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Bonjour!ひるねがすきです。今日の朝活朝活を初めてまだ1か月たっていないので、今はどのように朝活を定着させていくかを試行錯誤しています。土日も朝活をするかどうか。私は土日、仕事がお休みなので、土日ぐらい遅起きしたいなぁ~という誘惑がありまして。でも土日も朝活するとしたらどんな生活なのかな?とも考えたりして。今日は、5時起き朝活やってみたよ。土日はお弁当を作らなくていいので、ルンバのセットをするなどの家事があいた時間でできるのでよいね。6時にス
いつもありがとうございます。※この物語は、当時の家族の視点で振り返った実話です。ここから先には、心に負担がかかる可能性のある内容が含まれます。手術を控えている方や、不安が強い方は、ご自身の心を最優先にしてください。それでも、読み進めると決めた方へ👇面会に行くと、今日は少し自分で目を開けたり、閉じたりしていた。顔は、だいぶむくんでいた。昨夜、私達が帰宅したあと、心臓があまり休まっていないとのことで、追加の処置が行われたと伝えられた。『(急変が)夜間だったら、もしかしたら助かっ
『人工心肺をつけている限りは、今夜は安心だから、家に帰るように。』と、医師は私たちに告げた。こんな命の危機に直面していても、ずっとそばにいてあげることはできない。それはとても残酷なことのように感じていた。人工心肺をつけたことで、命は繋がれていたけれど、ずっとつけたままでいることはできない。つけていられる期限は1週間。その日までにあーちゃんの心臓が人工心肺なしでも耐えられるほどに回復できるのか。そこが、あーちゃんの「これから」が続くかどうかの分かれ道だった。私はなにも反応できず呆然
令和5年5月の61歳の誕生日に大腸がん手術、半年の抗がん剤治療を経て寛解の5年の半分を過ぎた令和7年12月14日、63歳で心筋梗塞を発症、緊急カテーテル手術中に心停止、蘇生した定年心停止おじさんです(長っ)ということで、大腸がんの手術をした日を癌サバイバー界隈ではセカンドバースデーというらしいのですが、私は61歳の誕生日、その日に大腸がんの手術をしました。本来の誕生日とセカンドバースデーが重なってるので、なんと呼べば良いのか~と悩み、2年前にご意見募集した結果、「Re
娘の近くまで会いに行かせてもらえた。再び人工心肺(ECMO)につながれた娘は、麻酔が効いて眠っていた。手術が終わって閉じていたはずの胸は、もう一度、開かれていた。そして身体には、たくさんの管がつながれていた。娘の心臓は、かろうじて鼓動を取り戻してはいたけれど、人工心肺なしでは生きていけない状態になっていた。近くまで行かせてもらえたけれど、手を繋いだり、声をかけたり……ちゃんとできていたのかな。今となっては、思い出せない。……ねぇ。こんな時……普通はみんな、ど
令和5年5月の61歳の誕生日に大腸がん手術、半年の抗がん剤治療を経て寛解の5年の半分を過ぎた令和7年12月14日、63歳で心筋梗塞を発症、緊急カテーテル手術中に心停止、蘇生した定年心停止おじさんです(長っ)ということで、心筋梗塞で心停止からの蘇生を経験しました…先日、心停止中に見た夢のお話をブログに上げましたが、改めて、自分の声で臨死体験を語り動画にしました…登場人物は、私のAI分身です(笑)↓-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジ
年末年始に魘された夢がマジで正夢になりそうです空想世界の神や仏を全く信じていないワタス…(オバケは信じていますが)しかし世の中には生きながらにして神と呼ばれる稀有な人間が存在しますその神の名は……疫病神本人は全く自覚していないから質が悪い他人から見ると○〇でしかない新年早々悩まされています
