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信濃国の城攻め1日目5:20自宅出発高速道路で途中1回、S.A休憩して8:40長野県佐久市にある龍岡城Pに到着龍岡城は函館五稜郭と共に国内に2つしかない星形稜堡の1つ佐久市教育委員会パンフレットより駐車場は目の前に無料駐車場あり車を降りるとすぐ稜堡突端部と
今日は朝から涼しい都内。これくらいの気温なら身体も楽です。土曜、日曜と軽井沢に行ってまいりました。車で向かいましたが、所々お祭りなどをしている様子が見られました。夏休みですね。オルガニストの三原麻里さんのソロ演奏も素晴らしかったです。瞬時にレバーをチェンジさせて、色々な音を操っていました。足も使っている様子を間近で見られたのは貴重な機会でした。稲垣壬午牧師と一緒に😊この教会に来て20年以上になるそうで、「天界に住んでいます」と言うのが素敵でした✨8月になると毎週のように特別賛美礼拝が
今日はお墓参りの日で、夫の弟夫婦と、夫の姉夫婦が来た。お墓掃除に来た時に、弟には事細かく先日の盗難騒ぎのことを話した夫だったが、義理の兄にはそのことを言わないよう、弟に言っていた。なんとなくその理由はわかる。義理の兄は、記憶力が良く、他人の失敗を、なんとなくばかにするようなところがある。本人は、それに気が付いていないようだ。悪気はないのだと思う。でも、言われた方は嫌な気持ちになる。今日は、小諸城について饒舌に話始めたら、義理の姉がうんざりしたように「話始めると止まらないのよね
ゆっくり休んで気合い充分!予定満載のDAY2です。朝ご飯は宿泊施設で頂きました^o^オムレツが熱々で美味しい🤤早速向かったのは「国宝」松本城!激混みと聞いていたので予定の1番目にしました。ご覧の通り、バスは少なく観光客もそこまで多くなかったのでゆっくり拝観できました。この写真、顔出しパネルみたいな?真ん中が大きく空いていて、インスタ風^o^忍者姿のオネェさんに撮って頂きました。この後は松代城です。そして、上田城からの、小諸城と、巡りました。松本城から松代城までは高
城址より霞みて見ゆる千曲川いづくより来し佐久の草笛千曲川春の水鏡ゆらぎつつ浅間の影は淡く輝く蓼科を遠く仰ぎて八重原の黒き土には苗の息づくあれが血と汗の五郎兵衛用水指さす帰省今日つつがなく故郷の運び来し米担ぎゆくドッコイショとこども食堂へ田植ゑせし土の匂ひを忘れねば遠き故郷いつも近しも(令和5年、長野県東御市にて)【見る】五郎兵衛用水【聴く】千曲川旅情の歌/ベルトメラリ能子佐久の草笛
只今「城スキーのお城紀行」は、「日本100名城」のお城を順次紹介しています。「日本100名城」とは、財団法人「日本城郭協会」が専門家や城郭ファンによって、「優れた文化財・史跡」「著名な歴史の舞台」「時代・地域の代表」という3つの基準に基づいて選んだ100城で、2006年に発表されました。発行されている公式ガイドブックに付随するスタンプ帳を使い、各城のスタンプを集めるスタンプラリーも人気となっています。「日本100名城」を紹介していくに当たっては、そのお城の「歴史と城主(藩主)」
小諸市の諸の青木には、昔「青木」と呼ばれる大木があった。朝日が差すと、その影は善光寺まで伸び、夕日になると碓氷峠まで届いたと言われていた。この地には、青木の明神と貴船の明神の社があったが、北国街道ができたことで移された。近くには「別れ石」と呼ばれる、二つに割れた大石もあった。婚礼の行列は、縁起が悪いとしてそこを避け、脇道を通ったそうだ。さらに仙石秀久が、小諸城の表門として使ったとも伝わっていた。
