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「人間という病」オワ(63)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース(21)ブリコラージュ西洋のあのAかBかという直線的な論理では、これは「非効率」で「矛盾」に満ちた愚かな未開なシステムにしか見えないだろう。だが違うのだ!全く違う!是こそが異質なものを破壊し、そして排除するのではなく、その両方の良さを最大限に生かしながら、より高次元の豊かな調和を生み出すという、日本文化の底知れぬ力の、何より雄弁な証なのだ!西洋文明が、常に何かを「破壊」し、その瓦礫の上に新しいものを打ち立てるという、あ
「人間という病」六番(62)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース【ブリコラージュ】あるいは君たちの言語を見てみるがいい。中国大陸から漢字という世界で最も複雑でそして強力な文化的重圧を持つ文字体系を輸入した。普通の文化であったら、その圧倒的な情報の重圧の前に自らの固有の言語を失ってしまってよいだろう。だが君たちは、その漢字の奴隷にはならなかった。なんとその複雑怪奇な表意文字からインスピレーションを得て「ひらがな」と「カタカナ」という世界で最もシンプルで機能的で、そして流れるように美し
こんにちは。築45年超えの都営住宅に息子と二人で暮らしているシングルマザーの、みきですさて、3連休橿原神宮行ってきました!金曜日に仕事が終わったその足で、新幹線に乗り合流地点の名古屋へ新幹線は満席で、自由席は立ち乗りでてました私は新幹線は必ず指定席を取るので座って移動です流石晴れ女!雲一つない青空なりとても気持ちの良い土地の空気で居心地が良かったですその次に向かったのは岡寺日本最初のやくよけ霊場だそうです。日本最初やくよけ霊場・西国第七番
「人間という病」(60)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース【第一の奇跡】日本の文明は、異質なものをただ頑なに取り込むだけではない。それを一度完全に自らのものとして消化し、そしてそこから全く新しい、より高次元なものを創造する、あの驚異的なまでの「編集能力」を持っているという驚くべき事実だ。私はこの、人間が本来その誰もが持っているはずの根源的な知性を「ブリコラージュ」と名付けた。それは専門の道具を持たない器用な職人が、その場にある「あり合わせの道具」や、他人から見ればガラクタ同然の材料
「人間という病」(59)初戦★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロースなぜか日本には、西洋がプラトンのイデア論の時代から数千年もの長きにわたって、必死にそして多くの血を流しながら、分離しようと格闘してきた、その全てのものが驚くべきことに、完全に、そして息を呑むほど美しく、一つに溶け合って存在していた。「自然」と「文化」「神話」と「歴史」「具体」と「抽象」「聖」と「俗」西洋では常に敵対し、決して交わることのない、これら二項対立が、日本では当たり前のように互いの境界線をまるで春の霞のよう
「人間という病」(58)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース私の傷つき疲れ果てた知性は、私のボロボロになった魂は、この西洋という巨大で、そして巧妙に作られた袋小路から脱出するために全く別の道を、必死に探し求めた。そして私の探究の全ての航路が最終的に、まるで運命の磁場に引き寄せられるように、一つの驚くべき地点で交差した。その場所こそ君たちの国、日本だった。初めて私が日本の土を踏んだときの、その静かな、しかし私の全存在を根底から揺るがすような地殻変動にも似た衝撃を私はどう表現すればよいの
「人間という病」(56)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロースその時私は慄然として悟った。ヨーロッパのあの焼却炉から立ち昇る黒い煙と、アマゾンの緑の森の奥に吸い込まれるように消えてゆく最後の歌声が、私の頭の中で一つのおぞましい、そして悲劇的なイメージとして重なり合ったのだ。その根源は同じだ!自分たちとは異なる論理、異なる価値観、異なる歌を持つ者達を決して認めようとしない文化的な不寛容さ、西洋文明とは、なんと貧しいのだろう。なんと傲慢で、破壊的な、深刻な病なのだろうか、私は心の一番奥底か
