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8日11時最寄りの駅着弟のお嫁さんが最寄りの駅まで迎えに来てくれました実家までの車の中で、多分初めてふたりでじっくり子どもたちの事なんかを話せたんじゃないかな離れてて今までそんな時が無かったのでなんか、すっごく良い時間でした実家に着いたら仏間に祖母が居て、納棺師の方々に死に化粧をほどこしてもらってました本当に安らかで、眠ってるよう8日18時からお通夜場所は斎場をお借りしました祖母の遺影は私の結婚式の時の写真を元に描いてもらったらしく祖母が自分で用意して大事に仕舞っ
おひとり様の終活で最も不安が大きいのが「自分が亡くなった後の手続き」です。特に上三川町では、単身高齢者が増えており、家族が遠方に住んでいるケースや、相続人がいないケースも多く、死亡届・火葬・葬儀の流れを事前に理解しておくことが安心につながります。今回は、上三川町で実際に行われる「死後の手続きの流れ」を、行政書士の実務視点でわかりやすく解説します。■①死亡届の提出(上三川町役場)人が亡くなると、まず行うのが「死亡届」の提出です。提出期限は死亡から7日以内。上三川町の場合、提出先は
既に前日の8月7日になってしまったのですが8月8日の88エネルギーの集団瞑想の告知です明日は朝8時から、やりますなのですがこのタイミングでまた非常に近い人が肉体を脱いで上昇していったのですがそれは、実際には既に少し前なのですがまだまだバタバタしていてなので明日8月8日の88エネルギーの集団瞑想告知が今になってしまいましたというか、やはり人の死というのはおめでたい事の筈でやはり今回も通夜祭、斎場祭(告別式の事)、10日祭..と必ず祭が付いてましたし祭りとはおめでたい事
おはようございます。8月5日本日お誕生日の方おめでとうございます納棺師のchokoです。さて、昨日は友人納棺師さんから「chokoさん、昨日○×斎場に行ってましたか?」と連絡がきました。○×斎場、はい、たまに出向く斎場です。昨日は全く別の場所にいたので「いえいえ昨日は別場所ですよ~??」と連絡をしてそのまま何だったのかな?なんて思いながら帰宅。そしたらまた連絡が来て「(友人納棺師の)元同僚が○×斎場で『▲地区(私の住む地区)に住む“chaco(仮名)サン
今日もスッゴく暑い・・・。多久市、小城市、佐賀市で共同で運営している一部事務組合の定例会議会に出席してきました。今期の役目として天山地区共同衛生処理場組合の議長と斎場組合の管理者でした。本日、上程された議案については全て可決されました#多久市#多久#衛生処理#斎場#組合
きのう斎場でAさんとお別れして来ましたお仲間で、お話ししながら泣きながら・・・斎場が少し遠いとこだったのでAさんと一緒に可愛がって頂いてる議員のTさんご夫婦に帰りは送って頂きました。献立・豚肉とゴーヤのみそ炒め(豚肉、ゴーヤ、玉葱)・チーズビアソー巻き(チーズ、ビアソーハム)・タタキきゅうり(きゅうり、ごま、ラー油、ごま油)・とまとの酢の物・辛子明太子おごちそうさま~長男から届いた三重県の美味しいしぐれ煮あ
出棺のおつとめして火葬場へ行き火葬斎場へ戻り通夜オラが地方ではココまでが近親者で済ませます90過ぎのばあちゃんでしたんで終始和やかムードほっと一息りんごでチャポりさぁ吞もう戸棚の奥で発見した島根県出雲市酒持田本店ヤマサン正宗純米酒木綿街道3年寝かせちゃったようで古酒のように色づきアリつまみは通夜の折り詰めコロナ騒ぎから
👈明日のお通夜の為に、理髪店リストに行った。昼は俗に「一日盆」で7月31日、8月1日、8月2日のお盆の方の為に副住職が棚経で出かける。夕方6時からは国領総合斎場で通夜がある。咳が出るかわからない、声が出るかわからないが出仕するつもりだ。当たり前だが、咳は出ない方が良い。声は出た方が良い。今日は麻雀をする曜日、金曜日。清水さんの会社の経理で公認会計士が来るそうで、お休みになっていた。そうでなくとも、今日は体調不調で出来なかった。事前に休みと決めておいて良かった。次回7日(金)は体調万
