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前々回、吉野の桜を詠んだ歌を取り上げた際、実を言えば、式子内親王の歌も扱うはずでしたが、それほど印象に残るような和歌もなかったように以前は思えたので、省きました。しかし、今回、実際に吉野を訪れて、内親王が吉野に対してどういう思いやイメージを抱いていたか、和歌を通して吟味したくなりました。吉野を詠った和歌は六首あり、四首が桜の名所としての吉野を詠み、もう二首は、桜の名所としてよりも隠遁の地として詠んでいます。まずは、前者の四首から。誰もみよ吉野の山の峰つづき雲ぞ桜よ花ぞ白雪A
#いまさくらさきぬと見えて……★☆いまさくらさきぬと見えてうすぐもり春にかすめるよのけしきかな:式子内親王:歌意:今、桜が咲いたと見えて桜の花の色で薄曇り。春の霞がすべてに広がっているような世の中の景色だ。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━#新古今和歌集第一巻より■□■みんなぁ、元気ぃ~?読み方やでぇ~いまさくらさきぬとみえてうすくもりはるにかすめるよのけしきかな皆さん、お元気?春、真っ盛りですね。ほんまや!咲いたなぁ、咲いたやんかぁ~!さくら、
僕の住む地域でも、桜の花が散り始めています。桜の花が開いているときは、何故か雨だったり、風が強かったりして、開花中ずっと晴れていることは稀のようですね。散りやすいからこそ、余計に、桜花を愛でる気持ちが強くなるのでしょう。再来週、念願だった、吉野の桜を観に行きます。和歌にも数多く詠まれた吉野の山桜は一か月以上楽しめるということです。和歌を学ぶようにならなかったら、吉野に行きたいという気持ちも生まれなかったでしょう。当日、嵐のような悪天候にならなければよいのですが。
たんたん狂歌85「雌伏」たんたん一首(89番)やまのをよあへなばあへねながらへばしのぶるこひぞよばひてもする/色恋は仕方無いしのう・・・(2017.9.8)
前回の和歌は、春霞と桜の開花を組み合わせて、式子内親王にとっての美の光景を詠んだものである。順序は逆になってしまったが、内親王が春霞のわたる光景をこよなく好んでいたか、よくわかる和歌を挙げておこう。春ぞかし思ふばかりにうちかすみめぐむ梢ぞながめられける《歌意》本当に春ですね。十分なほど春らしく霞渡って、芽を出し始めた梢が眺められるA百首7番にある歌。春霞がうちわたる光景に春が来たことを喜び、心が弾んでいるのが初句からしてよく表れている。春の
前々回の記事で、僕は熊野古道で台湾の青年と出会い、3時間程一緒に歩き、様々なことを話して、楽しい時間を過ごしたと書きました。僕はその後、青年からのメールを首を長くして待っていました。もうメールはこないのではないかと半ばあきらめてかけていたところ、届いたのです。完璧な日本語の文章で、礼儀正しく、優しい青年の人柄がよく表れていました。嬉しいことに「あの道のりでの体験は、私の人生の中で輝く大切な思い出となりました」と書いてくださいました。あの出会いとその後の語り合いが独りよがりのものではなかったんだ
貝合せ✨綺麗💖双六🎲小式部内侍小野小町在原業平伊勢式子内親王常設展100人全員分の撮影は手間なので、心惹かれた人物だけ📷️(昨年までに撮影済のもあるし)小式部内侍…和泉式部の娘小野小町…世界三大美女在原業平…伊勢物語の主人公(色好みかつ天才歌人)伊勢…華やかな恋愛遍歴(和泉式部以上?)式子内親王…タマにゃんここの歌が好き(しょくしないしんのう/しきしないしんのう)玉のをよたえなばたえねながらへば忍ぶることの弱りもぞする我が命よ、絶えてしまうのなら絶えてしまえ
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1488返し左衛門督家通(さゑもんのかみいへみち)幾千代(いくちよ)と限らぬ君が御代(みよ)なれどなほ惜しまるる今朝(けさ)のあけぼの☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆返し左衛門督家通幾千年と限らず続く斎院の君のお年であるけれど、やはり、名残の惜しまれる今朝の曙よ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴
