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こんにちは!豊かな人生を追求する行政書士の岩佐です。今日は徳島同志社クラブの新年総会に出席してきました。徳島に暮らす同志社大学のOB・OGが集う会で、会場は徳島クレメントホテル。私は5年ほど前に一度参加したきり、今回は2度目の出席となります。今年は33名の方が参加され、大学からも来賓として玉井副学長をはじめ関係者の方々がお越しになり、和やかながらもどこか引き締まった雰囲気の会となっていました。久しぶりに耳にする大学の近況
過日、グループホーム千手を訪ねた際に、裏庭の梅が咲いているのを発見数日、季節外れの暖かい日が続いたせいでしょうか。梅の花は、派手さはなく、謙虚で可愛らしいですねその梅を詠った新島襄先生の「寒梅」を思い出します。庭上一寒梅(ていじょうのいちかんばい)笑侵風雪開(わらってふうせつをおかしてひらく)不爭又不力(あらそはずまたつとめず)自占百花魁(おのずからしむひゃっかのさきがけ)庭先に立つ一本の寒梅。厳しい風や雪をものともせず、笑うかのように咲いている
No.0990今日のテーマは『日本語倶楽部』ご一緒にちょっと素敵な日本語を楽しめたらと思います。(^^)以前の日本語倶楽部から一歩前進して、単語に拘らず、言葉、諺、名言格言、懐かしい言葉など紹介しつつ進めていきたいと思います(ᴖ·̫ᴖ)第二百八十九回の今日は猪口齢糖漢字倶楽部で紹介しようか迷いましたが💦今日はバレンタインデーということで取り上げました!(ᴖ·̫ᴖ)チョコレートは西洋から伝わったものですので、漢字の表記はもちろん当て字です。日本国内で初
粟田神社からバスで永観堂前で降り、哲学の道入り口にある熊野若王子神社へ来ましたこの若王子橋が哲学の道南の起点右の石碑には「新島襄先生のお墓」ってことが書いてあります後花園天皇御遺蹟之地ここで何があったのかざっと調べたけどわかりませんでした入ります正面に恵美須殿がありました読んだらびっくり!元々、この恵比須様は、今の西洞院椹木にあったと!確かに、そこに小さい恵美須さんの祠があったんです、私、近くに住んでましたから。お地蔵さんじゃなく恵美須さんって珍しいな
「早稲田奉仕園内にあるキリスト教団体の1つが、日本キリスト教協議会です。日本キリスト教協議会は、約30のキリスト教系市民団体で構成されています。思想的には反体制の同和工作団体ですが、日本キリスト教協議会の初代議長・小崎道雄は明治天皇を崇敬する八咫烏鶴派の創価工作員の役割を担っていたと見ています。」2025年7月下旬の「早稲田の同じ住所(東京都新宿区西早稲田2丁目3-18)幾つもの工作団体がある」という伴侶の情報から「早稲田奉仕園」「日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)」「社会福祉法人賛
『明治という国家』ー司馬遼太郎●新島襄(にいじまじょう)ー①※同志社大学は新島襄のキリスト教精神でできた学校で、古くから神学部もあります。新島は文久三年、20歳のときキリスト教につよい関心を持った。彼は上州安中藩板倉家の江戸屋敷に生まれ、武士でありました。こっそり函館まで行き、そこからアメリカ船ベルリン号に乗りました。この密出国の動機についてを、新島は後年、振り返って、「この挙は、藩主や両親を捨てるということではない。自分一個の飲食栄華のためでもない。まったく国家のためである。自分の小さな
庭は雪に覆われて剪定したバラや葉を落とした雑木は冬眠しています唯一見える花木は山茶花だけこれもあと50㎝も積もれば雪に埋もれてしまいます生垣の下に移動して冬越ししている植木鉢の中から、蕾の膨らんだ紅梅を玄関に取り込みました暖かい部屋に入れれば一気に咲くけれど、寒い玄関で花を長持ちさせてますということで今日のひと言は寒梅の検索で最初に出てきた新島襄作の漢詩「寒梅」です庭上一寒梅笑侵風雪開不争又不力自占百花魁【読み方】庭上の一寒梅笑っ
