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文化のみち二葉館の続きです。文化のみち撞木館。大正末期から昭和初期にかけて建てられた、陶磁器商として活躍した井元為三郎の旧邸宅です。続きます。
徳川園の続きです徳川園は、尾張徳川家・第二代目藩主の隠居所「大曽根下屋敷」が起源です黒門(空襲を免れる)名古屋空襲第二次世界大戦末期、アメリカが軍需産業都市・名古屋に対して行った計63回の空襲の総称三菱重工業など航空機製造拠点を狙った爆撃と、無差別な焼夷弾攻撃で市街地は焦土と化した特に、1945年5月14日の空襲は約500機のB29が襲来し、当時は国宝だった名古屋城が焼失・B29の来襲は2.579機・投下された爆弾は14.500t・その数は全国で最多脇長屋
御深井焼き葉形皿のご紹介です。江戸時代中期寸法横約26cm縦約10cm高さ約3cm葉形皿5枚箱付き御深井焼き尾張徳川家の御用窯(名古屋城内の外廊・御深井丸に築かれた)。1610年(慶長15年)に徳川義直が開窯。御深井青磁とも呼ばれている透明な朽葉色の釉薬に、細かな地貫が入っています。釉の剥がれやホツレ、高台の削げがあります。一枚目二枚目三枚目四枚目
岐阜県博物館において開館50周年記念特別展「尾張徳川家ゆかりの美濃刀」が開催されます。日程:2026年4月24日(金)~6月28日(日)時間:9:00~16:30場所:岐阜県博物館(岐阜県関市)料金:HPを確認してください詳しくはこちらで岐阜県博物館開館50周年記念特別展「尾張徳川家ゆかりの美濃刀」を開催-岐阜県公式ホームページ(博物館)www.pref.gifu.lg.jpお城のことはこちらでお城ファンクラブ|お城を見て、知って、楽しむサイトお城ファンクラブ
雛祭りに雛人形🎎を飾るようになったのは、江戸時代以降のこと。雛祭りが女の子の祭りになったのも、江戸幕府が雛祭りを五節句のひとつに定め、男の子のための端午の節句に対照させたことに由来している。そもそも、雛祭りは、古代から続いていた厄祓いの儀式。人についた汚れや禍を、紙の人形に移して川に流し、あるいは火にくべる。その儀式は「撫物(なでもの)」と呼ばれ、平安期の陰陽師によってしばしば行われた。その「撫物」が、江戸幕府の定めによって、華やかな女の子の祭りに様変わりしたわけだ。江戸時代の前期には
ミニチュアの世界に見ほれる「尾張徳川家の雛まつり」2026年の注目品を一挙紹介!国宝だらけの「金沢文庫本」も必見御三家筆頭の尾張徳川家に伝えられた刀剣、茶道具、能道具、絵画、婚礼調度などさまざまな大名道具を収蔵..........≪続きを読む≫[アメーバニュース]
2月13日(金)、エスパシオナゴヤキャッスル天守の間で開催された特定非営利活動法人本丸ネットワークの「令和8年新春顔見世パーティ」に参加しました。尾張徳川春姫まつりのヒロイン三姫が昨年の方々から今年の方々へ交代しました。尾張徳川家初代藩主「義直公」を支えた3人の女性は、正室「春姫」、生母「お亀の方」、側室「お尉の方」です。400年前の歴史を再現する時代行列「春姫まつり」が来月3月15日㈰に開催されます。名古屋城、久屋大通パーク周辺を絢爛豪華な行列が通過しますので、ぜひご覧くださいね。この投稿を
徳川園の隣にある、徳川美術館に行きました、尾張徳川家に伝わる絵画、刀剣、茶道具、工芸品等の貴重な大名道具を展示している美術館。国宝の「源氏物語絵巻」もある大好きな美術館です身近な場所で国宝や貴重な美術品を静かに鑑賞できるのはありがたいことだなあと、嬉しく思います。2月からは尾張徳川家の雛飾りの展示も楽しみです
こんばんは。今日はハチミツの日だとか…日付のゴロ合わせから出来た日だそうです。さて、話は前回からの続きになります…実は、時間的に本日2本目の更新となります。(日付が変わった今日の深夜更新だったために)清洲からR302号〜R19号を利用して約20分ほどで小牧山城の北駐車場に到着しました。小牧山城(小牧市歴史館)。ちなみに、この駐車場は最初の2時間は無料です、その後30分毎に100円です、それと、元々この山は徳川家の所有だったようで、昭和5年に徳川家から小牧町(当時)に寄贈されたそうです。