娘の手術は無事終わっていた。そこへ予期せぬ電話。一度は切り抜けたように思えた危機。そしてまさかの、2度目の電話が…。続きはこちらからnoteへ第二章第13話:娘の心臓が止まった日|心停止から生還した奇跡とその後の日常の話し。/あーちゃん/まぁちゃん(ママ)読んでくださっている方へ。本当に心から感謝しています。私のnoteは過去を振り返って書いています。これから書くこの部分の記事については、医療に関わる方々への敬意と配慮を含め、また自分自身の心を護るために、有料という形を
令和5年5月の61歳の誕生日に大腸がん手術、半年の抗がん剤治療を経て寛解の5年の半分を過ぎた令和7年12月14日、63歳で心筋梗塞を発症、緊急カテーテル手術中に心停止、蘇生した定年心停止おじさんです(長っ)退院した翌日の12月28日、亡父の墓参りに行きました…心停止から蘇生したことを報告しとかないと、気持ちが悪いので…帰省中の長男に運転してもらい、片道1時間…父にそっちに行きかけたけど、戻ってきたわ…そんなに遠くないうちに、そっちに行くから…ごめんな
令和5年5月の61歳の誕生日に大腸がん手術、半年の抗がん剤治療を経て寛解の5年の半分を過ぎた令和7年12月14日、63歳で心筋梗塞を発症、緊急カテーテル手術中に心停止、蘇生した定年おじさんです(長っ)ということで、今日は、心臓が止まった時に見た夢のお話…12月14日、救急車で運ばれて、手術室に入り、手術用のベッドに寝かされとき、私の左側の床に普通のAEDより大きなAEDみたいな器械が置いてあることに気がついていました…万が一のために用意しているのだなと思ってた…た
12月14日の心筋梗塞の発症、緊急カテーテル手術中の心停止、蘇生からの12日目…昨日12月25日は、リハビリだけでした…自転車漕ぎの負荷を50にあげて12分間、さすがに、少し息が切れました(笑)退院後の心臓リハビリの目安として、脈拍数100くらいまでを基準(限度)にして、ウォーキングなどの有酸素運動をしてください、と。筋トレは、退院後の外来が終わるまでの1ヶ月くらい、やめといたほうが良いと言われました…再開するにしても腹筋,腕立て5回から10回?ダンベル2キロくらいから
論文No4368OxygenSaturationTargetsandNeurologicOutcomesFollowingCardiacArrestASecondaryAnalysisofthePragmaticInvestigationofOptimalOxygenTargetsTrialStephanieC.DeMasi,AlexanderT.Clark,AmeliaL.Muhs,...MatthewW.Semler,KevinP
前回からの続きです。病院に到着し、すぐにERの受付で夫の名前を告げました。すると、夫のいる病室ではなく狭い待合室に通されました。このような待合室がERにあるとは知りませんでした。とにかく1家族が入れる程度のプライベートな小さな待合室。そしていつまでたっても呼ばれませんでした。夫のいる病室にすぐに通されると思っていたのに、なかなか呼ばれない。すると、夫の携帯からテキストメッセージが来ました。気持ちは一気に明るくなりました。「あ、もうテキスト
心筋梗塞を起こすと、心臓には、かなりのダメージがあるようです。座るのも心電図…立つのも心電図…心臓に負担にならないよう、トイレ行くときにもナースコールして車椅子…なので、ぼちぼち書いてみます…今、こんな感じです…こんなんで、船釣りやバイク復活できるのか😭コメントいただいた方、ありがとうございます🙇おいおい、お返事しますのでかっこ良すぎですけど😅痛みの発症から救急車を呼んだ経緯などは、おいおい、報告します。不定期になるかもです😅
一昨日(2025年12月7日)は、湘南国際マラソン(昨年まで13回出走)の開催日🏃♂️毎年12月の第一日曜日は、自分にとって“年末の恒例行事”として走り続けてきましたが、残念ながら今年は…そこで、地元の東京よみうりカントリークラブで開催されていた「ゴルフ日本シリーズJTカップ2025」(最終日)を観戦してきました。この大会も毎年12月第一日曜の開催なので、前回観戦したのは、湘南国際マラソンがコロナで中止になった2021年以来となります。天気も良く、コース内を歩くだけでも気持ち
