ブログ記事210件
撮影日2025.10.6撮影場所京阪電気鉄道寝屋川車庫※敷地外公道から撮影前回に続き、昨年10月の京阪電車の記事です。萱島駅で下車した後、今度は同駅に隣接する京阪最大の車庫・寝屋川車庫の様子を見る事にしました。京阪本線では寝屋川と淀に車庫が有りますが、ここは車両工場も併設しておりメインの車庫となっています。留置線が43本・収容数が340本も有るという広大な車庫で、周囲を歩くだけでも大変でした。(一枚目)・寝屋川車庫は萱島駅~寝屋川市駅間の本線
1973年3月、家族旅行で京都を訪れた折、梅小路蒸気機関車館に寄りました。当時は、16形式16両のうち12両が動態保存で、その大半が有火状態でした。訪問時点では、近畿圏内で紀勢本線や関西本線ではSLが現役でしたので、無理をすれば現役SLを観る機会もあったのですが、そこまで頭が働きませんでした。機関区内を一巡し、構内の片隅にいるナンバーがペンキ書きのC11311が妙に気になりました。ネットで検索すると、訪問時点では休車状態で、その後「本州内で最後の在籍SL」だったとのことです。何と、保存
引き続いて2月14日~15日にかけて行ってきた、飯田線秘境駅巡り旅についてですコンバン波動砲!!(。・ェ・)ノノ^\/\/\/\/\☆)゚д゚||)グハこの道を進むと最寄りの塩沢集落に通じているみたいですが、確か徒歩50分ぐらいだった気がします。転がっているミゼットの廃車体、前回訪問時も見かけた個体。けろっぴとミゼット。前回見たのは10年前、10年の月日が流れ形も少し変わっていました。今度は前回見たことがない個体2台がちらりと見えたので近づいて散策。こちらは全体的な形がまだかろ
撮影日2026.6.15撮影場所広島県内割と有名な廃車体ですが、広島県内に今なお残る三菱製の大型バスの廃車体です。(一枚目)・線路沿いにこの廃バスが残っていました。白一色に塗られていますが、元は路線バスだった筈です。前中引戸でバス窓の大型ツーステで、ワンマン車です。前ドア脇に小窓が付いています。恐らく年式的に非冷房車と思われます。70年代製造の三菱MR410系の様で、短尺車です。三菱ボディでしょうか。(二枚目)・正面です。前面行先表示器は塗りつぶされて
米原駅から徒歩5分ほど、鉄道省が製造されたラッセル除雪車キ550形を見てきました。除雪車キ550形(キ550)当初はキ200形として登場し、後にき500形へ改称されました。キ555の案内板キ555は米原~大垣で活躍しました。形式、常備駅銘板運輸省土崎工機部斜め後ろ姿後ろ姿は地味黄色帯は65km/m指定車としてわかりやすくするためにしたとのことです。敷設レールは1965年11月製造?除雪車ですが、朱色だと普通なのに黒色だとなぜか怖
当日、阿波池田から「よしの川6号」に乗車、13時49分に小松島港到着。徒歩で小松島駅に戻ってキハニ5000の廃車体を確認しました。当時、小松島のキハニ5000はわりと知られた存在でした。(1984.2.13小松島駅小松島駅構内)ドアと窓を木材で塞がれ、正面をくり抜かれた状態でしたが、よくぞ残っていたものです。
8年前の今日、小海線の野辺山駅にて下車野辺山駅は1345.67mのJRグループで一番高い駅になります。また少し離れたところにJR鉄道最高値地点があります。そのJR鉄道最高値地点と行くことになり、駅前にあったタクシー会社の看板「高〇タクシー」に連絡。電話してを伝えると「え~、うちの会社は清里なんですけど(なんで野辺山まで配車しないといけないんだ)」とババアのかなり愛想の悪く、あからさまに面倒くささが伝わる対応、しかも「鉄道最高地点へいきたいんだってさ~」と嫌そうな声が電話ごしからも聞こ
