ブログ記事10,456件
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。本日は円融天皇の后妃たちの系図について見ていきたいと思います。円融天皇は村上天皇の第五皇子で、母は藤原師輔の娘である中宮・藤原安子であり、冷泉天皇の同母弟に当たります。その後宮は大河ドラマ「光る君へ」でも描かれていました。そう(´Д`)!藤原道長の姉・詮子がいた後宮です。それでは系図を見ていきたいと思います。
ジャイアントコパンダスピリチュアルなショート動画を投稿している人【スピリチュアル歴史短編アニメ】平安時代の武将平将門、令和の日本に高校教師、ひらの将門として輪廻転生する❗️YouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtube.comこの動画のポイントは...平将門が令和の日本に高校教師として輪廻転生した!【スピリチュアル短編アニメ】霊能者はどのように霊を見たり、霊の声を聞いたり、普段
富士山の最後の噴火は、1707年の宝永大噴火ですその直前の噴火は、約850年前の平安時代(1083年頃)に発生したと記録されていますポイント最後の噴火:1707年(宝永4年)「宝永大噴火」前回の噴火:1083年頃(記録上)貞観噴火:864年〜866年に発生した青木ヶ原溶岩を形成した大規模噴火歴史的には約100年〜数百年周期で噴火を繰り返しており、現在の319年間の休止は、比較的長い「静穏期」とされています1707年の噴火は624年ぶりの噴火でした今、319年噴火していません
昨日の夕方水やり時には気が付かなった!今朝見ると・・・やややや👀“”“胡瓜ができている。この胡瓜なんと4000年も前から頑張っているらしい。原産はインドの北西部とか?ローマ帝国の皇帝の好物でもあったとか?日本には、平安時代空海が病気平癒の薬用として持ち込んだともいわれるが、定かではない。この胡瓜完熟するまで放置すると表面が黄色になり、棘もなくなる。むかし田舎では今スパーで売っている状態では食べていなかった。完熟すると苦くなると言うが、ほとんど完熟寸前ごろ食べたが、チョット甘みが
パティシエ・ショコラティエのミケですちょっと避けていた場所に昨日行ってきましたhttps://mike-no-okashi.com/%e5%9c%b0%e5%9f%9f%e3%83%bb%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88/45007/悲しい歴史のある滝!洋菓子職人が近づいてみると。。。。。!!|菓子工房mike東広島市で親しまれる洋菓子店/御饌cacaoは、西条酒蔵通りにあるチョコレート・焼き菓子の専門店菓子工房mike東広島市で親しま
こんにちは!いつもはニューヨークから、いまは日本に帰省中の画家の千寿です。(プロフィールは、こちらから)5月13日水曜日の朝。先日の、ノープランの旅。伊勢神宮へお参りする以外はまったく計画を立てずにその場で行きたいところを決めながら動こう〜ということで家族と出発。光あふれていた伊勢でのじかんはまた次回綴ることとしてなんとなくここ数ヶ月です〜ごく行きたく
賀茂祭5月15日は京都で「賀茂祭(葵祭)」が催行されます飛鳥時代欽明天皇(聖徳太子の祖父)が飢饉や疫病平癒を願った祭祀が起源とされます国の安寧を願う「賀茂祭」京都御所から勅使が下鴨神社、上賀茂神社へと向う平安絵巻さながらの行列は雅やかで神聖とされる「葵の葉」を飾り付けていることから「葵祭」行列に使われる装束、小道具まで伝統工芸の技術が継承されているそうです「賀茂祭」は「源氏物語」の中では、光源氏の正妻葵の上と恋人六条御息所の車争い「枕草子」には、「祭のかへさ、いとをか
