ブログ記事3,774件
もうすぐ夏休みも終わり、学校に子ども達が戻ってきます。現在の私は、戦争と平和の本のコーナーを整備中です。小学校では各学年で、戦争についての単元がありますよね。「ちいちゃんのかげおくり」や「一つの花」など、印象に残っている話もあると思うんですが、私は「一つの花」がものすごく記憶に残っています。「一つだけちょうだい」が口癖の小さな女の子と、そのお父さんが出征に行く時のお話なんですが。今でもはっきり覚えているので、当時その話を読んだ小学生の私からしてみても印象深い話だったんだと思います。実
メル・ファーラーさんメル・ファーラー(MelFerrer)別表記:メル・フェラー本名:MelchorGastonFerrer1917年8月25日生まれ、2008年6月2日、満90歳没。アメリカ合衆国ニュージャージー州エルベロン出身の俳優、映画監督、映画プロデューサー。元妻:オードリー・ヘプバーン(1954年~1968年)女優のオードリー・ヘプバーンと、1954年、ブロードウェイの舞台『オンディーヌ』共演後に結婚。共演作に、1956年の『戦争と平和』
(物語)第5中隊は、森のすぐ側に野営していました、大きな焚火が雪の中に明々と燃えて、霧氷に覆われて垂れ下がった木々の枝を照らしていました。夜更けに第3中隊の兵士達は、森の中に雪を踏む足音と小枝の折れる音を聞きました。「おい、みんな、熊だぞ」と、1人の兵士が言いました。みんな頭を上げて、耳をそばだてました、すると、森の中から、焚火の明かりの中へ、奇妙な服装の2人の人間の姿が、もたれあいながら出て来ました。それは森に潜んでいた2人のフランス兵でした。兵士達のわからない言葉で、かすれ声
8月は終戦記念日のある月。私が生まれた月でもあります。そんな縁もあってキッズヨガのテーマにも取り入れています。品川区ヨガで家族が笑顔で健康にヨガファミリー松原夏穂(なつほ)です。キッズヨガ教室【東京品川区】ヨガファミリー(対面クラス・出張ヨガ・講座)|松原夏穂|親子ヨガ・シニアヨガ・産後ヨガ・マタニティヨガ東京品川区のキッズヨガ教室(親子ヨガ・シニアヨガ・親子ヨガ)ヨガ講師松原夏穂によるヨガファミリーの公式ホームページ。対面レッスン以外にも出張ヨガ・オンラインヨガレッスン
戦争を美化してはならないー岸恵子さんは地獄の戦争の中を生き抜けそう語っておられてました。敗戦になる少し前に病で亡くなった妻子を京都に疎開させ一人東京に残った祖父の最晩年の手記には怒りに満ちていました。初めからこんな戦争は絶対に負けるからとわかっていたので反対していました。アメリカで生まれ育ち日本に母に連れられてきた祖父です。戦後、アメリカがどんなにか圧倒的に国力があり日本とは比べ物にならないほどであったことを人々はやっと知り最早驚嘆するほどでした。よ
(物語)ちび兵士(=からす)は黙り込みました。。話が続きました。「今日はフランス兵がわんさかと捕まったが、正直な所、1人として新しい靴を履いている者はいねえ。靴とか名ばかりよ」と、兵士の1人が新しい話をはじめました。「みんなコサック供がひん剥いてしまったのさ。連隊長の宿舎を片付けるんで、奴らを引きずり出したが、かわいそうで見てられな買ったぜ」と、踊り好きが言いました。「身体をひっくり返したら、1人が生きてやがってよ、まさかと思うだろうが、あちらの言葉で何やらボソボソと言いやがるじゃねえ
あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。観てきました✨前作、あの花からもう3年も経っていたとはね…👀★あらすじ★彰との別れから7年。百合は彰の夢でもあった教師(高校)となっていた。時間が経っても百合の心はあの日あの時あの場所であの空に見送った彰を忘れられずにいた。そんな時、臨時代替職員として百合と同じ歳の大学院生の凉がやってくる。どこか彰の面影を感じさせる凉に心惹かれる百合。しかし心に残る彰への想いから一歩進めずにいた。ある日落ち込んでいた百合の前にホスピスで余生
