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しおのこばなし皆さんは”日本専売公社”知ってますか?そう…日本が国営で”タバコ”販売をしていました…実は…塩も売っていたのですねそれでは今日もstart1.日本専売公社とは?・大蔵省専売局(後に_日本専売公社)は、かつてたばこや塩などの専売事業を行っていた・日本の特殊法人(公共企業体)1949年に発足・国庫収入の確保を目的に事業・現在の日本たばこ産業株式会社(JT)2.なぜ”タバコ”と塩”
《サムタイム》は、昭和52年(1977年)6月1日に発売された〈ロングサイズ〉のメンソールたばこでした。(テストマーケット)の銘柄で、1年後の昭和53年(1978年)6月1日には廃止されます。〚札幌〛と〚岡山市〛で試験販売が実施されていて、5か月半後の昭和52年(1977年)11月15日には新たに〈キングサイズスリム〉が登場して2種類が並び、引き続き調査されます。当初は〈ロングサイズ〉の《サムタイム》についての試験販売でしたが、その後〈ロングサイズ〉と〈キングサイズスリム〉での実
完全に紫煙は苦手になりましたやめてよかったと思うことは?▼本日限定!ブログスタンプその昔、飛行機の機内でもタバコ吸えましたね現在では信じられない時代でしたたばこの「わかば」は今でも160円/箱かな?ところが現在500円/箱もするのですね
前回《マイルドセブン》をご紹介しましたが今回は〚マイルドセブン〛の輸出専用をご紹介します。〚日本専売公社〛の証票が新しいマークなので、1980年~1985年の間に輸出されています。国内の販売は〈ロングサイズ〉ですが、海外輸出用は〈キングサイズ〉ばかりのようです。デザインは変わりません。ご紹介するのは香港、グアムへの輸出用《マイルドセブン》です。輸出用の《マイルドセブン》には【5本入り見本たばこ】の形態も見られます。文字が全て英語なので輸出用と分かります。たばこの説明から〚日本専売公社
《マイルドセブン》は、当時大人気だった《セブンスター》をよりマイルドに仕上げた製品として、昭和52年(1977年)6月1日に新発売された〈ロングサイズ〉の銘柄でした。当時の喫煙者は、より軽い、よりマイルドな喫味を好む時代になっていました。ニコチン、タール量を削減した製品が次々と発売されています。その中では《マイルドセブン》が最も好まれました。当時のたばこ界を席巻して、一躍トップシェアに躍り出ます。喫煙者に多く見られた傾向は、それまでの《セブンスター》愛好者が軽い喫味の《マイルドセブン
探索日2018/10/07鹿児島本線鳥栖駅を所管駅としていた専用線工場は、日本たばこ産業に移管以降の1986年3月閉鎖専用線廃止はそのときか?スイッチバック折り返し地点レールの詰まれているとこに専売公社線があった鹿児島本線を885系電車特急かもめが通過奥へ続く道路が廃線跡手前には踏切があった右車線の位置に専売公社線があったカーブは鉄道時代のまま鳥栖駅方面を見る左車線が廃線跡、手前には踏切があった写真左下の縁石に注目していただきたい
〚日本専売公社〛では公社のPRと販売促進を併せてさまざまな冊子が無料で用意されていました。今回は【たばこの窓】と言う冊子をご紹介します。中綴じでページ数12ページほどの冊子です。内容は公社の案内や、製造工場の他たばこ農家についてなどの記事が多いようです。販売中の銘柄の写真と定価などもカラーで掲載されていて、〚日本専売公社〛の【PR冊子】のような感じです。〚日本専売公社〛について常に最新の情報を届けるための冊子と言えそうです。長方形の形態が続いていたようです。〚日本たばこ産業株式会社
