②〜つづき翌日も早起きして電車旅です🚃さぁここはどこでしょう!とりあえず岐阜県の中津川までやって来ました。リニアのネタが早速使われてる!「中津川」初上陸の駅となりました✍️ここから車で移動します。まだ朝早いので人はおらず静かな街です。この、緑と黄色と赤と白と紫の旗は何なんでしょうか?お盆とか関係あるのかなぁ。。。小さな商店街のあらゆるところにたてられていました。さて、中津川から車で向かった先は長野県の阿寺渓谷途中まで車で行って、ここから送迎バスに乗って
10月2日(金)与謝野町観光協会(旧加悦町役場庁舎内)へ行ってきました重要伝統的建造物群保存地区「ちりめん街道」の北側入り口に建つ旧加悦町役場は、昭和初期当時の丹後ちりめんによる繁栄ぶりを今に伝える建造物です。昭和3(1928)年、前年の丹後大震災で倒壊した庁舎に変わる新庁舎として、当時の町長であった尾藤家11代・庄蔵を中心に計画され、建設資金には西山工場の杉本米治からの寄付金1万円など、計2万1千5百円が投じられました。現在は与謝
八百八煩悩を祓う石段長命寺本堂へは、湖岸から808段の石段の参道を登る登りには約20分を要するが、現在は本堂近くまで自動車道が整備されている主要堂宇は屋根を瓦葺きでなく檜皮葺きまたはこけら葺きとしており、独特の境内風景を形成している本堂裏の「六所権現影向石」や「修多羅岩(すたらいわ)」をはじめ、境内各所に巨岩が露出しており、かつての巨石信仰の名残と考えれておる山号は姨綺耶山(いきやさん)本尊は千手観音、十一面観音、聖観音の三尊を千手十一面聖観世音菩薩としたもの聖徳太子の開基と伝
9月26日(土)日帰りで飛騨高山へ行ってきました国史跡の高山陣屋跡は行ったことがあるのでスルーしました◆山岡鉄舟◆「降る雪と力くらべや松の枝」御周印は飛騨・高山観光コンベンション協会でもらえます温泉むすめの高山匠美ちゃんがいました飛騨匠の技・こころ|日本遺産
日本遺産の城下町に響く祭囃子‼️🍀佐倉の秋祭り〜復興への願いを込めて🍀10月10日(土)日付は変わってしまいましたが、昨日は1時間ほど「佐倉の秋祭り」に足を運ばせていただきました。お天気にも恵まれ、城下町の通りには大勢の皆さんの笑顔と活気があふれ、山車や御神酒所、威勢の良い掛け声、そして祭囃子が響き渡っていました。やっぱり佐倉の秋祭りはいいですね実は、この佐倉の城下町は、千葉県で唯一の日本遺産に認定されたストーリーを構成する、大変貴重な歴史文化のまちでもあります。平成28年(201
旅のお供?日本遺産検定公式テキストAmazon(アマゾン)1,870円ヲタク的なガイドブックはいかがですか?(スマホで見れば無料!な上に、内容豊富(笑)日本遺産ポータルサイト|文化庁が認定する日本の文化・伝統日本遺産(JapanHeritage)に関する情報を掲載したポータルサイトです。地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを日本遺産として文化庁が認定するものです。japan-heritage.bunka.go.jp広島県(福山市)瀬戸の夕凪が包
今日も青い空心❤️晴れ晴れ出水神社(いずみじんじゃ)守られている🙏の森トトロの森みたい民間機✈️国の守り私達の守り🛸かと思った道ゆく人と大笑い
史跡『生野銀山』は竹田城と同じ朝来市にあります。金香瀬坑口(日本遺産構成文化財)明治初期、シャン=フランソワ.コワニェが築造したフランス様式のアーチ型の坑口です。観光坑道の入口です。生野銀山は、坑道内部の見学や鉱山資料館が中心で、「採掘現場のリアルさ」を体感しやすいです。不動滝坑道入口横の階段を上って、露天掘跡を見に行きました。露頭とは、鉱脈が地表に現れた部分で、昔はこれを探し当てた後に地中へ掘り進んだそうです。広大な露天掘跡の「慶寿ひ」
富山県(地域)南砺市「宮大工の鑿一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」井波ゆるキャラ:KOROちゃんくるくる🌀:「うわぁ、街のあちこちからカンカン、コンコンって木を彫るいい音が聞こえてくるね!民家の欄間(らんま)や壁、塀にまで立派な木彫刻があって、本当に街全体がまるごと美術館みたい!」KORO:「だろ〜?ここ井波の歴史は、目の前にある瑞泉寺(ずいせんじ)と切り離せないんだ。瑞泉寺は現存する北陸最大の木造建築物なんだけど、昔から『井波風』っていう強風のせいで何度も大火事に遭って焼