先日、救命救急の研修会に参加しました。医師免許を取り20数年が過ぎ、自分の専門分野についてはそれなりになりましたが、専門外の分野については、知識や技能のアップデートが足りていないと感じたため参加をした次第です。参加したのは日本救急医学会が認定する「ICLSコース」というものです。ホームページからの抜粋ですが、コースの概要はざっと以下の通りです。「突然の心停止に対する最初の10分間の適切なチーム蘇生を習得する」ことを目標とした、医療従事者のための心肺蘇生のトレーニングコースです。
狭心症の発作で心筋梗塞手前の状態で救急搬送・・・心停止から生還したわたくすぅー食生活、運動不足によるものではなく完全なストレス‼️ストレス怖っ‼️って事で皆さんも気をつけてね❓医療センターから回されて紹介先の病院にパパちゃんに強制連行された頭の中で・・・たらい回しになるとは思っていたけど、案の定、たらい回し決定‼️トラウマレベルの恐怖心を抱えながらも・・・空腹状態で合わない薬飲んで💊吐き気🤢を堪え、イヤな検査も我慢して受けたっつーに💢💢💢行く先々で血抜かれ検査、診察で弄り回された
こんにちはいかがお過ごしですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今日も皆様と共有したい情報をXとニコニコ動画からシェアさせていただきます<ワクチンで心臓が止まる>この”COVID-19ワクチン誘発性心停止症候群”.....あなたの周りで急死した人、思い当たることはありませんか⁉️https://t.co/ucqgGWQXQX—池田としえ(@toshie_fujisan)2025年11
写真は、昨日(2025年11月16日)のマラソン大会「MINATOシティハーフマラソン」(応援です)やっぱりマラソン大会の爽やかでピリッとしたあの空気、最高ですね!✨スタート前の緊張感、一斉に走り出す瞬間、応援する側も胸が熱くなります🔥会社の仲間18名が出走(会社が協賛の大会)。2月に倒れたときの駅伝メンバーも出走、応援旗を振りながら「ナイスラン!」「がんばれー!」📣思わず自分も走り出したくなりました。昨年は自分も走った「MINATOシティハーフマラソン」、福岡マラソン完走の翌週に参加した大会
写真は、病室の窓から見た風景📸癒しのひとときです。今年は桜の開花が遅く、病室の窓からしか見ることができませんでしたが、それでも春の訪れを感じることができました🌸それでは、続きです。3月27日の想定外の危機から深夜の緊急手術。目が覚めたとき、そこはまたICU。看護師さんに「また来ちゃいました」と声をかけると、苦笑い。体にはいくつもの管がつながれていて、動くことはできません。しかし、不思議なことに、あの“謎の激痛”も、肋骨骨折の痛みもなくなっていました。手術の創部は痛みましたが、どこか心が落ち
こんにちは😃今日は✈️で離島へ先に入られているドクターより、、あー。なんか心停止でてさー。ヘリ搬送になったりで大変だったのよー。こんな時に当たってるからさー。これからなんもないといいけどさー。😅足手まといにならないように頑張ってきます。。
おはようございます今日も私のブログに立ち寄ってくださって、本当にありがとうございます。私はいま、noteで“かけがえのない娘との生きた証”を綴っています。それは同時に、“過去の私を未来の私が励ます物語”でもあります。今、書いている章はまもなく**大きな転機(山場)**を迎えます。これから起こる出来事を知っている“今の私”は、あの頃の私にそっと寄り添うように、涙しながら書いています。正直、心が少し傷つく瞬間もあります。それでも私は、逃げずに書こうと決めています。なぜそこま
泣きたい時は泣かせてあげよう作戦あーちゃんは、ママに抱かれていないとよく泣くようになっていた。多分私はどちらかと言えば、赤ちゃんの泣き声を聞いても耐性がある方かなと思う。それはきっと、長年赤ちゃんの泣き声に聞き慣れているからだけかもしれない。👆(この理由は、最後に。)それに、「絶対に泣き止ませなきゃいけない」っていう変なプレッシャーを背負いすぎないようにしている。がんばっても泣き止まないときは、「うん、そんな日もあるよね」って、少し肩の力を抜くようにしてる。泣きたいときは思うま