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。本日は百人一首歌人の坂上是則の系図を見ていきたいと思います。坂上是則は平安時代中期の官吏であり、歌人で、三十六歌仙の一人に数えられています。大和権少掾・大内記などを経て加賀介になりました。『古今和歌集』などの勅撰集に約40首おさめられており、家集に『是則集』があります。蹴鞠の名手でもあったと伝わる歌人です。そんな
2026年の葵祭(賀茂祭)は、5月15日(金)に行われる上賀茂神社と下鴨神社のお祭りです。京都三大祭の一つで、約500人の平安貴族の姿、平安時代の美しい衣装が楽しみですね。平安京が出来る前に風水害で作物ができなかったときに、鈴をつけた馬を走らせて五穀豊穣を祈ったのが始まりとされています。葵祭2026の概要日時:2026年5月15日(金)路頭の儀(行列)時間:京都御所出発10:30→下鴨神社着11:40→上賀茂神社着15:30場所:京都御苑〜下
歴史公園えさし藤原の郷⛲️(岩手県奥州市)『れきしこうえんえさしふじわらのさと』と読むえさし藤原の郷は、1993年に奥州藤原氏の興亡を題材にした大河ドラマ『炎立つ』の撮影を機に整備された平安時代の歴史テーマパークのようです▼駐車場入口▼▲えさし藤原の郷入口▲▼銅像・石標▼▲記念写真パネル▲▼花壇▼▲▼入場ゲート前パネル▲▼▲入場ゲート▲▼案内図▼▼政庁北門▼▼政庁(北側)▼▲▼脇殿▲▼▲政庁北側の門▲▲平安の館入口門▲▼平安
今日も朝から青空に恵まれた一日でした。外は、すっかり夏の陽射しです。「史上初!」の特別展へ先日、今、京都国立博物館で開催中の特別展『北野天神』に行きました。京都国立博物館京都国立博物館の公式ウェブサイトです。京博の展示・イベント情報やご利用案内、ご自宅で楽しめるコンテンツ等を紹介しています。www.kyohaku.go.jp北野天満宮は、学問の神さまで有名で、受験シーズンなどは、全国から訪れる人で賑わいます。ここには、讒言によって、太宰府に左
・折角の機会なので、良く調べておこう:・仁和寺御室御物実録(国宝)は、⑤~⑧期の展示だが、仁和寺に収められていた宝物の目録。仁和寺は、宇多天皇(867-931)によって、建立され、上皇となってからは、その御在所であった。目録は、のちに紛失したが、村上天皇の代に、改めて作成された。その際の、「実録使」の一人は菅原道真の孫の藤原文時であり、前田家は三代・利常の頃より菅原姓を称している。(以上は、「図録」のコメント)。ところでこの「実録」は「茶の湯展」(2023・京博)にも展示されており、その図
陽射しが強く、気温も上がって、暑くなってきました。平安時代に突入です!「色彩と絵画と歴史、日本編」講座、今回で4回目になりました。平安時代に突入して、すっかり一昨年の大河ドラマ「光る君へ」を思い出す方も多かったようです。日本の文化に大きな変化があった時代です。その理由を知ると、より理解が深まります。貴族社会の華やかな様子とともに、その社会では、どのようなことが起こっていたか?に触れながら、お話ししました。日本史の中で出てくる人物は、
昔書いた記事をしばらく載せています。今思うことも追加ですこし。相場の予測をことごとく外す投資家、アナリスト、投資評論家のことを、曲がり屋と言うそうなのですが、東北から茨城にかけて見られるL字型の家屋は、「曲り家」です。これは江戸時代に建てられた南部曲り家の千葉家(現在は改修工事中)。厩、ではなくて、人の住む建屋内の空間として存在する「馬屋」、L字の角にある土間と板間、そして畳間が一つの屋根でつながっています。囲炉裏の煙を屋外に逃がすための吹き抜け天井
こんばんは。風が強くて橋の上ではちょっと飛ばされそうで怖かったですよ。キウイ🥝君のエサを買ってファイブスター物語19巻を買って天気が良いので散歩して帰りました。途中、河原ではオオヨシキリの声がしていましたよ!今年初めてです。キジやウグイスの声も。夜はNHKの秘仏降臨、を観ました。相方の好きな蔵王権現が出てきました。美術品専門の運搬をするヒトたちが、平安時代にそこに安置されて以来という、稀有な美術品を梱包し、担ぎ、下山していきます。めちゃカッコいいです。キウイ🥝君の午後はぐっすりお昼