長野旅行二日目は、起床後すぐにホテルの温泉へ。ホテルで朝食バイキングでお腹一杯にしてからの出発です。まずは、小諸城跡へ。公園となっていますが、よく整備されていて植物が綺麗でした。また、公園内の案内掲示が分かりやすくて良かったです。次に上田城へ向かいます。私が気づかなかっただけかもしれませんが、これといったものがなかったかも。真田神社にもお参りします。次に松代城へこちらは、城跡は特別な感じはなかったです。ただ、真田関係の場所が街中にあるようでしたが、回りませんでした。次に川中島
TOP-名所・旧跡-長野県-小諸市-小諸城「日本さくら名所100選」めぐりで長野県小諸市の「小諸城」を1年ぶりに訪れた。城名小諸城(こもろじょう)長野県小諸市Google地図緯度,経度36.326370,138.417227別名酔月城穴城白鶴城鍋蓋城城郭構造平山城天守構造3重3階築城年代天文23年(1554年)築城主武田信玄、(主な改修者)仙石秀久主要城主武田氏、仙石氏、牧野氏など廃城年不明遺構大手門、三之門、天守台、
ニンテンドーSwitch2購入の本命「ぽこあポケモン」で話題のうすチュウに会えたぜ儚げキャラに見せかけたタフお嬢様ださて都内の桜を見終えて幸手権現堂桜堤も行きました次に向かうは実家帰りの途中で寄る長野上田城の桜は昨年見ましたが今年はここに来ました小諸城址懐古園小諸城址懐古園…平安時代に築かれ武田信玄、仙石秀久を経て近代城郭に成った城廃藩置県後旧小諸藩士に払い下げられた後近代的な公園懐古園となる三の門が重要文化財だったりしますそして公園となって桜が植えられたから日本10
「歴史には“民衆目線”で“多面的”な記録を遺して」」「歴史というのは、残された記録で伝わるため、記録に残してもらえる一部の名将を中心に伝えられている。山城の存在を考えるについても、民衆は生活を守るための行動をするので、水、燃料、排せつ物の処理など人間の営みからモノを捉え、山城を考える必要がある」というようなお話を、歴史学博士からお聴きしました。今年1月、「戦国時代の佐久地方」という演題の講演会での、信州大学名誉教授で長野県歴史博物館特別館長の笹本正治氏のお話で
上田城、真田本城に引き続き小諸城編です砥石城入口を2時40分過ぎに出発道はナビに任せて、小諸城(懐古園)に向かいます。山すそを走らされて、小諸・千曲川へ向けて一機に下るようなコースでしたが、どの道を通ったか再現不能です。そもそも時間があったら行ってみようかというオプショナルツアーなのでご容赦ください。到着は3時15分くらい、思ったより広めの駐車場に到着。案内に従って歩いていくと風情のある櫓門が登場。中央上部の額には「懐古園」とあります。日が傾いてきて且つ逆光なので写真に色が出て
懐古園は小諸城跡を中心とした歴史公園で日本百名城にも選ばれた小諸城の面影を残しつつ動物園、美術館などが併設された複合施設です小諸城は戦国時代に山本勘助らによって現在の縄張りとなり仙石秀久によって完成されました。噴水が凍っている〜懐古神社長野県小諸市懐古神社は明治時代に小諸城本丸跡に建立されました御朱印御朱印と共にこちらでも飴ちゃんをいただきました橋を渡ると…鹿嶋神社長野県小諸市お賽銭箱の横に御朱印の書置きがありましたが無人で日付も入れてもらえないのでやめておきました
「城をめぐる七つの謎と、史跡としての姿」島崎藤村で知られる信州小諸の懐古園。三の門を入り口として、小諸城址の公園があり、散策しながら眼下に流れる千曲川を一望し、藤村碑や藤村記念館などを巡ることができます。小学生時代に近くに住んでいた私は、この広大な公園は下校後や休日の遊び場で、千曲川に下りる谷(田切)を探検したり、(高く感じた)天守台の野面積みといわれる石垣の内角をよじ登る“力試し”をしたものです。昔は地域を跳び回り、いろいろな“度胸試し”の遊びをしては、子どもながらの豊かな一日
