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昨日は雪が降ったり止んだり、量はそんなでも無かったですが、寒かったです今日はほとんど降らず、寒さも昨日よりはマシかもしれないです(でも寒いです)昨日は寒くてお散歩は無理なので、ワンコが歩きやすいように、雪を寄せました外に出たがってたので、気分転換はしたかったみたいですワンコの道を作っても、結局雪の中に入っていきますが今季の雪はどんな降りかたをするでしょうか別日ですが、冬になると寒さ対策で窓にガードをするので、ワンコ
羽黒山まとめ、あと少しあります🙇湯田川温泉は、鶴岡の奥座敷と呼ばれる温泉で、羽黒山からも近いです湯田川温泉は、藤沢周平ゆかりの地で、湯田川中学校で教員をしていた縁から、こちらの温泉街の九兵衛旅館が氏の常宿で、ロビーには資料の展示コーナーなどがあります。(九兵衛旅館は10年以上前に宿泊した事がありますが、ホスピタリティの良い、ずっと住みたくなる宿でした)温泉街の脇の道を入った所に由豆佐売神社(ゆずさめじんじゃ)があります地域の守り神、出
毎月1回通っている有機野菜塾田んぼの片隅に立っている石碑が気になって調べてみたら幕末の人たちの文化風習が垣間見えましたシエスタのブログはこちら←ポチ文久三年発亥年(1863年)今から162年も前の石碑が残ってることに最初はビックリしたけどあっちこっちきょろきょろすればきっと全国には昔を伝えるいろいろな石碑がいっぱいあるんでしょうね
「酒井なければお江戸はたたぬ、おまわりさんには泣く子も黙る」幕末に謳われた作にあるおまわりさんとは、古来からある市中巡回の官職である御見廻り(おみまわり)から由来するという愛称。この呼称は明治になって近代警察の巡査に受け継がれ現代の警察官にも受け継がれている。因みに酒井とは、江戸市中警備を任された出羽庄内藩酒井家の事。
国民保養温泉地、鶴岡の奥座敷湯田川温泉全国的に見ても屈指の新湯注入率を誇り、加水・加温・循環を全くしていない、まさに「天然かけ流し湯」創業300年の隼人旅館庄内藩の下、幕末の江戸の市中取締りの任にあたった浪士組「新徴組」の本部として使用された歴史があります。旅館内のロビーには、新徴組士の書簡や弾薬箱などが展示しています。チェックイン後、温泉街を散策小さな温泉街なので30分ほどで一周できました。お楽しみの夕
*10月29日エントリーの続きです。R大学文学部史学科の院生・あんみつ君、今回は近現代史のしらたま教授との歴史トークで、テーマは幕末の庄内藩。本日は、薩摩藩邸焼き討ち事件のおはなしです。あんみつ「しらたま先生、元治(げんじ)元年(1864)の江戸では、水戸天狗党一派の騒乱を鎮め平穏を取り戻しました。庄内藩の持ち回りは品川・板橋・千住・新宿あたりだったので、それら区域の会所を廻って町役人と交流したりして治安情報を得ていたんですね。翌慶応元年
新撰組の前身浪士組のリーダー清河八郎の墓参りです。清河八郎とは幕末期の志士。出羽庄内藩の郷士・斎藤治兵衛の子で、名は元司。16歳のとき江戸に出て、剣を千葉周作に、儒学を東条一堂に学ぶ。59年、神田お玉が池に文武指南所を開く。翌年、桜田門外の変を契機に志士たちと交流。尊攘運動の大義を貫くため、志士たちを伏見寺田屋に集めるが、島津久光に阻止されて挫折。63年には、幕府浪士と京都・壬生に駐屯。近藤勇ら佐幕派と対立する。江戸に戻って新徴組に入るが、麻布一の橋で幕吏に暗殺された。現在の神田東松下
*10月22日エントリーの続きです。R大学文学部史学科の院生・あんみつ君、今回は近現代史のしらたま教授との歴史トークで、テーマは幕末の庄内藩です。本日は、庄内藩江戸警備を命じらるのおはなし。🥐あんみつ「しらたま先生、文久三年(1863)四月十五日...清河八郎が幕府に暗殺された二日後に、庄内藩が新徴組の支配を委任されます。組の浪士のあいだで信任篤かったのは山岡鉄舟と高橋泥舟ですけど、清河と親交が深かったため外されました」しらたま