こんばんは⭐️今日は毎月楽しみにしている草木先生のオンライン講座を受講しました。4回目となる今日は平安時代。「光る君へ」を見てない私💦ドラマを見ていたら楽しさ倍増だったなぁ⤴️NHK番組でも取り上げられたタモリさんと山中先生の神仏習合のお話。菅原道真がなぜ神になったのか?神道と仏教がなぜ合体したのか?とても興味深い内容でした☺️今はアーカイブ配信は終わっています😭まだアーカイブ配信があるのはこちら💁♀️もうすぐ配信が終わるので注意⚠️https://www.web
『古今集』さうび紀貫之我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり「今朝初うひに」に「さうび」の名を隠した物名歌である。今朝、初めて見たその花の色を「あだなる物と」言うべきであったよ、という歌。この「花」は題の「さうび」を指し、当時薔薇そうびがまだ珍しい花であったと知れる。「あだなる」は「徒なる」とも「婀娜なる」とも取れるが、ここは両義を籠めたと見たい。はかないけれども、美しい、ということだ。「あだなる」と言う色は紅である。和歌における「さうび」は紅と定ま
現代は政治不安、物価高、世界紛争など様々な要因により苦しい状態にある人も多いですが平安時代の藤原家はきちんと陰陽師を使いこなしてました。政を行う日程や葬儀を行う日取りを時間まで正確に分析して実行してました。つまり風水を確実に使いこなしてお抱えの陰陽師安倍晴明を側近にしていたので藤原道長の時代は最盛期であり1300年もの長い歴史があります。つまり繁栄発展を願うなら家の将来を常に考える必要があるのです。最後はお墓に心の拠り所を求める事で心の平安を得られます。
今日は・・午後からバイト先へ・・南多摩駅れ社長を待っていると・・一羽の白黒れ尾が長い鳥さんが”ちょこちょこちょこ”・・🐦スマホを構えて近づいても・・全く飛ぶ気配が無い・・写真をパチリ・・小屋に帰って「5月×白黒の鳥」れ検索ひたら・・AIさんからこんな回答がっ・・「5月に見られる白黒の鳥の代表は、尾を上下に振りながら地面をちょこちょこと歩く”ハクセキレイ”や”セグロセキレイ”です。」と出てきた・・う~むっ・・どっちなの・・と・・さらに調べると・・「ハクセキレイは顔が
夏の装いの会の出し物一つ増えました胡蝶胡蝶とは雅楽における胡蝶楽の略雅楽の曲名の一つ膨れ兵児帯で表現して見ました栃本きもの着付教室雅楽の「胡蝶」は春の野山で花と戯れる蝶の姿を表現した愛らしい子供の舞平安時代に作られた国風の舞楽背中に蝶の羽根を付け山吹の花を持って舞ます
伊勢神宮のルーツは実は、伊勢神宮の学間的な創立年は、よくわかっていません。というのも、「古代日本の物語を描いた古事記」には「神宮」は登場せず「日本書紀」に簡単な記述があるだけです。第10代の崇神(すじん)天皇の時代、国中で疫病が蔓延®しどうすればいいか悩んだ天皇が神に尋ねたところ「天照大御神(アマテラス)」の「引越し」のお告げがありました。そして、11代の垂化(すいにん)天皇に「引越し」場所を探すように命じられた倭姫命(ヤマトヒメノミコト)は現在の奈良県桜井市を出発しま
<政治部取材メモ>和気清麻呂は見ている令和の政治家は皇室の伝統堅持に貢献できるのかhttps://t.co/cWZ2o99Wz5皇居・大手門にほど近い大手濠緑地にその像は立っている。奈良時代から平安時代にかけての廷臣、和気清麻呂。—産経ニュース(@Sankei_news)May7,2026
おはようございます5/3&4、大府の普門寺で秘仏が17年振りの御開帳とのことで4日に行ってきました。詳しくはこちら。愛知県大府市で樹木葬・永代供養をお考えなら|海雲山普門寺海雲山普門寺は、大府市にある曹洞宗のお寺です。樹木葬や永代供養墓をお考えの方は、宗旨・宗派問わずお問い合わせください。www.obu-fumonji.com普門寺は知多四国霊場三番札所、知多西国三十三所霊場二十七番札所。創建白鳳元年(673年)と1400年近い由緒あるお寺。歴史を感じる