「九州年号と九州王朝」論(三―三))――「大化」年号と「大長」年号――一、「大化」年号と「大長」年号(一)六九五年持統によって改元された「大化」年号は、何時まで続いたのか。通常年号は、次の「改元」または新王朝成立による「建元」によって廃止されるまで継続する。従って、「大化」年号が何時まで続いたかは、次の年号の有り様によって知ることができる。この点、六九五年を改元時期と捉えた「二中歴」・「永光寺」は、次の改元を七〇
「人間という病」(54)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロースだが、その私の知的な興奮と深い感動も束の間だった。私が彼らのそのあまりにも貴重で、そして繊細な文化を記録する、まさにその側から彼らの世界は、まるで春の陽光に晒された朝霧のように急速に、そして跡形もなく消えていったのだ。西洋からやって来た宣教師が、商人がそして金鉱掘りが持ち込む安物の工業製品と、そして何よりも我々の価値観、我々の「進歩」と言う名のあの甘く、そして致死性の高い文化的な毒によって、彼らのあの壮大な宇宙の始りを語る神話
「人間という病」1勝(52)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース私は再び旅に出た。ブラジルの奥へ、さらに奥へ、近代文明のあの傲慢で、そしてどこまでも自己中心的な光が、まだ届かぬ場所へ、そこなら、あるいは人類がとうの昔に分かれ道で選び間違えて失ってしまった、もう一つの可能性が、まるで琥珀の中に閉じ込められた古代の蝶のように、ひっそりと残されているのではないかと、最後の藁にすがる思いで、そして私がで会ったナンビクワラ族・ボロロ族・カデュヴェオ族、彼らは確かに文字を持たなかった。恒久的な石の建
万葉集巻4-485岡本天皇の御製一首、並びに短歌神代より生(あ)れ継ぎ来れば人さはに国には満ちてあぢ群(むら)の騒きは行けど我が恋ふる君にしあらねば昼は日の暮るるまで夜は夜の明くる極み思ひつつ寐(い)も寝かてにと明かしつらくも長きこの夜を486山の端にあぢ群(むら)騒き行くなれど我れはさぶしゑ君にしあらねば意訳神代より生まれ継いだ人が、この世にあふれかえっています。まるで鴨の群れのように忙しなく行き来すれど、私がお慕いするあなたではない。昼は日の暮れるまで、夜は夜の
「人間という病」初戦★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース私は故郷を追われた。私がかってその一部だと信じ、そして誇りさえ感じていた、あの偉大な文明そのものによって、私は唾棄すべき汚物として無慈悲に吐き出されたのだ。命からがら逃げ延びた亡命船の、息の詰まるような暗闇の中で、私は凍り付くような一つの真実を悟った。私が信じてきた「進歩」と言う名のあの豪華絇爛な列車は、輝かしい未来のユートピアに向かって走っているのでは無かった。それは崖っぷちに向かって、ブレーキの壊れたまま猛スピードで突き進む機関
第四十代天武天皇は、古代飛鳥時代の天皇です。天武天皇と鸕野讃良皇女(持統天皇)御父は舒明天皇、御母は斉明天皇(皇極)、また天智天皇は同母兄となります。そして天智天皇の皇女でもあった妃の鸕野讚良が次に即位することとなります(持統天皇)。舒明天皇三年(631年)生。ただし複数の説あり。御名は大海人皇子。和風諡号は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)。母は二度天皇(重祚)になり、兄は乙巳の変を起こし、妃も天皇になりました。この飛鳥時代の天皇の中で大海人
今日は、地元のお祭りへ家族で行ったのですが、そこで日頃からお世話になっている町内の出土品を管理されているY様と、地元小学校の校長先生にお会いすることができました。そこで校長先生に、7月に発行した「大友皇子(おおとものおうじ)」の小冊子を、お渡しすることができました。これも神明社の神様と、Y様のおかげ✨しかも、小学校には、地元の歴史に熱心な子どもたちがいるとか。素晴らしいことです🤩地元の子どもたちや地元の人たちに地元のことを知ってもらって地元を好きになって欲しい🟰
「人間という病」(50)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロースユダヤの血を引いている、ただそれだけで、私にとって如何する事も出来ない理由で、私は私の同胞たちは「文化人」を自称する者達によって、人間以下の処理すべき「有機物」として、冷徹に分類された。昨日までは「友人」と呼び合い、カフェのテーブルでワインを酌み交わした人間が、一夜にして私を「異物」として、その人間を見る目ではない、まるで昆虫でも観察するかのようなモノを見る目で見下す。その目の色、あのゾッとするような温度のない変化、あれこそ
