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4月1日(水)、曇り。奈良旅行2日目です。6時半から母屋に移動して朝食です。これが宿泊していた別館です。朝食前に昨夜はよく見れなかった民宿外観を見学。これが門です。門越しに母屋。母屋昨夜夕食をいただいた座敷で朝食をいただきます。今日から残り4日をかけて奈良県を反時計回りに一周します。五條市まず国道169号を南下、国道370号、国道168号と進み、五條市に入りました。昔この地は大阪、奈良、和歌山、三重などからの主要な五本
鵜原駅から何か所か隧道=(仮)鵜原理想郷1号隧道、(仮)鵜原理想郷2号隧道、(仮)鵜原理想郷3号隧道、(仮)鵜原海岸隧道、鵜原理想郷の廃隧道など=を見学しながら歩いて海のすぐそばに来ました。海のそばなので風が強いのですが、海岸沿いに出てからは風に砂が混じるようになり外にいるだけでその砂が当たって痛いです。砂かけ婆に攻撃されたらこういう目に遭うんだろうな…とか考えながらも地図に隧道が描かれているところを目指します。防波堤が山(?)にぶつかる辺りに穴が見えるような気がします。さらに海側に
2024年5月9日に敢行した、福井県宿題回収ツアー第二弾。この日のネタで記事にしているのは阿曽隧道、春日野道の具谷暗渠、帆山隧道。今宵ご紹介するのは、阿曽隧道に続いて訪ねた物件。あそこに見えてるやつ~。パッと見、国道8号の現役トンネルに見える。場所はこのへん。でも接近してみれば、その状態は一目瞭然、紛うことなき廃隧道。ここはかねてから何度も通ったことのある道であり、こんな立地だけに10年以上も前から目にしていた。けど、ワインディングなのに交通量が多く巡航速度
【5】より続く。この奥が核心部分ってことだね。何も知らずに来ていたなら、ここが行き止まりだと思ったかもしれない。だがわたくし、14年前の経験から知っている。この奥に、まだ秘められたものがあることを。足を踏み入れてすぐに目に入ったものが、これ。ああーーー、これだこれ!間違いない。これこそが、初訪問時にすでに相当熟成していた軽トラ、そのなれの果て。当時にほぼ同アングルで撮った写真を再掲。形を失いつつあったキャ
キリがないんで、連載を再開します。お待たせしました(誰も待ってない?【2】より続く。今回、文章量過多。男性と別れて、隧道反対側目指して移動開始。これは隧道が貫く山を県道から見た景。現在地はこちら。この岩山を、隧道は左右に貫いている…いや、いた。わたくしは今右側の奥から歩いてきた。わかりにくいが、ここは片上川が海へ注ぐ地点で、水門の下を抜けて熊野灘に流入している。そんな片上川の歩道橋から、今から進んでいく右岸方向を。もしかして「ある」んじゃない
豊後高田市(ぶんごたかだし)1月24日(土)晴れ、旅行7日目です。昨夜も利用したホテル併設のレストランで6時からビュッフェ朝食です。宿泊に付いてくる無料朝食なので変わったものはありませんが、大分名物の鶏天がありました。夜が明けた7時過ぎにホテルAZ大分豊後高田店をチェックアウト。豊後高田市は昭和レトロな街並みが観光の目玉です。郵便ポストは現役ですが、収集は1日1回のみ。本当に昭和から残っている看板は少なく、後から昭和レトロ風に作った感じのも
【1】より続く。14年半ぶりに立つ、坑口前。しかし、あー…良くないな。明かりが見えない…。この隧道は(も)、関西隧道界のパイオニア、よとと隊長が初めて(業界的に)発掘した、マニアックな物件。例によって最終回にリンクを貼らせていただく。先日久しぶりにお会いしたけど、変わらぬ変態っぷりに安心した(謎)。今でこそこんな状態だけど、国土交通省による「平成16年度道路施設現況調査」には道路種別が「市町村道その他」として載っていたので、公道だったはず。だが現在は紀北町HPによれば
