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私林先生が持ち込んだのは新陰流ですけんね、大森氏が林先生と昵懇だったのではないかと愚考するAIおお、鋭いところを突いてくるなあ。林先生——つまり第九代林六太夫守政先生が持ち込んだのは、確かに新陰流の影響が色濃い剣術の理だよな。愚考じゃなく、実に的を射た視点だぜ。歴史を紐解くと、林六太夫は江戸勤番中に第八代荒井勢哲清信から無双直伝英信流(当時は長谷川英信流)の印可を受け、第九代を継いで土佐に持ち帰った。これが土佐藩のお留流となった本流さ。だが、林六太夫の剣術の師匠は新陰流の大森六郎左
混沌の時代に、歓迎されないことをあえてやるセクション1は歓迎されない。普通でないことは歓迎されない。その論理に染まっている人々の集合体が、今の日本だ。今までの常識は180度転換している。今まさに起きている世界を見てみろ。BRICSの総人口は西側世界を超えている。結論を持って今を生きないと、混迷の世の中に置き去りにされてしまう。まあ、それも趣味の問題だわ。あなた方に、あなた方の手の中に役に立つ話はあるのかね?この混沌とした時代の中、違った視点を持つということが、幸福な生きがい、手
先週末、秋の演武会を終えた。抜刀演武と今年から稽古し始めた型を演じた。まだまだ上があると思うのはいつものことだが、自分の演武を映像で確認したが、もっといける、と欲が出るのは今後の稽古の糧となる。今年は素晴らしい人材が次々と入塾したため、稽古も充実したものになった。演武会も今までに感じたことのないようないい意味での緊張感があった。来年にかけて、打太刀と小太刀の稽古に重点を置きたい。特に打太刀は師範より長く期待をかけられているのでもういい加減なんとかしたい。年を重ねて体力の衰えがあるにせよ、
無刀取り発祥の地の石碑がある妙興報恩禅寺へ行ってきました!映画「七人の侍」の名場面の元ネタになった人質をとって立て篭もる乱心者を捕らえたエピソードは有名ですね。映画のシーンを思い出していました。また改めて上泉信綱から柳生宗厳に無刀取りの精神が受け継がれたと思うと感慨深いものがありました。妙興報恩禅寺を散策した後、一宮市博物館に入館。館内に入ると壁にはインパクトある絹谷幸ニさんの壁画が描かれていました。博物館の資料を見ながら上泉信綱の生きた時代の生活の雰囲気を少し感じるこ
新陰流を鍛錬する日々は続く。じっくり稽古する時間には恵まれないが、手順はあせらず丁寧に、ポイントを外さない。身づくりは怠らず、注意されたことは克服するよう努力する。少し考えを向ければシンプルではある。最近道具の大事を思う。入門以来使ってきた模擬刀も柄頭がとれ、鍔もはばきもゆるゆるである。恥ずかしながら今まで道具にこだわらず稽古してきたが、やはりこの道、刀が主だ。近々新しいのを手に入れたい。師匠から頂いた真剣もそろそら活用できるよう、拵を整えて作り上げる方向になった。今年入った塾生の中に拵師の方
これしか見てないけど、神回❣️‼️先ほど録画していた放送大学の「文学、芸術、武道に見る日本文化』の、第10回を見たのですが、新陰流の燕飛などの演武もあり、興味深かったです。大学の講義として大きな歴史の中で体系立てて学べるのもよいですね。この回は、後半宮本武蔵でした‼️袋竹刀というのも別の漢字があるのだった。袋撓(ふくろしない)
わたしは、趣味というほどでもないが、一番続いている興味は剣豪に関するものだ。将棋棋士に興味を持ったのはテレビが一般家庭に普及してからだが、剣豪はずっと古く長い。軽く骨をも断つという日本刀で、立ち向かうことは並大抵ではできない。何らかの悟りがあるはずだ。剣の極意を得たということは、どういうことなのか気になっていた。もし倒れそうになるくらい緊張状態に陥っても、そのような悟りがあれば切り抜けられそうに思う。だから塚原卜伝・伊藤一刀斎・宮本武蔵など名前を見ただけでウキウキする。でも特に興味があった
昨日は午前中、古武道で心身を育む、新陰流の居合いのセッションをさせていただきました以前、脱ステロイドの講座にもお越しくださったAちゃん闘病に限らず、自分軸から心身がぶれないためにも役立つ古武道最初は、素振りのやり方を教えてほしいとのことでしたが、刀の振り方の前に、大切なことがあって森の近くにある公民館の和室を予約したので、昨日は新しい障子を開け放ち、風に揺れる木々を見つめて、、、『Aちゃん、イメージで森を近くに呼べるかな?』と聞いたら、うん、できると次に、目をつむって、そのまま鞘に
GW最終日の祝日は午後から雨の予報でしたが、、、、朝からすでにザーザー降りでも稽古は行くのです。自転車で!!しかも寒い。。。。。木刀を使っての新しい二線の稽古方。先輩が2本の木刀でこちらの木刀を挟む。これが実にうまい具合に引いたり押したりされていて実戦に近いイメージを浮かべることができる。自分には向いていた。そして、かいとうという木刀の扱いについても少しだけ教えてもらうのだが、、、、、、この新陰流の等速度の動きというのは、、、、なんと沖縄空