野田市斎場の空子供たちも私も大好きなお義母さん95歳で亡くなりましたお義母さんとの思い出書きたいことはたくさんあるけど(一回もいじめられてないし子供達の出産後はお義母さんが自転車で通って来てくれて炊事洗濯全てしてくれました)心の中にしまって合掌
一昨日の通夜は18時から始まり30分ほどで終わったその後、通夜振舞いをした。孫たち5名、母の実家で草津に住んでいる従兄弟夫婦そして、母の姉方から従兄弟ら他集まってくれた。その姉も今はいないが、99歳と8カ月で亡くなっていたと聞いてうちの母親と全く同じ寿命に驚いた。姉が呼んでいたのかねと…そして今日は納棺から始まって、斎場へいき2時間弱の火葬をして、収骨。その足で会場へ行き、本葬となった。13時開始で結構長かったお経。丁重にお勤めいただいてよかった。その後普通ならお斎となる
2度の心停止から蘇った8%の男「経営者の人生と会社を守るゼネラリスト税理士」山内新人です。2024年10月19日、父の十三回忌を、名古屋市千種区にある一柳葬具總本店中央斎場で執り行いました。本来の年から一年遅れてしまいましたが、家族や親戚が集まり、無事に年忌法要を終えることができました。法要を終えた後は、お寺さんにもご一緒いただき、名古屋市中区栄にある「玉伝本店」から取り寄せたお弁当を皆でいただきました。彩りが美しく、一品一品が丁寧につくられたお弁当
次の満月の日の7月29日の集団瞑想は中止しますライオンズゲートが開くのが明日7月26日ですが前日の今日の7月25日また一番近い人が朝、肉体を脱いで上昇して行ったのですだから来週は通夜祭そして斎場祭・告別式をやらなくてはならないのです盛大な祭りをしなくてはならないのですなので、来週の7月29日の満月の集団瞑想は中止にしますライオンズゲートが開く直前に肉体を脱いだという事はあまりにもタイミングが良すぎるとも思うのですが..内に入ります
交差点。辻、だ。その昔から辻ではいろいろなことが起こるとされていた。あの世とこの世の境である、から。「辻斬り」なんていう恐ろしい典型的な言葉が残ってるじゃないか。現代に生きている自分でも交差点ではいろいろなことに遭遇した。人が多い。車が多い。様々な人や車が現れる。ある日のこと。一緒に信号待ちをしていた自転車の若い男性。信号が青になった。私と家人は渡り始めたのだが、彼はじっとしている。「天気予報!」突然、私たちの背後で一言大声で叫んだ。何らおかしいと
7月14日に奥サマのお母様が亡くなり、23日葬儀・告別式に参列してきました天寿を全うし、安らかに眠るように息を引き取られたとのこと…盆・正月・GWと(奥サマの)実家に伺うたび、お義母様には何かと気を遣っていただき、とても居心地よい時間を過ごすことができましたし、虎党のお義母様とプロ野球ネタで盛り上がるのを楽しみにしておりましたとても残念ですただただ、お義母様のご冥福を祈るばかり…奥サマは、お義母様が入所されていた施設に見舞う度に、お義母様の体力・気力が急速に
自分の備忘録のために少しずつ父の旅立ちのことやその後のことなどを書いていきたいと思います。⭐︎前回は納棺のこと、今回は告別式のこと2月19日10時30分から告別式10時に斎場へ最初に打ち合わせした担当者さんが来てくれていた。(担当って言ってたのは告別式の担当だったんだって終わってから理解した)葬儀屋さんから兄、母、まぁ〜たへ告別式の簡単な流れと家族側の座る順番、お焼香の回数などの説明があり、お坊さんへのお布施の渡すタイミングの説明がありました。棺に入れなかった御朱印帳と父が載っ