*10月15日エントリーの続きです。R大学文学部史学科の院生・あんみつ君と、近現代史のしらたま教授の歴史トーク、今回のテーマは幕末の庄内藩です。本日は、新徴組結成すのおはなし。🧃あんみつ「しらたま先生、庄内浪人郷士・清河八郎は学者志望から政事で名を挙げようと、薩摩人伊牟田尚平と京都朝廷でのツテを求めていたところ、薩摩士民を檀家とする伊勢外宮の御師・山田大路が中山大納言家にも出入りしているというので、山田から中山家の大夫田中河内介を紹介して
*10月8日エントリーの続きです。R大学文学部史学科の院生・あんみつ君、今回は近現代史のしらたま教授との歴史トークで、テーマは幕末の庄内藩。本日は、庄内浪人・清河八郎策動すのおはなし。🍟あんみつ「しらたま先生、酒井家の庄内藩14万石が豪商本間家の資本バックアップもあり、他藩より豊かで教育にも熱心だったとわかりました。領内には長者が多く、彼らは学問好きで風流人。画家や俳人など旅の文化人が訪ねてくると快く歓待しました」しらたま「酒田
一昨日は「新選組史再考13」のオンライン講座でした。ご参加の皆さま、ありがとうございましたテーマは「攘夷親征問題」、文久3年7月を中心に情勢を。今月は昨年1年間に行いました講座の、ざっとの復習もあります。26日にも行いますので、ご興味ございます方はご連絡下さいませ。さて、2月の刀関連イベントの簡単レポ、第2弾15日の日野ミニツアーです。当日は12時半に「日野市立新選組のふるさと歴史館」に集合。少し風は冷たいものの、とても良いお天気に恵まれました。おひとりずつ
いや〜この本、今年読みたい本のうちに挙げていた一冊でして、「えー西南戦争?薩摩・・・?」と躊躇する気持ちもあったんですが、読んでみたら・・・最高に良かった!やっぱり、しのごの言わずに手をつけてみるべきですね〜佐藤賢一さんて、ドラマの見せ方が上手いと思う。創作部分は多いと思うのですが、なんだかアクション映画を見ているような手に汗握るシーンあり。楽しかったわ!そして、久々に本気で泣いた・・・ポロポロと涙こぼれて、クソウこれじゃページがめくれねえぜ!ってところもあった
ひとつ前の当ブログで、三國連太郎さん主演の『江戸一寸の虫』(1955滝沢英輔監督)を取り上げました。神田明神での「異人」の狼藉に端を発した騒動なのに「町民」だけを罰した上司のお裁きに弥太郎(三國連太郎さん)は猛反発。「喧嘩両成敗という法度があるじゃないですか!」と言いますが受け入れられず、役所を辞めてしまいます。権力による「えこひいき」は今もありますねえ。すっかり幻滅した弥太郎は、誘いに応じ「攘夷」を掲げる新徴組に加わります。役人だった弥太郎が持つ情報を元に、不正をして外国と取引して私腹を
先日、オミクロン対応のワクチン接種をしたのですが…今回もまったく、全然、何にも副反応がなく、少し拍子抜けした珠里ですさて「日野市立新選組のふるさと歴史館」での冬の企画展示が発表されました。企画展「新徴組と新選組の兄弟」楽しみながら「新選組のふるさと日野」について知ることができる展示を開催します。www.city.hino.lg.jp「新徴組と新選組の兄弟」ということで沖田林太郎と総司が中心の企画展のようですね。楽しみですそして今月は、「佐藤彦五郎新選組資料館
ちょっとずつ庄内藩にも触手を伸ばしてきているわたし。酒井玄蕃がちゃんと出てきてしゃべる小説って、実は初めて読んだかもしれない。独特の文体だったけど、(たまに弁士が語ってるようになる)ユーモアが散りばめられていて面白かった!「新徴組」。はっきり言って、地味である。知名度も低い。えっ新選組じゃなくて?何それ?みたいな。でも実は、新選組の沖田総司の義兄(総司くんの姉・ミツさんの婿)である沖田林太郎が所属していたのである。彼も試衛館で剣術を習っていた、天然理心流の
