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「戦争の記憶が風化する」ということがよく言われる。確かに体験者が鬼籍に入り、生の言葉は聞こえなくなりつつある。だが、「風化」とは別に、「思い込み」による「ステレオタイプな戦争の風景」というものをアップ・デートする必要もあるのではないか?例えば、上に書いた「電髪頭」の風景。他にも「戦前はずっと軍国主義で、モノトーンの世界で、女性はみんなモンペ、男は国民服だった」という思い込み、などなど、ファクトチェックが必要だ。昭和19年1月「東亜服装決戦版」
福井県立歴史博物館にて、ごらんの特別展が開催されており、平日の休暇を利用して行ってきた。平日だというのに意外と人あり、来ているのはジジババ(自分も含めて)&夏休み中の小中学生といったところか。8月は終戦の月ということもあり、メディアを始め何かと賑やか。世界的には日本の終戦は調印が行われた9月なのだが、8/15の天皇陛下の玉音放送をもって日本は降伏、よって8/15が終戦記念日とされている、日本としては。この特別展でも、戦前、戦中が色濃く紹介されていた。ここで細かくは書かないが、こうし
この「モガ」みたいな写真。実はうちの母親なんです。フォトショップがAIやり始めたと聞いていたので、試しに母親の15歳の時(昭和15年)の写真をやらせてみたら、こんなになりました。他のAIレタッチソフト(3種類ぐらい)でもやってみたけど、格段に優秀デス。Adobe舐めたらあかんなー。ちなみに元の写真はこれです。これ見て思い出しましたが、朝ドラの「虎と翼」の最初の方のシーンで、洋装の女性が一杯登場して、「時代考証がデタラメだ」とかの非難がNHKに寄せられていたそうで
8月2日(日)午後、大阪府箕面市に所在する大阪大学附属外国学図書館のAVコモンズで、社会人と学生を対象とした「中国語書籍を読もう会」を開催しました。図書館参加13名、ZOOM参加3名の計16名が、一都二府五県に加え海外3都市から集まり、国際色豊かな読書会となりました。今回の課題図書は張愛玲の長篇小説『半生縁』(邦題『半生の絆』)で、特別ゲストとして、訳書を最近刊行された神戸大学大学院教授・濱田麻矢先生をお迎えし、「神は細部に宿る——張愛玲『十八春』『半生縁』の衣食住行」をテーマにご講演いた
8/7まで有効の画像です。8月と言えば広島は鎮魂一色になります。苦手な方は見るのをお控えください。広島県内、長崎県内だけで行われる平和教育。県外の人はその地域の被害の話さえ、聞いたことがないかもしれません。千葉にいる時、ニュースで8月6日の朝ほんの少し報道があるのみです。ひょんなことから広島市の地名を知りたくなりました。その中で目に付いたのが猿楽町2002年制作の映像です。猿楽町(さるがくちょう)、面白い地名です
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-10141.html?sp7月29日は支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した通州事件の日!絶対に風化させるな!日支断交-正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!マスゴミの嘘や洗脳工作を許すな!がんばれ!日本国民党!deliciousicecoffee.jp南京大虐殺というデマより、この事件こそ忘れ
Presentedby北海道遊びびと2026年7月27日芦別観光協会公式インスタグラムで紹介されていた芦別市の豊岡神社。狛犬さんがとても印象的だったので、さっそく行ってきました。豊岡神社は芦別と旭川を結ぶ道道4号線の黄金町の釣り堀の「イルム山荘」の看板を左折した先にあります。(画像はGoogleストリートビューからお借りしました)到着。石の社標が立っています。太陽光の影響で裏面に彫られている文字がまったく見えないので、画像処理して、
ずっと気になってたんだよな〜戦前は瀬織津姫と由緒書きに書かれていたってよくSNSに書かれてたからホームページには載ってないし由緒書きの原本が見たかったわけ少なくとも“戦前”の御祭神の確認をしたかったのよ昭和12年は戦前よね?古本上がってきた御祭神だけ載ってたから見たけどどこにも書いとらんけど???瀬織津姫の文字ないよ?!?御祭神天照大御神荒御魂原本出してくれたらそれが一番早いのよ何で出してくれないの?原本出せば混乱治まるじゃない?それが証拠になるのに?政府が云