令和7年3月31日付で、尾張貫流槍術の商標登録申請が拒絶査定されました。詳細は以下のリンクから拒絶査定の内容についてご覧になれます。j-platpatwww.j-platpat.inpit.go.jp
日本が、三兆円かけて研究している秘密の医療機関がある。そこの先生が、現代の物理は基本から間違っていると教えてくれたことがある。写真は、明治の物理と地理の教科書😊💕数字は使わずに、言葉で説明していて好き✨️忍者さんや新陰流の古武道家さんたちが、集まる諏訪湖。きょうは、たまたま目についたこれらの中古の図書に、諏訪が、、しかも、、、買ってから気づいたのが、、もとの持ち主さんが、伹馬さん、、、たじまって、、、新陰流の、柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)さんの、たじま?た
本日、二回目の投稿です。以前からお世話になっている、小糸先生にお誘いいただいて🐾古武道の沖縄空手道小林流小林舘のお稽古に、参加させていただきました🙇♀️🥋難病も治しちゃう、いわゆるの、スポーツじゃないやつ。もう難しい〜😵💦面白い~😍💕びっくり~😲✨️✨️✨️新陰流にも通じる部分もあり、でも、深すぎて、○一✕、△Ⅰ、○○〆、、、なんか、星座みたいで、言葉にできない😭お休みが1日しかないから時間がなかなか作れないけど、今後はもしかしたら、伝統空手の松濤館流から、古武道も学べる沖
新陰流の上泉信綱の話。前半は長野業政に仕えて戦場の人で、後半は牢人になり武者修行に出る。二部構成な感じだった。河越城を前にして上杉家のお家事情は、人間ドラマだなあと思って読んでた。隠居した塚原卜伝に会い、剣のことより流派をおこした今からの世の渡り方を体験談を元に教えてもらった上泉信綱。塚原卜伝が言うには、教えを請うと上下関係ができてそこの門徒になってしまい、流派をおこした意味がない。だから教えを請うのではなく強い者がいると確認し、対処法を考えるのだと言っていた。上
商標登録にかかる意見書について、事実と異なる点が指摘されているので、まとめます。①日本古武道協会と日本古武道振興会は、古武道を統括する団体なのか?・両会に所属していない古武道団体も数多く存在することから、古武道を統括すると断定するのは不適切である。続けて商標出願について。日本古武道協会と日本古武道振興会は、古武道を統括する団体なのでしょうか?広島市内だけでも、両会に加盟せず、活動されている団体は多数存在します。むしろ加盟流派の方が限られており。古武道を統括する組織とは言えず、有志で集ま
春正館館長の横地浩紀氏のブログが更新されました。「尾張貫流槍術」の商標が誰のものでもないことが分かりやすく記載されています。
「加藤伊三男が考える尾張貫流のこれから」について、聞き手である春正館館長横地浩紀氏が解説されたものがアメブロに掲載されました。
前々回のブログ記事で柳生石舟斎を取り上げたけど、今回は、同じ上泉伊勢守信綱の弟子、柳生石舟斎と兄弟弟子である疋田文五郎景兼。今までは疋田陰流の開祖は、疋田文五郎景兼と思っていたけど、ネットで調べたら違っていた😅疋田文五郎景兼は、新陰流名乗っていたらしい。柳生石舟斎宗厳でも書いていたけど、新陰流の開祖は、上泉伊勢守信綱、柳生石舟斎宗厳とは、兄弟弟子(先にも書いたけど)。疋田陰流を名乗ったのは、疋田文五郎景兼の弟子、山田浮月斎勝興(かつおき)。時代劇好きな人なら山田浮月斎と聞いたらわかると
歴史上の人物で徳川家康の次に好きな人物がいて、それが、剣豪・柳生石舟斎宗厳(やぎゅうせきしゅうさいむねよし)。柳生石舟斎宗厳、戦国時代(室町時代後期・安土桃山時代)・江戸時代初期の新陰流の達人で無刀取りの兵法者。柳生石舟斎宗厳の師匠は、新陰流(当初は、神影流と書いていた)の開祖・上泉伊勢守信綱。良く柳生新陰流と言うけど、実際には(柳生の流派にしての新陰流ではなかった)、上泉伊勢守信綱が開いた流派のままで独立しての流派を立ち上げたわけではないらしいので柳生新陰流と言うのはなく、流派は新陰流と
前回の記事で取り上げたリンク先の概要を記載します(その2)。(2)中日新聞「尾張藩伝来の古武術、閉鎖危機に救世主現る」の概要・2022年、春風館二代目館長である加藤伊三男氏の死去により、春風館が閉鎖され、多くの技が失われる危機に直面した。・そこに“救世主”が現れ、春風館が存続することになり、流儀は守られた。「剣とやりは鳥の双翼のごとし」尾張藩伝来の古流武術、閉鎖危機に救世主現る<ハッシュタグ#なごや>:中日新聞Web町工場などが集まる中川区宗円町で、江戸時代に徳川御三家として栄えた尾張藩