「人間という病」(49)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース諸君ナチズムを歴史の特殊な例外的な狂気だと思ってはいけない。あれは外部からやって来た未知のウイルスなどでは断じてないのだ!あれこそが西洋の理性が、その論理を純粋培養し、極限まで突き詰めたその果てに、必然として産み落とした、紛れもない摘出子だったのだ。効率・純化・分類そして規格外とみなされたものの、冷徹で無慈悲な排除、その恐るべき、そして論理的な帰結がヨーロッパ全土にまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた、あの絶滅収容所への鉄道網
「人間という病」(48)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース西洋文明のあまりにも明晰すぎる光が、一体何をもたらしたのかというのか、それは自らと少しでも異なるものを徹底的に排除し、そして破壊するという悪夢のような現実だったのだ。光が強ければ強いほど、その影もまた深く濃くなる。西洋の理性のあの傲慢な光は、そのすぐ背後に、ナチズムという巨大で、おぞましい怪物の影を産み落としたのだ。◆天武朝草壁皇子と大津皇子○後継者問題天武と鸕野によって天皇を中心とする中央集権体制がほぼ整えられたという
「人間という病」(47)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース私が育った20世紀初頭のヨーロッパは「論理」と「分析」を唯一絶対の神として崇める世界だった。物事を可能な限り細かく、細かく分ける。AはAであり断じてBではない。白は白であり決して黒ではない。そのカミソリのように鋭く、そして冷たい二項対立の思想こそが、この混沌とした世界を正しく認識し、そして支配するための唯一の武器であると、プラトンの昔から誰もが信じてきた。分けること、名付けること、そして体系化すること、それこそが「文明」の証で
「人間という病」(46)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロース(4)この極東の島国に、私が生涯をかけて解き明かそうとしてきた、あの複雑な謎のその全ての答えが、あまりにも静かに、そして息を呑むほど完璧な姿で、ただそこに存在していたのだ。だが諸君、私がなぜこれほどまでに君たちの文化にその魂を根こそぎ揺さぶられるのか、その本当の意味を理解してもらうためには、まず私が、どれほど自らが生まれ育った西洋文明に、深くそして救いようもなく絶望してきたのかを、語らねばならないだろう。◆天武朝仏教の保護
「人間という病」(45)★日本を愛した哲学者レヴィー=ストロースその謎の名は「日本」という。私がこの国に初めて、その魂の深い部分にふれたのは、人生のかなり後半のことであった。正直にここに告白せねばなるまい。これまでの私にとっての日本という国は、私のあの巨大な研究地図の、その片隅にぽつんと位置する一つの興味深いが、しかしあくまで特殊な事例に過ぎなかった。だが、ああなんと私は愚かだったのだろう。なんと私は見当違いな場所に宝の地図を広げていたのだろう。私がその人生の全てを賭けて追い求めてきた人類の
高校生の頃から、歴史っておもしろそうだなぁとうっすら思っていた。が、人名、年号、その他、テストに向けて暗記することが多すぎて脱落気味だった。というか、私の中では、世界史、日本史ともに寝ててもいい授業に認定されていた。寝ると授業についていけなくなるというものでもなく、また何より、突然指されて答えなければいけないということもなかったから。その後、授業もテストも縁がなくなると、本やテレビなどで歴史ものに触れる機会が増えた。最近よく観てい
大峯本宮天河大辨財天社天河神社確認できる主な黒木御所⭐筑前国朝倉(福岡県朝倉市)天智天皇(伝承)の『黒木の屋』=いわば原型⭐佐渡(新潟県佐渡市)順徳上皇の配流先⭐隠岐(島根県・西ノ島町)後醍醐天皇の配流先奈良県天川村、南朝方の御所跡『黒木御所』は、天皇や皇族が都を追われ、配流、避難した先で急ごしらえに建てられる特定の状況下で生まれる仮御所歴史上、島流しや戦乱で朝廷が分裂した特定の時期に特定の場所だけに作られたもの共通しているのは『都から離れた辺境の地
