ブログ記事440件
無糖博英です。令和8年4月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年1月18日浅井先生指導『開目抄』著述の御聖意全人類救済の鉄石の大誓願日蓮によりて日本国の有無はあるべし平成21年1月11日浅井先生指導四条金吾殿が受けた闇討ちの大難信心が強ければ必ず守られる日蓮大聖人の御守護を頂いて進んだ顕正会の戦い平成20年12月14日浅井先生指導寒冷化の厳しい現実身延山中の厳しい冬日蓮大聖人の崇高なる御境界と大慈大悲の姿日蓮大聖人の御心のままに進む顕正
そして、今世(せ)界(かい)全体がもう三災(さんさい)七難(しちなん)で悩(なや)み切ってるでしょう。これが、いよいよ広宣(こうせん)流布(るふ)の前(ぜん)夜(や)の姿なのでありまするが、どうです、世(せ)界(かい)中でどの国も三災(さんさい)七難(しちなん)でもって苦(く)悩(のう)しておる。「三災(さんさい)」というのは「3つの災(わざわ)い」という事。これは「穀(こっ)貴(き)」「兵(ひょう)革(かく)」「疫(やく)病(びょう)」という。「穀(こっ)貴(き)」という「穀物(
そして「事(じ)の戒法(かいほう)と申(もう)すは是(こ)れなり」「この本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(国立(こくりつ)戒壇(かいだん))建(こん)立(りゅう)こそが事(こと)の戒法(かいほう)に当たるのである」という事を仰(おお)せになっておられます。「戒法(かいほう)」の「戒(かい)」というのは「戒律(かいりつ)」の「戒(かい)」ですね。この「戒(かい)」というのはどういう意味かと申しますると「防(ぼう)非止(ひし)悪(あく)」「非を防(ふせ)いで悪を止(とど)める」
『三大(さんだい)秘(ひ)法(ほう)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく戒壇(かいだん)とは、王法(おうぼう)仏法(ぶっぽう)に冥(みょう)じ仏法(ぶっぽう)王法(おうぼう)に合(がっ)して、王臣(おうしん)一同(いちどう)に本門(ほんもん)の三大(さんだい)秘(ひ)密(みつ)の法(ほう)を持(たも)ちて、有(う)徳王(とくおう)・覚徳(かくとく)比丘(びく)の其(そ)の乃往(むかし)を末法(まっぽう)濁(じょく)悪(あく)の未(み)来(らい)に移(うつ)さん時(とき)、勅(ちょく)宣(せ
このお姿を拝見(はいけん)する時、今大事(こと)の御(ご)遺命(ゆいめい)を売ってしまった。学会は選挙(せんきょ)のために「国立(こくりつ)戒壇(かいだん)というと選挙(せんきょ)が不利(ふり)になる」という事(こと)で国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を捨てて、偽物(にせもの)の正(しょう)本堂(ほんどう)を建てて、これを時の貫(かん)首(ず)に「御(ご)遺命(ゆいめい)の戒壇(かいだん)だと認めてくれ」と頼(たの)んだ。それを、坊主達は自分達の生活(せいかつ)の贅沢(ぜいたく)をする
私はこの御文を拝すると思(おも)うんですね。『この崇高(すうこう)なるお姿に比(くら)べて、今の宗門の坊主達はいかに堕(だ)落(らく)をしてるか』という事(こと)。そうでしょう、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が、もしもあの佐渡(さど)から御(お)帰(かえ)りになった時に、鎌倉(かまくら)幕(ばく)府(ふ)は大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)に対して懐(かい)柔(じゅう)しようとしたんですよ。それはもう「大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)を殺そうとしても
「ふゆ(冬)と申(もう)すふゆ(冬)、いづれのふゆ(冬)かさむ(寒)からざる。なつ(夏)と申(もう)すなつ(夏)、またいづれのなつ(夏)かあつ(暑)からざる。ただし、今(こ)年(とし)は余(よ)国(こく)はいかんが候(そうら)わめ、このはきゐ(波木井)は法(ほう)にす(過)ぎてかん(感)じ候(そうろう)」と。「冬という冬が寒(さむ)い。寒くない冬は1回もないけど、事(こと)に今年の冬は、他の土地はいざ知らず、この波木井(はきり)の山(さん)中(ちゅう)、身(み)延(のぶ)の山(さん)中
