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兵庫県淡路市岩屋にある、石屋神社(いわやじんじゃ)へ。崇神天皇(すじんてんのう)の御代に創建されたといわれています。淡路島で最も古い神社のひとつです。高台にあり、境内から海が見えます。春分と秋分の日にはこちらの鳥居から朝日が拝めるそうです。機会があれば朝日を見てみたいですね。TOMOMO
カナダ在住から日本に戻った者が遭遇した出来事や文化の違いを綴っています。Anyresemblancetoactualeventsorlocalsorpersons,livingordead,isentirelycoincidental.©m2011-2026Allrightsreserved.仕事や執筆の依頼はdrippingofpoison★gmail.comまでお願いします。★を@に変えてください。ブログ記事の転載、複製は禁止しております。
祖先の旅・特別編仮説構築編――タニハから美濃へすべては、DNA検査から始まった。2025年2月、自分のルーツを知りたいという軽い気持ちから受けたDNA検査。その後、自分の父から、そのまた父へと受け継がれてきたY染色体ハプログループを詳しく調べ始めたことから、「祖先の旅」は始まった。最初に分かっていたのは、ほとんどそれだけだった。Y染色体の系統を示すキーワードを一つずつ検索していくと、やがて中国・新疆ウイグル自治区のイリ地方へたどり着いた。さらに調べていくうちに、モ
系譜と御所・御陵の名前ばかりが並んで、実績がほぼ記述されていない、いわゆる「欠史八代」。長過ぎて区切ることになってしまった、前回の続きの「後編」。今回は6代~9代をお届けします。「欠史八代」に会いに行こう!(前編)(関連)https://ameblo.jp/gonchunagon/entry-12973331187.html一応、前回をおさらいすると、天皇家の御所は「橿原(神武)」→「葛城(綏靖)」→「葛城(安寧)」→「軽(懿徳)」→「葛城(孝昭)」と移り変わっています。
◆大神神社・大和神社・等彌神社欲張り三社巡りツアーおかげさまをもちまして、ご応募が募集3名様に達したため、募集を締め切らせて頂きます。ありがとうございます。他にも神社案内ツアーの募集を行っております。どしどしご参加、ご希望等をお寄せ下さいませ。神社案内ツアー『再掲☆募集☆神社案内ツアー』☆募集☆神社案内ツアー長らく自粛していた参拝活動を再開させようと考えておりますが、今の自身の体調と経済状況では非常に難しい状態。そこで一部の方々にプライベー…ameblo.jp以下は募
No.318荒木武彦(崇神天皇)と荒木しず姫(五十鈴姫)宮原誠一の神社見聞牒(318)令和8年(2026年)08月05日春日市春日一丁目鎮座の春日神社は古昔より一貫して現在の地にあったのではありません。その前は、四王寺山(王城山おおきやま)に祀られていましたが、白村江の戦いに対処する山城再築のため、現在地(春日市)に中大兄皇子が武甕槌(たけみかづち)を祀る神社として遷したという。さらに、相殿であった事代主命を祀る王城神社も現在の太宰府市通古賀五丁目1203(五丁目8-
ようこそ!!好きなことを好きなように好きなだけ発信してます。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*建沼河別命ーたけぬなかわわけのみことー『日本書紀』では、武渟川別又は、武渟河別と表記。父大毘古命母記述なし弟妹比古伊那許志別命ーひこいなしわけのみことー膳臣ーかしわでおみー(料理方を司る職)の祖。御真津比売命ーみまつひめのみことー崇神天皇の皇后波多武日子命ーはたたけひこのみこ
