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テテとゆったりとした時間を過ごすか血湧き肉躍るルチャリブレかテテが訪れたのはどこかしら?美術館?博物館?なんて考えてもまったくわからないのでGoogleレンズで検索しました👓️メキシコシティ郊外にあるサン・クリストバルの厩舎という場所だそうですhttps://architecture-tour.com/world/mexico/cuadra-san-cristobal/サン・クリストバルの厩舎|メキシコの建築【世界建築巡り】サン・クリストバルの厩舎、メキシコの建築
■金沢市役所(石川県金沢市広坂一丁目1番1号)旧県庁や旧四高、SANAAの金沢21世紀美術館などが集まる有名建築物集中ゾーンの一角に位置する。が、特段、有名建築家のものではないらしい。と言うか、よく分からない。レンガ調タイル張りの箱形庁舎。その周りを黒格子が覆っている。今でこそルーバーをびっしりまとわせた建物は掃いて捨てるほどあるが、1981年という落成時期を考えると、なかなかチャレンジングな未来派デザインと言えるかもしれない。裏手には第二庁舎。こちらは2020
こんにちは、三毛猫さんぽです🐈今年も5月に開催される『東京建築祭2026』。初年度に参加し、今も心に残っている場所があります。『三越劇場』日本橋三越の中に、ひっそりと、しかし堂々と佇む劇場。百貨店の中に劇場があるだけでも特別なのに、その内部を観劇目的ではない日に見学できるなんて、建築祭ならではの贅沢な時間です。劇場の扉を開けた瞬間、空気が変わる。深い赤の客席、天井の装飾、柔らかく灯るシャンデリア。どこを切り取っても絵になる空間で、まるで昭和
■北陸学院大学(石川県金沢市三小牛町イ11番地)大学を運営する私学団体としては、私学としては北陸地方最古の歴史を持つという。お嬢様学校として知られてきたらしい。キャンパスは金沢駅からバスに乗って35分ぐらい。山に囲まれ、町を見下ろし、眺めの大変良いエリアにある。小規模なミッション系大学で、キャンパスのしつらえも全くその通り。併設の小学校はレトロ風味(木造風)で、品の良い感じだ。1883年に、アメリカ人女性宣教師(プロテスタント長老派系)のメリー・K・ヘッセルが女子教育を
連休後半の五連休。何も予定がないとなかなかエンジンかからず朝食後、毎週土曜日の「旅サラダ」を観ながらウトウトまた眠ってしまいました。とにかく眠いのだからしょうがない(笑)体が眠りを欲しているのだから素直に寝ます。時々目が覚めて「題名のない音楽会」や「渡辺篤の建物探訪」を断片的に見て寝落ちするのも、毎週土曜日のルーティンになってしまいました(笑)お天気はすっきりと晴れずに午後は「豊臣兄弟!」の再放送を観た後、桑山公園をウォーキングしました。春の暖かさと雨で公園の樹々の新緑は急
■内灘町役場・石川県(石川県河北郡内灘町大学1丁目2−1)なんだかすごい住所だ。というのは、金沢医科大学に隣接して建てられているから、こういう住所になったのだろう。内灘町(うちなだまち)は、石川県の中西部に位置する町。金沢市の北西に位置するベッドタウンとして発展してきた。名物は砂丘。砂丘があったおかげで、戦後の一時期、米軍の射撃練習場として使われていたことがあり、その補償として、早くからインフラ整備が進められた。砂丘からは古墳時代の物が多数発掘されて
おはようございます親戚の法事に行ったところふっと上をみたら屋根が上手く切ってある良く聞いたら右の家は兄(86歳故人)左の家は弟(81歳)娘夫婦が両親と同居するのに屋根が邪魔で大工さんに加工してもらったようだ兄には了解済み仲のいい兄弟の話でした。愛知県豊橋市GooglePixel8a〝かきクン〝
仕事を半日休んで何するかというと、病院のハシゴです。病気の場合もあるし、美容メンテもあるし、先日は3ヶ所ハシゴしました。次の予約までぽっかり2時間空きができてしまったので、ずっと行ってみたかった、代々木上原のVillaCoucouを訪ねることに。なんと前の道が工事中で、写真1枚しか撮れなかったけれどずっと見てみたいと思っていた建物です。ル・コルビュジエの三人の日本人弟子の1人吉阪隆正さん設計です。1957年の作品。戦後間もない代々木の町にこんなモダンな建物が建ったんだな、と感慨深い思