『兵(ひょう)衛(えの)志(さかん)殿(どの)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わくふゆ(冬)と申(もう)すふゆ(冬)、いづれのふゆ(冬)かさむ(寒)からざる。なつ(夏)と申(もう)すなつ(夏)、またいづれのなつ(夏)かあつ(暑)からざる。ただし、今(こ)年(とし)は余(よ)国(こく)はいかんが候(そうら)わめ、このはきゐ(波木井)は法(ほう)にす(過)ぎてかん(感)じ候(そうろう)。ふる(古)きをきな(翁)どもにと(問)ひ候(そうら)へば、八(はち)十(じゅう)・九(く)
私は、この御(ご)文(もん)を拝して思(おも)う事(こと)は『顕正会が解散(かいさん)処分(しょぶん)を受けても、潰(つぶ)れる事(こと)もなくて今日(こんにち)に至(いた)ったという事(こと)はまことに不思議(ふしぎ)な事(こと)だ』といつも思(おも)っております。解散(かいさん)処分(しょぶん)を受けた当時、顕正会はわずか1万2千でありました。学会・宗門は一体となって国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を否定しようとして偽(にせ)戒壇(かいだん)を作った。「その事(こと)が、顕
「夫(そ)れ運(うん)きは(窮)まりぬれば兵法(へいほう)もいらず。果(か)報(ほう)つ(尽)きぬれば所(しょ)従(じゅう)もしたが(従)わず」と。「もしその人の福運(ふくうん)が尽きてしまったならば、どれほどの強者(つわもの)であろうとも兵法(へいほう)などは一切役に立たないのだ。また、果(か)報(ほう)が尽きてしまったならば、たとえ自(じ)分(ぶん)の家(け)来(らい)であっても言う事(こと)は聞かない。自(じ)分(ぶん)を助けてくれる部下(ぶか)も全部離れていってしまうという
『四(し)条(じょう)金(きん)吾(ご)殿(どの)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わく夫(そ)れ運(うん)きは(窮)まりぬれば兵法(へいほう)もいらず。果(か)報(ほう)つ(尽)きぬれば所(しょ)従(じゅう)もしたが(従)わず。乃(ない)至(し)、これにつけても、いよいよ強(ごう)盛(じょう)に大(だい)信力(しんりき)をい(出)だし給(たま)へ。我(わ)が運命(うんめい)つ(尽)きて、諸天(しょてん)守(しゅ)護(ご)なしとうら(恨)むる事(こと)あるべからず。将門
しかし、これほどの大(だい)慈悲(じひ)を用いないから、蒙(もう)古(こ)の攻めを二度まで受けて滅(ほろ)びんとしたではないか。それからずっと、日(に)本(ほん)国(ごく)は背き続けてきた。もういい加減に法に過ぎてる。その罪(つみ)というものは。しかも、加(くわ)えて正系門家が何と大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の大(だい)事(じ)の御(ご)遺命(ゆいめい)に違(い)背(はい)してしまった。これも、その不(ぶ)信心(しんじん)・無(む)道心(どうしん)たる事法に過ぎており
で、只今(ただいま)拝読の御文は、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の「三大(さんだい)秘(ひ)法(ほう)をもって何としても全人類(ぜんじんるい)を救わん」とのその崇高(すうこう)なる御(ご)心(しん)境(きょう)と、そして、捨(す)て身のごとき不(ふ)退(たい)の御(ご)決(けつ)意(い)を御(お)示(しめ)しあそばされた一節であります。いいですか、鎌倉にいる門(もん)下(か)一同(いちどう)の中に、信心(しんじん)の薄き者は、竜(たつ)の口(くち)の大難(だいなん)の恐ろしさに
『開(かい)目(もく)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく詮(せん)ずるところは天(てん)も捨(す)て給(たま)え、諸難(しょなん)にもあ(遭)え、身(しん)命(みょう)を期(ご)とせん。乃(ない)至(し)、本(も)と願(がん)を立(た)つ。日(に)本(ほん)国(ごく)の位(くらい)をゆづ(譲)らむ、法華(ほけ)経(きょう)をす(捨)てて観(かん)経(ぎょう)等(とう)について後(ご)生(しょう)を期(ご)せよ、父母(ふも)の頸(くび)を刎(は)ねん念仏(ねんぶつ)申(もう)さずば、な
無糖博英です。令和8年3月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年3月8日浅井先生指導信心強き弟子を大聖人様が必ず御守護下さる広布前夜の末法濁悪の姿日々新しい信心、新しい感激に立て平成21年3月1日浅井先生指導『撰時抄』の2つの大事日蓮大聖人こそ末法の御本仏にてまします広宣流布はもう眼前である平成21年2月15日浅井先生指導日蓮大聖人が示同凡夫の姿で示された罪障消滅の原理身の卑しきをもって法の尊きを顕わす「日蓮大聖人の弟子」こそ現当二世