尾張家臣団の展示室を出ると源氏物語絵巻を見るための長い行列ができていてこの時に待ち時間が60分でした。徳川美術館の建物は重要文化財に指定されています。源氏物語絵巻展は撮影禁止です。源氏物語絵巻に関する記事を美術展ナビで掲載しているので作品に関して興味のある方はそちらをご覧ください。【開幕】「国宝源氏物語絵巻」徳川美術館(名古屋)で12月7日まで10年ぶりの全点一挙公開徳川美術館(名古屋市)で、開館90周年記念特別展「国宝源
展示室2には茶道具や名古屋城二の丸にあった猿面茶室が再現されています。掛け軸や茶釜などの茶道具が展示されています。名古屋城二の丸にあった猿面茶室です。展示室3は大名の私生活の場である奥で使われる道具などが展示されています。名古屋城二の丸御殿の広間の上段の間が再現されています。障壁画は江戸時代に名古屋城について記録した金城温古録の内容をもとに復元されているそうです。展示室4には能に関する展示が行われ
徳川園を出て徳川美術館にきました。今年は徳川美術館が創立90周年という事で10年ぶりに国宝源氏物語絵巻が一挙公開されます。入館するとまず常設展示館に入ります。常設展示館は20分ほど待って入館しました。常設展展示館は正面に初代尾張藩主徳川義直公が愛用した鎧兜がお出迎えしてくれます。常設展示は写真撮影がOKな展示が多かったです。展示室1は刀剣類や屏風絵などが展示されています。関ヶ原の合戦の屏風絵
徳川園を出るとお土産を売っているお店があります。店の前にアイスが売られています。店内にも色なグッズが売られています。一口ういろうなどお菓子があります。徳川園の限定きんつばです。懐紙なんかも売られています。食器なども売られていました。
大曽根の瀧です。虎の尾を上りきると到達する落差6mの三段の滝です。上、中、下段の岩の組み方が異なるため、それぞれ水しぶきの表情には変化があります。滝の背後の山は徳川園の中で最も高く、龍仙湖水面との標高差は約11mあります。「大曽根」は、古くからこの辺りの地名でした。こちらはスローシャッターで撮影した大曽根の滝です。四睡庵です。梅や桃の木に囲まれた休み処で、隠れ里のような風景の中にぽつりと立っています。四睡とは、禅
瑞龍亭です。光友の諡號「瑞龍院」から名づけられた小さな茶室で、龍仙湖の彼方に西湖堤を眺望することができます。織田有楽斎を始祖とし、かつては尾張徳川家で重用された尾州有楽流に因み、有楽好みの様式を取り入れています。横には鹿威しがあり風情のある音を響かせています。有楽灯篭です。西村金造という石工芸の第一人者の作品で有楽好みの灯篭を再現したものを置きたいという当時の名古屋市職員が、西村さんに頼み込んで実現したものです。
「茶花を生ける」花は日向水木(ひゅうがみずき)の照葉白侘助(しろわびすけ)壺は尾張徳川家が城内の御用竃で焼かせたものです御深井焼(おふけやき)江戸期神奈川県伊勢原市大山松鈴庵にて生ける。
徳川美術館のあとはお庭を見に行きました。お庭の入園料は300円。初めて歩きました。愛知県名古屋市の日本庭園徳川園尾張徳川家の邸宅跡、池泉回遊式の日本庭園、徳川園のご紹介です。www.tokugawaen.aichi.jp水琴窟の音、聞きました。とっても落ち着きます。先週くらいが1番きれいかも。十分楽しめて、まだ写真が載せきれない、、、。
徳川園の紅葉ライトアップに行きました。始まるまで時間があったので、徳川美術館へ。御三家筆頭の尾張徳川家に代々伝わった貴重な大名道具を収蔵している美術館だそうです。美術館に入ると、まずは甲冑がお出迎え。徳川家康公が着用したと伝わる武具を写した「紺糸威具足(こんいとおどしぐそく)」です。館内には、名古屋城二の丸御殿の一部が再現されていて実物大の「猿面の茶室」や「能舞台」などもありましたよ。能舞台の脇には豪華な唐織(からおり)の能装束があったりして、まさに絢爛豪華!
