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2026年1月神奈川県相模原市緑区城山1丁目横浜水道:相模川と道志川の合流地点である三井(みい)を水源とする水道施設1885年、水道建設着手1887年、日本初の近代水道として給水開始1889年、横浜市が誕生1890年、運営が神奈川県から横浜市へ移管城山大橋西詰からの景色2つの遺構中沢接合井遺構鉄筋コンクリート造、底部3段川尻隧道上口レンガ造、導水路487.8m元は朱色の欄干だったのか津久井湖取水塔横から見た中沢接合井遺構城山ダム展望台からの景色昔ここに休憩所でも
香川県小豆島の土庄町で昨年2月に開催された「妖怪万博」が、「YOKAIEXPO」に名所を改めて2月22日(日)に開催される。昨年に引き続いて勝手に協賛する企画として「観光客が知らない小豆島のミステリースポット」を紹介する。小豆島では、良質な花崗岩や、加工しやすい角礫凝灰岩が産出する。これれは、石造物や城郭の石垣、敷石等で利用されている。花崗岩を使用した石材業は、徳川幕府による大阪城普請(1620-29|元和6-寛永6)に伴い、島内各地で大名が採掘したことに始まる。花崗
2024年、突如危機的状況にあることを知り数回の訪問をした(仮)上張隧道ですがYoutubeで新しい情報を入手したので様子を見に行くことにしました。現在地はこの辺。過去の写真を見返してもこの辺りから撮っていなかったようでわかりにくいかもしれませんが、この正面には山というか丘というかそういうものがあったはずです。参考までにほぼ同アングルの2023年7月撮影のストリートビュー貼っておきます。この看板が見える辺りもこの時の2枚目の写真と近い位置からの撮影です。『(仮)上張隧道の危
干支ネタ第2弾。新年始まったばっかやのに「馬返し」って、追い返してどないすんねんって話ですな。余談だが、元々予定してたネタが素掘り隧道で、「馬」って漢字が登場しないので、それじゃあちょっと弱いかぁ、ってことで急きょ登板のネタにつき、まあそのへんはご容赦を。てなわけで今回も相当古い、2010年10月23日、第一次福井県遠征でのネタ。この日のネタで記事にしているのは、雄島隧道、大内隧道、二代目・下荒井隧道、谷戸口トンネル、長野ダム隧道、大谷スノーシェルター。本日ご紹介するのは、下荒井隧道
2011年6月1日、房総の隧道王子(当時・笑)ことまききさんと、2回目の合同探索。…ってほどの大げさなものじゃなく、ブラブラしながらまききさんおススメの隧道に連れてっていただくっていう、ゆる~い俺得企画(笑)。この日のネタで記事にしているのは、追憶の池田橋、新旧の小食土隧道、長谷隧道。今宵ご紹介するのはこの日の最後にご案内いただいた物件で、ひときわ印象的な思い出がある。先日アップされたSubaru6さんの記事(2025年4月ご訪問)を見て、わたくしも記事にしておきたいと思った次第
【1日目ダイジェスト】より続く。「種まき権兵衛の里」にて午前6時起床。冬場は夜が長い。しっかり寝た~。この日は、ここから北上し…つまり帰宅方向へ進みながら、近年に見つけた気になる物件たち訪問と、かなり久しぶりとなる物件を2ヶ所再訪。では、2日目ダイジェスト。奇しくも、両日ともに朝一発目がのっぺりガードレール物件となった。いずれも自力で発見したものだが、念のためのっぺりマップで確認したら、いずれもすでに発見されていて、さすがやな~と。
房総リベンジ2日目、レンタカー借りてまず向かった場所です。というか、地図を見た感じ共栄・向山トンネルなど養老渓谷方面へ向かう道中にありそうだったので寄ることにしました。現在地はこの辺。千葉県道27号茂原大多喜線(もばらおおたきせん)…の歩道にいますが、左側のこの辺くらいから旧道が分岐していると思うのですが…。バリケードが見えました。でもこの旧道との境の枯れ草で旧道側に行けそうなところがない。それと、わかりにくいかもしれませんがバリケードの手前側の旧道路面が水たまってます。