高校3年から〚日本専売公社〛が販売中の製品を購入してパッケージを集め始めています。学生時代には日本橋高島屋の〚日本橋たばこサービスセンター〛へ足繁く通って情報を集めていました。そこにはさまざまな資料(印刷物)が用意されていて、出掛けると一通り貰っていました。今回は、その中から〈たばこ〉に関する小冊子をご紹介します。1976年から貰っていた冊子の一部です。とは言え、〚たばこサービスセンター〛へ出向いた時に偶然用意されていた冊子だけなので、手元に残しているのは当時発行されていた冊子の
高校3年から〚日本専売公社〛が販売中の製品を購入してパッケージを集め始めています。学生時代には日本橋高島屋の〚日本橋たばこサービスセンター〛へ足繁く通って情報を集めていました。そこにはさまざまな資料(印刷物)が用意されていて、出掛けると一通り貰っていました。今回は、その中から【たばこたちばなし】と書かれた小冊子をご紹介します。1976年9月以降の冊子です。(第4号)から(第6号)までの3冊を残しています。どうも、(第4号)が配布されていた場所は〚日本専売公社関東支社〛管内で、
《トーク》は、昭和52年(1977年)3月1日に新発売された100ミリのスーパーキングサイズで、軽い喫味の銘柄でした。【コルゲーティッドフィルター】と言われる新しい製法のフィルターです。これは世界初のフィルターで、フィルターの素材でもあるアセテートを波上に伸ばして巻き上げています。《トーク》は1993年に製造中止になっていますので、およそ16年間販売が続きました。〈フィルターたばこ〉は、昭和32年7月登場の《ショートホープ》誕生から《トーク》の発売されたこの年で20年を迎えま
《ランバージャック》は、昭和52年(1977年)2月15日に新発売された初めての〈リトルシガー〉です。葉タバコを紙状に形成して巻き上げられていて、フィルターが装填されていていました。〈葉巻〉のように葉タバコをそのまま巻き上げたのではなく、葉タバコを加工して形成されています。安価で〈葉巻〉のような風味とイメージが味わえるタイプと言えるでしょうか。形状は〈フィルターたばこ〉のようです。それまではプラスチックの吸い口が付いた〈シガリロ〉しかありません。20本入と10本入が用意され、20本入
《ジャスト》は昭和51年(1976年)11月16日に発売された〈キングサイズ〉で軽い喫味の銘柄でした。2002年6月に製造中止になりますので、およそ26年間販売が続きました。この頃にはどうも喫煙者の嗜好が変化したようで、軽い喫味が好まれるようになりました。新発売の銘柄は《ジャスト》以降、喫味が極端に軽いたばこが続きます。時代の変化を感じたものです。新製品のサイズ構成も変化しました。これまでは〈ロングサイズ〉が主流で〈キングサイズ〉が僅かに存在していましたが、〈キングサイズ〉が増え
《エプソン》は昭和51年(1976年)3月10日に新発売されました。〈キングサイズ〉の銘柄です。〚横浜〛〚神戸〛の2ヶ所による、販売地域限定の(テストマーケット)から始まっています。(テストマーケット)がどれくらいの期間だったのかははっきり分かりません。〚日本専売公社〛では半年程度で全国に拡大するか、1年間続いて製造中止になる事が当時は多かったように思います。〚日本橋たばこサービスセンター〛へ初めて出掛けたのは確か…昭和51年(1976年)4月頃だったと記憶していますが、
本日分の記事はワケあって小ネタになります。千葉県鴨川市内で見かけた光景になる。この木造の建物、元商店っぽいなと思いよく見てみたら・・・このホーロー看板があった。「売」の字が旧字なので相当前のものなのだろう。日本専売公社(現・JTの前身)が出来た昭和24年以前のものだろうか?ウェブ上で見た限り見つからなかったが「塩」も旧字のタイプも存在するのだろうか?(完)
プラスチックの宣伝パネル《キャビン85》《マイルドセブン》たばこの自動販売機には、1980年頃には既にプラスチック製でパネル形式の広告が貼られていました。20代の中頃にその宣伝パネルを何枚か貰っていますのでご紹介しています。額縁と、宣伝パネルは8枚ほど貰っていました。前回プラスチック製の額縁とパネルを2枚ご紹介しました。今回は2回目です。残りの宣伝パネルを6種類まとめてご紹介します。自動販売機の宣伝パネルはプラスチックの額縁に、プラスチック製の宣伝ボードを差し込む形式です。
