ブログ記事55,655件
八正道関連するお話最後です。これまで、八正道についていろいろ記してきましたが、その中で毎回「正しい」という言葉が出てきました。この、八正道で使われる「正しい」ですが、いったいどういう意味なのでしょう。八正道の「正しい」は、「世間一般の常識に照らして正しい」や「間違っていない」という意味とは少し違っています。以下のように考えてみるとわかりやすくなるかと思います。..........
ご訪問ありがとうございます🤗大阪•兵庫・京都を中心に片づけ•清掃•生前整理をお伝えする活動しながら寄り添う家事代行サービスも展開中片づけ•お掃除は気持ちが洗われ心が整えられます。生前整理は過去を振り返り今を整え未来を考える生き活@自分も自分にとって大切な人をも明るくしあわせな人生であって欲しいから思いを込めて活動中です。よりそいコンシェルジュ中川智子(なかがわともこ)です。教えは一生もん!
こんにちは☀️良く晴れてますね海辺の夜の暴風が夜明け前の寒さが嘘のようですよ。ホットなシーズン到来リベンジな夜釣りでお湯を沸かしてコーヒー☕️タイム今朝の夜明けの海もいつぞやの夜明けの富士山もたまらなく美しい(*´ー`*)シンと冷えた空の明け空は感動でしかない。そんな時に飲む温かい飲み物はたまらなく美味しい。生きているってことをありがたく思うよ。( ̄ー ̄)前回の釣りのリベンジは死から生へそんな意味合いも含まれていたようだな。オリジナルアートの世
こちらは、生きていて良い考え知って損のない教えを翻訳していく、【Dailyreadingsの和訳】ページです。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※こんにちは♪オンライン講師みやちゃんです楽しく生きる毎日の生活に役立つあなたのための情報を発信中♪たまに土曜日発信良かったらイイネしてチェックしてね♡※※※※※※※※※※※※※※※※※※※本を少しずつ、翻訳していきたいと思います。※ちなみに英語の達人では有りません故
八正道関連のお話が長くなり恐縮です。そのついでで更に申し訳ないのですが、座禅の話が出てきたところで、現在、私がやっている実践について、ちょこっとだけ書いておきます。(「座禅」と言って良いのかどうか・・・言葉にこだわる=囚われるとちょっと違ってくるかもしれないのですが、目的・内容的には昨日・一昨日記したものと同じです)私は、病気病状のため、身体を思うように動かすことが難しいです。なので、結跏趺坐・半跏趺坐はできませ
気を付けてくれよ。気が元だぞ。気から生まれるのだぞ。心配れと申してあろうが。心の元は気だぞ。全ての元は気であるぞ。気は喜(き)だぞ。臣民皆にそれぞれの木(気)植え付けてあるのだぞ。嬉し気は嬉し気こと生むぞ。悲し気は悲し気こと生むぞ。・・・岩戸の巻第2帖(238)・・・中村天風の師匠カリアッパは、「俺たちは気で生きている」と、言っている。体や頭(思考)が辛くても、心を病ますな心が辛いときには、神と共に(神からの)気で心を支え、そして、任せるという感じだろうか。(体やマ
煩悩とは人間の欲の事すべての煩悩を捨てれば悟が開けるとされています食欲、睡眠欲、性欲、物欲…108つの煩悩があるとされていますもし…109個目の欲望があるとしたら【延命欲】後悔しない生き方は不可能ですが後悔を一つでも減らしてこの世を去りたい先ずは感謝の言葉を口にしたいと思います
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」について、記してきました。昨日、記事にした通り、その八つ目の「正定」(しょうじょう)は、正見や正念という正しいものの見方、正しい信念を胸に、正しい定に入る(=心を集中する)ことを意味しているのですが、その定にかかわって、特に禅宗では「座禅」が重要になっています。以下、昨日の続き。改めて
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」について、記してきました。昨日、記事にした通り、その八つ目の「正定」(しょうじょう)は、正見や正念という正しいものの見方、正しい信念を胸に、正しい定に入る(=心を集中する)ことを意味しているのですが、その定にかかわって、特に禅宗では「座禅」が重要になっています。座禅よく見聞きすることながら
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。その最後、八つ目「正定」(しょうじょう)は、正見や正念という正しいものの見方・正しい信念を胸に、正しい定に入ることを意味しています。この「定に入る」という表現は、あまり見聞きしない言葉ですが、簡単に言えば、思いを定めることで「定=心の集中/心を落ち着け集中すること」を揺るぎないものにしてい