善知鳥前隧道中編探索日2024.11.02公開日2025.12.03所在地青森県青森市禍々しさを背負い・・2024/11/0206:03《現在地》洞内に入ると外から見ていた雰囲気よりも禍々しさが増して居づらしさを感じた。出口が見えているので特に何も問題ないだろうと思っていたが、それ以外にも洞内には気味の悪さが漂っていた。壁面は何やら黄ばんでおり、気持ち悪さを演出している。いたるところから漏れ出る水分はこの隧道の古さと残りの寿命が短いことが分かる
隧道レポ善知鳥前隧道前編探索日2024.11.02公開日2025.11.26所在地青森県青森市改廃に改廃を重ねた隧道たち2024/11/02青森市からかねてよりの温泉地・浅虫に行くためには、ここ善知鳥(うとう)崎を越えなければならない。読みは”ぜんちどり”ではないようだ。善知鳥崎はかねてより「親不知子不知に匹敵する」といわしめるほどの難所であり、この地の攻略には多くの人々が携わってきた。そんな中、昭和8年に竣工された「善知鳥前隧道」はかつての一級国
2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊。この日のネタで記事にしているのは、川部橋、第2循環隧道、見取隧道、竹田津隧道、内迫港隧道、ラストの掛樋隧道。けっこう積極的に記事にしていってる。で、今宵ご紹介するのは、竹田津隧道と内迫港隧道の間に訪ねた16(!)もの隧道のひとつ。そう、定期的にポンポン紹介していかないと、数が多すぎなのよ。国道213号を外れ、大分県道542号熊毛港線を北上している。その名のとおり、国道と熊毛港を結ぶだけの短い県道だ。
2023年11月神奈川県横浜市緑区長津田町国道246号の南側地下道を利用し246の北へ向かいますツタが地下道の中まで侵食してきています建の標石壁は所々黒く、地下道特有の薄暗さもあり怖いです北側に到着この先に行きたかったんですがね…ロープ手前から撮影同地点正面民家の裏あたりに廃隧道があるはずですが今はロープで閉鎖されているため自重迂回切り株さんずいが変旧大山街道に出ました左の擁壁が意味ありげに突然途切れます坑口前だけ擁壁がありません謎の廃隧道もっと早く来れば良
新潟県とグンマー帝国の国境を繋ぐ、国道17号の三国峠。標高1244mに位置するこの場所に、ある廃トンネルがあるという。午前10時頃、辺りは少し霧がかっており、得も言われぬ雰囲気を醸し出していた。急カーブを抜けた先、国土交通省の事務所が見えてくる。そしてそのさらに先、二つ並んだ大穴。左が現道、右が旧道。どちらも橋からトンネルへという構造だ。こう比較して見ると、なんだか人類滅亡前と後のような、漠然とした不気味さを感じる。右に位置する三国トンネルが旧道化したのは2023年。今から2年前と比較
こんばんは。トンネル探検をしてきました。2代目大工の三島です。今日は子どもたちとお出かけ。向かったのは白鳥町。そこに住む友人に合う用事があるのです。でもいつも通りに寄り道だらけ。最初に行ったのはココ。門原(かどはら)トンネル。手掘りの荒々しい岩肌。ちゃんと説明板もありました。できたのは1917年。第一次世界大戦中ですね。川幅が狭い峡谷。険しい崖のため超危険。転落事故が絶えなかったそう。そんなわけで2年間に及ぶ大工事。車も通れる大きなトンネル。飛騨地方の夜明けと
2025年3月神奈川県相模原市緑区久保沢3丁目15鮎釣街道から長竹川尻線(r510)へ向かい、久保澤隧道と久保澤橋を確認します探索開始地点は同区向原2丁目10急坂歩道3月でさえ藪まみれです下は県道510号上は新小倉橋ちょうど新小倉橋の下に出ました新小倉橋の下にあるのは、横浜水道相模湖系統の現在の送水管この管は、水道みちとは異なる流路で川井浄水場へ繋がっているとか新小倉橋の下から見える廃隧道と廃橋隧道と言っても車が通る隧道ではなく、水が通る隧道ですほぼ同アングル、電柱が目印
南伊豆の山深く、廃隧道が眠る、時の墓。苔むす石壁、風の囁き、過去の足音、闇に響く。道との遭遇、謎の扉、光届かぬ、冷たい通路。誰が掘り、誰が歩んだか、歴史の断片、土に埋もれ。静岡の海風、遠くそよぐ、隧道の口、波音を吞む。廃墟の詩、静かに詠う、冒険者の心、未知を呼ぶ。いざ進め、闇を裂いて、南伊豆の謎、解き明かせ。廃隧道の物語、今、君の手で、蘇る。