明治帝国政府は、朝廷制度を廃止し、地位も身分も低い長州藩や薩摩藩出身者で、イギリスの議会制民主主義を輸入した。それまで江戸の長屋の住民は免税であったが、平民にも苗字を名乗らせ戸籍を作り、税金を徴収した。今のマイナンバーカードと同じである。そして欧米から弱小日本と呼ばれていた日本を富国強兵制度を設ける。日清戦争、日露戦争で勝戦国となり、経済も活性化し、国力も強くなったと誤解した。帝国主義であるから、朝鮮や中国大陸を侵略し、更に大国化する軍部の動きに変わった。そして、あっけなく太平洋戦争
6月29日の高知新聞です。右ばっかり向いてないで、左も向かないと、首がおかしくなりますよ~
母と69年も付き合ってきたのに、まだ知らないことがあった。双葉山を触ったというのだ。双葉山の引退は1945年、母が南京から引き揚げたのは1946年だから、触ったのは戦前の南京ということになる。南京は中華民国の首都だった。1937年に日本が陥落し、外務省や海軍の武官府があった。日本人は一万人も暮らしていたのだから、巡業があってもおかしくない。ちなみに、武官府とは、軍務に関する連絡や補佐を行った「侍従武官」がいた特務機関(宮中の詰所・組織)である。69連勝は1939年までだから、席をとるの
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beこの動画は、れいわ新選組の山本太郎代表と大石あきこ氏が突然の辞任を発表した状況を受け、配信者とリスナーが抱く複雑な心境や今後の懸念を語る内容です。**主な内容:*****辞任への衝撃と悲痛な心境:**多くの支持者が突然の発表に言葉を失い、悲しみや悔しさを共有しています(0:22-0:46)。***メディアや世
いすゞ自動車の前身東京瓦斯電気工業の大正時代のカタログが手に入りました。大正8年明記から1919年に刷られた冊子で100年以上が経っています。いすゞ自動車の前身東京瓦斯電気工業がまだ軍用保護自動車を生産を始めたばかりでアメリカのリパブリック、スチュードベーカーなど輸入し、ボディなどを日本国内で組み立ている頃です。乗合自動車を購入するのは自治体が中心なので一般に配られた数は少ないと思います。大正12年に起きた関東大震災の復興の交通手段確保からフォードのバスが輸入され後の日本フォードや日本ゼネラ
次に母親が入信した経緯をお話しします。私の母は戦争中に結核で実母を失い、継母の下で壮絶ないじめを受けて、女学校卒業後、伯母の下に身を寄せました。その際、伯母の通っていたセブンスデーアドベンチストの教会に一時所属しました。伯母は、福岡に派遣されていた特別開拓者の横浜出身である姥塚(うばづか)家の訪問によりエホバ証人との接点を得たことからJWに改宗したようです。この後、オーストラリアからの宣教者パーシーとイルマ・イズラブ夫妻が福岡に来られ、彼らは両親の結婚にも関わり、彼らが亡くなる晩年まで、
左:中山堂は統治時代は台北公会堂として市民に親しまれていたそうです。右:隣のビルに埋もれているけど、かつての臺北信用組合の建物は1933年完工。今も銀行が営業しています。100年近く前の建物が現役なのは嬉しいし、これからも可能な限り残して下さい(お願い)。
『鉄道博物館①〜食堂車の残像〜』鉄道博物館に入場まずは2階から上越新幹線開業前の新潟のシンボル的特急181系「とき」とトキ鉄でもおなじみだった国鉄型交直流急行電車455系とのツーショッ…ameblo.jp『鉄道博物館②〜特急「とき」の情景〜』『鉄道博物館①〜食堂車の残像〜』鉄道博物館に入場まずは2階から上越新幹線開業前の新潟のシンボル的特急181系「とき」とトキ鉄でもおなじみだった国鉄型交…ameblo.jp『鉄道博物館③〜20系「あさかぜ」への想い〜』『鉄道博物館①〜
読書向田邦子全集小説二あ・うん昔から読んでみたかった「あ・うん」。昭和の時代におそらくTVドラマか、映画になっていたと思うが、それだけ知っていたが機会がなく今まで読んだ事がなかった。背景は、第二次世界大戦直前から戦争初頭になるが、直前の軍事特需で潤っている産業と振るわない零細企業の労働者たちの生活の格差は大きかった。そんな中で、さまざまな人間関係がうごめき、このストーリーでは片方が「あ」、もう片方が「うん」という、神社の狛犬を見立てて仲の良い友人を描いている。どちらが
読書窓ぎわのトットちゃん黒柳徹子1981年に出版されて以来世界中で読まれているベストセラーと聞いている。出版当時は子供向けだと思い、興味がなかったが、この年齢でやっと読んでみようと思った。すると何と、私が大好きだった自由が丘が舞台だったので1ページ目から釘付けとなる。この本が出版された1981年は私が高校生卒業後、東京の語学学校に行くのに川崎の古アパートで姉と暮らし始め、学校は四谷だったがアルバイト先は東横線の自由が丘駅前ビルにあった英会話スクールに通い始めた年だった。当時の自由が丘は