同志社大学の卒業生に「新島襄の本名って新島七五三太(しめた)って言うんだって?」って言ったら「そうなんですか?自分知りませんでした」と返されてしまいました。tabi-okaneです。確かに出生名は新島七五三太で、なので同志社大学では「七五三太(しめた)」って日本酒が売られてたりします。大吟醸純米七五三太(しめた)2本セット|株式会社同志社エンタープライズ大吟醸純米七五三太(しめた)2本セットwww.doshisha-ep.co.jpちなみに「襄」っていうのは
2025.12.12(金)こんにちは、MIKAKOです。午前中から群馬県安中市へ!新島襄(にいじまじょう)旧宅を訪れましたが改装中で見ることが出来ませんでした。次回はぜひ見学したいです☆皆様にとってハッピーなことがたくさん起こりますように☆彡
一年って、あっ!という間に経ってしまうんだな、を、痛感している12月1週目のニキヤなう♪です!今月もどうぞよろしくお願い致します🍀では、前回の続きです✨下鴨神社の糺の森(ただすのもり)を歩き回ったあとは、神社の西側にある、加茂みたらし茶屋に寄り、名物のみたらし団子をいただきました。こちらのお団子は、下鴨神社の御手洗池に湧き出る水の泡を形どっているのだそうです。一串に5つのお団子が刺さっているのですが、なぜかひとつだけ離れているのが不思議だったのですが、人体に見立てているからだそうで、離
朝、デリヘルネタを書いたところデリヘル嬢の〈じょう〉が穣になってて「この、くそオイボレ!」とむぅさんから激しく叱責された。゚(゚´Д`゚)゚。言い訳をさせてくれ!実は家で使っとる遠近両用眼鏡がめげたんや、、、、、、仕事のカバンに入ってる仕事用遠近両用眼鏡も仕事用チョッキに入れてる100均老眼鏡もあるけど、取りに行くんが面倒臭かったんや、、、コタツから出たらさぶいし、、、(;;)んで駅中のJINSに行こうとして今ミスド^^しかしココナツがない、、、、
おはようございます。日一日と、日の出が遅くなり、日の入りは早くなっています。特に、夕方の秋のつるべ落としとも言われる日の入りは、なんだかもの哀しさを感じさせます。さて、今日は1875年新島襄らが京都に同志社英学校(現在の同志社大学)を創設しました。創立149年です。学生時代、同志社は「どうやん」と呼ばれ、京都で私立大学の両雄である立命館は「りっちゃん」と呼ばれていました。今も、そのような呼び方をされているのでしょうか。2013年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」で創設した新島襄の
女子教育の黎明期に大きな役割を果たした新島八重。会津の砲術師範の家に生まれ男勝りに育った八重。戊辰戦争の鶴ヶ城籠城戦では、髪を切り落とし、男装して、自らスペンサー銃を持ち最前線で最後まで闘った。幕末のジャンヌダルクハンサムウーマンなどと称されています。白虎隊に砲術を指南したのは八重であると言われています。白虎隊は有名でも、八重さんのことはあまり知られてなかったように思います。私自身、大河ドラマ八重の桜で知ったのですから。東日本大震災後、福島会津を舞台にした大河ドラマは、
私たち夫婦の旅は。食べる旅。食べたいものを決めてから、全てを決める。弾丸旅。京都。肉専科はふうさんへ。お店に向かって歩いてる時に、ふと見つけた、新島襄旧邸宅!一般公開中!これは会津ファンとしては、見逃せない!この通りを歩かなければ絶対見つけられなかった、それこそ一期一会の出逢い。バスを降りて、京都御所に向かって歩いて、旦那の💩事情により、たまたま立ち寄ったカフェ冬夏さんも一期一会だけど、冬夏さんを出てはふう本店に向かうために歩いていた京都御所の脇の寺町通り
11月8日(土)に臨床バイオメカニクス学会が終了した後、私は同志社大学今出川キャンパスを訪れた。2年ほど前のことであるが、備中松山の偉人である山田方谷の歴史を調べていたところ、同志社大学の基となる同志社英学校を設立した新島襄がアメリカに飛翔するきっかけを作ったのが山田方谷がアメリカから購入した大型帆船「快風丸」である事を知った。さらに、同志社大学が2010年に同志社創立135年を記念して快風丸1/30模型を製作したことも知った。未確認の情報では同じ模型が3つ作られたそうだ。