ようこそ!!好きなことを好きなように好きなだけ発信してます。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*大毘古命ーおおびこのみことー『日本書紀』では、大彦命と表記。父第八代孝元天皇母内色許売命ーうつしこめのみことー御子第一皇子建沼河別命ーたけぬなかわわけのみことー阿部臣ーあべのおみー(後の安倍氏)の祖。東方十二ヶ国を守護する、四道将軍の一人。第二皇子比古伊那許志別命ーひ
雑誌『岩戸開き』に連載中の『霊査の古代史』いつもは、KindleUnlimitedで読んでいるのだけれど、『『霊査の古代史』が面白過ぎて!!』雑誌『岩戸開き』に、不二龍彦さんの『霊査の古代史』が連載されているのですが、それがもう、めちゃくちゃ面白くて〜‼️(13号までAmazonのKindleUn…ameblo.jp待てなくて(雑誌が発行されてから、しばらーーーーくしないと読めない🥲)初めてポチってしまいました😅なんでかと言うと、古代巫女についてのお話だったから‼️「もう一つ
第十一代垂仁天皇(すいにん)は、大和朝廷初期の天皇です。御父は崇神天皇、御母は御間城姫(みまきひめ)。崇神天皇の御世は大八州(おおやしま)を一つの国家のもとにおく天下統一事業を成し遂げ平和で豊かな国家が出来上がったとして「御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと」と称えられているその天皇の第三皇子として、纒向瑞籬宮(まきむくたまきのみや)にて誕生されました。御名は、活目入彦五十狭茅天皇(いくめいりびこいさちのすめらみこと)。在位は紀元前二九年~七十年。纒向に遷都。『国史教科書中学校
ようこそ!!好きなことを好きなように好きなだけ発信してます。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*日本大国魂神ーやまとのおおくにたまのかみー倭大国魂神とも表記。『日本書紀』にのみ登場します。大国魂神とは、大国主命の別名や、須佐之男命の孫神にあたる大国御魂神のように、国(=律令国現代の都道府県)そのものを神格化したものや、その土地に鎮座する神の霊力(国魂)を指し、その国を造った功徳のある神に付けられる神
崇神天皇山邊道勾丘上陵天理市山柳本町第10代天皇三輪山が少し見えます
自分の娘と、38親等離れた600年前に別れた分家の男子と比べて、女はダメだから、遠い遠い昔は親戚で今は他人になっている家の男子に家督を相続させるという話は現実社会では絶対にあり得ません。娘に相続させて、婿になってくれる男性を探すというのがふつうです。しかし高市政権はあり得ない方を選択しました。そして女性では神武天皇のY染色体を継承できないから天皇家は相続できない、600年前に別れた家でも男子であれば神武天皇のY染色体を持っているので天皇家は相続できる、などという議論が高市政権のやったこ
ようこそ!!好きなことを好きなように好きなだけ発信してます。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*御真木入日子印恵命ーみまきいりひこいにえのみことー別名所知初国之御真木天皇ーはつくにしらししみまきのすめらみことー等『日本書紀』では、御間城入彦五十瓊殖尊ーみまきいりひこいにえのみことー別名御肇国天皇ーはつくにしらすすめらみことーと表記。第十代崇神天皇ーすじんてんのうーです。父開化天皇母伊香色謎命兄弟姉妹御真津比売
初代神武天皇から第9代開化天皇までは、活躍した年代や寿命が非現実的であり、古代のヤマト王権が自分たちのルーツを正当化するために編纂した神話・伝説上の人物という見方が一般的です。第10代崇神天皇は、実在した最初の「大王」として位置づけられることが多く、巨大な前方後円墳の出現と時期が重なることから、日本の国家としての原型ができた時代と見なされています。埼玉県で出土した「稲荷山古墳鉄剣銘」や熊本県の「江田船山古墳大刀銘」に「ワカタケル(獲加多支鹵大王)」という名が刻まれており、これが『日本書