■金沢医科大学(石川県内灘町大学1-1)場所的に言うと内灘町役場の隣だが、金沢市の郊外部と行って差し支えないエリアだ。1972年設立で、当時のモノとおぼしき校舎が大分に残っている。さすがにAクラスとは言えないが、良い感じの昭和モダニズム感だ。嫌いでは無い。ちなみにこの学校、評判の方はググるとすぐ出てくるが、なかなか香ばしい。地元に有力国立大医学部があるのに、有力政治家をトップに据えて開設され、開学早々にスキャンダルで大いに揺れたりと、な
■愛知県立芸術大学(愛知県長久手市岩作三ケ峯)徳川家康と豊臣秀吉が激突した、小牧長久手の戦い。その古戦場からほど近い丘陵地帯に広がるのが愛知県立芸術大学だ。東京と京阪神の中間で独自の発展を遂げた名古屋圏。「東西の中間に特色ある文化圏を築き、地方文化の向上発展に寄与することを目的に1966年に開学」したというのが公式発表。「独自の」というだけあって、キャンパスも実に「独自」。個性的だ。開学時のキャンパス設計は、アントニン・レーモンド門下の東京芸大教授(当時)の吉村順
■名古屋市立大学・滝子キャンパス(愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町)名古屋市立大学のメーンキャンパス、という位置づけで良いのだろうか?この大学は8大学4キャンパスに分散しているので、何とも言い難い。中でも最も学生数が多くて面積も広いのがここだが、圧倒的に、というほどではない。ということはさておき、文理4学部が入っているので、メーンはメーンだろう。市大はもともと、医学部と薬学部からなる医療系大学だったが、1964年に経済学部を増設。初年度は医学部キャンパスに間借りしていた
Iちゃんからの突然のお誘いです。「一緒に行くつもりだったH田さんがキャンセルするらしいねんいっしょに行けへん」と。私は、H田さんの身代わりか?()「きょうよう」「きょういく」なし一日中自宅引き籠り決定の日だったのでH田さんの身代わり引き受けました()8年前に、榊兄からのお誘いで参加した「川中邸のはるごと」のお手伝いの身代わり仕事が
ウチの事務所でこの後飲もうと花見帰りのホームパーティーに誘われたとある一日友人の友人で二度目まして実は去年も同じ時期に誘われ今回二度目過去レポ『RandomPhoto』カメラロールを見返すとあれこの写真なんだろって忘れ去られた写真にフィーチャーその場の瞬間を切り取った写真って現場の空気感も伝わりあのときの温度や…ameblo.jp今回もドラクエの列のようにゾロゾロお邪魔しますザッザザッザB
■名古屋市立大学・北千種キャンパス(愛知県名古屋市千種区北千種)メーンの芸術工学棟。設計は名古屋大とここ私大で建築を教えた栁澤忠。8学部を擁する、市立大学としてはトップクラスに大型の名古屋市大。その芸術工学部が単独入居するキャンパスだ。旧制の名古屋女子医学専門学校と名古屋薬学専門学校(ともに現在の大学相当)が改組統合される形で、1950年に発足した。1964年に経済学部を増設し、文理にまたがる総合大学として発展していった。1996年の教養課程改革で、教養部を廃止して人文社会
■名古屋商科大学・日進キャンパス(愛知県日進市米野木町三ヶ峯)キャンパス全体の崇高さ、荘厳さ?というか「でらすげー」という基準で見れば、西の(中部だが)名古屋商科大、東の東京工科大をもって本邦の両巨頭とすべきだろう。何がすごいかというと、まずは規模。キャンパスが広く、個別の校舎もデカい。その中に計画性を持ってシンボル性を持った大型校舎が配置されている。ただ、それだけではない。なんというか、トップの強烈なリーダシップというか存在感というか、まあ、ありてい表現する
紀尾井町ガーデンテラスの坂をテクテク歩いて、見えてくるのは最高裁判所この建物好きなんです桜もきれいに咲きそろっていました国立国会図書館国会前庭公園ちゃんと国会議事堂も見えますこちらでコンビニおにぎり食べました気持ちよくて、本当に遠足気分ただこちらの公園も工事している所が多くて、ビニールシートがかけられている所が多くて、ちょっと残念な感じですですので、すぐに次の目的へまだまだ歩きますよ〜!