房総半島旅行3日目、レンタカーで三島ダムの周辺、梅ノ木台1号隧道、2号隧道、正木1号橋を見学したあと、次の目的地へ移動しました。場所はこの辺、千葉県君津市奥米。てか、このブログ文章を作成するために初めてマピオン地図でここを見たら、まさかのネタバレになってるんですけど。(笑)上の写真に写る隧道の名前は「奥米台隧道」で「竣工昭和四十九年三月」と書いてあります。ちなみに今回はここでUターンしたのでこの隧道は通っていません。近くには「一人歩きはきけん」と書かれた小学校設置の看板が
大間線〈未成線〉第5回探索日2024.11.02公開日2025.07.09所在地青森県むつ市片洞門を乗り越え・・・2024/11/0211:52《現在地》目の前に現れた巨大な片洞門。ただし、削られているのは何故か路盤よりも高い位置なのである。写真上部の岩場にはくっきりと半円が刻まれているのに対し、現在の路盤は全く手が入っていなかった。この奥でかなり登ることになったことからおそらくあのくびれ部分が隧道建設時の路盤の高さなのではないだろうか。80年でこれだけ路
羽根隧道(はねずいどう)大分県豊後高田市羽根総延長:159.50m幅員:7.00m竣工:1960年(昭和35年)3月路線名:西ノ磯日平線工法:矢板工法施工:株式会社菅組廃道:2018年(平成30年)通行止め1960年(昭和35年)3月に竣工し、国道213号線の隧道として長く利用されていましたが、2003年(平成15年)頃にトンネルを迂回するオープンカットのバイパスが開通しました。その後、しばらくは利用されていましたが、2018年(平成30年)には通行止めにな
大間線〈未成線〉第4回探索日2024.11.02公開日2025.06.25所在地青森県むつ市釣谷浜駅凝計地2024/11/0211:20《現在地》釣谷浜の海岸を進んでいると早速アレが姿を現した。これが木野部第一隧道の大畑側坑口である。残念のことに隧道内での自殺などが相次いだことからコンクリートでしっかりとふさがれている。こちら側から入ることは不可能だった。やはり別ルートで反対側に行く以外ないのだろう。塞がれた坑口のちょうど真横あたりからの写真であるが
(仮)鵜原理想郷1号隧道、(仮)鵜原理想郷2号隧道、(仮)鵜原理想郷3号隧道を通り抜けた後ハイキングコースから(仮)鵜原海岸隧道も通って海岸沿いを歩いてきました。現在地はここかな。私は南から北に向かって歩いているので、振り返って撮っています。両方向ともに車両行き止まりとなっています。右というか正面方向は(仮)鵜原海岸隧道までで車両は行き止まりです。左は…今から進みます。進んで行くと隧道があるのですが、封鎖されています。場所はこの辺、千葉県勝浦市鵜原。事前にここに隧道があるこ
【3】より続く。戻りも、洞内点描など。改めて見ると、現役でこの程度の荒れ具合の隧道、なんぼでもありそうだが。でもまあさすがに、照明が落下した現役隧道はないですわな。こちらはまだ耐えてるやつ。レンズ部分と管球だけ落ちるとか、自然に起こりうるもんなんだろうか。起こりうるんだろうな、よく見るからには。これなんかも自然に…ってなんやねんこれ?いやマジで、なんなのよ?気分悪いのであんま写真は載せないが、
【2】より続く。洞内を抜け、西側坑口に到達。素晴らしい鉄板の構図ですなあ~。さて、こちらも同様にネットで封鎖されているようだが、うーーん?…。はい~、出られました~。現地到着前には拝めるとは思っていなかった、旧隧道の西側ポータル。嬉しい!のっぺりとはしてるけど、状態めっちゃ良くない?こんなにビジュアルの整った廃隧道ってまあ見ないぞ。特にこれ!この扁額あたりとか、ここ数年に竣工したんですか?くらい美麗だ(大