日本史の授業で習ったはずなのだが、どうもハッキリしない。自分への復習のつもりで、調べ直してみた。なにやら、モヤモヤしていたものが、晴れたような気になってくるから不思議である。国司(こくし)は、古代から中世の日本において、地方行政単位である国を支配する行政官として、朝廷から任命され派遣された官吏たちを指す。ただし、平安以降、任地には行かない官吏も出始め、それらの人々を遙任(ようにん)と言い、任地に赴く官吏を受領(ずりょう)と呼んだ。従って、国司には遙任と受領が存在することに成る。受領(ずりょ
今日は、かなり気温が上がり、京都も6月の気候でした。陽が沈み始めた頃、床も始まっている鴨川では、ゆっくりとくつろぐ人の姿も多かったです。「色彩と絵画と歴史、日本編」講座に向けて月に一度のペースで開講している、「色彩と絵画と歴史、日本編」講座。今月は明後日なので、最終チェックをしていました。毎回思いますが、これでOK、とは、なかなかいかないのです。あれこれ、図録を開いたり、いろんな本を読んだり、資料を見ると、あれも入れたい、これも話したい
📺[BS]今夜7時00分「#秘仏降臨」2026年は、秘仏降臨の年🔶33年に1度しか開帳されない秘仏、🔶平安時代に聖なる山頂に納められて以来初めて山を降りた秘仏…日本独自の文化・秘仏のなぞに迫る!2026年は秘仏降臨の年。33年に1度しか開帳されない秘仏、平安時代に聖なる山頂に納められて以来初めて山を降りた秘仏…。日本独自の文化・秘仏の謎に迫る。今年は秘仏降臨の年。奈良国立博物館で春、東京国立博物館で夏に行われる特別展で、出会うこと自
こんなところにお寺があるの?と、不安になるくらい細い山道を抜けたところにある古刹。書院から見る枯山水庭園と、芽吹いたばかりの青紅葉🍃何より、これほどのお寺なのに、京都みたいなインバウンドの混雑がなくてビックリ‼️オーバーツーリズムで『寺社で静かに佇む』なんてことが出来なくなったのが残念😥縁側で心静かに美しく整えられた庭園を眺めるのではなく、下着姿のような女性たちが、いかに自身が美しく撮影できるかと所狭しと場所を取る。都の美しさが損なわれたようで。以前の静かさや穏やかさが無くなり
以前のブログで、日本近代史の後期現象として、鎖国的状態という見方を述べました。あるまとまった歴史的過程には共通の法則があるのではないか、という仮説のもとに、日本史の諸時代を比較した場合、その後期段階に共通の現象がありそうなので、それを便宜的に鎖国と呼んだのです。この用語は、日本中近世史の後期段階である江戸時代の対外政策として用いられた言葉です。以前のブログにおける「鎖国」という言葉は一種の比喩的表現であり、それ以前の対外関係との比較の中で意味をもつ言葉です。そこでこの用語が、日本史のその他
68歳、中?級国民にして国語迷?人のブログにお越しいただきまして、ありがとうございます。外国では、あの猛毒惑沈に対する裁判が始まっておりますが、この国は静かなもんですね~。生物兵器と断定したところもあるというのに、いまだにあの毒薬を効果のあるものと思っている人がいるのが信じられません。ここ数年、戦争も大震災もないのに死亡者の数がどんどん増えている!という事実を、どのように考えればいいのでしょうか?
なぜ「真面目な人」ほど苦しくなるのかあなたに少しだけ、核心を突く話をします。人生が一番苦しくなるのは、「悪い人」でも「怠けている人」でもありません。一番苦しくなるのは、“真面目な人”です。責任感が強く、努力を惜しまず、人に迷惑をかけないように生きてきた人ほど、朝起きた瞬間から心が重い何も起きていないのに疲れている「今日もちゃんとしなきゃ」が頭に浮かぶそんな状態に陥りやすい。なぜでしょうか?それは、人生そのものが苦しいのではなく、「人生を真面目にやりすぎている」からです。