今日のお昼ご飯は、夫と二人でカレー🍛料理店へ行き、ランチセットをいただく。ナンが大きくてビックリいつも思うのだが、カレー料理店のナンは、どうしてあんなに大きいのだろう?さて、今日は今読んでいる本📖について書きます。児童文学の本📘で、赤木由子著『二つの国の物語』である。分厚い本📗なので、まだ半分読んだところである。お話の舞台は、戦前の満州。主人公のヨリ子が父母を失い、満州にいる兄に引き取られるところから、話は始まる。児童文学とは言え、戦争中の、しかも日本が
古書店で目にした魅力的な装画の本。タイトルもそそられる・・・どんな話だろう、と興味が湧いて購入してみました。「死海に踊る人魚」三浦藤作:著(秀山堂文庫1933年4月刊)先端的な舞踊「死海に踊る人魚」が大当たりして、踊り子の千島冴子は一躍レヴュー界のスターになりました。新聞や広告で彼女の写真を見ない日はないほどです。北海道の片田舎から16歳で上京した冴子は美貌と豊満な肢体、マレーネ・ディートリッヒのようなすらりとした脚線美という資質に恵まれていました。加えて貞操観念の無さも相俟って
長く続いた戦後を戦前にしたいと思う人たちがいる。そんな世の中とは関係なく淡々と季節は進む。胡蝶蘭は鉢ごとに咲き、奥様の隠れ家のショウブが咲いた。こんな季節を来年も迎えられるのであろうか。不安な日々が続く。
https://x.com/kentaoki/status/2050869820032417949?s=20とうとう、身近になってきたねぇ被災地でもないのに、こんな掲示を見ることになるとは#オイルショック#ホルムズ海峡封鎖pic.twitter.com/4SpEyd9ok1—KentAOKI(@kentaoki)2026年5月3日①軽油30Lまでねーーhttps://x.com/mainichi/status/2052259632480174174?s=20ナフサ
新たなる戦前とならないよう、権力者の暴走を止めなければならない令和の初夏
夕方、パソコンで鶴見線の画像を整理していたら、国道駅が無性に気になって出掛けることにしました。日没後に到着、平日の上り電車は工場労働者で混んでいました。(2026.4.28鶴見線国道駅)開業時から変わらぬアーチ型の架線柱のデザインが秀悦で、しばし鑑賞・・近年、高架下の店舗がベニアで塞がれて、異様な雰囲気になりましたね。3~4年前まで「国道下」という名の焼き鳥屋が営業中で、常連客で賑わっていましたが・・居住者が消えた建物、確か20年程前にカメラを向けていたら、家主から声をかけられた
動物園でずっと見ちゃう動物は?▼本日限定!ブログスタンプ動物園は苦手なです兄は父と上野動物園に行ってますただ象を見たことはあるんです戦前の4歳の頃でしたネ当時神社の前の広場にサーカス団が来てたんです象もいましたよ長い鼻をブラブラ揺らして大人しい大きな象さんでしたスクラッチアートを更新しようと開いたら象の日でした🤔🤔チュウリップを描きました壺の周りの小さな下絵をあちこち描いてたらいつものお休みの時間です今日はここまででペンを置きました描き始めたら早く描きあげたい気持ち
インテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔機能を担う「国家情報会議」創設法案が議論されてますが、個人のプライバシー監視になりかねないという懸念はありますよね。高市は野党の質問に対して以下の様に回答してますね。【「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを理由として、『普通の市民』が調査対象になることは想定し難い」】と。想定し難いという答えはなんでしょうか。昔、1999年に国旗国歌法が制定されるときの国会の議論で総理大臣が国会で強制はしないと明言したのです。しかし、現実はどうで
戦前のダットサンのポンプ消防車でとても貴重な写真でした。
私は何度も、日本最大の右翼である「日本会議」が作った憲法改正案に、「天皇は元首」と明記されていることを書いてきた。自民党議員のほとんどは同会議のメンバーで、その「憲法改正案」に賛成している。特に安倍晋三が「日本会議」の憲法改正に大賛成で、その影響を強く受けた高市早苗も「日本会議」の作った案通りに憲法を変えようとしている。〈笑顔で憲法改正を訴える生前の安倍晋三〉天皇を元首にし、主権在民でなくし、国民の基本的人権を大幅に制限し、国民に愛国心を植え付ける教育に力を入れ、自衛隊を「国軍」とい