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お盆が過ぎても、相変わらず暑い日々が続いている。今日は、前に尋ねた吉井貝塚にふたたび行ってみた。もちろん、前と同じ風景であり、標高20mの高台に夏草が茂っているだけ。それでも雑木の影に立っていると、涼しい風が吹いてきて心地よい気分になる。ここは縄文早期から古墳時代早期まで続く貝塚遺跡とされているが、同時に縄文住居や弥生住居の痕跡の残る集落遺跡でもあり、また平安時代末期の城址でもあり、横須賀にとっては、貴重な複合遺跡ということになるらしい。この遺跡から京浜急行線と平作川を挟んで800m先にあ
最近、読む本がない三島由紀夫太宰治司馬遼󠄁太郎などなども読みましたが、次は何読もう本を探しに行くのも面倒で図書館で娘と子どもコーナーにいるので児童書で探してみました久保田香里さん作やくやもしおの百人一首に続き天からの神火🔥児童書とはいえ侮れない本当に感動そして勉強になりました✨古代から苦しんできた庶民男の子生まれてもは女と戸籍を偽る売られそうになる姉…役人と庶民の差などなど本当にたぶん弥生時代からこんな社会…やっぱりピラミッド社会嫌だなー弥生時代から飛鳥
前回からの続きです。『『淡路島の海人』から見えてくる「アワ」の謎―紀淡海峡・神島・淡島をつなぐもの―』前回からの続きです。『『神島』という「淡島信仰」の謎を解く鍵―紀淡海峡から始まる『アワ』の物語―』前回からの続きです!『『役小角』に残された「角」…ameblo.jp前回は・『淡島(あわしま)』・『神島(かみしま)』・『淡路島(あわじしま)の海人(あま)』この三つを重ねながら古代史における『アワ』という言葉の意味について考えてみました。そして、この
【この記事のポイント】・京成佐倉の灼熱ロードを経て、5年ぶりに訪れた国立歴史民俗博物館(歴博)・リアルすぎる古代人や女性像に見えない謎の石、銅鐸の不思議な時間差チャイム・米の流入が生んだ環濠集落の殺伐さに浸る今回の目的地は国立歴史民俗博物館、通称「歴博」です。今年5月に訪問しようとしたんですけど、家を出る時間が遅すぎて入館を断念。暑さの厳しいこの時期でも、館内に入れば涼をとれるということもあっての選択でした。佐倉の丘にそびえる、巨大な歴史の保管庫朝10:00前ですけど、いやぁ暑い
前回の記事に関連して。AIいわく、現存する刀(大刀)のうち約2割がかつて軍刀刀身だったとのこと。結構多いですよね↓・・・・・↑硬い鉄と柔らかい鉄を合わせて造る「合わせ鍛え」による造り込みが中国でいつから行われているのかをチャットGPTに聞いたもの。日本の時代区分でいうと弥生時代に普及したわけです。弥生時代の日本の鉄器からも合わせ鍛え構造のものが見つかっています。日本の鉄器作りはこの頃に大陸から鍛治集団が移住してはじまったとされていますので、日本では鉄器作り
日本海を見渡せる丘の上にある、国の史跡に指定された弥生時代の集落遺跡です2023年12月15日2022年02月16日2021年11月14日2021年06月01日フィルム時代
2025年夏に、子どもたち(当時小4、年少)と私と両親で、三世代静岡旅行に行きました駿府城を後にし、次に目指すは登呂遺跡今回の旅行、日本史に関係するところばかり行っているのは、ちょうど私が国内旅行業務取扱管理者という国家資格の絶賛勉強中だったから笑まずは静岡市立登呂博物館登呂遺跡について学んでから実際に見に行くよ!展示を見ていたら、スタッフの方に声をかけていただいて…次男、弥生人に変身!次男の顔も相まって、なんか本当に弥生人みたいだった(弥生人見たことないけど…)竪穴住居に入