おはようございます。7月24日本日お誕生日の方おめでとうございます納棺師のchokoです。以下、閲覧注意です。あまりきれいな話ではないので苦手な方はここまでで。お誕生日の方🙇🙇🙇~~~~~~~~~~~~~さて、先日お世話をした故人様警察下げ、という事でした。納棺会社からのご依頼で伺ったんですが「男性だしお化粧もしなくて大丈夫」という申し送り。ああ、じゃあきれいな方なのかなと…念のため通常より30分はやく斎場に到着。で、棺の蓋を開けてまず最初の
07/23(木)あすけん開始:2934日目勤務明けところ休みです。朝11時過ぎに自宅を出発、葬儀社さんのホールに家族4人、車で向かう。持っていくものとして、棺に入れる果物、そして炊き立てのご飯1合を弁当容器に詰める。衣服や靴など、それとご飯のお茶碗とお箸は昨日に実家にて準備、弟に持ってきてもらう。ホールについて、上着を着てくること、忘れてた。その上着のポケットに数珠が入っている。着ていくよう壁に掛けていたのに、持っていくものに気をつけていて、仕方ないので数珠も無しで。今回、通夜
8時からでしたが、既に朝から暑かったです今年は猪も暑さからか、集落に4頭程度見掛けるだけとのことです。旧斎場は、解体中。一体は緑の公園となり、豪雨のための調整池にもなるようです。谷口敏信JAいずみの組合長は来ず。「俺に来てもらいたければ、マイバッハで迎えに来い」と言うことかしら?こんな尊大不遜な谷口敏信組合長谷口某は、直ちに農協から去れ
あの子は雨女だった幼稚園の行事小学校中学校高校あの彼さんにも言われた重要な時はいつも雨あの人逝った日も雨葬儀も雨斎場でのお別れの時も雨雨が降るとあの子を思い出す
今日は昨年亡くなったお義父さんの一周忌の墓参りに行きました正式な命日は7/22だけど、まぁ近い所で一周忌ったって、お義母さん義弟君S氏ゆにで墓参りして食事しただけ葬式の時も丸っとうちがS氏家のやり方を真似てこじんまりしたから一周忌も今後の法要も全部真似ていこうと思います真似る=法要=坊さん抜いて墓参りして食事するだけお盆はどうするのかって聞いたらこんな感じになりそう特に親戚も呼ばず家族だけでやるってお義父さんの新盆の時も何かやった記憶無いから真似るという事はうちもな
こんばんは。この夏はうれしいことにいただきものが多い💛それも甘いもの。通常はお中元をお届けするばかり。最近お土産とか差し入れとかいただきます💛今日はサツマイモチップス♬おかげさまで?体重が…あと2~3㌔痩せたい。実際、重い方のお世話は大変です。お着換えも大変ですが何よりご納棺時にお立会いの方が少ないとヤバシ・・となります。斎場でのお世話の場合は斎場内のスタッフさんにお声がけをすればいいのですが(お花屋さんに手伝っていただいたこともあります🙏)ご自宅の
🥲先日、建て替えられた斎場で仕事をした時のこと。「綺麗になったね。」という声がある一方で、現場で働く私たちは少し違った景色を見ています。😓お料理の搬入口が使いづらかったり、控室には配膳台や棚がない。お客様の手荷物を置くスペースも見当たりません。💦💦もちろん、施設を新しくすることは素晴らしいことです。でも、実際にその場所を使うのは、ご遺族だけではありません。お寺様、お料理屋さん、配膳スタッフ、葬儀社の方々など、多くの人が関わっています。葬儀の現場は「動線」がとても大切です✊。重いテーブル
斎場のそばの夢と刻まれた場所で眠っていますがいそがしく世界中を飛び回っているとおもいます。000000⋯と言う場所にクチコミを書いてありますが八束のお墓に書き込んだつもりがなにかチガウんやな的な。此の『夢』と言うお墓は前町長さん義父のお仲間さんたちの発案だそうです。50代で亡くなった義母が眠っていました。死ぬことがお墓に入ることが夢?不思議に思いましたが義父がいずれともに眠る場所であるからこそ刻まれたのでしょうか。義父より先に末子が逝くとはだれに