高松塚古墳へ向かう途中で見つけた天武・持統天皇陵です。高松塚古墳と壁画館を見学したあとに向かいました。駐車場もあってありがたったです。こちらの比較的ゆるやかな階段を上っていきます。天武天皇,持統天皇陵です。やはり厳かな面持ちに。高台にあるので、見晴らしもよいです。まわりを巡ることも出来ます。高松塚古墳は右の方かしら,と眺めるNancy続く
「人間という病」(41)★哲学する!アウグスティヌス「君たちも努力しなさい!罪を犯さず、正しく生きなさい!」だが、アウグスティヌスはそんなペラギウスにこう反論する。「無理無理!そんなこと出来るわけないじゃん!だって、我慢できないもん!」アウグスティヌスはとても正直だった。彼は、自伝で「性欲、我慢できねえええ!下劣な快楽に燃え上がってましたああ」的なことを告白してしまうほど正直だった。自分の心の弱さをしっかり認め、正直に告白することが出来る彼は、人間はそんな強い存在ではないことをよく分か
万葉集巻2-111吉野宮に幸史しし時、弓削皇子、額田王に贈り與へませる歌一首いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より鳴き渡り行く意訳過ぎ去った昔を恋い慕う鳥なのでしょうか。弓絃葉の御井の上を鳴きながら大和の方へ渡って行くのは。万葉集巻2-112額田王、和(こと)へ奉(まつ)れる歌一首いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きしわが念(おも)へる如意訳その鳥は、ほととぎすでしょう。おそらく昔を恋い慕う私の心を伝えるように。弓削皇子は天武の第
「人間という病」(39)★哲学する!アウグスティヌス彼が一貫して述べていたことは、「人間は、生まれながら罪深い業(原罪)を背負った存在であり、神の恩寵(おんちょう)なくしては救われない」というものであった。つまり、「人間は自力では救われない。神の力が必要である。」という考え方だ。一方当時、アウグスティヌスと敵対していた派閥の司祭たちは、こんな風に考えていた。「人間は、禁欲により、神に近づける。人間は、努力によってのみ、救われるのだ。」つまり「人間は自力で救われる。神の助けは不要」という
「人間という病」(37)★哲学する!アウグスティヌス彼は、決してクチがうまいだけの議論屋では無かったのだろう。というより、30才を過ぎて途中から教会組織に入った人間が、ただ議論が上手なだけで「キリスト教最大の教父」と呼ばれる地位に迄上り詰めることが出来たとは到底思えない。そんな一癖もある司祭たちを相手にどうやって彼は、議論で打ち勝つ事ができたのだろうか?やはりそこには理屈を超えた、彼自身の人間的な魅力や人徳もあったに違いない。少なくとも、彼の人間性について、ハッキリしているのは、彼は、と
こちらの記事は日本史歴代天皇【第44代:元正天皇】のINDEX記事です※順次追記中※記事の日時=更新日時です※画像や動画の流用は固くお断りします目次概要在位期間系譜宮在位中の創建とされる社寺目次を開く概要在位期間715年10月3日(35歳)〜724年3月3日(44歳)※崩御:748年5月22日(68歳)系譜父:草壁王子祖父:第40代天武天皇祖母:第41代持統天皇母:阿陪皇女=第43代元明天皇宮平城宮在位中の創建とされる社寺【千葉県】
7月26日に正式に世界遺産に登録された飛鳥・藤原の宮都。その登録当日7月26日と前日の25日に行った藤原京跡。第一弾となる前回の記事ではその中枢である特別史跡藤原宮跡のレポを書きましたが、今回の記事はそこで書き切れなかった平城宮以外の藤原京の遺構や研究調査から解ってきた藤原京についての考察を書いて行こうと思います。小生が藤原京の全体を見るために行ったのは、明日香村の甘樫丘です。標高148mの甘樫丘は飛鳥の里を展望する格好の場所です。甘樫丘撮影:撮影2013年11月24日ここ
「人間という病」(36)★哲学する!アウグスティヌスアウグスティヌスは、自らキリスト教(唯一神信仰)の教義の問題点、則ち「ツッコミどころ」を自分で見つけることが出来る冷静さと、その言い訳を考えつくだけの知識を持ち合わせていたということだ。これは彼の人生経験のたまものである。また彼は若い頃から、弁論術を学んでおり、誰と論争しても勝てるだけの素養もあった。これらの点を踏まえれば、彼が様々な宗派の司祭たちをバッタバッタと論破できたのも頷ける話であろう。つまり彼は当時においての最強の論客であっ