明石城本丸北側の坂を下る。ふと…なんとなく振り返ってみた,青空に一筋の飛行機雲が天に向かって伸びていたひとすじの飛行機雲のあかるさは真綿のように世界を絞める松本秀BerlinTakeMyBreathAwayススキと本丸石垣青空に映える今日は平日なんで櫓の公開もなく駅の方に向かう…二の丸石垣と橋の対比浮雲を風にまかする大空の行ゑもしらぬはてぞ悲しき式子内親王新古今和歌集石垣の向こうの
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1487左衛門督家通(さゑもんのかみいへみち)、中将に侍りける時、祭の使(つかひ)にて神館(かんだち)に泊りて侍りける暁(あかつき)、斎院(さいゐん)の女房の中より遣はしける読人しらず立ち出(い)づるなごりありあけの月影にいとど語らふ郭公(ほととぎす)かな☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆左衛門督家通が中将でありました時、祭の使いとして神館に泊
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1486斎(いつき)の昔を思ひ出でて式子内親王時鳥(ほととぎす)そのかみ山(やま)の旅枕(たびまくら)ほの語らひし空ぞ忘れぬ☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆賀茂の斎院であった昔を思い出して式子内親王ほととぎすよ。その昔、神山の神館での旅寝の時、ほのかに鳴き続けた空を忘れないことだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今回も、過去の記事を修正加筆したものです。多少は、読み易くなっていると自分では思っていますが、どうでしょうか。***晩年に作られた百首歌「正治百首」にある、梅の香と夢を巧みに組み合わせた和歌では、式子ワールドと称しても良いような独特な雰囲気に満ち、艶なる情緒が漂っている。袖の上に垣根の梅はおとづれて枕にきゆるうたた寝の夢もし、子供―まあ、普通の大人としても構わないがーがこの和歌を読んだら、変な歌、奇妙な歌で訳が分からないと感想をもらすのはではないだろうか。いく
2026年になって最初の久しぶりの投稿!今年はカレンダーは愛子様のカレンダーを飾っている。皇室を巡る数々のニュースがネットを駆け抜けて居るけど、この動画を眼にしたときは衝撃だった。式子内親王という800年前の皇女の事を愛子様が学習院大学の卒論で取り上げられたらしい。式子内親王の和歌は百人一首は勿論古今和歌集には沢山選ばれ当時最高の歌人として評価されていたらしい。愛子様の卒論を読むことは叶わないだろうが愛子様の幼少期を考えると当時雅子様と同じく世間からの謂われなきバッシングにさら
女房三十六歌仙の一人。後白河天皇の第三皇女です。母親は高倉三位藤原成子。後白河天皇の典侍(副女官長)を務めてた人でした。ちなみに母親の叔母が後白河天皇の母親待賢門院璋子です。だからかもしれませんがおそらく父帝ご寵愛の深い妃の一人だったのかもしれませんね。同母兄弟姉妹に以仁王(高倉宮)、守覚法親王、亮子内親王(殷富門院)、休子内親王(伊勢斎宮)、好子内親王(伊勢斎宮)などがいます。式子内親王自身は賀茂斎院(巫女)を務めたのでした。10歳の時に斎院に卜定され、内親王宣下も受けました。
毎日、羽鳥慎一モーニングショーを視ていますが、連日東北(特に青森)、北海道、新潟などの大雪のニュースが取り上げられています。雪国はまだ到底、立春の気配はないのですね。大雪関連の死者が38人(5日現在)と報じていました。雪の重みで、障子があかない、壁に亀裂が入った、大雪による道路事情で灯油を買いに行けないなど、雪国に住む人々の大変な御苦難に胸がつぶれる思いです。衆議院選挙投票日に大雪被害が出ないことを切に祈っています。僕の住む関東地方は、暦通り、立春を迎えて、3日に吹いた冷たい北風は昨日、今