西湖堤で白楽天、蘇東坡など、古くから文化人の憧れの景勝地である中国杭州の西湖の湖面を直線的に分ける堤防を縮景したもので、異国情緒を日本庭園の中に取り入れています。船着き場です。奥には和舟があります。龍仙湖に浮かぶ亀島です。龍仙湖は池を海に見立てていて池泉内にある三つの島は愛知県にある佐久島・篠島・日間賀島に見立てていてこの四つ目の島は亀島と呼ばれています。石組が亀になっていて亀は長寿や一族の繁栄を祈念していて縁起物として日本庭園に好ま
名古屋市東区にある徳川園にきました。徳川園は尾張藩二代藩主光友が、元禄8年(1695年)に自らの造営による隠居所である大曽根屋敷に移り住んだことを起源としている日本庭園です。徳川園には以前おじゃましたので久しぶりの訪問です。『三つ葉葵とゆめのあと61徳川園』愛知県名古屋市東区徳川町にある徳川園です。徳川園は尾張藩の第2代藩主徳川光友公の隠居所として造営された大曽根御屋敷跡に造られた日本式庭園です。入口…ameblo.jp前回は徳川園
未来の国宝か!?第14代将軍徳川家茂の愛刀とみられる「脇指銘来国光」が発見、徳川美術館で初公開2024年3月、徳川林政史研究所は、尾張徳川家旧臣であり財団法人尾張徳川黎明会(当時)の専務理事を..........≪続きを読む≫[アメーバニュース]
下街道歩き、その①からの続きです。圓明寺の前に目立つ解説板があります・・・。戦時中に鐘を供出させられ、石の鐘を作り吊るしたそうです、見に行ってみます。なるほど、石の鐘が吊るされています。突いたら音は鳴るのでしょうか?これは激しく気になります。さて、お待ちかね?街道が国道19号にぶつかる地点に道標があります、これは新築物ではなく古いものです。☜善光寺道、これは我が下街道のことです。☞京大坂道読みにくいですが、明治十年いれは業鍋屋町加藤新兵衛、と書
腹ごしらえも済ませ、まずは名古屋城に向かいました。今回は城の中には入らず、城の周りをいろいろな角度から見ました。名古屋城の紹介を少々。織田信長誕生の城とされる今川氏築城の那古野城(なごやじょう)の跡周辺に、徳川家康が天下普請によって築城されました。以降明治維新まで徳川御三家の筆頭とされる尾張徳川家17代の居城でした。大阪城、熊本城と共に日本三名城に数えられます。
名古屋にある徳川美術館の「尾張徳川家名品のすべて」を観に行ってきました。徳川美術館には、御三家筆頭である尾張徳川家の初代・義直(家康9男)が相続した家康の遺産が「駿府御分物(すんぷおわけもの)」として伝わっているそうです。「尾張徳川家名品のすべて」では、「駿府御分物」をはじめ、信長・秀吉から受け継がれた天下の名宝、そして尾張徳川家に代々伝わる大名道具の数々が展示されていました。展示品には、関ヶ原合戦で実際に使われた馬標や、珠光・織田信長・信忠・豊臣秀吉・秀次・徳川家康・徳川義直な