古代史が大好きなぶたさん(´Д`)。縄文時代・弥生時代・古墳時代・飛鳥時代の大河ドラマが見たいなと思いながら、ChatGPTにポスターを作ってもらいました。縄文時代(AI作成)ぶたさん版縄文時代です。木の実を採集する縄文人、犬と一緒に狩りをする縄文人、モリで魚を取る縄文人、石皿で調理する縄文人、縄文土器を作る縄文人がいます。個人的に石皿で調理をする縄文人がお気に入りです。犬もかわいい(´Д`)。弥生時代(AI作成)ぶたさん版弥生時代です。みなさん稲作に勤しんでます(´Д`
OPENING!生きるってことは~一夜限りのワンナイトショー~♪矢のように走る~時のはざまで踊ることさ~♬今夜おまえはヒロイン~もう泣かないで~♫おばんかだです古代日本と日本イスラエル同祖論研究+∞へようこそ(^▽^)/はじまりはじまり~三上山滋賀県野洲(やす)市に聳える三上山(みかみやま/標高432m)は、その美しい円錐状の姿から「近江富士」とも称されます。古くから神が宿る「神体山(かんなびやまま)」として仰がれ、その周辺は古代近江における宗教・文化・金属器生産の中心
「唐古・鍵遺跡史跡公園」(その1)~知ってるようで知らない唐古・鍵遺跡1~|高坂正澄これまで何度も訪れているのにただの通行人でした。立ち止まってしっかり見ていませんでした。すみませんでした。※章立て(目次)は公園園路を右回りに行くと遭遇するゾーニング順。1つの記事では紹介しきれないので3分割します。※記事に使用した展示情報等は以下のとおりです。①「唐古・鍵遺跡史跡公園」の現地説明板←本記事現在時②同公園内の「遺構展…note.comこれまで何度も訪れているのにただ
8月10日7km(jog)8月11日1km(jog)_5′30″2km(PR)_7′59″(4′02″-3′57″)130m(WS)×4_26″8-25″6-23″8-21″61km(jog)_6′43″10日のjogと11日のPR+WS。走り方を忘れずに最低限の走力を維持するための基本練習です😄身体は重いし、足にうまく力が伝わらない感じで、走り方を忘れそうですが、まだ何とか走れています💦さて。最近、娘達と一緒に日本史の勉強をしているのですが、いい機会ということで静岡県にあ
渡来してきた弥生人は文字を持っていたかいいえ、渡来してきた弥生人全体が「文字を持っていた」とは言えません。ただし、一部の渡来人や交易・外交に関わる層が漢字(中国文字)に触れていた可能性はあります。背景弥生時代(おおむね紀元前10〜3世紀頃から紀元後3世紀頃)の渡来系弥生人は、主に朝鮮半島南部を中心とした大陸側から水稲耕作や金属器などを伴って日本列島に移住した人々です。彼らの故地である朝鮮半島の無文土器時代(青銅器時代相当)には、独自の文字体系はなく、漢字の本格的な受容は後の漢の楽浪郡設置(紀元
私が子供の頃から感じていた違和感それは車が走って排気ガスにより空気を汚している事、工場や住宅が汚水を流し水を汚していた事、山を切り崩して住宅地を作る事。現在の人類の経済活動は環境破壊とセットなんです。科学も学問も経済的に裕福になる事を目的として作られています。宗教は支配者が権力を維持出来るように、支配しやすいようにできています。経済と政治はセットなので、政治だけどうにかすればいいというわけではありません。私が考える地球のアセンションとは現在の環境破壊を伴う経済がおかしいと気がつく人
生きていくためには働かなければいけない。お金を稼ぐためには地球の環境を破壊するのはしょうがない。自分のやりたいことができれば、ある程度の地球の環境破壊や人の犠牲はしょうがない。どうせ、人生80年で自分が生きている間まで人類が滅亡しなけりゃいいや。という常識を疑うところから世界は変わっていくんです。だからと言って急に地球の優しくないものを全部買わないというのは無理ですよね。だって、そうなったら洞窟に裸で生活しなきゃいけないですから。まずは現代の常識を疑って本来あるべき優しい世界を