【序】より続く。そんな状況を経て2025年12月12日、「初めまして&お久しぶりツアー@紀伊半島」の2日目最後の(とはいえ時刻はまだ11時すぎ)探索先として、呼崎の総石造桁橋からほど近いこちらへ。三重県道766号城ノ浜山居線上である。右手に見える山、そのどこかに隧道が開口している…はず。Googleマップ航空写真モードで見てみよう。ちょうど766のヘキサが描かれているあたりが駐車した場所である。【序】で書いたように建物がなくなっていたりで様子も変
豊英大橋旧道の隧道の続きです。旧隧道を抜けました。場所はだいたいこの辺、千葉県君津市豊英。その先は廃道には廃道だけど、舗装されてて入った側に比べるとかなり状態が良い道が続いているようです。旧隧道のことしか知らなかったらここで引き返してたかもしれませんが、この先にも見ておくべきものがあるようなので進みます。先輩方の訪問記事を拝見していると、2008年頃に旧道南側から隧道手前まで車で入ったという記録があるのですが、倒木もあるし今は車は無理っぽいです。この後で、2025年で
今宵から何回かに分けてご紹介するのは、ある隧道の再訪記録。初訪問時の記録がパッとしなくて、撮り直ししたいな~と思いながらも、後回しにしたり忘れたりで14年以上(!)が経過…って、時間経ちすぎやろ。こういうの多いな。まずは、初訪問である2011年4月23日、四国からのスペシャルゲストをお迎えしての紀伊半島ハードコア接待時の写真をご覧いただこう。姉妹水とねじりまんぽも初訪問がこの日だったが、OFF会って楽しいけど、やっぱ初訪問の記録には向いてないっすな(笑)。周囲や引きの写真
1月21日(水)小雨。旅行4日目です。日田市朝食は7時半からと聞いていたため、遅めの起床。食堂で朝食をいただきます。食事中に御主人から近所に長い松の木があるので見ておくことをお勧めされました。Googleマップには掲載されていないスポットでした。神社なのに掲載が全くないのも珍しい。8:10にチェックアウトし、お勧めされた近所の八坂神社に来ました。鳥居は昭和十一年建立。狛犬は奉献年不明。境内にも狛犬が。昭和三十五年奉献にして
2026年1月神奈川県相模原市緑区城山1丁目横浜水道:相模川と道志川の合流地点である三井(みい)を水源とする水道施設1885年、水道建設着手1887年、日本初の近代水道として給水開始1889年、横浜市が誕生1890年、運営が神奈川県から横浜市へ移管城山大橋西詰からの景色2つの遺構中沢接合井遺構鉄筋コンクリート造、底部3段川尻隧道上口レンガ造、導水路487.8m元は朱色の欄干だったのか津久井湖取水塔横から見た中沢接合井遺構城山ダム展望台からの景色昔ここに休憩所でも
香川県小豆島の土庄町で昨年2月に開催された「妖怪万博」が、「YOKAIEXPO」に名所を改めて2月22日(日)に開催される。昨年に引き続いて勝手に協賛する企画として「観光客が知らない小豆島のミステリースポット」を紹介する。小豆島では、良質な花崗岩や、加工しやすい角礫凝灰岩が産出する。これれは、石造物や城郭の石垣、敷石等で利用されている。花崗岩を使用した石材業は、徳川幕府による大阪城普請(1620-29|元和6-寛永6)に伴い、島内各地で大名が採掘したことに始まる。花崗
2024年、突如危機的状況にあることを知り数回の訪問をした(仮)上張隧道ですがYoutubeで新しい情報を入手したので様子を見に行くことにしました。現在地はこの辺。過去の写真を見返してもこの辺りから撮っていなかったようでわかりにくいかもしれませんが、この正面には山というか丘というかそういうものがあったはずです。参考までにほぼ同アングルの2023年7月撮影のストリートビュー貼っておきます。この看板が見える辺りもこの時の2枚目の写真と近い位置からの撮影です。『(仮)上張隧道の危