2026年6月神奈川県小田原市中村原トーヨータイヤZラジアルNICEHOTブルーバードにマーチ元は隣のファミリーショップが目的でしたが、訪問時点では既にありませんでしたところで私はファミリーショップや洋品店というワードに目が無いなぜかと言うと、そのテのお店はほぼ必ず古いからフロンテ?…正直わからんキャリイ
伊野電停に到着した「土佐電オリジナル塗装」の200形、非冷房車で夏季は殆ど稼働しないので、この時季に来て良かった。(2026.4.8とさでん交通伊野停留場)伊野電停から後免方向を振り返ると左に分岐する廃線跡が残っていました。住宅地に入り込んだ廃線跡、かつての伊野車庫への引込線で、架線柱もそのまま。線路が右に折れて林に突き当たると終点で、分岐地点から約150m程でした。1984年、初めてこの場所を訪れた時はアスファルトではなく枕木にバラストの軌条でしたが・・1984年当時は留置線が
当時、東二見車庫に旧.国鉄モハ63形の車体があることは、鉄道愛好者の間で良く知られていました。(1984.2.9山陽電鉄東二見車庫)訪問当日、東二見車庫の事務室を訪れ、訪問の趣旨を告げて見学ノートに記帳すれば、見学が許可されました。(もしかしたら、ヘルメットを借用したかもしれません)事務室から遠く離れた場所に居た国鉄モハ63形の車体、良くぞ残っていたものです。訪問から3年後、大阪勤務となり山陽電鉄の車窓から何回か確認できましたが、そのうち消えてしまいました。
撮影日2026.3.22撮影場所広島交通高陽営業所付近※敷地外公道から撮影広島市内北部の大規模住宅地・高陽ニュータウン内に位置する広島交通の高陽営業所の紹介です。かなり規模が大きい団地ですが、坂道がかなりきつい場所でJR芸備線の駅からは少し離れており、広島市内への移動手段はバスがメインになっている様です。(一枚目)・高陽ニュータウンへは広交と中国JRバスが路線を伸ばしていますが、両者とも営業所を持っています。広島交通はニュータウン内の幹線道路
▲福田用水踏切のすぐ脇に放置されている廃車体。緑の雑草に浸食されつつあります。『103系の廃車体』▲103系冷房車が活躍する中、役目を終え駅裏でひっそりと佇む103系非冷房車。足回りは外され、残された車体は倉庫代わりに。行き先方向幕は、今は無き「陸前原ノ…ameblo.jp
撮影日2026.3.11撮影場所広島交通大林営業所※敷地外撮影可能場所から撮影先日広島交通の大林営業所を訪れた所、廃車体が並んでいる光景を見かけました。移籍車で富士7Eが多く残る同社ですが、世代交代の波は進んでいます。(一枚目)・広島市内北部の安佐北区の山間に有る大林営業所です。広島市内から直通バスが出ていますが流石にこの辺りまで来る便はそこまで多くなく、営業所の裏手の川は清流の趣が有ります。(広電バスは更にその先まで市内から直通していますが
撮影日2025.12.7撮影場所広島交通緑井営業所付近※敷地外公道から撮影先日訪問した広島交通の緑井営業所です。広交の営業所は多くが市内の北部に設けられていますが、ここも同様です。(一枚目)・JR可部線の緑井駅から少し北に行き、線路沿いの大通り沿いに緑井営業所が設けられています。大通り沿いに整備工場が有り、少し離れた所に車両が留置されています。純正ボディが増えている同社ですが、エアロスターやエルガと並んでまだまだ西工96MCボディ
撮影日2026.2.6撮影場所カオル交通第一車庫※敷地外公道から撮影先日広島市安佐南区の八木付近、新太田川橋付近を走っていたところ、大通りから外れた寂しい場所にバスらしいものが有るのを見付けました。この場所はフォーブル運行のバスが僅かながらも走る場所ですが、周囲に何も無い場所です。まさかここに大物がいるとは…。(一枚目)・近づいてみるとそこはバスの車庫で、北鉄らしいカラーは貸切専業事業者のカオル交通の第一車庫でした。事務所は別に有る様です。