岡山旅行2日目は倉敷へ。ホテルで無料の朝食をいただき朝風呂に入った後チェックアウト倉敷に向かう前に昔話「桃太郎」ゆかりのスポット鬼ノ城を訪れることにした。鬼が住んでいたとか…岡山県観光連盟総社市観光サイト日本遺産「鬼ノ城」岡山駅近くのホテルから車で約40分。標高約400mの山頂付近にある山城なんだが駐車場やビジターセンターまでの山道がめちゃくちゃ幅が狭く車がすれ違うことが難しい退避場所があっても車1台分しかスペースがない場合譲り合っても
今年(2026年)の8月17日から一泊二日で、島根県鹿足郡(かのあしぐん)津和野町の神社を巡りましたこの日の一社目は、鹿足郡津和野町添谷の金刀比羅神社でした二社目は、鹿足郡津和野町池村の三渡八幡宮(みわたりはちまんぐう)でしたその次は、鹿足郡津和野町池村の大元神社跡のクスノキでした三社目は、鹿足郡津和野町溪村の渓村八幡宮(きむらはちまんぐう)でした四社目は、鹿足郡津和野町枕瀬の杵築神社(きづきじんじゃ)でしたそして、五社目は、鹿足郡津和野町町田イ81-1に鎮座され
東京BRTからこんにつあー!!大変お待たせいたしました。東京ビッグサイトで開催された今年のツーリズムEXPOジャパンについて、エリア別に振り返ってみます。最初は例年通り、残念な県から紹介します。今年最も残念だった県は・・・茨城県だと感じたネバ・・・。今年のツーリズムEXPOジャパンでは茨城県の出展がありませんでした・・・。そのほか、茨城県が絡んでいそうなブースをなかなか見つけることができませんでした。頑張って探した結果・・・日本遺産のエリア内にて茨城県を2つ見つけ
こんにちは🍀ミキトモです少し前になりますが9月27日(日)東京ビックサイトで開催されていたツーリズムexpoジャパン2026へ行って来ました今年の夏🔰山陰旅行した山陰ブースが旅の思い出もあり楽しめました▲鳥取ゆるキャラトリピーを生で見れました(笑)日本遺産ブースは良かったですもっとじっくり見たかった時間が足らない〜▲だから冊子はゲットしました保存版です!!日本遺産ブースには6月に訪れた日本遺産である名古屋の有松のブースもあり『6月に行ったばかりがね〜(名古屋
鳥取城跡・仁風閣展示館へ来ました仁風閣は文化財修理工事のため長期休館中(令和11年度中に再開館予定)<仁風閣保存修理工事の現場見学会>■日時令和8年9月27日(日)9:30~17:00(休憩12:00~13:00)※雨天決行(受付開始9:00、最終受付16:30)※参加無料・予約不要・当日先着順■受付鳥取城跡・仁風閣展示館前「受付テ
栃木県宇都宮市を歩く13放浪日2024年10月13日近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトにも愛されていた“大谷石”を歩いて観ています雅趣に富む建材として現在でも採石からの販売もしている宇都宮市の貴重な産業材料となっていますそして、日本国も“大谷石”を文化遺産だと認め2018年・平成30年に“大谷石文化が息づくまち宇都宮”として日本遺産に認定されました認定理由は、大谷石と共に生き続ける独自の文化が全国的にも希少であること地域住民の暮らしやまちづくりに深く根付いていること
三朝温泉観光商工センター(三朝温泉ほっとプラ座)へ行ってきました温泉むすめグッズがいっぱい置いてありました時間があったなら、行きたかった投入堂(国宝)和紙灯りコンサートがあるそうです和紙灯りコンサートのご案内|三朝温泉ポータルサイト│宿泊施設&観光情報満載【三朝温泉公式サイト】misasaonsen.jp
シルバーウィーク後半のある日私の行きたいところに連れて行ってくれるというのでマンホールカードを求めて千曲市へ今や私の頭の中はマンホールでいっぱい笑次から次へと欲しかったマンホールカードを手際良く入手1時間も掛からず4枚ゲットしこれからどーする?と聞かれても予想外にタイパ良すぎでここまでしか考えておらず次の予定も思い浮かばずうろたえる、笑ここはどう?神の声、(・∀・)キター!着いたところは♪段々畑とぉ~サヨナラするのよぉ~が脳内ヘビロテ、笑
行きたい街の写真見せて!▼本日限定!ブログスタンプ岐阜県(地域)高山市飛騨匠の技・こころ―木とともに、今に引き継ぐ1300年―ツアーガイド高山市ゆるキャラサルボボたかちゃん【飛騨高山】日本遺産の旅!……のはずが、ガイド(さるぼぼ)の誘惑に勝てなかった件みなさん、こんにちは。くるくるです。今日は日本遺産の勉強のために、飛騨高山へやってきました。高山駅の改札を出ると、なにやら真っ赤で可愛らしい(そしてちょっと独特な存在感の)ガイドさんが手を振って待ってくれていました。