ストレスは、感じる。感じるストレスならまだマシ。気づかず内に溜まっていくストレスが、やっかいなものである。万人にストレスは、かかる。古来からある。要は、そのストレスと如何に付き合うか。解消法は?酒?ギャンブル?音楽?会話?大昔の、、、縄文時代、弥生時代なら、、、狩り?SEX?祈り?ストレス無く生きてる人の特徴は?、、、自分は自分と持ってる人。人は人。運は運。死は死。生きる。楽しむ。流れに身を委ねる。自分を大切な存在だと気づくこと。好きに生きていく
ブタの先祖はイノシシだけど、日本のイノシシの先祖はブタ?なんだかややこしい名古屋大学の研究https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2026/06/post-1020.html【ポイント】・島根県松江市の西川津(にしかわつ)遺跡出土の資料から、弥生時代のイノシシ類に家畜ブタが含まれていることを確認した。・下顎骨の形態や年齢構成の分析により、当遺跡ではブタ飼育と野生イノシシ狩猟が併存していたことが明らかになった。・さらにブタの形態を持
奈良県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市畝傍町)で、2025年度発掘調査速報展「大和を掘る41」が始まった。前年度の発掘調査の成果を披露する恒例の展示会。41回目となる今回は県内26の遺跡を取り上げ、写真パネルや出土品で紹介している。9月6日まで。唐古·鍵遺跡(田原本町)は弥生時代の大規模集落として知られる。発掘調査で新たに弥生中期〜後期の溝や井戸が見つかり、井戸から県内最古級の鉄製品(左下)が出土。長さ約8cmほどで、X線写真から斧状の製品と判明した。屏風遺物散布地(三宅町)からは
──弥生の暮らしが息づく、静岡の原風景へ**臨済寺を後にして向かったのは、静岡市を代表する弥生時代の遺跡、登呂遺跡(とろいせき)。ここは、“弥生時代の集落と水田”がそのまま残る、全国でも珍しい歴史スポット。---**◆まずは静岡市立登呂博物館へ弥生の暮らしを分かりやすく学べる展示**登呂遺跡に着いたら、まずは静岡市立登呂博物館へ。ここが本当に見応えがある。•弥生時代の生活道具•集落の構造•稲作の仕組み•当時の木製の船の展示特に、木で作られた船(丸木
最近、左寄りの皆さんによる、何の必要もない「女性天皇論」に代表されるような「皇室の伝統の破壊」の声が、メディアによって表沙汰にされていますね。主張する権利は尊重しますが、その先にシアワセはあるのか…?とは、大きな疑問。王の正統性を失って迷走状態や不幸のどん底になった国々の、なんと多いことか。あって当たり前だから気づかないだけで、正統な王がいることによるアイデンティティの獲得は、意外と大きな面があるとワタクシは思います。こういうものは、失ってから気づいても、もう遅いのですよねー。
1952年に弥生時代の遺跡として初めて特別史跡に指定された「登呂遺跡」(静岡県静岡市駿河区登呂)。登呂遺跡は1943年の第二次世界大戦中に発見されたもので、弥生時代の水田の遺構が初めて確認されたのは登呂遺跡が初だという。駐車場に車を停めて歩いて行くと、「静岡市立登呂博物館」に到着。まずは1Fの「弥生体験展示室」へ。中では、弥生時代に使われた道具が展示されていて、実際に手に取って触ることもできる!竪穴住居も展示されていて、中に入ることもできる!模擬水田で田植えも体験できる!土器の展示も