(物語)温かい靴も無く、半外套も無く、零下18度の雪の中に、寒気をしのぐ屋根も無く、十分な食糧すら無いという当時のロシア兵達が置かれていた、ほとんど考えられないような困難な生活条件の中では、兵士達は意気消沈し、見るも痛ましい光景を呈するのが当然のように思われるでしょう。ところが反対で、最良の物理的条件下でも、軍がこれほど陽気な、活気溢れる光景を呈した事は、かつて有りませんでした。それは気が滅入るか、弱るかし出した者は全て、毎日のように軍からふり捨てられた為でした、肉体と精神の弱い者はこ
そろそろ秋の涼しさ来ないかなー🤔.。oOそんな気持ちにふさわしい1曲です🎶💕めまいハルマゲドンとは?それに関して私がエホバの証人組織を去ったこと……世界中で戦争、紛争、国を追われた少数民族、迫害に泣く人々、(;;)👤👤👤👤👤公に知られてるロシアの勝手な侵攻によるウクライナの悲劇や✈️*⋆✈*⋆✈︎中東の混乱した情勢、発展途上国、南米、アフリカ等も泣いてる人々沢山…😢😢幾つかの混乱情勢はたくさんあります。🌊*⋆✈︎🗻こんな世界なら昔から耳にする「ハルマゲドン
2011-5-26残念ながら大阪は、「下品」、の極みである醜悪な悪人が棲息している割合が多い街である事は事実なのだろう。大都会には一定の割合で必ず悪党どもが居る比率に等しいのだろうが。その中の悪党二人からもたらされた経済的に多大な損害…しかも、それは私の最後の仕事だった…筆舌に尽くし難い怒り。先週、月曜日に、まるで、この悪党どもに肩入れするかのような話をする人物に対して、怒りだけではない、強烈なストレスを感じた。火曜日、更に新たなストレスが加わった。水曜日、発病。ここ10年で一番の
(物語)11月8日、クラースノエの戦闘の最後の日に、諸部隊が野営地に着いた時、もう日が暮れかけていました。朝から静かな、寒さの厳しい日で、日暮れ近くになって雲が切れて来ました。軽い粉雪を通して、黒っぽい藤色の星空が見えました、そして寒気が厳しくなりだしました。タルーチノを発った時は3500名でしたが、今は900人に減ってしまった狙撃兵中隊は、先着の部隊の1つとして、露営地に定められた大街道沿いの村に着きました。連隊を迎えた宿営係が、村中の家がフランス軍の病人や重症者達や、騎兵隊や、司令部
今年は戦後81年なのだが…既に未来予知なのか?という戦後78回目の記事AEAJ認定教室調布アロマシオン主宰、アロマテラピー研究室でも活動し、セラピストのためのホームページ制作も承ってます島田さつきです。そのアロマの使い方危険です一日中・毎日アロマ、ベビーにアロマ料理にアロマ、直塗りアロマ、猫にアロマなぜ危険?その答え教えます↓東京調布アロマスクールアロマシオンここ一年くらいの間に、世相に絶望するようなことがじわじわと押し寄せている。そんな今
(物語)11月5日は、クラースノエは戦闘の最初の日でした。日暮れ近くになって、命令で示された地点に兵を進めなかった手違いや口論が一段落し、敵は至るところで潰走し、戦闘はまずあるまい。。と明らかになって、クトゥーゾフはクラースノエを出て、その日総司令部が移されたドーブロエに向かいました。道筋には至る所焚火が燃え、今日捉えられたフランス軍の捕虜達が焚火に当たっていました(今日の捕虜は7千名でした)。ドーブロエの近くの路上に、おびただしい捕虜の群れが固まってガヤガヤうるさく話し合っていました。
カラオケキングさんの8月大会エントリー曲公開いたしました来週24日が締め切りであと1回カラオケ行くチャンスがあるのでもしかしてもしかしたら最終的に動画を入れ替える可能性も無きにしも非ずですがとりあえずはこの動画で行こうと思っていますまずは「戦争と平和」部門のエントリー曲ですが「サトウキビ畑ショート・ヴァージョン」です過去の大会でもこの部門の選曲時一度は頭に思い浮かんだこの曲やっとエントリーすることができます何度かあきらめた理由はワンコーラスがあまりに
穏やかな日常を守りたい地域で戦争体験を聞く会を開きました。今年で2回目になります。私たちの地域は幸いなことにご高齢の方がお元気でいらっしゃいます。お願いすると戦争中の暮らしや空襲の話、特攻隊の話などをしてくださいます。今回は新しい方もいらして、30名くらいの参加となりました。今世界で起きている戦争が、日本でもあったのです。それも私が生まれる少し前のことなのです。直接体験談を伺うと、今現在に続いていることを感じざるを得ません。平和を守り築いていくには、常に意識を持っていなければならな