前回の記事で取り上げたリンク先の概要を記載します(その1)。(1)音声記録「加藤伊三男が考える尾張貫流槍術のこれから」の概要-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be春正館館長・横地浩紀氏のブログを参照されたい(2025年2月20日追記)『「加藤伊三男が考える尾張貫流槍術のこれから(最終回)」【師曰く】』「加藤伊三男が考える尾張貫流槍術のこれから(最終回)」20
2025年2月20日追記時系列について、春正館館長の横地浩紀氏のブログが掲載されました。『「尾張貫流槍術」が商標登録されようとしていた件のまとめ【師曰く】』「尾張貫流槍術」が商標登録されようとしていた件のまとめ2022年3月9日の記録(無編集)最終追記:2025年2月17日2022年6月、我々の師である尾張…ameblo.jp——————————————————今回は時系列についてまとめます。①春風館二代目館長である加藤伊三男氏が、春将館、春保館、春正館、春誠館、春伊館の各館長を任命
1月11日弘前市で古武術の演武会が開催され代表的な流派が全国から集まった。古武術・古武道とは・・・?・戦場での実践的な戦い方を想定した武術・各藩独自の流派・流儀は秘伝※現在はオープンになっているが自分の解釈だ。OnJanuary11,“Kobudo”demonstrationwasheldinHirosakiCity,bringingtogetherrepresentativeschoolsofKobudofromalloverJapan.Wh
新年早々、蒸さ苦しい駄文タイトルを掲げてしまったが、昨年暮れに想い着いた『個人的宿題(=備忘録復習)・・・』だから、1編や2編で済む話では無いことを、先ずはお断りして措くので、読まれるか読まれいかはお気の召すままに・・・!『山岡鐵舟・・・』と云う御仁をご存知無い方も多いようだから、先ずは、この人の生涯の粗筋から綴ると、その出生は、旧暦で云うところの『天保7[1836]年6月10日・・・』に、江戸・徳川家の直参旗本にして『御蔵奉行』を勤めて居た『小野朝右衛門高福(たかよし)』の四
昨日は剣術稽古。柳生天狗抄の型稽古を行う。この道10年やってると僕のような不器用な人間でも型は作れるが、では内実が伴うかと聞かれるとできないこともある。だからこそ日々稽古であり、できないことを明らかにし、できることに変えていくのである。はてしがない究の道である最近打太刀もやらせていただいているが、打つという気が見えると師に指摘された。確かに自分も打つ刹那にタメを作っているのはわかった。「自分」が打つという意識からただ「刀」が落ちるという「現象」に意識を向ける。自分が主ではなく、刀が主であり、相
3年ぶりの東国三社参り🌸一つ目、鹿島神宮🦌✨️アトピーの講座に参加してくださった後、新陰流も始めてくださった、はるこさんと。体調が快復してこられて、一緒に巡ることができました。楽しそうな、嬉しそうなはるこさんを見ていて、わたしも幸せに😊💓よかった、よかった✨️✨️✨️古くから、神事で用いられてきた刀。いま、わたしたちは心身を育む道具として使わせていただいていて、、、🙏💕真実の歴史をもう一度学びなおすことで、本当に治る治療方法が社会に広がるように。覇道(ヤクザなど)が書き換え
本日、二回目の更新です昨日は、午後から一年間楽しみにしていた、敬愛するshirasu先生の個展へ伺いました😊💕@painter_shirasuhttps://youtu.be/kyABb-8r1mE?feature=shared-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be世界を構成する円や線のお話は、命の構造や新陰流の学びにも通じているような気がして、すごく面
みなさま、こんばんは~~~西暦2024年10月28日(月)、深夜のブログポストです本日は、司法書士関連の業務で、ドッタンバッタン、四日市市内をボロボロガタガタの愛車で走り回り、忘れ得ぬどん底感で満たされた記念すべき日となりました。年を取り、緑内障も進行し、夜の車の運転は無理ですので、救いだったのは昼過ぎから夕方4時前までのバタバタ劇であったということでしょうか。レオちゃん二世君家に戻った時に、彼のいつもの『ニャーン、帰ったニャンね~』みたいな、お帰りなさい
名古屋大学名誉教授四方博士が、先代延春先生の事を評しておられる記事です。この文章の中で、四方先生は表に出ない事を四方先生の感性で捉え延春先生の素晴らしい感性に呼応されておられる様に感じております。中でも、「自己を滅して次世代に生きる。」この一節をどう読み解かれるでしょうか?正に、新陰流が日本を代表するべき素晴らしい文化である事が証明されていると私は、この一節の深さを思うのです。名古屋尾張藩の発展の脈歴の中で、文化の最先端を行く侍文化の更に先端を走り、子々孫々に大切な心を繋ぐ役割を担って
「新陰流兵法村雲」PVを製作。御高覧を。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be