干支ネタ第2弾。新年始まったばっかやのに「馬返し」って、追い返してどないすんねんって話ですな。余談だが、元々予定してたネタが素掘り隧道で、「馬」って漢字が登場しないので、それじゃあちょっと弱いかぁ、ってことで急きょ登板のネタにつき、まあそのへんはご容赦を。てなわけで今回も相当古い、2010年10月23日、第一次福井県遠征でのネタ。この日のネタで記事にしているのは、雄島隧道、大内隧道、二代目・下荒井隧道、谷戸口トンネル、長野ダム隧道、大谷スノーシェルター。本日ご紹介するのは、下荒井隧道
2011年6月1日、房総の隧道王子(当時・笑)ことまききさんと、2回目の合同探索。…ってほどの大げさなものじゃなく、ブラブラしながらまききさんおススメの隧道に連れてっていただくっていう、ゆる~い俺得企画(笑)。この日のネタで記事にしているのは、追憶の池田橋、新旧の小食土隧道、長谷隧道。今宵ご紹介するのはこの日の最後にご案内いただいた物件で、ひときわ印象的な思い出がある。先日アップされたSubaru6さんの記事(2025年4月ご訪問)を見て、わたくしも記事にしておきたいと思った次第
【1日目ダイジェスト】より続く。「種まき権兵衛の里」にて午前6時起床。冬場は夜が長い。しっかり寝た~。この日は、ここから北上し…つまり帰宅方向へ進みながら、近年に見つけた気になる物件たち訪問と、かなり久しぶりとなる物件を2ヶ所再訪。では、2日目ダイジェスト。奇しくも、両日ともに朝一発目がのっぺりガードレール物件となった。いずれも自力で発見したものだが、念のためのっぺりマップで確認したら、いずれもすでに発見されていて、さすがやな~と。
房総リベンジ2日目、レンタカー借りてまず向かった場所です。というか、地図を見た感じ共栄・向山トンネルなど養老渓谷方面へ向かう道中にありそうだったので寄ることにしました。現在地はこの辺。千葉県道27号茂原大多喜線(もばらおおたきせん)…の歩道にいますが、左側のこの辺くらいから旧道が分岐していると思うのですが…。バリケードが見えました。でもこの旧道との境の枯れ草で旧道側に行けそうなところがない。それと、わかりにくいかもしれませんがバリケードの手前側の旧道路面が水たまってます。
善知鳥前隧道中編探索日2024.11.02公開日2025.12.03所在地青森県青森市禍々しさを背負い・・2024/11/0206:03《現在地》洞内に入ると外から見ていた雰囲気よりも禍々しさが増して居づらしさを感じた。出口が見えているので特に何も問題ないだろうと思っていたが、それ以外にも洞内には気味の悪さが漂っていた。壁面は何やら黄ばんでおり、気持ち悪さを演出している。いたるところから漏れ出る水分はこの隧道の古さと残りの寿命が短いこと
隧道レポ善知鳥前隧道前編探索日2024.11.02公開日2025.11.26所在地青森県青森市改廃に改廃を重ねた隧道たち2024/11/02青森市からかねてよりの温泉地・浅虫に行くためには、ここ善知鳥(うとう)崎を越えなければならない。読みは”ぜんちどり”ではないようだ。善知鳥崎はかねてより「親不知子不知に匹敵する」といわしめるほどの難所であり、この地の攻略には多くの人々が携わってきた。そんな中、昭和8年に竣工された「善知鳥前隧道」はかつて
2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊。この日のネタで記事にしているのは、川部橋、第2循環隧道、見取隧道、竹田津隧道、内迫港隧道、ラストの掛樋隧道。けっこう積極的に記事にしていってる。で、今宵ご紹介するのは、竹田津隧道と内迫港隧道の間に訪ねた16(!)もの隧道のひとつ。そう、定期的にポンポン紹介していかないと、数が多すぎなのよ。国道213号を外れ、大分県道542号熊毛港線を北上している。その名のとおり、国道と熊毛港を結ぶだけの短い県道だ。
2023年11月神奈川県横浜市緑区長津田町国道246号の南側地下道を利用し246の北へ向かいますツタが地下道の中まで侵食してきています建の標石壁は所々黒く、地下道特有の薄暗さもあり怖いです北側に到着この先に行きたかったんですがね…ロープ手前から撮影同地点正面民家の裏あたりに廃隧道があるはずですが今はロープで閉鎖されているため自重迂回切り株さんずいが変旧大山街道に出ました左の擁壁が意味ありげに突然途切れます坑口前だけ擁壁がありません謎の廃隧道もっと早く来れば良