一月下旬に入って寒波が襲来し、日本海側の地方や東北、北海道では記録的な(この言葉連発しすぎで重みがなくなってしまった)大雪が降っており、僕の住む関東地方も、寒さが厳しく、手なども室内にいても手袋をつけないと、かじかんで痛いほどで動かすこともままならない。新年になって雪こそ降っていないが、今が最も厳寒といったところだ。これまで、式子内親王の和歌を数々取り上げてきたが、四季の歌では、冬の歌が少ないようだ。そこで、今回は冬の歌を取り上げようと考え、『式子内親王集』の第一百首歌(A百首と呼ばれるこ
稲美中央公園の帰りには夕日が綺麗な天満大池公園に寄り道します。湖畔のラクウショウ並木が色づき始めましたラクウショウもだいぶ色づいて来たなぁ😊いつも空いていて静かな場所。隣のJAにじいろふぁーみんでお弁当を買って来てのんびり過ごしました。はじめなき夢を夢とも知らずしてこの終わりにや覚めはてぬべき式子内親王始めもなく、遠い過去から続く夢それを気づきもしないまま一生が終わる頃私は夢から覚めることができ
明けましておめでとうございます。拙い内容のブログですが、心をこめて書きますので、どうかこれからも御愛顧お願いします。昨年最後の記事で、今年は、極めて大事な年となると記しました。今年こそ、これまで式子内親王に関して書き溜めたことをよく整理し、加筆、修正して、本としていつでも出せるようにまとめたい、と決意しています。締め切りといった期限を決めないと、怠惰な性向の僕は、ずるずる先延ばしにしてしまい、結局本を出さずに終わってしまうからです。これまで、共訳という形で、翻訳本の出版経験はありますが、
【能定家を想うその三】能「定家」は、世阿弥の娘婿だった、我が流派中興の祖・57世宗家金春禅竹の作品です。とてもストレートな世阿弥作品と違い、感情が、世界が、空間が、景色がウネリます!作品がグルーヴし、一筋縄ではないのが禅竹作品の特徴です!能「野宮」、そしてこの能「定家」はその典型かと思います。能「定家」の主人公式子内親王は、若くして賀茂神社に仕える斎院となり、清浄を保つため恋愛や結婚が禁じられ世俗から切り離され、孤独・祈りの中で生きる運命を背負います。また、式子内親王は、長く病に苦
《新古今和歌集・巻第十五・恋歌五》1392恋歌(こひのうた)とて式子内親王はかなくぞ知らぬ命を嘆き来(こ)しわがかねごとのかかりける世に☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆恋の歌として式子内親王あさはかにも、明日が分からない無常の命を嘆いてきたことだ。わたしの、あの人との約束の言葉がこのように変わるものであった世であるのに。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
25日から28日まで、京都を訪れた。最終日は、紅葉が美しいことで知られる光明寺に参るため、長岡京市に向かった。長岡京は、桓武天皇が平安京遷都の前に造営した都であるが、大阪に向かうJR線で、京都駅から4つ目、15分もかからないところにあるとは思ってもみなかった。実際に訪れないと、なかなか正確な位置が頭に入らないものだ。東京駅7時18分発の「のぞみ」で、京都駅に着いたのが9時29分。途中の名古屋では、どんよりとし曇り空であったが、京都に着くと、雨がしとしと降っていた。だが、冷たくは感じなかった
玉の緒よたへな者(ば)多(た)へね那(な)可(が)らへバ志(し)のぶることのよハりもぞ春(す)類(る)身(み)尓(に)困(こら)しめを見勢蔵(もせぐら)ハあけていハ年(ね)ど主(しゆう)の慈悲(じひ)土扉(つちど)も重(おも)き親(おや)の恩(おん)とハ知(し)りな可(が)ら凡悩(ぼんのう)の闇路(やみじ)尓(に)まよふ大晦日(おほつごもり)窓(まど)尓(に)あやな起(き)二人(ふたり)可(が)顔(かほ)ハ志(し)のび可(か)ね多(た)る泪(なみだ)ぞ者(は)可(か)なき柳下亭種員筆