2020年9月20日(日)、疫病の最中、そんなの関係ねえとは言ってないまでも、仕事だからという名目であちこち歩き回っている私を見ていて刺激を受けたのかも知れませんが、土曜も入れれば四連休という機会を使って家族が親戚の数人と女子会で旅行に行くことになりました。家族たちはどうやら京都観光を考えているようですが、蚊帳の外たる私が黙ってお留守番などをするはずもなく、それでは遠慮なくとばかりに私も行先を考えます。私の一人旅の場合、行きたいところが先にあるケースは少なくて、地図やJRのキャンペーンな
さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら、久し振りに『小諸城址懐古園』に出会う機会がありました。15歳の秋、ひとりで、同城址を訪ねた事があります。懐かしいですね。今日は、そこで、小職の回顧の意も込めて、『小諸城址懐古園』を見て参ろうと思います。以下、長野県小諸市の公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。懐古園の歴史小諸城址懐古園の歴史小諸城の起源は平安時代、小室太郎光兼からはじまる。小
お昼ご飯はワイナリーのレストランで。おっさん4人組でコースをば。運転があるので、僕はアルコールは我慢。夜飲みます。軍鶏のパテを頼んで食べたら、メンバーの感想が「魚肉ソーセージだな」漫画『あたしんち』で、同じエピソードを見たことがある。それから近くにある、真田本城へ。自然の地形なのか土を盛ったのかは僕には分かりませんが、山の上に更にこんもり盛り上がった地形。僕が石垣がないことを言うと、石垣ではなく土塁や囲いをして陣地にした城もあることや、「土へんに成の字」が城である理由など教えて
真冬になりました、こんな季節に春のお花の時期の記事頑張って書きます!今年のことは今年のうちに……無理と、言うことで今回は長野から山梨を旅した時のお話。まずはこちら👇【小諸城】です!城好きにはたまりませんなー100名城巡り、頑張ってます!そしてこちら、桜を見に来ました激混みになると前情報をYouTubeで得ていたので早朝からやってきました!上から見るとこんな感じ下から上を見るとこんな感じ!固有の桜があるみたい桜まつりやってました!懐古園なんだろ、このお花。近くの公園で
新幹線で上田市の前を通過したことはありましたが、下車するのは今回が初めて!しかも自由席はまさかの満席で、廊下や扉付近までぎゅうぎゅうの混雑…😅上田駅に降り立つと、街全体が“真田一色”。駅前通りには「真田十勇士」の銅像が立っていて観光ムード満点✨少しさびれた印象も。でもお店は普通に開いていて歩きやすかったです。🍁上田城跡へ今回の旅行のメイン、上田城跡へ!かつて真田家が活躍した場所ですが、現在は城跡公園として整備されています。まずはお堀沿いの欅並木を散策。紅葉のピークで、
2025.9軽井沢&小諸・佐久のマンホールカード収集をしながら散策&買い物、グルメも楽しんできました♪旧軽井沢駅舎☆レトロで雰囲気のある駅舎‼︎旧駅舎前には草軽電気鉄道の電気機関車(デキ12形)が展示、保存されていました。マンホールカード(軽井沢町)をいただいてから、軽井沢アウトレットへミカド珈琲さん☆店内で休憩〜コーヒー休憩後、アウトレットを楽しみました。アウトレットを楽しみ、もう1つ楽しみにしていたカフェに向かいます。HARIOCAFEさん☆(軽井沢安東美術館店)耐
懐古園、小室哲哉、小室等、安室奈美恵、狩人、上條恒彦、小諸城、上田城、仙石秀久、真田幸村、関ヶ原の戦い、高浜虚子、島崎藤村、小諸馬子唄、コスモス街道、特急あずさ、木枯らし紋次郎、俳句、長野県、小諸市、佐久市、上田市、歌謡曲。トップページ・プロフィールこれまでの曲目リスト歴音335.懐古の紅葉(秋粧ふ.5)いよいよ、「秋」が、北方から…、お山から…、降りてきましたね!南北に長い日本列島は、一ヶ月以上をかけて、秋が通りすぎます!日本は、まさに、秋粧ふ(あきよそおう)!俳句の