徳川美術館の続き〜『名古屋『徳川美術館』の名品、まだまだ!②』徳川美術館の続き〜『名古屋『徳川美術館』の名品、まだまだ!①』徳川美術館の続き〜『名古屋『徳川美術館』で『尾張徳川家名品のすべて』を観たっちゃ!②』名古屋の…ameblo.jp当時のままの様子を残す徳川美術館。この素敵な照明も?と、しばらく見上げていたのでした。こちらの羽織も素敵。紫地葵紋付葵の葉文辻ケ花染羽織徳川家康と、尾張徳川家4代目の徳川吉通が着用されたとのこと。吉通が、家康の遺品の中から選び、着用したとか。
徳川美術館の続き〜『名古屋『徳川美術館』の名品、まだまだ!①』徳川美術館の続き〜『名古屋『徳川美術館』で『尾張徳川家名品のすべて』を観たっちゃ!②』名古屋の続き〜『名古屋『徳川美術館』で『尾張徳川家名品のすべて』を観…ameblo.jp徳川美術館の旧玄関が萌えるので、ちょっとご紹介を。この玄関は、昭和10(1935)年に開館した当時のまま残されているそうで。欄間も素晴らしいのですが、床のモザイクタイルが気になる私。雲?そして、シャチホコ。石に埋め込まれているようで、フラットで
名古屋の続き〜『名古屋『徳川美術館』で『尾張徳川家名品のすべて』を観たっちゃ!①』名古屋の続き〜『名古屋城『本丸御殿』の囲炉裏は!』先日、職場でELLEさんと話していて、思わず『名鉄(めいてつ)』を、『なてつ』と言ってしまったRieruです…ameblo.jpおお〜、名古屋城二の丸平面図!さっき名古屋城に行ってきたわよ!⋯中に入れんかったけど。イテテ()『初☆名古屋城は眺めるだけ?⋯だった件』名古屋の続き〜美味しい名古屋めしを堪能した後は、『金シャチ横丁『山本屋総本家』さんへ♬.
名古屋の続き〜『名古屋城『本丸御殿』の囲炉裏は!』先日、職場でELLEさんと話していて、思わず『名鉄(めいてつ)』を、『なてつ』と言ってしまったRieruです⋯なてつ!⋯そんな名古屋にある、名古屋城の『本丸御…ameblo.jp名古屋城を後にした我らは、徳川美術館へ!前回、門前払いを喰らった、因縁の美術館です!『名古屋市『徳川園ショップ葵』のお土産は!』名古屋の続き〜『名古屋市『徳川美術館』へ行くっちゃ!』念願の(通称)『ぴよりんカフェ』で、モーニングをいただいたRieruです『名古屋駅
久しく行っておりませんでしたが。このチラシを見て「あ〜やっぱり徳川美術館は定期的にチェックしておかないと!」と後悔した次第。「名品のすべて」と銘打っておりますが。尾張徳川家に保管されているアレコレは、ほんっとに貴重で素晴らしいモノばかりで。こんなものを現実に目にすることができるのか!!とま〜じ〜で驚くので。こういう特別展はぜ〜〜〜ったい観ておくべき。しかも。しばらく行ってないうちに一部展示品を除き、写真撮影可になっておる。自分の感動した展示品を記録として残しておけ
徳川園できれいなお庭を見たあとは併設されてる徳川美術館へ名古屋・徳川美術館|TheTokugawaArtMuseum愛知県名古屋市東区にある1935年に開設された歴史と由緒ある美術館です。徳川家康から御三家筆頭としての尾張徳川家初代徳川義直が譲り受けた遺産を中核として、国宝「源氏物語絵巻」をはじめ、国宝9件、重要文化財59件、重要美術品46件、500振以上の刀剣など、代々受け継がれた大名道具1万件余りを所蔵しています。www.tokugawa-art-museum.jp尾張