【能「定家」を想うそのニ】「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」式子内親王「私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。このまま生きながらえていると、堪え忍ぶ力が弱まってこの恋が人に知られてしまうから」忍ぶ恋について歌った、式子内親王の有名な歌です。新古今集の恋の歌として収められています。死にたくなる程の、恋の辛さを歌った歌です。名歌ですね。能「定家」の前半場面で、この歌は登場します。式子内親王(しょくしないしんのう)は、後白河法皇の第三皇女として生まれま
前回は、寄り道として、塚本邦雄氏が絶賛していたことをとりあげましたが、今回は本来本来ーマに戻りましょう。まずは、晩年の「正治百首」中にある歌我妹子(わぎもこ)が玉裳のすそによる波のよるとはなしにほさぬ袖かな(277)〈歌意〉愛しいあの娘の美しい裳の裾に寄る波のように、私は娘に近寄るわけではないのに、(涙で)乾くこともない我が袖であることよ「吾妹子」「玉裳」といった詞からも、万葉集からの摂取であることが分かりますね。その元の歌は、万葉集巻一、四十にある柿本人麻呂の歌
1/17、大曲の能「定家」に挑みます。我が流儀では大体還暦前後に挑む方が多い中、52歳で挑ませて頂ける有り難さを感じています。私の「能楽の母」、富山禮子先生は、式子内親王と藤原定家の禁断の恋を描いたこの「定家」が大好きで、満を持して、74歳で勤められました。私が、金春流能楽師であった祖父梅村平史朗の23回忌追善能を企画し主催して、祖父の一番弟子であった師匠への恩返しのつもりで、「定家」を舞って頂きました。富山先生は色々あって、「定家」を舞うことが出来ないでいらしたので、たいそう喜んで下さい
先日、前衛短歌運動を牽引した歌人で、新古今和歌集に関する論で定評のある塚本邦雄氏(2005没没)の新古今歌人に関する著書(二冊)をたまたま図書館から借りてきていたのですが、前回の恋歌、恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしといひしにもあらず君も聞くらんを式子の恋歌として非常に高く評価しているのを知りました。この件に関し、愚見を述べたいと思います。まず該当箇所を引用します。これもおよそ歌らしくない歌です。意味の切れ目とリズムの切れ目がちぐはぐになっているからです。「恋
前前回、旅行から帰宅する寸前に財布を失くしことに気づいたと書きました。その財布が、10日あまり経って戻ってまいりました。現金も各種カードも何一つなくなっていませんでした。東京の高尾警察署から封書が届いたのが先月28日。その中に遺失物受理書が入っていました。22日に当警察書に受理されたとありました。どこで拾得されたかは記されていませんでしたが、高尾署に届いたことから、旅行最終日の17日に中央本線高尾駅終点の電車内で失くしたに違いないとわかりました。おそらく、ポケットから落ちてしまったのでしょう。
新古今和歌集にも入集している前回の和歌更けにけり山の端ちかく月さえて十市の里に衣うつこゑいかが思われましたか。目に浮かぶような鮮やかな情景描写、和歌の背後で深い共感と孤独な心情が緊密に重なりあっているのがお分かりになりましたか。晩年の『正治百首』の作で、式子内親王の成熟した歌風がうかがえるものです。漢詩で好まれた擣衣(とうい)題にもとづいていますが、「山の端ちかく」『月さえて」といったこなれた表現や大和の歌枕を取り入れて、いかにも和風の趣が濃厚な和歌、一見漢詩の影響をとどめ
先週、台風のため断念した仙丈ヶ岳登山の代わりとして、秋の乗り放題パス(普通列車のみ乗車でき、連続3日間だけJR全線利用できる、青春18切符に似た切符で7850円)で、入笠山、飯田線の秘境駅小和田(たった10分間だけでしたが貴重な時間を過ごしました)、天竜峡を巡りました。旅行は、うまく行ったのですが、もう少しで帰宅という時間になって、(クレジットカード、キャッシュカード、マイナンバーカードとともに、現金もそこそこ入った)財布がないことに気づき、暗澹たる気分になりました。翌朝になって、まあ、命を亡