新潟県とグンマー帝国の国境を繋ぐ、国道17号の三国峠。標高1244mに位置するこの場所に、ある廃トンネルがあるという。午前10時頃、辺りは少し霧がかっており、得も言われぬ雰囲気を醸し出していた。急カーブを抜けた先、国土交通省の事務所が見えてくる。そしてそのさらに先、二つ並んだ大穴。左が現道、右が旧道。どちらも橋からトンネルへという構造だ。こう比較して見ると、なんだか人類滅亡前と後のような、漠然とした不気味さを感じる。右に位置する三国トンネルが旧道化したのは2023年。今から2年前と比較
こんばんは。トンネル探検をしてきました。2代目大工の三島です。今日は子どもたちとお出かけ。向かったのは白鳥町。そこに住む友人に合う用事があるのです。でもいつも通りに寄り道だらけ。最初に行ったのはココ。門原(かどはら)トンネル。手掘りの荒々しい岩肌。ちゃんと説明板もありました。できたのは1917年。第一次世界大戦中ですね。川幅が狭い峡谷。険しい崖のため超危険。転落事故が絶えなかったそう。そんなわけで2年間に及ぶ大工事。車も通れる大きなトンネル。飛騨地方の夜明けと
2025年3月神奈川県相模原市緑区久保沢3丁目15鮎釣街道から長竹川尻線(r510)へ向かい、久保澤隧道と久保澤橋を確認します探索開始地点は同区向原2丁目10急坂歩道3月でさえ藪まみれです下は県道510号上は新小倉橋ちょうど新小倉橋の下に出ました新小倉橋の下にあるのは、横浜水道相模湖系統の現在の送水管この管は、水道みちとは異なる流路で川井浄水場へ繋がっているとか新小倉橋の下から見える廃隧道と廃橋隧道と言っても車が通る隧道ではなく、水が通る隧道ですほぼ同アングル、電柱が目印
南伊豆の山深く、廃隧道が眠る、時の墓。苔むす石壁、風の囁き、過去の足音、闇に響く。道との遭遇、謎の扉、光届かぬ、冷たい通路。誰が掘り、誰が歩んだか、歴史の断片、土に埋もれ。静岡の海風、遠くそよぐ、隧道の口、波音を吞む。廃墟の詩、静かに詠う、冒険者の心、未知を呼ぶ。いざ進め、闇を裂いて、南伊豆の謎、解き明かせ。廃隧道の物語、今、君の手で、蘇る。
房総半島旅行3日目、レンタカーで三島ダムの周辺、梅ノ木台1号隧道、2号隧道、正木1号橋を見学したあと、次の目的地へ移動しました。場所はこの辺、千葉県君津市奥米。てか、このブログ文章を作成するために初めてマピオン地図でここを見たら、まさかのネタバレになってるんですけど。(笑)上の写真に写る隧道の名前は「奥米台隧道」で「竣工昭和四十九年三月」と書いてあります。ちなみに今回はここでUターンしたのでこの隧道は通っていません。近くには「一人歩きはきけん」と書かれた小学校設置の看板が
大間線〈未成線〉第5回探索日2024.11.02公開日2025.07.09所在地青森県むつ市片洞門を乗り越え・・・2024/11/0211:52《現在地》目の前に現れた巨大な片洞門。ただし、削られているのは何故か路盤よりも高い位置なのである。写真上部の岩場にはくっきりと半円が刻まれているのに対し、現在の路盤は全く手が入っていなかった。この奥でかなり登ることになったことからおそらくあのくびれ部分が隧道建設時の路盤の高さなのではないだろうか。80年でこれだけ路
羽根隧道(はねずいどう)大分県豊後高田市羽根総延長:159.50m幅員:7.00m竣工:1960年(昭和35年)3月路線名:西ノ磯日平線工法:矢板工法施工:株式会社菅組廃道:2018年(平成30年)通行止め1960年(昭和35年)3月に竣工し、国道213号線の隧道として長く利用されていましたが、2003年(平成15年)頃にトンネルを迂回するオープンカットのバイパスが開通しました。その後、しばらくは利用されていましたが、2018年(平成30年)には通行止めにな