森永卓郎さんは、大きな反響を呼んだ『書いてはいけない』の出版後、さらに多くの著書を次々に出版した。余命わずかだとご本人もよくよくわかっていたからこそ、使命感に突き動かされて、最後の最後まで言論活動を続けていたのだろう。そのなかで私は『日本人「総奴隷化」計画1985-2029』という本に記された、日航123便関連の内容に目が留まった。その分量は本編だけでも15ページ近くに及び、前掲の『書いてはいけない』の内容を補足する形で日航123便について語っている。日本人「総奴隷化」計画1985ー
(物語)1812年と13年に、クトゥーゾフはその誤りを公然と非難されました。皇帝の命令によって書かれた歴史の中でも、クトゥーゾフはクラースノエとペレジナ付近に於いてその謝りによって、フランス軍に対する完全な勝利という栄誉をロシアから奪った、とされています。しかし、これはクトゥーゾフは神の意志を見極めながらも、偉大でない人間と認められた数少ない、常に孤独な人間の運命を担ったと言う人物という事なのです。凡人達の憎悪と侮蔑が、神の法則を洞察したかどで、こうした人物を罰するのです。ロシア
東浩紀はyoutubeでよく見かけるし、何をしているのか大体は知っていたけど、さほど興味はないしかしpageturnersの少し前ので(一応)紹介してたし、読んでみることにはしたこの本は割と新しく書かれたのがちょうど1年前くらい(書いたのがちょうど1年前で、出版は昨年12月)、一通り目を通したけど、結構「駄作臭」がぷんぷんしている、、ファンにはごめん、この前編では、この本が言うべきであることを列挙して、それに実際にはどういう回答を出しているのかを「回
(物語)敵の連絡を断ち、捕捉殲滅するという軍の熱望を、クトゥーゾフが押さえる事が出来なかった為に起こったヴャージマ付近の衝突の後は、逃げるフランス軍とそれを追うロシア軍の間に、クラースノエまで戦闘は行われませんでした。逃げ足が余りにも速かった為に追いつく事が出来なかったし、馬が動けなくなったし、フランス軍の動きについての情報が常に不正確だったからでした。ロシア軍の疲労度を理解するには、タルーチノからクラースノエまでの移動の間に、兵の数が10万人➡︎5万人に減っていた事から明らかになります
(物語)その日から、公爵令嬢マリヤとナターシャの間に、女同士にしか見られない、あの熱烈な、しかし柔和な友情が固まりました。彼女達は絶えず接吻を繰り返し、優しい言葉でいたわり合い、そしてほとんどの時間を一緒に過ごしました。どちらかが出て行くと、残った方が不安になって後を追いました。1人で自分の内部の声と話し合っているときよりも、2人で声に出して話し合う方が余計に考えが一致しました。それは互いに相手が生きて行けないような特殊な感情でした。彼女達は、時には何時間も黙っている事もあったし
引きこもりの息子をもつ母親が目指す親同士のコミュニティ作り☆てれさ32歳の息子が転居をきっかけに不登校から引きこもりになって早22年。親子でお互いにとても苦しい時期がありました。自分が一人で悩んだ経験を生かし、同じ経験をもつ親御さんと情報共有したいと思っています。【てれさ】はじめましての方はこちら公式ラインを始めました!!たくさんのご登録ありがとうございます😘公式ラインの登録がまだの方はぜひ登録してみて下さい😊お待ちし
(物語)公爵令嬢マリヤは、出発を延ばしました。ソーニャと伯爵は、ナターシャと交代しようとしましたが、それは出来ませんでした。母が狂おしい絶望に陥るのを押さえるのは、ナターシャしか出来ぬ事を、彼らは見て取ったからでした。3週間と言うものナターシャは、母の側に付きっ切りで、母の部屋の安楽椅子に眠り、食事の世話をし、絶えず母と話していました、ーー優しく撫でるような彼女の声だけが母の心に安らぎを与えたからでした。母の心の傷は癒えるものでは有りませんでした、ペーチャの死が母の生命の半分を切り