今晩は★鈴木夏未です♡たまたまショートパンツを履いている日にロングスカートよりショーパン履いた方が景気が良くなると謎の教えを恩師から賜りましたのでへぇそうなんだぁとシェアしました!普段ロングスカートが多くてクローゼット履く枠はロングスカートだらけこれ以上、買い増ししないっ!持っている分で着回し今年度は増やしませんあと3ヶ月間くらいじゃ短い?10月11月12月お正月辺りにセールがありそううっかり購入に気をつけなきゃ
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。その七つ目は、「正念」(しょうねん)、その意味は、正しい意思・信念をもつことです。これはつまり、この世の絶対に変えることのできない真理(諸行無常や諸法無我)を知り、その真理に即して正しい信念をもって生きること。言い換えれば、ものごとを自分の思い込みで決めつけず、今の自分の心や現実をあ
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。その六つ目は、「正精進」(しょうしょうじん)正しい道に向かって努力することです。これも簡単に言えば、今まで行っていた間違ったことを止め、正しいことを行って生きていく努力をしましょうということ。八正道の内容について、前回まで5つのことをお話してきましたが、今回の正精進も当然それらと
私はしばしば“自分の過去世や背負わされている因縁”について尋ねられます。私は人の過去世についてははっきりと見えるときと見えないときがありますが、概ね感じ取ることはできます。人の過去世を感じているということは、今この世を生きている私たちには、生まれる前に生きてた過去の時間があるということです。そしておそらくこの世で死を迎えた後も、また生まれ変わる来世があるのでしょう。過去世があって、今世があって、来世があるということは、今の私たちがまとっている肉体はこの世を生きるために借りている“器”に過ぎず、
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。その五つ目は、「正命」(しょうみょう)正しい生活を送ることです。簡単に言えば、規則正しい生活を心がけ、人をだまして生計を立てることなどしてはいけないということです。人として当然なことで、正しくものごとを見られず、自分本位の正しくない考え方や行いをしてしまうと、生活が乱れて病気になったり、他者
聖書の終末論は解釈が色々とあるようです。それを踏まえて・・・ChatGPT回答・・・最初に一つ大事なことがあります。聖書には「終末期はこの順番で一直線に起こる」と書かれた一枚の年表はありません。マタイ24章、テサロニケ書、黙示録など複数の箇所を組み合わせる必要があり、キリスト教の中でも解釈が分かれています。特に「患難→再臨→千年王国」の順序には複数の立場があります。ここでは、聖書本文から比較的素直に組み立てた流れを示します。聖書の終末を大きく一本にすると①前兆・社会の揺れ
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。その四つ目は、「正業」(しょうごう)正しい行いをすることです。仏教には戒という、守るべき、自分を律する内面的な道徳規範があり、在家/出家や、男女、宗派等によってその内容に違いはありますが、基本的に処罰を伴わない、自発的な努力を待つという特徴をもっています。今回の、「正業」は、ま
リブログのリブログとなっております。🙇♂️全国学力学習状況調査の結果から、予習と復習では、予習の方が成績が上がることが示されております。私としては、家庭学習で「予習」をする事をオススメしているのですが、学校の先生によっては、予習を禁止している方もいらっしゃるようです。元記事のリブログ元では、テストなどの際に、「既習事項のみを使って課題を解決するように。」という指導があったとのことでした。子ども達に、どんな力を身に付けて欲しいか?それによって、指導方法は変わってくると思います。「教え
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。三つ目は、「正語」(しょうご)正しい常葉づかいをすることです。一つ目の正見、それから二つ目の正思惟とも大きくかかわってくるのですが、現実に、一人で生きていくのが難しい世の中、かならず誰かと言葉を交わさなければなりません。言葉は「言の葉」。大きな力をもっており、その用い方によっては、良くも
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。そのふたつ目は、「正思惟」(しょうしゆい)正しい考え方をもつことです。正しい考え方というのは、偏らない考え方をもつということ。仏教の説く物事の正しい見方とは、自己中心的な考え方を捨て、この世の真理(諸行無常等)に照らし合わせて考えることです。誰しも、幸福に生きたいと考えると思いますが、その