箱館山から函館市内を展望後、ホテルに車を駐めて港を散策することにしました。前日に利用した民宿のような古いホテル「開港庵」の近くは函館港の東部にあり歩いて周囲を散策するにはとても便利な場所にあります。赤煉瓦の倉庫街も歩いて行ける場所にありました。北海道第一歩の地見上げると箱館山が見られます。1859年開港時の税関が置かれた場所のようです。当時は運上所と呼ばれた税関跡になります。海上自衛隊箱田敵地港には箱館山から見られた客船が停泊していました。海岸
夏の北海道から秋の北東北を旅してきた142日間の記録ですもう1年以上も前のことになってて驚きです73/142日目(その2)大阪を出発して73日原付を積んだ軽バンで北海道にわたり離島を含め全域を周ってきましたが本日夜のフェリーで本州に帰ります思ったよりしっかり博物館を観ちゃいました。ここには11時28分到着してて。五稜郭へ向かうこの写真は12時18分だから、あと1時間ぐらいで五稜郭を見てこなきゃ。五稜郭つって
10/21(火)のシルバー4人組は、ヴォーリズ建築の教会を見た後、京都市歴史資料館に向かいました。京都バプティスト教会から徒歩5分の所にあるはず。寺町通りを北上していると、同志社大学ゆかりの新島会館に出くわしました。残念ながら門が閉まっています。2年前に寺町通りを散策した時は、開いていたのですが。(2023年11月の写真です)1993年に新島襄生誕150周年記念に建てられたものですが、老朽化(おそらく耐震建築関連)で利用停止になっています。屋根のドーマー窓が、重要
さ~て、先日、同志社の創設者・新島襄の関する資料を読んでいる中で、安中城に接する機会がありました。興味を持ちましたため、さらに調べて見る事にしました。以下、『余湖くんのホームページ』に掲載されて内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。安中城(安中市安中)安中城は、九十九川と碓氷川に挟まれた比高10m程の台地の中央部ほどに築かれている。現在の安中市文化センターのある辺りが城の中心部ではなかったかと思われる。文化センタ
私たちは自分を無碍に見なくていいんです。あなたは偶然存在しているわけではなく、ものでもないのですから。あなたは神様によって大切に作られた、高価で尊い存在。あなたは神様に愛されています。御子イエス様のいのちを差し出してまで救われる神様が、あなたのうちに御心を成し遂げてくださります。あなたを整えてくださるのです、私達が思う以上に。この神様に信頼し、委ね、歩みましょう。新島襄氏は言う。私は聖書を置いて、あたりに目をやってみた。そして、このように自問した。私を作ったのは誰か、私の
2025-09-20新島旧邸から歩いてます横井小楠殉節地なんかこの人の名前…出てきたゾ〜京都御所のすぐ近くだねまだ、名前しか思え出せないけど、、、ごめんなさいもちっと勉強しますトコトコ〜下御霊神社ご挨拶はせずに、先を急ぎますトコトコ〜京都市役所前駅の交差点山本覚馬・八重邸宅跡この八重さんって、さっきお邪魔した新島旧邸行ったでしょ?その新島襄さんの奥さんなんだってで、山本覚馬さんは八重さんのお兄さんみたいよトコトコ〜まろんのブログでは何回か登場していますこちら坂
2025-09-20叡山電鉄出町柳駅から川のほうへ歩いて来ましたいつもの休憩スポット下鴨神社で申餅食べて休憩ってのもアリなんだけど、今日はもう一つ、川を渡ります京都御所の手前三条実美が祀られている梨木神社ホンチャンのとこご挨拶します参道に可愛いお花が沢山いましたよ御所の外を歩きます道路に出ましたトコトコ〜京都市歴史資料館無料です入りまーす中は撮影禁止唯一こちらだけOK江戸時代の御所周辺の地図とか展示されてて、じーっと見てしまう物もありました展示室の前にあったパ