現在、皇位継承の問題や、皇室の人数の減少が、大きな問題で、それに関して、国会で議論がされているようですが、この議論は、「天皇は、初代から、現在まで、男系男子によって、切れ目なく、続いてきた」と、言う前提に、立っている。しかし、歴史に関心がある人ならば、この話には、疑問があるということは、知っているはず。つまり、「天皇」という存在は、初代から、現在まで、男系男子によって、途切れることなく、延々と、続いて来た訳ではない。と言う、話もある。その中の一つが、「三王朝交代説」と呼ば
先祖の一人の崇神天皇の御霊に訊いた。霊魂通信「崇神天皇さま、崇神さまの死因は何ですか」「あん(暗殺)」「暗殺ですか」「そう、暗殺」「お気の毒ですね」「お気の毒」「誰に殺されたのですかね、不明ですか」「不明」「犯人は邪馬台国ですか違うですか」「違う」「箸墓古墳の被葬者は誰ですか」「とよ(台与)」「台与は豊鍬入姫命、左様ですか」「さ(左様)」「ありがとうございます、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」「はい」「よかった」「崇神天皇さまの正体は扶余の依羅ですか左様ですか
※この「サイズ」で書かれている文章はこれまでのまとめです。下にスクロール頂くと文字サイズ変わります。■歴史の闇に封印された「エジプト王統」の血脈かつて、私たち日本、そして朝鮮半島の三国(高句麗・百済・新羅)は、海を越えたひとつの「同じ血統」によって統治されていました。彼らの真のルーツを、遥かなる時空の彼方へと遡ったとき、行き着く先は「古代エジプト」です。数千キロという途方もない地理的距離があるにもかかわらず、東アジアの王族たちの名や、今に遺される神話の中には、まるで隠し絵のピースを一枚ずつ嵌
こんばんはー。Xの話題はもう少し静観してみてから書こうかなと思いまする。と言う事で今回も旅の記録であります。天皇家の原点次に向かいましたのはヤマト王権発祥の地であります。一応「大和政権」=天皇中央集権による律令国家「ヤマト王権」天皇制以前の合議制国家で区分けしておりまする。今回はヤマト王権のお話。やって参りました。大神神社。大鳥居の何と堂々たる立ち居振る舞いでありましょうか。大斎原の鳥居が出来る前までは日本最大だったようです。しばし見とれてしまいました。大きな鳥居
能登と大和朝廷の関係中能登地方は、古くから出雲族によって「糸魚川産の翡翠」を手に入れるための重要な拠点として発展しました。その後、大和朝廷の力が強まるとともに、中能登地方は、出雲族から大和朝廷の一族の支配へと移っていきます。大和朝廷崇神天皇の皇子の墓3世紀頃から、羽咋氏、能登氏という強力な豪族が存在していたと伝わります。その豪族は当時の天皇家と深い関わりがありました。羽咋氏の祖磐衝別命(いわつくわけ命)第11代垂仁天皇の皇子現在の羽咋
「梶無神社」と、その摂社「八幡神社」・摂社「桜井神社」について(河内郡桜井郷・東大阪市六万寺町)式内社「梶無神社」摂社余談ながら・・「梶無神社」(船山大明神)は、「垂仁天皇」が、第二次物部東征において、その戦勝祈願として、河内に上陸した際に、父である「崇神天皇」と、母である「木花咲耶姫命」を祀ったのが創祀であり、ここに、後に、字・八幡(六万寺町)にあった「八幡神社」が、明治時代の「神社合祀令」によって梶無神社へと合祀されたのは、事情を鑑みれば、実は、あ
内乱をきれいに鎮圧し、四道将軍による地方の平定も順調に進んだことで、崇神(すじん)天皇の権力は日本全国へ行き渡ることとなりました。500年分のチャージを終えた崇神天皇の快進撃は、ここから「内政」へと舵を切る。日本の歴史上初めて、「戸籍調査(人口調査)」と「税金(貢物)の取り立て」を始めた!崇神天皇:「我が国もようやく一つにまとまった!これからはどんぶり勘定の政治は終わりだ。全国の民の数を一人ひとり数え上げ、男には狩りの獲物(鳥や獣の皮)を、女には機織りの布を、きっちり税として納め