【1】より続く。それではいよいよ、旧隧道にごたいめーん。無骨な感じのコンクリポータルだが、あるべきものはしっかりと設えられているね~。そう、扁額!右書きも力強い筆致で、「七曲隧道」。左端に刻まれた揮毫者は、「廣島縣知事大原博夫書」。調べてみたら大原氏、1951(昭和26)年1月から1962(昭和37)年4月まで(ほぼ)三期にわたって県知事を務めていたようで、当然ながら隧道の完成もこの間のどこか、ということになる。
2023年11月25日、中国地方TSHO周遊の三日目・最終日。この日のネタで記事にしているのは、大和口バス停、武将募集。と寺迫橋。今宵から何回かに分けてご紹介するのは、事前に地理院地図でニオイを感じて訪問を楽しみにしていたネタ。ともあれ、まずはその地理院地図をご覧いただく。どうすか?「新」七曲トンネルという名称、そしていかにも旧道然とした道とその描かれ方…いやこれ絶対、「ある」でしょ!…と思って、次にGoogleマップで見てみたら…おお、普通に旧道が描かれてる。
奥羽本線初代大釈迦隧道最終回探索日2024.10.13公開日2025.05.21所在地青森県青森市終点。2024/10/1316:48唐突に現れた、、というよりかは現れやがったこいつ。ただでさえ気持ち悪い隧道の奥地だというのに現れてしまった生活感。少し前からコカ・コーラの瓶が散らばっていたのが気になってはいたのだが、ここにきて写真には2本しか映っていないが大量のコーラ瓶と羽釜が置いてあった。そう、捨てられたというよりは”置いてあった”のだ。それがな
奥羽本線初代大釈迦隧道第3回探索日2024.10.13公開日2025.05.14所在地青森県青森市先の見えない世界2024/10/1316:413分ほど隧道を進んだ場所で初めて隧道内に変化があった。退避坑である。これは鉄道隧道にしかない特徴であり、ここに列車が走っていた何よりの証拠となる。今回の大釈迦隧道のように著名なものであればその成り立ちも用途も容易に知ることができるが、マイナーなものだったりするとこの退避坑が鉄道の物かそれ以外の物かを判断する唯
2025年5月山梨県南都留郡富士河口湖町本栖本栖トンネルの旧道を調査本栖トンネル北側坑口旧道は右旧道は現道よりも湖に近い現役当時のガードレールやデリネーターがそのまま残り、木が何本も生えています廃道化工事された?当時の標識!一番上の補助標識高・中速車本栖隧道北側坑口隧道内での離合はまず不可能手前には大小の岩がいくつも転がってます完全閉塞いつ塞がれたかは不明ですが、現在の本栖トンネル完成が1987年だから、廃隧道歴約40年弱ってところでしょうか旧道と現道の間の法面本
2023年4月神奈川県横浜市保土ケ谷区常盤台/峰岡町3丁目以下、太字は引用です神奈川県横浜市を走る「横浜新道」の北端付近に、保土ヶ谷隧道という全長200m足らずのトンネルがある平成に入って合計6車線分の2本のトンネルが掘り直された際、4車線だった時代の2本の旧トンネルの片方は使われなくなり、それが上下線の間にポツンと取り残されている※ちなみにもう片方の旧トンネルは、2→3車線拡幅工事が行われ、画像右壁の向こう側で現在の上り線として利用※このトンネルの坑口には、最近の高速道路や自動車専用
隧道レポ奥羽本線初代大釈迦隧道第1回探索日2024.10.13公開日2025.04.30所在地青森県青森市奥羽本線最古の隧道青森県大釈迦峠にはこれまで3度隧道が掘られてきた。最大勾配25‰のこの峠はかつてより青森県矢立峠に並ぶ難所とされていた。明治27年(1898年)に開業した奥羽北線(後の奥羽本線)の隧道の中で最も初期に竣工し、昭和40年代に改廃が進んだ奥羽本線内でも昭和38年(1963年)に新線切り替えが行われ、いち早く消えていった。その在位期
野本隧道を通り抜けた続きとなります。改めて、左方向が見えてないけど前回紹介の野本隧道。そして右側に見えているのが今回紹介の隧道です。近づいてみます。場所はこの辺、千葉県茂原市押日。野本隧道は軽トラくらいならなんとか通れるかもしれないと思いましたが、こちらは車両無理っぽいです。道幅以上に、路面状態的に…。で、お名前は「木生坊隧道」というそうです。現地ではGooglemapを参考にしていたので、見てもらえるとわかるかと思いますが2本の隧道の位置関係の書き方が微妙な感じで