東京お出かけ記録の続き。今日は上野の国際子ども図書館。こちらは1906(明治39)年に帝国図書館として建てられ、1929(昭和4)年に増築された明治期ルネサンス様式の建物。2000(平成12)年、改修して児童書専門図書館として開館いたしました。私も26年前、オープンした翌日に並んで入館したことあります。やってくるの26年ぶり。本だけでなく建物好きな人も楽しい場所です。私、建物探検好きなの。一番好きなのは民家、とくに変なレトロ民家!あと赤線建築とボロ屋と偽洋風建築。壁と柱が
1962年開館前川國男さん57歳あたりの作品昭和101年記念(゚∀゚)/昭和建築シリーズ第50弾は、前川さんのDOCOMOMO物件が固まってあるここいら一帯の一品です2003年に改修のため閉館し2005年に再オープンしたとのこと(wikiすげー。。なんか大迫力な凸凹がカコイイ(゚∀゚)/エントランスから中に入ったけど、いろんな施設が入っているからか、吹き抜けのホワイエみたいなのは無かったですね。広場に面したファサード。それぞれに機能があっての外
今までいくつか洋館を見学してきましたが、こちらの建物は本当に凄いです久々の旧前田公爵邸圧倒される階段朝ドラのばけばけではありませんが、わたくしも階段(怪談)好きですこちらの階段大好きです小客室…と言っても我が家全体より広いんじゃないか?と思える広さ窓から桜が見えました廊下も広いです菊子夫人のお部屋わたくしが一番好きな窓各部屋に暖炉があるのも素敵ですグランドピアノがスタンバイこの後コンサートがあったようです小食堂イングルヌックという暖炉脇のスペースこちらに座っている人
■天理大学(奈良県天理市杣之内町)天理教の総本山である奈良県天理市に位置する、教団直営の大学だ。元々は海外布教師養成のため、1925年に設立された天理外国語学校がルーツ。27年に旧制専門学校(現在の大学に相当)に昇格した。というわけで、外国語学部(現在は国際学部)が私学としては群を抜く充実ぶりだ。英米仏独露に中国・韓国、タイにインドネシア、ブラジルポルトガルコースまである。でまあ、キリスト教系ミッションスクールを見ればわかるとおり、シャクソン系(仏教系)もそうだが、宗教系の大学は校
■流通科学大学(兵庫県神戸市西区学園西町)神戸、とはいってもみんなが考えているのとは違う、山の中にある。山の中、とはいっても、みんなが思うような山の中ではなく、かつてはジェームス山と呼ばれた高級住宅街に近いと言えば近いし、今は立派なニュータウンだ。創立者はダイエー創業者の中内功(本当は工に刀)だ。流通小売業を科学するために作られた。ご存じかどうか知らないが、ダイエーは神戸の家族商店「サカエ薬局」に生まれた功氏が創業した会社。創業後も長らく神戸の三宮店
■天理市役所(奈良県天理市川原城町)尖塔の曲線がとにかく印象的だ。銅板ぶきで、「やがては緑青に覆われ、奈良の山々の緑の曲線に溶け込み、象徴するように」というコンセプトでああなったという。1984年落成。基本設計は国土交通省近畿地方整備局営繕部、実施設計は東畑建築設計事務所。大学や官公庁庁舎で良い仕事をする中堅組織事務所だ。天理市はご存じ(だろうか?)天理教の本拠地がある。天理教は江戸時代からの歴史がある老舗で、ということもあって、天理市という名前になった。
岩村観光にご興味のある方はこちらもどぞ。『岩村城に登らない岩村の旅まずは建物探訪その①』何十年ぶりの訪問でしょうか。もう記憶にないくらいかなぁ。子供の頃以来だったりして。ドラマ「半分、青い」を観てから行こうかなと思いつつスルーしておりましたが…ameblo.jp『岩村建物探訪その②レトロ感がたまらない』ご興味のある方はこちらの記事からどぞ『岩村城に登らない岩村の旅まずは建物探訪その①』何十年ぶりの訪問でしょうか。もう記憶にないくらいかなぁ。子供の頃以…ameblo.