怪しい少女の予言歌を聞いた大彦命(オオヒコノミトコ)将軍は、「これは一大事!」と大急ぎで馬を返し、崇神天皇の元へと引き返した。大彦命:「天皇、緊急事態です!山城の坂で少女が『お前の命を狙う者がいる』と不吉な歌を歌っておりました。これはただ事ではありません!」崇神天皇:「何だと……!?もしや、私が信頼して遠征に出した隙を狙って、誰かが謀反を起こそうとしているのか?」ここで、頭にコモ(藁むしろ)をかぶったくるくる🌀が、歯のない口をもぐもぐさせながら前に進み出ました。
四人の将軍たちが、それぞれの任地へ向かって意気揚々と出発した、まさにその直後。大和の出口(山城の坂)のあたりで、一人の不思議な少女が、怪しい手振りをしながら歌を歌い始めた。🎵「みまきいりびこはや(崇神天皇よ)……。己が命を殺せむと、窃(ぬす)ましくしたるを、知らに(知る由もなく)、姫遊びすも……」訳:「崇神天皇さん、のん気にお姫様たちと遊んでる場合じゃないわよ。あなたの命をこっそり狙って、裏でこっそり武器を集めてる大泥棒(裏切り者)がいるの、知らな〜いのかしら〜?」くるくる🌀
連れてこられたのは、至って普通の、でもどこか浮世離れした雰囲気を持つ青年。崇神天皇は直々に面接を始めた。崇神天皇:「お前がオオタタネコか。単刀直入に聞く。お前は一体、誰の子だ?」オオタタネコ:「はい。私は、大物主神が、活玉依毘売(イクタマヨリビメ)という美しい娘の元へ夜な夜な通って、お腹に宿された子の……そのまた子孫でございます。」くるくる🌀:「(コモを少し持ち上げて覗き込みながら)へぇ〜!本物の『神様の子孫』ね!血統書付きじゃないの。でも、夜な夜な通ってきたって……
長い長い「記録のない500年」を経て、ついに宮殿の奥から、ガッシリとした体格の新しい主人公、第10代崇神(すじん)天皇(御間城入彦五十瓊殖尊・ミマキイリビコ)が現れた。崇神天皇:「(頭を抱えて)ああ……。我が国に大疫病が流行り、人民が死に絶えようとしている。一体どの神様が怒っておられるのだ……」くるくる🌀:「(しょぼつく目をこすりながら)あ、亀さん!見て!500年ぶりに『名前以外の事績がある天皇』が喋ったわよ!でも、いきなり大疫病なんて大変ね。600歳の私から見れば、
JamesSetouchi2026.5.17『古事記』7第10代崇神天皇事実上の初代なのか、それとも?(基礎知識)『古事記』は、天武天皇が舎人の稗田阿礼(28才)に『帝王日継』『先代旧辞』を誦み習わせた。元明天皇が711年(和銅4年)9月18日に太安万侶に対して、これを撰録して献上せよと命じた。上中下三巻にして献上したのが712年(和銅5年)1月28日、と言われる。序文は漢文。上中下三巻ある。上巻は神代記で、中巻は神武天皇から応神天皇まで。下巻は仁徳天皇から推古天皇ま
・古代丹後王国についてのYouTube動画紹介最近では、古代DNA研究や広域的な移動史をもとに、日本人形成を多層的に捉える考察も増えてきている。私自身の探究とも重なる部分が多く、特に丹後や日本海側ネットワークを扱ったこの動画は非常に興味深かった。古代史やDNAに興味のある方は、参考として見てみると面白いかもしれない。(YouTubeリンク)古代ずんだミステリー歴史から消された幻の王朝!巨大古墳と鉄技術が証明する丹後半島に存在した古代日本最大勢力とは-YouTubeYouTub
JamesSetouchi2026.5.14(木)古事記6第2代綏靖天皇~第9代開化天皇欠史8代?少し『古事記』に戻る。『古事記』を読みたくてたまらないわけではない。成り行き上少しだけやる。どんな成り行きかはその時に書くだろう。最近しばらく儒学を扱い、特に『孟子』を扱うのは日々楽しみだったが、『古事記』はさほど食指が動かない。『古事記』『日本書紀』とも、成立は8世紀(700年代)(『孟子』などに比べて約1000年も最近だ・・昨日みたいなものだ)で、律令ころの権力者たちが自分
崇神天皇皇子倭彦命身狭桃花鳥坂墓(やまとひこのみことむさのつきさかのはか)桝山古墳橿原市北越智町