吉野ヶ里歴史公園めぐる日本100名城むかしむかしにもめぐったような見ごろをむかえる大賀ハスはなもユラユラ葉っぱもゆらゆら弥生の風にゆ~らゆらタイムスリップおじゃましますとっても広い園内は一日でなんてまわりきれない季節ごとにまたいきたいねみえてるたてものけっこう入れる気分はゲームのしゅじんこう話題になった未開拓エリアまだまだ不思議がうまってるかも記憶のカケラの展示室懐かしさをひろいあつめて思い出そっとよみがえるお昼ご
集団は150人を超えると安定した人間関係を維持できなくなる(ダンバー数)旧石器時代から縄文時代の集団は20人から50人とされています。弥生時代になると数百人になったとされています。弥生時代にダンバー数を超えて国家・法律・宗教ができました。日本では弥生時代に世界を創造する人(支配者)と世界を体験する人(被支配者)に分かれました。支配者は思考が現実化することを知っていたので自分は思い通りの世界を作り、被支配者の思考をコントロールすることで被支配者のネガティブな思考を現実化するようにしました
こんばんは。よく晴れた1日になりました。長崎県から佐賀県「#吉野ヶ里遺跡」に。一度は来たかった場所。広大な敷地は弥生時代に迷い込んだみたい。そこから福岡県「#糸島」に。綺麗な海。穏やかな海が目の前に広がります。家族時間をゆっくりと。安全に過ごせています。ご心配ありがとうございます。感謝です。
基本情報場所:福島県双葉郡楢葉町北田天神岬スポーツ公園内電話:開館:休館:無休料金:無料特記:無料駐車場有天神原遺跡福島県指定史跡昭和55年3月28日指定天神原遺跡は今から約2000年前の弥生時代の集団墓域群である。昭和54年(1975)、天神岬スポーツ公園建設計画に伴い、発掘調査を実施した。調査面積五千平方メートルの範囲には、土器棺24基、土坑墓47基、勾玉類85個などが発見され、東日本最大の遺跡となった。多くの考古学の権威者によって土坑には成人
焼津旅行の最終日は静岡駅に戻り、そこからタクシーで登呂遺跡に向かいました✨登呂遺跡、みなさん歴史で絶対にやりますよね✨✨もう入口から登呂遺跡なの✨高床倉庫や竪穴住居🛖も複製が建っていました✨ワクワクが止まらないよ‼️そのまま奥に進むと博物館があります✨ここの中でこんなハンコを押したよ‼️入口すぐの資料室の所‼️みんなもぜひ押してみよう👍2階が有料なのですが、1階の無料部分の展示がすごい‼️まずはずらっと弥生時代のお洋服や日用品が展示されています。奥に進むと貫頭衣を着て、レプ
こんにちは♪みよしピアノ教室です。映画「キングダム~魂の決戦~」を見に行きました。中国春秋戦国時代に「天下の大将軍になる」という夢を追う「信」の成長物語です。一昨年見た「キングダム~大将軍の帰還~」の続編で、大将軍「王騎」亡き後、六国合従軍との「函谷関の戦い」を描いていました。この戦いがあった紀元前241年は、日本は弥生時代で「国」にもなっていなかったことを思うと、中国の歴史のスケールに圧倒されますね。来年(?)の次回作が楽しみです♪🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵大人のための三好ピアノ教
私は小さいころから虫好きで、特にカブトムシとクワガタに惚れていたと言っていい。今も惚れている。カブトムシの成虫は木の樹液をなめて1ヵ月ほど生き、交尾して死ぬ。メスは腐葉土の中に卵を産み、幼虫は腐葉土を食べて成長し、ほぼ1年でサナギになって初夏に孵化する。〈カブトムシの幼虫〉〈カブトムシのサナギ/オス〉縄文時代までカブトムシは森の中の腐葉土と樹木だけで生きていたはずだ。弥生人が渡来して稲作を始めると、彼らは山から落ち葉などを採ってきて山積みにし、堆肥(腐葉土)にして田や畑