ご興味のある方はこちらの記事からどぞ『岩村城に登らない岩村の旅まずは建物探訪その①』何十年ぶりの訪問でしょうか。もう記憶にないくらいかなぁ。子供の頃以来だったりして。ドラマ「半分、青い」を観てから行こうかなと思いつつスルーしておりましたが…ameblo.jp次に訪れた家は「紺屋土佐屋」これを見て「鶴の恩返し」と叫ぶのは私だけか。染工場、いや〜すごいすごいすごい。離れ座敷は昭和初期の建築ですって。江戸もいいけど、明治大正昭和初
■奈良教育大学(奈良県奈良市高畑町)奈良の観光中枢エリアから南下すること30分。国立奈良教育大学に到着。丹下健三門下の沖種郎(おきたねお)が手掛けたという。よく、「おきた。ねろ」とネタにされがちな建築家だが僕は好きですよ。沖田は単に東大建築を出たというだけでなく、実際に長らく丹下の下で働き、香川県庁や広島平和記念会館本館など、丹下の代表作の数々に中核スタッフとしてかかわった。で、このキャンパス、改修されたり新校舎が建ったりもしているけれど、確かに
行ってきました、台湾。「旧日本統治時代の建物」を見たい、とずっと思っていましたが、まさにその建物たちを見るというツアーを発見、今は忙しい時期なのに…逃したら次は無いと、参加しました。写真は台北駅。ここから特急列車で南下し、新竹、そこからはバスで嘉儀、台中、台南、高雄、そして新幹線で台北に戻り、帰国へ。車窓からの見学を入れて38か所を巡った、5泊6日の旅でした。どうやって書こうか、まだ思案中。明日から追々進めていきます。
■川崎市役所(川崎市川崎区宮本町)2023年に新庁舎が竣工した。住民団体などの要望により、旧庁舎の意匠を残したうえでの建て替えスタイルとなった。旧庁舎は1938年落成。東京帝大建築卒の元田稔による設計。アシンメトリなL字型庁舎にのっぽの時計塔を追加。ストックホルム市庁舎を参考にしたそうだが、こちらはよりすっきりとした白壁の建物。なかなかモダンだ。のちに一部増築され、3階建てから4階建てになった。というわけで、よ
1984年竣工・開館岡田新一さんが56歳の頃の作品株式会社岡田新一設計事務所1974年に最高裁判所を造ってから10年後の作品なのですね。。。(´┐`)まあ、最高裁判所は1968年に公開コンペを行って後の作品でしたが、灰色ででっかい遺跡みたいな雰囲気は変わらず。。なのかな。。(´┐`)昭和101年記念(゚∀゚)/昭和建築シリーズ第41弾は、外壁は石ではないけど最高裁風にみえちゃうこちらのケンチク。(´┐`)音楽ホールとしては、残響時間は空席時で3秒、満席時で
沖縄2日目あいにくのお天気見てみたかった名護市役所。この天気と相まって、古代遺跡や要塞のような重厚感がありながらもアサギテラスと呼ばれる軒下のような空間が、強い日差しを遮ってくれる優しさに囲まれた設計ステンドグラスのようなガラスブロックも所々に散りばめてあって、お天気の日はキラキラでさらに可愛いやろな✨お休みの日で勝手に2階とか行っていいか分からず、旦那もおるからあまり時間も取れず残念やった↓建替の話もあるとか無いとか。行きたいとこ見たいものは、とっとと行動に移し
■神奈川歯科大学(神奈川県横須賀市稲岡町)横須賀の米軍基地の隣というか、手前。日本歯科大の附属病院長だった大久保潜龍が、海外視察を経て「女性も歯科医に!」と一念発起。1910年に日本初の女性歯科医養成校「東京女子歯科医学講習所」を設立した。順調に発展し、現在の大学にあたる専門学校に昇格した。だが戦後、新制大学の認可が得られず(医学部系統は、アメリカの医大のレベルに達していないとして、大学に昇格できなかった学校がそこそこあった)、いったんは廃校に。歯科衛生士