『新古今和歌集』や『小倉百人一首』の選者として知られる歌人藤原定家が書き残した『明月記」は、1162年生まれの彼が青年期である1180年から、1235年、自身が没する1241年の前、息子が公卿として出世を果たしたころまでの、ほぼ生涯にわたって綴られた日記。日記には自身、父の俊成、息子の為家、この三代の記録として考えることもできる。定家はけっこうな重労働である勤務をこなし、宮廷では無関心を装いながらも自身と息子たちの出世を望んでいるため公務の心労が重なり、出仕先での人間関係の軋轢、和歌の大家として