とにかく紅葉狩りに行きたかった(笑)出来れば北の方に行きたかったけれど…いろいろね〜。小諸も上田も何度か行ったことがあるけど公共交通機関を利用して、となるとどうしても便利なところに、ということで。東京10:07発あさま635号に乗車。主人とふたり大人の休日倶楽部を利用したので三割引きです停車駅ははっきり記憶がありませんが上野、大宮、高崎、軽井沢、上田だったか。上田駅には11:26に到着。早いね〜、新幹線🚄しなの鉄道に乗り換えて小諸駅へ。本数が少ないのでかなり待ちました
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在し
さすがに長野の11月は寒い夜中に何度も車の音で目が覚めた4時半にトイレに起きると、寝るときには駐車場の3分の1くらいだった車中泊車が満車状態となっていた私の車の両サイドも空いていたが、しっかり車が止まっていた5時40分に出発6時20分善光寺に到着朝からたくさんの人がいたのでビックリ本堂に行くと朝のお勤めをする人々が座って待っている沿道には多くの人々が並んでいて何事かと思ったら、善光寺の偉い僧侶がお越しになるのを待っていた。僧侶が現れると皆さんひざまずいて頭を垂れ僧侶にお祈りを
うんまいツマミと酒を堪能しまして~😋ほろ酔いヨレヨレ夜散歩じゃ~😆😆😆「山野草」から歩いてすぐ小諸城ってのがあったらしい大手門かる~くライトアップしてます~✨なかなかイイっすね~✨「夏灯り」風情でゴザイマス~😆灯籠ってんですかねぇこーゆーの好きっす~😁小諸の呑み屋街をブラブラ寄ってみたいケド・・・ちっとコワイ気もする~💦笑さらに裏路地に入るとスゲーそそられる焼鳥屋さらに裏路地を通り抜け~駅前に戻る~~~🎃
このしばらく前に懐古園という名前で、もともとは小諸城址です。こちらの大手門です正面からですね。こちらもですね後ろからはこんな感じですね。
今日は2025年10月4日(土)です。僕は旅番組歴史番組が好きです。昨夜は録画をしてあった「のんびり仲良し旅」を見ました。ゲストは羽田美智子さん剛力彩芽さんでした。旅先は長野を巡ります。上田城小諸城小布施などが登場しました。僕も過去に行った事が有るので懐かしくなり僕のブログの記事を振り返って見ました。過去記事です。↓===============今日は2022年11月15日(火)です。僕は旅番組が好きです。お昼の
毎朝、楽しみに観ている朝ドラですが、『あんぱん』からバトンタッチして始まった『ばけばけ』明治になり、ザンギリ頭の人が増え、武士が武士でなくなった時代から第一話スタートでした。松江藩藩士だった主人公の父は、いつまでもちょんまげを結い、武士でなくなることを受け入れられず、松江城天守を見上げ、じっと立ち尽くす。というシーンが、なんとも切なかったです。きっと当時は、主人公の父のような人が、たくさんいたんだろうなぁ。。。さて、小諸城本丸跡、今は、懐古神
2020年、夏。コロナ禍に行った小諸城のブログです。あの頃は、お城巡りも大変でしたよね。長野県内のお城で小諸城を選んだのは、松本城や上田城より、人が少なそうだったから。という理由だったというのは、内緒です。。。前回ブログは、こちら。『小諸城中仕切門と枡形と修行の足りないわたし』2020年、夏。コロナ禍に行った小諸城のブログです。あの頃は、お城巡りも大変でしたよね。長野県内のお城で小諸城を選んだのは、松本城や上田城より、人が少なそうだ…ameblo.jpさて、いよいよ
2020年、夏。コロナ禍に行った小諸城のブログです。あの頃は、お城巡りも大変でしたよね。長野県内のお城で小諸城を選んだのは、松本城や上田城より、人が少なそうだったから。という理由だったというのは、内緒です。。。前回ブログは、こちら。『小諸城上田合戦の本陣が置かれた二の丸跡』2020年、夏。コロナ禍に行った小諸城のブログです。あの頃は、お城巡りも大変でしたよね。長野県内のお城で小諸城を選んだのは、松本城や上田城より、人が少なそうだ…ameblo.jp秀忠推しの二の丸跡