歌手藤圭子さん写真特集:時事ドットコム飛び降り自殺したとみられる歌手の藤圭子さん(62)の遺体は8月23日、安置されていた警視庁新宿署(東京都新宿区)から車に乗せられて、目黒区内の斎場に向かった。藤さんは22日午前7時ごろ、新宿区の高層マンション前の路上で倒れているのが見つかり、死亡が確認された。マンションから飛び降りたとみられている。写真は、歌手の藤圭子さんの遺体を乗せ、警視庁新宿署を出る…www.jiji.com『2013年8月22日午前7時ごろ、都内で倒れているのが発見され、
🟦⬛️逝き方は生き方⬛️🟦このところずっと、私は仕事を通して「逝き方」を学んでいるつもりでしたが、最初からずっと、「生き方」を学んでいたのです。良い斎場(火葬場)ほど、死への恐怖心が薄らぎ、安らかな死を迎えることができます。崇高なる火葬場で荼毘に付された故人には、もはや死は無いのです。終活とは「人生の終わりのための活動」の略。人間が自らの死を意識して、人生の最期を迎えるための様々な準備や、そこに向けた人生の総括を意味する言葉です。残りの人生で何かをしたい、何かを残したいという考えで暮らして
こんばんは、お葬式のひびき松永です。昨日は久しぶりに桐生市斎場へ。直葬火葬式でのお見送りのお手伝い。桐生市斎場にお邪魔したのは、一年ぶりぐらいでしょうか若手の職員さんも増えていて、現場にくることも減ると、その内浦島太郎状態になるのでしょうロビーにて休憩していると、隣の御宗家様が、外の風景をみて一言大自然の風景画みたい❗まさにその通り‼️葬儀社は仕事として斎場にいるのとは違った目線いつもはまったく気にもしたことがなかったのですが、ご家族様や会葬者様の目線を見直すい
イベントのご案内です「終活」という言葉が定着した昨今、ご自身の意思で「自分らしい写真を残しておきたい」と希望される方がとても増えているみたいです。【公式】佐倉市の家族葬・お葬式|佐倉市の葬儀社・オールセレモニー【公式】佐倉市の家族葬・お葬式|佐倉市の葬儀社・オールセレモニー佐倉市の家族葬・お葬式は、佐倉市の葬儀社・オールセレモニーにお任せください。家族葬・火葬式・直葬・福祉葬など、全てのお葬式を承ります。佐倉市内に自社ホール4式場をご用意しております。さくら斎場・八富成田斎場など、お近く
前回の投稿から2日後に義父が老衰で亡くなりました。最後は家族で看取ることができ、ずーっと半目で声をかけるとまつ毛が少し動き返事をしてくれていました。そしていよいよ血圧が下がると何時間も半目だったのに、力を振り絞るようにぎゅーっと目を瞑ったかと思うと後は穏やかな顔でそのまま逝きました。あー逝ってしまったかーと。穏やかで良かったなと思うばかりでした。さて、そこからが残された人たちの正念場です冠婚葬祭のアドバイザーの仕事をしている方が私の父と友人だったので、事前に何を準備するべきか、誰に連絡を
2026年7月5日(日)『愛される人』2026年7月3日(土)昨日のブログの続きになります。友人Kちゃんのご葬儀にもう1人の後輩M子と行きました。M子は同じ会社、同じ部署で共に働いていた2年下の後…ameblo.jp前回のこの記事の続きです。私とM子は40年ぶりの邂逅とは思えないほど極々自然に会話しながらKちゃんのご葬儀が行われる斎場へとGoogleマップを見ながら歩いていきました。M子はKちゃんとはお家が近いこともあり頻繁に会っていたそうで亡くなる1ヶ月前にもお見舞
2026年7月3日(土)昨日のブログの続きになります。友人Kちゃんのご葬儀にもう1人の後輩M子と行きました。M子は同じ会社、同じ部署で共に働いていた2年下の後輩です。私とKちゃんとM子は3人トリオで本当に仲良くしておりました。よく昔の昭和のドラマにあるようにOLさんが会社の制服着てお財布とハンカチ持ってランチに出掛ける、まさしくそんな感じでしたね。男女雇用機会均等法なんてまだ制定されてなかった時代です。お茶汲みコピー取りなんて当たり前。私達女子社員は男性社