この上毛かるたの44枚。上毛かるたも、(本当の意味での)真剣勝負。年内までに44枚すべてをご紹介いたします。当ブログは、上毛かるたを愛する人たちを応援します。「おじさんシリーズ」2人目。この「おじさんシリーズ」とは、人物のご紹介です。23枚目は【こ】心の燈台内村鑑三です。これをもって「上毛かるたシリーズ」半分をご紹介できました。後半の22枚も、年内までにがんばってご紹介します。内村鑑三も、前回の「【へ】平和の使徒新島襄」と同じく、上州の著
紆余曲折経て誕生した同志社女子大の日本初「地下式」図書館、半世紀ぶりに改修へ-産経ニュースhttps://t.co/j5MJ018dGZ今年、新島襄による同志社創立から150年の節目を迎えることもあり、記念事業の一環として約半世紀ぶりの改修を行うことになった。—産経ニュースWEST(@SankeiNews_WEST)September19,2025
私のホームページのナビゲーションに、「岡山の歴史」という項目を設置した。岡山の歴史山田方谷と三島中洲・川田剛川田剛と新島襄新島襄とJ.C.ベリー新島襄・J.C.ベリーと福西志計子福西志計子と石井十次金森通倫と石破茂
「同志社発祥の地」明治の息吹を感じるモダンな洋館だけど、伝統的な日本の建築様式も見える2017.03京都御所(リンク)の寄り道観光です新島旧邸(ニイジマ)所在地;京都府京都市上京区寺町通り丸太町上ル松陰町18建築;1878年(明治11年)形式・構造;木造、地上2階建管理;学校法人同志社京都御苑の東南、寺町通丸太町に位置する。1875年に同志社英学校が開校した土地で、「同志社発祥の地」とされている。外観に洋風(コロニアルスタイル)を取り入れているが、造りの基本
夏季休暇前が終わると、こんどは秋分の日(本年は火曜日)まで「初秋の黒地獄」が続きます。敬老の日が第三月曜日にありますが、この週も含めて「黒地獄」と認識します。が訪れました。これを乗り越えて、こんどは週央の祝日・秋分の日を楽しみましょう。この上毛かるたの44枚。上毛かるたも、(本当の意味での)真剣勝負。年内44枚すべてをご紹介いたします。当ブログは、上毛かるたを愛する人たちを応援します。今回から「おじさんシリーズ」を展開します。この「おじさんシリーズ」とは、人
一週間前の9/4、仙洞御所(せんとうごしょ)へ参観に仙洞御所というのは、京都御苑内の、この赤枠のところGoogleマップに書かれてあるように正確には、京都仙洞御所仙洞御所というのは、皇位を退かれた天皇の御所なので、実は、今は東京の赤坂御用地内にあるためそこと区別するために京都仙洞御所としているそう以前は、私の記憶では、青枠の京都御所の方は、春と秋の一般公開の時以外は、事前申し込みが必要で、仙洞御所の方は、一般公開はなくて、事前申し込みのみだったはずそれが、今
「人に小言を言われた時に腹を立てるな、腹の立った時に小言を言うな」新島襄の言葉である。この言葉には、人間関係を良好に保つための深い知恵が込められている。新島襄は、明治時代の教育者であり、同志社大学の創立者として知られる。アメリカで学んだ自由主義とキリスト教の精神を基に、日本の近代教育の礎を築いた人物である。この言葉は、一見当たり前のように思えるが、実践するのは容易ではない。他人から注意や批判を受けた時、反射的に感情的になりがちである。しかし、そこで怒りを表に出せば、冷静な
さて、今日からは以前に途中まで紹介していた6月の前半に訪れた京都のつづきになります。同志社大学京田辺キャンパスラーネッド記念図書館NikonZfcNIKKORZDX12-28mmf/3.5-5.6PZVR京都滞在の二日目は、同志社大学京田辺キャンパスを訪れていました。以前にも書きましたが、私はこのキャンパスが開校したその初年度の学生(2年生)として一年間だけ通学していました。近鉄興戸駅を降りたところめっちゃ田舎ですね(笑)私が通っていた頃と