滋賀旅行2日目お天気は晴れ、嬉しいホテルの最寄りの駅島の関から京阪石山坂本線で石山寺駅へ駅から徒歩10分瀬田川に沿っての道で良い風と青空で気持ちが良い歩道の整備もされていて昨日の雨の中の石段と大違い東大門↑石山寺の正門で、瀬田川沿いに面する重要文化財鎌倉時代の建立とされているが、淀殿の寄進による伽藍再興の際に、大規模な修理が行われた東大門は迫力とバランスのとれた美しさ中の仁王像は運慶とその長男である湛慶が作成石山寺西国三十三所観音霊場の第十三番札所真言宗の大本山に
9月27日にBSフジで放送された番組、「日本遺産物語」。世界遺産に登録された「飛鳥・藤原の宮都」の貴重な史料を巡る「日本遺産物語」加藤雅也と訪ねる“日本がはじまった”地の跡世界遺産に登録された「飛鳥・藤原の宮都」の貴重な史料を巡る「日本遺産物語」加藤雅也と訪ねる“日本がはじまった”地の跡(WEBザテレビジョン)-Yahoo!ニュース日本の世界遺産を訪ね、余すところなくその魅力を伝えるBSフジの「日本遺産物語」シリーズ。BSフジ開局25周年記念番組として9月27日(日)昼1時から放送
こんにちは万葉館です先日、「万葉学習セミナー」第1回を開催しましたおかげさまで第1回は満席となり、たくさんの皆さまにご参加いただきました会場では、講師のお話に熱心に耳を傾けながら、資料を手に万葉集について学んでおられました。万葉集に詠まれた和歌だけでなく、その背景にある歴史や文化を知ることで、万葉の世界をより身近に感じていただけたのではないでしょうか皆さま、最後まで熱心に受講されていましたご参加いただいた皆さま、ありがとうございましたそして、第2回
先日のお祭りの後日お礼札とっても良いなぁーほっこり💓若い衆いっぱい
ようこそありがとうございます岡山県高梁市黒川音楽教室先日のシルバーウィークの1日近くにキャンプやサウナ美味しいランチを食べれる場所をマップで発見しました‼️今回はランチを食べながら自然を楽しみ心広々としゆったり出来ました♪そして映画八つ墓村の舞台になった広兼邸に行ったり日本遺産の吹屋ふるさと村を観光近くて遠い感じですが行ってみると再発見がありなかなか楽しめました♪ランチの後は高梁紅茶とブルーベリーのシフォンケーキグレープフルーツのケーキも美
日本遺産(地域)鳥取県三朝町ガイドツアー三朝町ゆるキャラ:ミササラドンミササラドン:「はじめまして〜!三朝町のミササラドンだよ〜!」くるくる🌀:「……。」ミササラドン:「あれ?どうしたの?」くるくる🌀:「いや……三朝町のゆるキャラって聞いてたから、もう少し、ほんわかキャラが出てくるのかと思ってたんだけど……どう見ても怪獣じゃん!」ミササラドン:「ガーーーン!」くるくる🌀:「名前も『ミササラドン』だし……ゴジラの親戚?」ミササラドン:「違うよ〜!ラドン温泉
JR安来駅構内にある安来市観光案内所で御周印(出雲国たたら風土記~鉄づくり千年が生んだ物語~)がもらえます駐車場は1時間無料です安来節どじょうすくいモニュメント◆安来市マンホールカード◆ポケモンマンホールはここに帆掛け船安来市観光案内所|しまね観光ナビ|島根県公式観光情報サイト<業務内容>観光案内www.kankou-shimane.com安来市観光ガイド島根県安来市の観光情報をご
昨年実施したエリ限「武家の名門・山名氏の残像」が8月7日からリバイバルスタートしています。すでに、昨年制覇できなかった方が続々と制覇を成し遂げています。ありがとうございます。スタート前の記事で紹介した通り、今回のリバイバルも「このへん共和国」で同期間に開催中のキャンペーン「日本遺産麒麟のまち周遊チャレンジ2026(以下、周遊チャレンジという)」と連動しています。具体的には、エリ限制覇のためのQRコード設置施設はすべて同キャンペーンのスポットにもなっており、両者のQRコードも共通
米子まちなか観光案内所にて御周印(地蔵信仰が育んだ日本最大の大山牛馬町)をもらってきました米子市の中心部、「加茂川沿い」では数々のお地蔵様と出会うことができます。毎年8月に行われる「加茂川まつり」では、「地蔵ウォーク」というお地蔵様を探しながら街を散策するイベントも開催され、毎回大好評!「出現地蔵」や「曲がり地蔵」「与太郎地蔵」など、道の途中で出会うお地蔵さまや、加茂川沿いの生活の様子や町名の由来など、地元の歴史に詳しい観光ガイドによる解説に耳を傾けながら街
鑓水・小泉家屋敷八王子は養蚕業や絹産業が盛んだったことから、蚕のえさとなる桑にちなんで「桑都(そうと)」と呼ばれていました。それを支えていたのが横浜までをつないだ浜街道で、幕末の横浜開港に合わせて生糸が八王子から横浜まで運ばれていたことから、通称「絹の道」と呼ばれています。そんな背景もあって、浜街道を通る鑓水集落では、多摩界隈でも屈指の生糸商人だった「鑓水商人」を輩出し、往時の名残を見せた旧家も存在しています。続きはこちら鑓水の町並み(八王子市)鑓水・小泉家屋敷八王子は養蚕