自動販売機用プラスチックの宣伝パネル《ジョイ》《パートナー》たばこの自動販売機には、1980年頃には既にプラスチック製でパネル形式の広告が貼られていました。20代の中頃にたばこ店からその宣伝パネルを何枚か貰っていますのでご紹介します。プラスチックの額縁に、同じくプラスチック製の宣伝パネルを差し込む形式です。額縁には裏面四方に両面テープが貼付されていて自動販売機に接着します。宣伝パネルには両サイドに4ヶ所の鉤爪があり、額縁に差し込む形式です。額縁にカバーなどはありませんが、表面から
今回は〚日本専売公社〛の時代、昭和50年(1975年)12月18日に実施された〈定価改訂〉で用意されていたB4判の定価表と(お知らせ)のポスターをご紹介します。本来は昭和50年(1975年)5月1日に予定されていた〈定価改定〉ですが、国会を通過しなかったために見送られました。結局12月18日に決定しました。この国会で揉めた事が知られています。ポスターは、B4判と大きいのでスキャナーに収まりません。そこで私は写真撮影をしていました。ところが…、写真が下手な私の撮影だったので画像がかな
昭和50年(1975年)9月1日に、新銘柄《アスター》が〚日本専売公社〛によって新発売されました。ドイツの煙草会社の製品で〚日本専売公社〛のオリジナル製品ではありません。当時4銘柄が揃っていた【クロスライセンス】製品です。昭和56年(1981年)8月には製造中止となっています。販売期間は6年ほどでした。4銘柄の中では、最も短期間で製造中止となりました。こちらの《アスター》までが、私がパッケージを集め始める前に販売されていた銘柄です。この次に新発売される銘柄は1976年の《エプソン》
金曜日は帝国ホテルで昔の会社のOB会。帝国ホテルは何年ぶりでしょうか。それよりも、懐かしい同期や先輩に会えて楽しい一時でした。終わったあとは、おじさん二人で銀座のバーへ。宮城峡のバラエティをロックで3杯いただきました。9月の3連休の初日は栃木の介護宅へ。やはり東北道は混んでいて、1時間半で着くところ、3時間かかりました。さて、本日のテーマは、塩の東京専売支局差し出しの葉書です。いずみ切手研究会切手展で会員の出品物の中から見つけ出しました。葉書の内容は、
昭和49年(1974年)6月1日、《ベンソン&ヘッジス》が〚日本専売公社〛によって発売されました。〚日本専売公社〛のオリジナル製品ではありません。昭和57年(1982年)3月に製造中止となりました。販売期間は7年9ヶ月です。この銘柄は海外銘柄で【クロスライセンス】製品としての販売でした。【クロスライセンス】とは、両者で【相手国の銘柄をお互いに製造、販売する】契約の事です。〚日本専売公社〛では、この時期に4種類の海外銘柄を製造しています。《ベンソン&ヘッジス》はイギリス、ロンドンのベン
昭和48年(1973年)9月15日、《マールボロ》と《オールドスプレンダー》が〚日本専売公社〛によって同日発売されました。〚日本専売公社〛のオリジナル製品ではありません。《マールボロ》はアメリカ〈フィリップモリス〉社の銘柄です。どちらも海外銘柄で【クロスライセンス】製品としての販売でした。【クロスライセンス】とは両者で【相手国の銘柄をお互いに製造、販売する】契約の事です。〚日本専売公社〛はこの時期の2年間で4種類の海外銘柄を製造しています。〚日本専売公社〛では、丁度この頃に漢