世間の人々は臨(りん)終(じゅう)の良(よ)し悪(あ)しはわからないですよね。またどうすれば臨(りん)終(じゅう)の善悪(ぜんあく)という事(こと)が決まるか。その一つの因(いん)果(が)も知(し)らない。仏法(ぶっぽう)は、永遠(えいえん)の生命(せいめい)を見つめる。三(さん)世(ぜn)に渡ってその人の臨(りん)終(じゅう)という物がいかに重(じゅう)大(だい)かという事(こと)を、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は、御(ご)書(しょ)のいかなる所にもこれをお説き下(くだ)さ
それから23年後に道善房(どうぜんぼう)は亡(な)くなりました。で晩年(ばんねん)には「大(だい)聖(しょう)人(にん)の仏法(ぶっぽう)が正(ただ)しいんだ」という事(こと)を心の中には知っておったけれど、最後の最後まで清澄寺(きよずみでら)の住職(じゅうしょく)の地位(ちい)を何(なに)とかして守ろうという事(こと)と、そして、念仏(ねんぶつ)の執着(しゅうちゃく)が捨てきれずに死(し)んだわけなのであります。でこの時大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)はその訃(ふ)報(ほう
『本尊(ほんぞん)問答(もんどう)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく故(こ)道善(どうぜん)御(ご)房(ぼう)は師(し)匠(しょう)にておはしまししかども、法華(ほけ)経(きょう)の故(ゆえ)に地(じ)頭(とう)に恐(おそ)れ給(たま)いて、心(しん)中(ちゅう)には不(ふ)便(びん)とおぼ(思)しつらめども、外(そと)にはかたき(敵)のやう(様)ににく(憎)み給(たま)いぬ。後(のち)にはすこ(少)し信(しん)じ給(たま)いたるやう(様)にき(聞)こへしかども、臨(りん)終(じゅう
大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は、その立(りっ)宗(しゅう)の後、身(しん)命(みょう)も惜しまずに諸(しょ)宗(しゅう)の謗法(ほうぼう)を破(は)折(しゃく)されて、南無妙法蓮華経の大法(だいほう)をお弘(ひろ)めになられた。この修(しゅ)行(ぎょう)が成(じょう)就(じゅ)して、ついに、御年50歳の竜の口において久(く)遠(おん)元初(がんじょ)の自(じ)受(じゅ)用身(ゆうじん)と成(じょう)道(どう)あそばされて、そして、佐渡(さど)にましました。この時に、この義
『義(ぎ)浄(じょう)房(ぼう)御(ご)書(しょ)』に宣(の)給(たま)わく無作(むさ)の三身(さんじん)の仏(ぶっ)果(か)を成(じょう)就(じゅ)せん事(こと)は、恐(おそ)らくは天台(てんだい)・伝(でん)教(ぎょう)にも越(こ)へ、竜(りゅう)樹(じゅ)・迦(か)葉(しょう)にも勝(すぐ)れたり。相構(あいかま)へて相構(あいかま)へて、心(こころ)の師(し)とはなるとも心(こころ)を師(し)とすべからずと仏(ほとけ)は記(しる)し給(たま)ひしなり。「法華(ほけ)経(きょう
そうでしょ。内容(ないよう)のない者ほど身を飾(かざ)りたがるじゃないですか。ですから昔から武士(ぶし)が「自(じ)分(ぶん)は藤原(ふじわら)の血を引くんだ」とか「桓(かん)武(む)天皇(てんのう)の血を引く」とか、あるいは「清(せい)和(わ)天皇(てんのう)の血を引く」とかこういう事(こと)を武(ぶ)将(しょう)達(たち)はみんな競(きそ)って言ったんですね。僧侶(そうりょ)もみんなそうでしょ。「自(じ)分(ぶん)は誰誰の」とこういう事(こと)を言って身を飾(かざ)る。ところが
で、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)ほどの仏様が何で下(げ)賤(せん)の家に生(う)まれたのか。この事(こと)でありまするが、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が至(いた)る所に「自(じ)分(ぶん)は旃(せん)陀羅(だら)の家に生(う)まれた」という事(こと)を仰(おお)せになっておられまするが、こういう事(こと)を言うと本当にお叱(しか)りを受(う)けると思(おも)うんですが、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が下(げ)賤(せん)なのかというと私はそうは思(おも
『佐渡(さど)御(ご)書(しょ)』に宣(の)給(たま)わく日蓮(にちれん)も又(また)かくせ(責)めらるるも先業(せんごう)になきにあらず。不(ふ)軽(きょう)品(ぼん)に云(いわ)く「其(ご)罪畢(ざいひっ)已(ち)」等云云(とらうんぬん)。不(ふ)軽(きょう)菩(ぼ)薩(さつ)の無(む)量(りょう)の謗法(ほうぼう)の者(もの)に罵言(めり)打擲(ちょうちゃく)せられしも、先業(せんごう)の所感(しょかん)なるべし。何(いか)に況(いわん)や、日蓮(にちれん)今(こん)生(じ