最近は、そうちゃんの面会時間がやや遅くなりがちである。しかしこの日は、朝10時からホスピスによる企画で鴨川シーワールドのシャチショーやベルーガショーの現地映像を視聴させていただけることになっていたため、9時半頃に病院に到着した。看護師さんの準備のおかげで、そうちゃんをバギーで病室移動し、円滑に視聴することができた。ご協力いただいた全ての方に感謝したい。ショーを見られるように、私が何度も強制的にそうちゃんのまぶたの上を引っ張ったが、その刺激もあったのか、その後も僅かにまぶたが動くことが数回あった
昨日(2025年10月13日)、TAC社会保険労務士試験合格祝賀会に行ってきました🎓✨長年諦めずに勉強を続け、合格率5.5%、合格者数2,376名という難関を突破!ようやくゴールできました。資格試験はマラソンと一緒です支えてくれた家族に感謝そしてまた――「生きてて良かった」と心から実感それでは、続きです。再び動き出した日常2025年3月11日に退院。14日には最初のペースメーカーチェック🏥在宅勤務で仕事にも復帰し、自宅での療養(肋骨骨折の痛みは続く)を続けながら、たまにリハビリ散歩
こんにちは。いつもありがとうございます。秋の気配が日ごとに深まり、朝晩の涼しさにほっとする季節となりました。皆さま、ご体調はいかがでしょうか。先日イギリスから届いたニュースで、「ドローンが心停止現場にAED(自動体外式除細動器)を届ける」という取り組みが紹介されました。ワーウィック大学と救急サービスが共同で行った実証研究では、通報からわずか10分以内に現場へ到着することに成功したといいます。ドローンは自律飛行で患者の近くに到達し、ワイヤーでAEDを降下。現場に居合わせた人がそれを受
一昨日(2025年9月21日)、「南こうせつ東京フォークジャンボリーin野音~日比谷野音TheFinal~」(南こうせつ、イルカ、木村充揮、小室等、細坪基佳、きばやし)に行ってきました🎶日比谷野音が建替えのため今月で閉鎖、残念…。懐かしいフォークソングにシニア世代が大いに盛り上がり、最後はどしゃぶりの雨の中「遠い世界に」を大合唱☔🎤都心のど真ん中の森の中の野音は最高です。生きてて良かった――そう実感しましたそれでは、続きです。退院の条件「除細動器を植え込まないと退院できない
写真は、一昨日(2025年9月11日)朝、自宅窓から見た虹希望の朝2025年2月26日(入院4日目)、ICUから循環器内科の一般病棟へ移動🏥スマホが使えること、多少は自由に動けることを期待していたけれど、そこにはまだ多くの制約がありました。骨折した肋骨の痛み(胸に固定バンド)、痛みで起き上がることが出来ず、電動ベッドの力を借りて何とか起き上がる。動くたびに激痛毎朝の日課は体重測定⚖️看護助手さんが手摺りの付いた体重計を病室まで運んで来てくれます。朝6時頃起こされる・・・毎日3回(起床
ここ数ヶ月の間で、外来とショートステイの方が急変して心肺蘇生をする場面がありました。私のいるのは施設で病院ではありませんから、医師や看護師の人員の配置も、医療機械や医療物品も、最低限の準備はありますが病院並みにはできないのが実情です。日常は全員サチュレーションモニターを着けて心拍数と酸素飽和度を確認していますが、心臓の波形が出るモニターは2台しかなくそれも日常で使っているため、急変時はその子のを外して持ってくることになります。夜間帯は外部の医師が当直に来ているので、夜間帯の急変は外部の
駅伝中に心停止で倒れ奇跡的に蘇った2025年2月23日、人生で初めてICUに入院🏥胸には心電図シール、右腕には1時間ごとに自動で測定される血圧計。足には数十分ごとに膨らんで圧迫する血栓防止の装具。両腕には3か所ほどの点滴、尿カテーテルによる違和感さらに心臓マッサージで折れた肋骨の激痛で体をほとんど動かせません。ベッドは斜めに固定され、眠れないまま長い夜を過ごしました翌日の2月24日、ICUでもテレビが見られ、大阪マラソンを観戦できたのは唯一の楽しみ(音量0字幕)📺スマホは使用禁止で没