昭和48年(1973年)9月15日、《オールドスプレンダー》と《マールボロ》が同時に発売されました。どちらも【ヒンジリット型】と呼ばれるハードボックスの20本入です。《オールドスプレンダー》は薄手で面積の広い平箱となっています。これはスーツのポケットに入れてもポケットが膨らまないための配慮から、と言う事です。昭和53年(1978年)3月には《オールドスプレンダー》のデザインが変更されています。その後、昭和58年(1983年)5月に製造中止となりました。発売からおよそ10年の販売期間
が、NTTに。そーいえばあの権利ってどうなった?加入権wどんどん日本語の会社が英語やイニシャル化してるよねー。JTが日本専売公社だった。。。とか、JRが日本国有鉄道だった。。。とか、もう若者達には全く伝わらないよね。ただ、JPだけは何故だか馴染まない。日本郵政株式会社。。。郵貯とか郵便って。。。JPって訳さないもんなぁ。さてはて、問題はNTTはどういう形の企業体になっていくのか?だなぁ。どこまで大きくなっていくのか。東日本、西日本が光とかも含めてどこまで義務をし続け
探索日2018/08/11山田線上盛岡駅を所管駅としていた専用線同工場は1972年、盛岡市みたけに移転したとのこと専用線廃止はそのタイミングかただし、線路は1982年頃まで残っていたらしい移転後も専用線を擁していた『日本専売公社盛岡工場専用線』探索日2017/08/11東北本線(現IGRいわて銀河鉄道)厨川駅を所管駅としていた専用線廃止は1984年2月1日らしいこの盛岡工場は二代目で、初代工場は…ameblo.jp上盛岡駅マンションの位置に貨物側線が
6月8日日曜日〜その1(写真)日本万国博覧会記念日本専売公社のLuna・hope・SevenStars。
6月7日土曜日〜その1(写真)日本万国博覧会記念日本専売公社のhope・SevenStars・Luna。
今回は〈沖縄県〉で用意されていた〚日本専売公社沖縄事業局〛のたばこに関する印刷物をご紹介します。ポスターやチラシ、新聞の折り込み広告などを僅かに手元に置いています。明治37年(1904年)たばこの製造販売は政府の管轄になり〚煙草専賣局〛が発足します。戦後には〚日本専売公社〛と名前を変えていますが一貫して政府の専売でした。その体制は連綿と続き、1985年に〚日本たばこ産業株式会社〛と社名が変わっても専売体制は変わりません。しかし、沖縄では事情が少し異なります。戦前は〚煙
今回は、沖縄県で販売された【観光たばこ】を5種類ご紹介します。全国各地で限定販売された特別デザインのたばこです。地域限定ですが〚たばこサービスセンター〛では買う事ができました。沖縄県の【観光たばこ】では、販売総数が50万個~60万個の時代には〚たばこサービスセンター〛に割り当てられてた販売数量は全国で(18,500個)程度だったようです。〚日本専売公社〛では昭和42年(1967年)より、全国各地の景勝地などがデザインされたたばこを地域限定で発売していました。【観光たばこ】と呼
本日5月15日はアメリカの統治下にあった琉球が、本土に復帰した記念日です。1972年5月15日に復帰して沖縄県が誕生しました。毎年イベントが開催されているようです。〖琉球民営煙草会社〗は3社がありました。復帰と共に〚日本専売公社〛に吸収されます。新たに〚日本専売公社沖縄事業局〛が発足しました。本土とは少し離れた立ち位置だったようです。今回は、沖縄県で販売された【記念たばこ】の中から〚日本専売公社那覇工場〛の見学記念たばこを紹介します。工場見学の折りに、現地で入手出来たパッケージ
1972年5月15日の本土復帰後に、沖縄県に関する〚日本専売公社〛の(記念たばこ)は3種類だけ残しています。〈沖縄復帰〉〈沖縄国際海洋博覧会〉〈復帰10周年〉の特別デザインたばこです。今回はその辺りをご紹介します。復帰前〖琉球民営煙草会社〗は3社ありました。復帰と共に〚日本専売公社〛に吸収されます。新たに〚日本専売公社沖縄事業局〛が発足しました。本土とは少し離れた立ち位置だったようです。1973年には《ハイライト》が沖縄仕様のデザインに変更されて、沖縄だけで発売されました。暫く販売