撮影日2025.12.10(4~6枚目は2026.1.9)撮影場所広島市内※立ち入り可能場所から撮影※2026.1.194~6枚目追加広島市内に存在する廃バス2台です。場所はぼかしておきますが、名が知られている場所かもしれません。(一枚目)・河川敷ゴルフ場の敷地内に2台のバスが見えました。休憩所などの用途でしょうか。手前は黄緑に塗られた西工58MCB-Ⅱボディのツーステ、奥は赤く塗られたエアロキングダブルデッカーです。エアロキ
撮影日2025.12.27撮影場所広島市内※敷地外公道から撮影先日たまたま遭遇した廃バスですが、一風変わっていました。知られた物件かもしれませんが、場所は控えておきます。(一枚目)・大通りから異様なものが見えて来ました。赤い車体の二階建てバスに見えるので、「ロンドンバス」かと思いきや…。(二枚目)・何と普通のバスを2台くっつけて2階建てバス風にしたものでした!これには脱帽です。タイヤは下の車両だけについており、上の車はボディ部だけを接合した
昭和100年であった2025年ももうすぐ終わる12月26日、東品川公園に保存されている7号蒸気機関車を見てきましたのでその時の様子です。東品川公園に保存されている7号蒸気機関車を公園名が記載された看板と共に撮影。街中にある大きな公園に保存されています。近づいて撮影。明治生まれの7号蒸気機関車、側面には旧西武鉄道の社章が描かれていますが、現役時代はいろいろ渡り歩いた機関車です。車軸の配置は1Cと日本のタンク式蒸気機関車では珍しい配置。角度を変えて撮影。7号機関車は伊賀鉄道
撮影日2025/04/27初代いすゞピアッツァ販売期間は1981-1991年とのこと所在地は山形県東田川郡庄内町西袋イルムシャーチューニング初代アウディ90クワトロ販売期間は1984-1986年らしい
撮影日2025.12.10撮影場所広島市内※立ち入り可能場所から撮影広島市内に存在する廃バス2台です。場所はぼかしておきますが、名が知られている場所かもしれません。(一枚目)・河川敷ゴルフ場の敷地内に2台のバスが見えました。休憩所などの用途でしょうか。手前は黄緑に塗られた西工58MCB-Ⅱボディのツーステ、奥は赤く塗られたエアロキングダブルデッカーです。エアロキングの廃車体はかなり珍しいのではないでしょうか。(二枚目)・手前の58MCボデ
今回は番外篇。…の前に、前回めっちゃ大事なことを書き忘れた。末尾近くに追記したのでぜひご覧の上、ご見識を賜れれば幸い。→【7】へさて、最終回でもあるこの番外篇では、ねじりまんぽの北側広場に「散乱」する、特殊車両の草ヒロ群(の一部)をご紹介。草ヒロ…そう、状況を見れば、実質的に現役車両でないと思わざるを得ない。コメント一切は割愛するので、Don'tthink,feel.ってことで。最後のこの写真、お分かりだろう
無性に、朽ち果てた放置車両に心が動かされます。ネットなど無い昭和の時代、少ない情報を頼りに全国を歩き回って一喜一憂したもので、ある種「宝探し」のような醍醐味でした。とりわけ印象的だったのが期せずして出会った車両で、土佐電鉄伊野駅前から住宅地へと延びる引込み線の先に、単車の車体が棄てられていた光景は忘れられません。(神奈川県鎌倉市極楽寺車庫)(福島県猪苗代町中丿沢温泉沼尻鉄道)(高知県伊野町土佐電鉄引込み線)(岩手県松尾町松尾鉱業鉄道)(長野県大桑村野尻木曽森林鉄道客車)
先日アップした淡路島でのバス活時、道中で発見した琴線に触れた廃車体の話題。何がなんやら分からん!という声が聞こえてきそうであるが、解体屋に積まれた淡路名物「農民車」の廃車体。昔から淡路島でよく見た農業用作業車で地元のコーチビルダーともいうべき鉄工所などで手持ち部品?掻き集めて大量に作られた作業車を「農民車」と呼んでいた。結構見掛けた記憶あるが、そういえば近年数を減らしているようで頻繁に見掛けなくなっていたことに気付いた。2トントラックまでの大きさは無いが、荷台に玉ねぎコンテナを沢山
