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6月半ばに高尾山に行きました。以下のブログで紹介しています。『【日本遺産】東京都内の日本遺産、高尾山で見つけた不思議な植物』乳がんのホルモン療法による、がん関連認知障害がしんどいのですが、主治医からは「歩け」といわれています。自分では1日3000歩ぐらいがやっとなので、熊野古道の…ameblo.jp7月に入るともっと花が咲くという話を耳にしたので、7月6日に再度挑戦しました。天気に恵まれたのですが、暑いのなんの。ただ、この先もっと暑くなるのでこれでも今のうちです。今日は花探し
令和5年5月4日参拝このへんハンパない八幡さまだらけなんです何社か通過してから1か所ぐらい行っとくか、となんとな〜く立ち寄った運命的な八幡さまです。車停めてまず最初に目に飛び込んだのがこれ。詳細は不明ながら、お地蔵さんや道祖神など地域で信仰されてきた石仏が持ち寄られたものと考えられます。数の多さに圧倒されます。「豊穣朝日郷」の石碑は、この辺り田んぼが広がる地域なんですけど、鎌倉時代は村上源氏久我家の分家にあたる中院家領荘園だったそうです。(˘ω˘)なるほど八幡さまが多いわけだ
アラフィフ世代に入るとアクティブに動ける健康寿命余生を念頭に置き「思い残すことのない人生を送ろう」と思うようになり、『毎年ひとつ新しいことに挑戦する!』という目標を掲げている。今年チャレンジする計画は・・・《ミニベロで行く》日本最古の”終活の旅”西国三十三霊場巡礼ブログタイトル《ミニベロで行く》と唄っているにも関わらず、諸事情により和歌山エリアに引き続き、《かもめカブで行く》で遂行しています。●前回ブログ●【2日目-⑤】#7壷阪寺『《ミニ
2026年4月26日猪苗代第二発電所猪苗代第二発電所は、福島県会津若松市河東町八田に位置する、東京電力リニューアブルパワー株式会社が管理する水力発電所です。明治末期、本格的な長距離高圧送電技術が確立されたことにより、大消費地から遠く離れた包蔵水力豊富な河川に注目が集まりました。その一つとして、猪苗代湖からの唯一の自然流出河川であり、急勾配な落差を持つ日橋川が首都圏向け電源の適地として脚光を浴びることとなります。日橋川における電源開発は、1911年(明治44年)の日本化学工業によ
8/16(日)は、第29回閑谷マルシェです。朝夕、少し涼しくなり始めたので「これなら、マルシェもしんどくないかも!」と喜んでいたのですが・・・どうやら、明日からまた暑さ再び!のようですね・・・「そうか・・・暑くなるのか・・・」7月のマルシェは暑すぎて地獄を見ましたからね・・・お盆過ぎたら少しは涼しくなるか?と期待していたのですが、どうやらまだまだ暑いそうです。なのでご来場の際は、暑さ対策をしてお出かけください!16日はお盆休
亀山八幡宮のすぐお向かい北九州のプロも通うという卸売市場です。唐戸市場山口県下関市唐戸町5-50駐車場は1時間無料でした。ぽよん始めての唐戸市場です。広〜い♪小売もされているので一般人も購入可能なんですが、みなさんのお目当ては、週末(金土日)と祝日に開催の『活きいき馬関街』というお寿司や海鮮の販売イベント。金曜日は10時からとのことでしたが、すでに人だかりができています。(9:30現在)と思ったら、一部のお店で開店前からの行列どうも外国人の団体のようです。大トロ200円
次に訪れたのは山形県西村山郡河北町にある河北町役場その敷地内にあるのが河北町児童動物園こちらの動物園なんと24時間営業なんですナニコレ珍百景にも登場しましたでもイベントが開催されていた様で直ぐに退散しましたよ次にやって来たのは寒河江市にある慈恩寺日本遺産「山寺と紅花」の構成文化財です昔はつづら折りの急坂だったようですが今は無機質なコンクリートで固められていますガイダンス施設の慈恩寺テラスから仁王坂を通って参拝するのが基本で
明星院本堂往訪日:2025年3月21日所在地:長崎県五島市吉田町1905開館:9時~17時(月曜・毎月1日28日閉館)料金:無料アクセス:福江港から車で10分駐車場:あり《この花鳥画に一見の価値あり》五島旅行の二日目。スコリア露頭などというマニア向けの観察におサルをつきあわせたので多少は観光らしく明星院に向かった。五島八十八箇所霊場の一番札所にあたる。「ならよい」五島藩主の祈願寺であり、島内最古の木造建築として日本遺産に認定された。護摩堂
2026年4月26日猪苗代第一発電所猪苗代第一発電所は、福島県会津若松市河東町八田に位置する、東京電力リニューアブルパワー株式会社が管理する水力発電所です。猪苗代湖周辺における電源開発の歴史は、明治中期に郡山絹糸紡績株式会社が自社工場の動力源確保を目的として建設した沼上発電所(1899年(明治32年)竣工)に始まります。安積疎水の落差を利用した同発電所は、郡山まで約22kmにわたる日本初の11kV高圧送電を実現しました。続いて1911年(明治44年)には、日本化学工業によって自家用