幕末に「新田義貞末裔」を称して立ち上がった新田官軍。その決起は必ずしも成功とは言えませんでしたが、幕末という歴史の転換点で存在感を示しました。『猫絵の姫君ー戊辰太平記ー』に登場した、新田官軍メンバーの「その後」は・・・1、金井五郎(之恭)金井烏洲の子。天保4年(1833)生まれ。作中(戊辰戦争)では36歳。作中では一貫して「金井五郎」で登場しています。文久3年(1863)の桃井可堂による沼田城奪取計画から、新田勤皇党、新田官軍と常に中心人物として活躍。通称は文
先日、あることを調べるために図書館で『史談会速記録合本六』を借りたのですが、調べようとした人物の話とは別に、とある興味深い話をみつけたので紹介したいと思います。話の主は史談会の幹事で『名将言行録』の著者として知られる岡谷繁実という人物で、岡谷は元々上野国(現在の群馬県)館林藩の藩士でしたが、戊辰戦争に際して脱藩して京都に上り、小沢一仙と共に公家の高松実村を担いで高松隊を結成しますが、新政府軍の指揮下にない独自の行動であったために罰せられています。その岡谷繁実が、新徴組のある
本に書いた温泉を紹介しています。湯田川温泉隼人旅館(山形県)です。ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉です。ここは泉質が素晴らしいです。小さめの浴槽に加温加水なしの源泉がドバドバとかけ流されています。浸かると身体に気泡がつきます。つるつる感があります。微かな硫黄臭もします。身体が軽くなった感じがします。湯田川温泉の他の旅館の温泉にも入りましたが、モノが違うという感じがします。やはり温泉は浴槽と比較しての湯量が大事です。湯使いの上手い旅館です。幕末の新徴組の歴史を汲む湯治場の矜
No.1392016.8.13(土・旧盆)新徴組/佐藤賢一/新潮社/2010.8.30第1刷2000+税佐藤賢一さんは、酒田の出身。本書を書かれた意味は、かなり大きいのではないだろうか。旧庄内藩十七万石。城下町は鶴岡。北方貿易の寄港地酒田港を持ち、西の堺、北の酒田と歌われたほどの繁栄を誇った豊かな土地で、当時有数の大金持ち(東北三大地主と呼ばれた)の本間家が庄内藩の財政へ多くの献金を行ってきた。藩祖は、家康の四天王として名を馳せた本多忠勝、榊原康政、井伊直政そして酒井忠次がその人
元治元年(1864)六月六日、妻のつねとともに天狗党からの脱走を図ったものの捕まってしまい、小山宿の持宝寺に連れ戻されて殺害されてしまったと『藤岡屋日記』に記されている粕谷新五郎ですが、この話にも疑問点はあります。そもそも粕谷新五郎の妻の名はたかであったはずで、つねではありません。しかも子息の親之介が書き残した『勤王殉国事蹟』にも、母が一緒に殺されたという記述はありません。あるいは内縁の妻、もしくは妾だったかとも考えられそうですが、『結城藩届書』にある、前日の夜に結城城下で捕らえられたとい
前回の記事の内容を補足訂正させていただきます。文久三年(1863)四月十五日、浪士組は新徴組と名をあらため、庄内藩主酒井忠篤の支配下となる(ただし、この時点ではまだ幕府の組織)のですが、同月二十一日には箱館奉行支配与頭であった河津祐邦が鵜殿鳩翁と交代するのですが、その直後に作成されたと思われる隊士名簿に、上役である幕臣たちの名も記されています。『文久癸亥雑記』(新徴組人名/文久三年五月)より抜粋新徴組支配小十人組松平上総介次席河津三郎太郎千石高中条金之輔新徴
壬生浪士組の結成に参加しながらも、まもなく江戸へと帰って行った粕谷新五郎ですが、一旦回復した病が再発してしまったのか、再び病床につくことになってしまったようです。妻のたかに宛てた手紙に我等も八月中まで大病にて、まことに困りおりながら、佐々木只三郎と申す者よく世話いたしくれ、それゆえに命はひろい申し候。とあり、(文久三年の)年末までには国に帰るから心配しないようにと書かれています。三月下旬から四月頃に京を発ち、半月から一ヶ月後ぐらい、つまり四月中旬から五月までの間に江戸に到着したとして