お盆でお墓参り行ってきました。ご先祖様も海軍、陸軍で戦死された方もいらっしゃいます。若くしてお国のために戦ったご先祖様、兵士として送り出した家族達、今を生きる私達…きちんと供養しなくてはとは思いますが戦争を全く知らないバーチャルな世代は何を思いこれからどうするのか少しだけ気になりました。尊敬する吉川晃司さんも語る戦争と平和身に染みるお言葉〈終戦の日〉被爆2世の吉川晃司が向き合う戦後と平和「戦争を始めるのはいつも『安全地帯』にいられる人たち」#戦争の記憶|AERADIGITA
今年2026年も8月15日の終戦記念日を迎え、いろいろ考えました。品川区ヨガで家族が笑顔で健康にヨガファミリー松原夏穂(なつほ)です。戦争経験者が毎年お亡くなりになり、実体験を語れる人がいなくなるのも遠くない未来です。ということは、親世代(20~50代)は、「なぜ日本は戦争をして負けたのか」これが分かっていない人が多いのはと気づきました。歴史オタクの私は当然知っているものとして、考えていたことは反省点だなと思いました。「戦争と平和ヨガⓇ講座」の中に、指導者
今年もまた暑い広島戦争と平和について考える夕凪の街桜の国ドラマを見ました一日が過ぎていきます。81年前の今日起きた出来事を思い今、世界で起きている戦争をやめてほしいと切に思う一日でした
(o'ω'o)ノオツカレサマ〜☆です。昨日、15日は終戦記念日。毎年、オンライン仲間が企画し開催してみえる「絵本で語る戦争と平和」に参加できず、残念に思っていたのですが、何かしながらでも楽しめるというラジオなら…と第3土曜日の15日を楽しみにしていました。第3土曜日は田中千代野さんのなばなネットワークの放送日です。活動オフでお家で過ごしている私は、無事に昨日、そして再放送の今日と2日続けて楽しむことができました。田中千代野さんがご友人と長年活動してきた取り組みに平和学習活動があります
(物語)誰にも会いたくないという漠然とした気持ちの他に、この頃のナターシャは家族の人々を避けたいと思う様になっていました。身近な誰もが慣れ過ぎており、あまりにも変哲が無さすぎたので、彼らの全ての言葉や感情が、彼女には、このところずっと生きていた崇高な世界に対する侮辱の様に思われたからでした。彼女は、ピョートル・イリイチがどうとか、不幸とかいうドゥニャーシャの言葉を聞きましたが、その意味もわかりませんでした。『この人達に不幸だなんて一体どんな不幸がありうるのかしら❓この人達にあるのは、昔か
日本人なら決して忘れてはならない8月15日は、ことしで81年目を迎える「終戦の日」。偶然ですが、土曜雑感執筆の日と重なりましたので、思うところを書いていきたい・・・令和8年夏の日本列島は、全国各地で災害に見舞われています。熊本地震と千葉豪雨は気象庁が「令和8年」と冠を付けるほどの大災害となり、その間には台風も列島を直撃しています。災害発生時や発生後のリアルタイムな情報は、被災者だけでなく、私たちにとっても非常に大切。それゆえに新聞やテレビでは連日、大々的に熊本地震や千葉豪雨などの報道をしてい
「空襲や核戦争の被害を“受忍”で済ませない」8月15日は、「終戦記念日」と「終戦の日」、ふたつの呼び方があります。満州移民や松代大本営の研究をされてきた大日方悦夫氏は、「戦後はいつからなのか」まだ決着がついていない問題だと語りました。敗戦への流れを知ると、確かに曖昧さを残したまま、背景に大きな問題が見え隠れしています。戦争被害には、「受忍論」というものがあるそうです。元軍人や軍属には、戦後、恩給や年金が支給される補償と援護がありながら、空襲や沖縄戦の被害者、原爆被害者にはそ
https://www.web.nhk/tv/an/special/pl/series-tep-2NY2QQLPM3/ep/1G7PQ9LRL9少女たちの戦争時を超える学級日誌|NHKスペシャル【NHK】少女たちはこの春、“過去への旅”を始めた。ガイドブックは80年以上前に先輩たちが綴った「学級日誌」。目的は一人ひとりにとっての「戦争と平和」を考えること。舞台は東京の東洋英和女学院。百年にわたり書き継がれてきた、膨大な学級日誌が保管されている。この貴重な日誌を使って太平洋戦争下の日常や変