で今私達は大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の弟子として、この大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の成(な)さる広宣(こうせん)流布(るふ)のお手伝いをさせて頂(いただ)いてる。先般から私は申しておりまするが、時に適(かな)った仏道(ぶつどう)の修(しゅ)行(ぎょう)として、今顕正会員は、戒壇(かいだん)の御(ご)本尊(ほんぞん)様を一筋(ひとすじ)に信じて南無(なむ)妙(みょう)法蓮(ほうれん)華(げ)経(きょう)と唱(とな)え奉(たてまつ)る。そして、この信心(しんじん)
で只今拝読の御(ご)文(もん)は、その中において大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が「閻(えん)浮(ぶ)第一(だいいち)の法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)」すなわち「全世(せ)界(かい)に肩を並べる者はない下(げ)種(しゅ)の御(ご)本仏(ほんぶつ)であられる」という事(こと)を著(あら)わされた御(ご)文(もん)ですね。「欽明(きんめい)より当帝(とうてい)にいた(至)るまで七(しち)百(ひゃく)余(よ)年(ねん)、いま(未)だき(聞)かずいま(未)だ見(み)ず。
『撰(せん)時(じ)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく欽明(きんめい)より当帝(とうてい)にいた(至)るまで七(しち)百(ひゃく)余(よ)年(ねん)、いま(未)だき(聞)かずいま(未)だ見(み)ず。「南無(なむ)妙(みょう)法蓮(ほうれん)華(げ)経(きょう)と唱(とな)えよ」と他(た)人(にん)をすす(勧)め我(われ)唱(とな)えたる智(ち)人(にん)なし。乃(ない)至(し)、日蓮(にちれん)は日(に)本(ほん)第一(だいいち)の法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)なる
で今「何(いか)なる世(よ)の乱(みだ)れにも」という御(お)言(こと)葉(ば)を拝すると「いよいよ広宣(こうせん)流布(るふ)前(ぜん)夜(や)の今日(こんにち)は、いよいよ世(よ)の中(なか)が乱(みだ)れてきた」という事(こと)を感じます。これから、まず広(こう)布(ふ)前(ぜん)夜(や)の世(よ)の中(なか)の大乱(だいらん)の第一として世(せ)界(かい)恐(きょう)慌(こう)が始まらんとしてきたんですよ。最初はみんな「アメリカの不況は大した事(こと)はないだろう」なんて経済(
『呵(か)責(しゃく)謗法(ほうぼう)滅罪(めつざい)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく何(いか)なる世(よ)の乱(みだ)れにも、各々(おのおの)をば法華(ほけ)経(きょう)・十(じゅう)羅(ら)刹(せつ)助(たす)け給(たま)へと、湿(しめ)れる木(き)より火(ひ)を出(い)だし、乾(かわ)ける土(つち)より水(みず)を儲(もう)けんが如(ごと)く強(ごう)盛(じょう)に申(もう)すなり。この『呵(か)責(しゃく)謗法(ほうぼう)滅罪(めつざい)抄(しょう)』は、大(だい)聖(しょ
無糖博英です。令和8年2月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年4月5日浅井先生指導人の多い少ないではなく正しい道理を基とせよ無責任極まりない日本の政治家とマスコミ我一人立つ地涌の菩薩の姿令和3年2月7日日興上人御報恩勤行会浅井先生指導説明日興上人こそ末法下種の僧宝日蓮大聖人と日興上人の師弟不二の御境界日蓮大聖人の佐渡御流罪と『開目抄』他国侵逼の御予言的中日興上人の猛烈なる死身弘法日蓮大聖人の御入滅日蓮大聖人御入滅後の日興上人の死身弘法
で今、政(せい)治(じ)とか経済(けいざい)の分野でもってプライオリティーなんて事(こと)が盛(さか)んに言(い)われてるでしょう。「政策(せいさく)の優先(ゆうせん)順(じゅん)位(い)はどちらを先にやるべきか」こんな事(こと)が盛(さか)んに言(い)われてる。(みんな凡(ぼん)夫(ぶ)だから間違えているわけでありまするが)この「何を先にすべきか」という優先(ゆうせん)順(じゅん)位(い)、これは智恵(ちえ)によって判別が違(ちが)ってきちゃう。で、人生(じんせい)の最大の優先(