佐藤賢一さんの「遺訓」読みました主人公は沖田総司の甥、沖田芳次郎沖田総司と見た目が似ているという設定で、読んでいても「あれ?これ総司の話か?」と思ってしまうほど喋り方・雰囲気が私がイメージする沖田総司でした清へ行ったり、薩摩へ行ったり・・・かなり行動範囲が広い物語です酒井玄蕃や西郷隆盛を守る為に戦い続ける芳次郎。もちろんフィクションですw可愛らしい恋にも注目ですそして。西南戦争では、新選組ファンには嬉しいあの人も登場します「新徴組」の続編とも言われる「
佐々木累は江戸時代初めの伝説剣士ですが、残る二名は幕末に活躍した女性剣士。一人目は新徴組隊士の中沢琴です。新徴組は、新選組と根っこが同じ浪士隊を前身としています。庄藩藩出身の浪士清川八郎の建議をいれ、幕府が江戸で浪人らを募集し、将軍警護のために京都へ送りこみますが、清川が尊攘派に接近したため、幕府は浪士組を江戸に呼びもどし、新徴組と名乗らせました。その際、江戸へもどらず、京都に残ったのが新選組です。さて、その新徴組隊士中沢琴は、上野国利根村穴原(沼田市)で剣術道場を開い
まず、昨日書いたずっと探していた本、見つかりました!自分の部屋から出していないと思う込んでいただけで、台所にありました。おバカです。でも見つかってよかったです先が気になっていたので、手に入れてかもしれないので(^▽^;)そして、今年は三百冊弱の本を読ませていただきました。(多いとか少ないとかは個人の考え方なので、私はこれくらいですと思ってくださいね。勿論、この中にはコミックもあれば、ライトノベルズもありますから)今年は海外文学をかなり読みました。割と重たい作品
日曜日の根岸家長屋門稽古で誰も稽古参加者が来ない日がありました新徴組の女剣士「中澤琴」を近藤勇や根岸友山さん浪士組として演じる女優、黒木メイさん京に上った清河八郎(上記画像はお借りいたしました)新徴組(取締役)根岸友山そんな時は、己の自主稽古と長屋門ミュージアムに訪れる人達のガイド役をチョッピリしますね・・・最近、指導員用の紋服を購入して普段稽古着と両方を交互に着て稽
おまわりさんと話したことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう明治7年(1874)6月17日、日本で巡査制度がスタートし、同時にお巡りさん(警察官)が誕生した事に由来する日です。確か昨年も同じ内容(質問)じゃぁ無かったかな『今日は何の日』ってメジャーな記念日からマイナーな記念日まであるので、毎年変えた方がいいと思うのですが…毎年ネタが被っちゃいますよ。…それは余計な事ちなみに「お巡りさん」って言い方いいですよね。「警察」「警官」よりも「お巡りさ
お立ち寄りありがとうございます世の中、コロナ前は無邪気だったなぁ・・・・と思える日々です。さてさて幕末の薩摩VS農民ゲリラの死闘を描いた「いちげき」の6巻が届きました。同じ本を2冊注文するという失敗をまたやってしまった売りに行ったら150円><「熱源」が350円!寂しい結果となりました^^;この人誰?という表紙。ラストの方に出て来ました。これよりネタバレありますので、未読の方は回れ右でお願いします5巻、白昼の斬り合いで町
前回のさわりからの続きです。一昨日9/21(土)のことですが、日曜月曜と台風17号のせいであいにくの天気が予想されるため嫁さんとふたり今のうちにと近場を走って参りました。到着したのは庄内町清川。当地の出身で明治維新の魁(さきがけ)と言われた、幕末の志士清河八郎を奉った清河神社と清河八郎記念館まで来ました。清河八郎座像。千葉周作道場北辰一刀流免許皆伝の腕前で文武両道。尊王攘夷を唱える「虎尾の会」、「浪士組」の結成、「回天封事」建白書を朝廷に上奏、結果明治維新の火付け役となる。