183.3ヶ月と3ヶ月続けてきたこと✨こんにちは今年の2月に、お金を通して大きな学びが起きました。そのちょっと後に、一ノ瀬京介さん主宰のインドの悟った聖者シュリ・クリシュナジさんとプリタジさんのワンネスの学びのコミュニティATBSに出会い、それをきっかけに3月に一ノ瀬京介さん三島佳太さんからシッディを受け取ってきました。その際の懇親会に参加し、お二人の話しを息のかかる距離で聞ける機会がありました。幸運✨な席でした!「自分が生まれてきた目的を知りたいそ
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。そのひとつ目「正見」について、昨日に引き続き、どうすれば「この世の真理(諸行無常・諸法無我等)を知り、物事をありのままに見る眼を養う」ことができるようになるのかについて、見ていきたいと思います。4日常の小さな出来事で「無常」を見る難しいこと/厳しいことを行うことだけが方法では
【ジョージのコトバ#176】孫にいろいろ教えてもらうじいじそんな自分が最近好き!!●解説お孫さんの教えは素直に受け入れるジョージ。とは言うものの、いままで誰からも教えてもらっていないわけではない。そんなわけで‥聞いてもらいたい話はお孫さんに伝えるのが良さそうだ。
仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動である「八正道」。土曜日に続き、そのひとつ目、「正見」について記していきたいと思います。前回、書いたように、「正見」とは「正しいものの見方」で物事を見るという意味。(正しいものの見方=偏りのないものの見方とも言うことができます)自分の固定概念などが入らずに物事をありのままに見る
ここまで、「苦しみとは何か」「なぜ苦しむのか」「苦しみはどういう段階を経るのか」等について、ふれてきました。その中にも「苦しみとの付き合い方・苦しみを軽くする方法」も記してあるのですが、今日からは、お釈迦様が説かれた「八正道」(はっしょうどう)「苦をなくしていくために、実際にどう生き、どう修行していけばよいか」について、何回かに分けてお話したいと思います。「八正道」あまり見慣れない/聞き
三年と半年、半年と三年であるぞ。その間は暗闇時代、火を灯しても暗いのであるぞ。明るい人民には、闇でも明るい。日は三日と半日、半日と三日。次に五年と五年じゃ。五日と五日じゃ。このこと、間違えるでないぞ。(一部省略)この大峠を越してから、大いなる試しがあるぞ。・・・扶桑の巻第6帖・・・今からおよそ30年後の地球は、黄金時代に突入しているらしい。とすると、三年と半年、半年と三年→王統、エリート、それに便乗して他の人から搾取し傷つける人達の大掃除?(コロナ禍。ウクライナ、ロシア、イ
MyGrandparents*本通信は、ブータン出身スタッフのチミさんが書いた日本語を原文のまま掲載しています。どうぞ応援してくださいクズランポラ〜チミデカルです。今日は祖父母と過ごした時間と教えについて書きます「祖父母は自分の子ども以上に孫を可愛がる」とよく言われます一般的な祖父母は2組ですが、私にはもう1組、母の叔父と叔母という「第3の祖父母」がいます。(トップ画像)学校に通う前、まだ小さかった私を育ててくれたのがこの二人でした。どこへ行くにも私を連れて行
お釈迦さまの説かれた「四諦」(したい)の最後、4番目は「道諦」。3番目の「滅諦」(苦しみはなくす/弱めることができる)を受け、次のように表されます。④道諦(どうたい)――「そのための道がある」「苦しみとの付き合い方」を考えるうえで、お釈迦様の説かれた実践的な取り組み方ともいえる「四諦」。再度まとめると、このようになります①苦諦(くたい)――「苦しみがある」
お釈迦さまの説かれた「四諦」(したい)その3は「滅諦」。すごく重要なところです。③滅諦(めったい)――「執着を手放せば、苦は軽くなる」昨日記した、四諦の2番目「集諦」(=苦しみには原因がある)の次にくるのが「滅諦」で、「では、その原因を弱めることができれば、苦しみも軽くなるのではないか?」と考える段階です。例えば、「友人に認めてもらいたい
自分のPCの画面をみながら「これってどうやるの?」と聞いてくる人がいる。隣の席なら覗き込めば見えるけど、対面だったり離れていたら当たり前だけど画面は見えない。これって「私のところまで来て画面を見ながら教えてくれ」ということなのだろうか?困っていることと場面を言語化してくれれば、見えなくても想像ができるのである程度指示できる可能性はある。まあ言語化できるということは作業内容をPCの操作レベルでわかっているということなので、おそらく聞かなくても解決できるのだろうが。子供の頃父親から