かつてしなの鉄道で活躍した169系は2025年8月現在でも坂城駅でS51編成が展示保存されています。保存されてから間もなくの頃に撮影し、その1で紹介しましたが、今回は1両づつ撮影した様子です。2014年11月1日に撮影した元しなの鉄道169系S51編成の軽井沢寄りの先頭車クモハ1691。碓氷峠越えの際にEF63と協調運転するべく登場した169系量産車の記念すべきトップナンバー先頭車です。角度を変えて撮影。1968年8月21日付で日本車輌にて製造され、当初は冷房準備車として登
かつてしなの鉄道には169系が4編成が在籍し、2013年4月まで活躍していましたが2025年8月現在でも坂城駅で1編成が展示保存されています。保存されてから間もなくの頃に撮影していました。2014年11月1日に撮影した元しなの鉄道169系S51編成。軽井沢寄りの先頭車クモハ1691から編成全体を撮影。前面列車種別表示窓の表示は「団体」表示でした。このS51編成ですが、現役の時に撮影していました。こちらで紹介した写真の再掲で小諸駅にて2008年6月22日に撮影しました。S
京成関屋といえば、京成電車の車窓から見下ろす線路と謎の客車が気になって、何度か京成関屋駅で降りて周辺をウロチョロしたものです。(2025.7.22足立区千住関屋町岡田商事)ところが、再開発の波には逆らえず工場(鉄スクラップ業)が閉鎖され、解体工事の最中でした。解体工事の告知板によると建築物の床面積は約3,400㎡。なお、敷地面積をネットで検索すると15,964㎡とあり、何と東京スカイツリーの敷地面積の約半分!都内の好立地でこれだけ広大な敷地は滅多に無い物件ですね。開かずの鉄扉が開
ちょっと地方の小さな駅に降り立ちました。ホームの横からちょっと異世界のオーラが立っております。改札口とは逆でしたが降り立って見るとコレはまたレアな軽自動車。三菱ミニカのトラックであります。初代では無さそうな顔ですが前開きドアですねえ。昔の軽トラックはピックアップタイプが多かったですねえ。そしてもう1台。向こうに見えますはコレもレアな2代目デボネア。シーラカンス扱いになる程長い期間売られた初代とは対照的にスタイルもクセが有ってまったくの不評であっという間に消えました。三菱車自体があまり多く
昔撮った写真。廃バスの車体が骨董品店の看板として再利用されています。アンティークさろんと書かれているので最初この車体が店舗なのかと思ったんだけど、手前の看板との間隔やバスの中に商品らしきものが見当たらないのでやっぱり一種の野立て看板なんでしょうな。ちなみのこの物件、撮影は2016年2月なんだけどストリートビューで確認してみると2017年6月時点ではなくなっているのでその間に撤去されたものと思われます。
房総半島旅行2日目、鵜原駅で下車して隧道見学をしながら歩いていました。場所はこの辺、千葉県勝浦市鵜原。なんかボロボロの橋が目に留まりました。正面。これは廃橋と言っていいでしょうね。ガードパイプが途切れてないので普通に渡れないし。で、この写真を見返して気づいたのですが、川の護岸部分が橋の右側と左側で形が異なってます。どういう理由なんだろ?渡れないので写真はこれだけ。ただよく見ると対岸側に1ヶ所だけ親柱っぽいものが残されていました。ここからはおまけです。廃橋から少し歩
おはようございます😊今日はもう、黒部から帰る日です…😭昨日はお土産を買いに市内を回ったのですが、道中でダルマを発見したので記録してきました。まずは、某会社の敷地内にあったダルマ色は塗り替えられており、車番は確認できず…。しかし、大事に使われているようで状態は良いように思えました。続いて、黒部の道の駅近くにあったダルマさんこちらは去年、見つけていましたが時間がなく断念していた個体でした。屋根はFRPが塗装された白い屋根😊ワムの水鏡🤣車番がうっすら見える?うーむ、見づらいので反