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第九章:鏡の中の亡霊、リュカの告白雅の告白は、工房の空気を一変させた。日本から逃げてきたという彼の過去が、リュカの張り詰めた自尊心に小さな亀裂を作ったのだ。「……逃げてきたんだ。あなたも」リュカは力なく呟き、作業台に横たわるバイオリンを見つめた。焦げた匂いは、今は静かに燻っている。「実を言うとね、おばあちゃんは一度も私の演奏を褒めてくれたことがないの。幼い頃から、私がどれだけ指先を血に染めて練習しても、彼女はただ一言、『あなたの音には、あなた(・・)がいないわね』って言うだけだった」彼
第六章:受け継がれる残響、霧の中から現れたバイオリン(改訂版)エレーヌが霧の中へと去ってから、二ヶ月ほどの月日が流れた。南仏の深い霧は季節の移ろいとともにその密度を変え、工房の窓を叩く風も少しずつ熱を帯び始めている。雅(みやび)は相変わらず、地図にも載っていないこの場所で、音を失った楽器たちと対話する日々を送っていた。ふとした作業の合間、彼はあの日の音を思い出す。雅の指先には、あの時共有した木の痛みや記憶の温度が、職人の矜持(きょうじ)として今も微かに残っている。「ふぅ……」作業台を片
第三章:記憶の逆流、火薬の臭気と凍傷の痛み雅は、震える手で最初の一音を叩いた。その瞬間、調律師としての彼の五感は、現実の工房を離れ、エレーヌの記憶が作り出す深淵へと強制的に引きずり込まれた。(……くっ、これは……!)目の前が真っ暗な闇に塗りつぶされる。それは単なる光の欠如ではない。ジュリアンが戦地で見た、明日をも知れぬ絶望の「色」だ。鼻腔を突くのは、古い木の香りではなく、鼻が曲がるような強烈な火薬の臭気と、鉄錆に似た血の匂い。肌を刺すのは、南仏の霧ではなく、シベリアの荒野を思わせる、骨まで
第一章:霧谷の調律師深い霧に包まれた谷の底に、その工房はひっそりと佇んでいた。そこへ行き着くための地図もなければ、道標となる看板ひとつ出ていない。切り立った崖と、意志を持っているかのように行く手を阻む濃霧を抜けた者だけが、ようやく古びた木の扉に辿り着けるのだ。まさに「知る人ぞ知る」という言葉さえ生ぬるい、世捨て人の隠れ家のような場所である。「さて、今日の依頼人は……おや、これはまた、ずいぶんと年季の入ったピアノだ」調律師・雅(みやび)は、工房に運び込まれた一台のアップライトピアノを前に、
「来た!」「なんで?」裕太と颯太が、顔を見合わせる。「いいね?何を聞かれても、知らないで返せよ」じいちゃんが険しい顔をして、子供たちに言い含める。「うん」「わかった」「もちろんだよ!」ジュンペイが得意気に、鼻を膨らませている。(ホントに、大丈夫か?)裕太は心配になる。まさに、心配が的中!ここから、少し離れた砂浜に到着したようだ。バリバリバリバリ…にぎやかな音が響き渡っている。「あの子たちは?」じいちゃんは、裕太たちに最後の確認をしている。「洞窟に運ん
「これ、どうかな?」不意に振り返ったセツナは、白を基調にしたウェアを身にまとっていた。少しだけ照れたように立つその姿に、セイは一瞬だけ呼吸が止まる。(……あ……似合っている)逸らそうとした視線が、吸い寄せられるように動かない。不意に奪われた思考を立て直すように、一拍遅れてようやく、「……いいと思います」とだけ告げた。「かわいい?」と少しだけ、試すようなセツナの声。セイはわずかに視線を揺らしてから、「……はい」と短く答える。
〜高千穂1〜ガイドは常にメッセージを送っている。気になる。というのもメッセージの一つである。江ノ島神社、田無神社などはじめは龍神を祀る神社や気になる神社をまわった。その後、どうしても気になったのが『諏訪』『高千穂』『阿蘇』だった。諏訪大社は割とすぐに行くことができた。ある時、東の王子のワークショップが『高千穂』であると知りこれを機会に『高千穂』に行こうと決めた。いつか行こうと思っていてもなかなか重い腰は上がらないが、目的があると動けるものである。高千穂では素敵なミラ
「これが…例の時計?」だが実際に、あまりにも大きいので、全体像を見ることが難しいのだが…各パーツパーツがデカいので、音もけっこう大きく聞こえる。「やっぱり、時計っていいなぁ」カチコチと刻む音が、アキは気に入ったようだ。てっきり、柱時計くらいの大きさを想像していたのだが、その何倍もある大きさだ。「え~っ、これが時計?」「道理で、音が聞こえるわけだぁ」だがこの時計が、今後の展開に、どうかかわっているのかが、まったく想像もつかない。「あの扉は、なに?」この部屋にた
クラブ・レインボーの通用口から入って来た紗喜。薫が駆け寄って「とうだった?宅配便受け取ってもらえた?」「はいもらえました」「助かったわ。頼めるのさ紗喜ちゃんだけ。よこれお礼」言いながら、紗喜の手に一万円札を握らせる。「私はそんなつもりではありません」「いいのいいの。でもあいつに取られないようにしなさいよ」「あいつって」「裏のパチンコ屋で待ってるって」「かっちゃん?」と笑顔になる紗喜。「男に捨てられるばっかりの私がいうのもなんだけどさ。ああいうのとは早く切れた方がい
満願米澤穂信満願(新潮文庫)[米澤穂信]楽天市場あらすじ「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴(ざくろ)」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。感想「夜警」暴れる男を銃で死亡させ、自
櫻嵐学園附属幼稚園の先生になって1ヶ月、『幼稚園の先生って大変だな』と思う場面もいっぱいあったけど、なんとかやって来れたのは、主任のマチコ先生をはじめとして、先輩先生たちのおかげ。そんな中でも同性の潤先生にはめちゃくちゃお世話になって、去年実習に来た時から、「カッコ良くて素敵な先生だな、俺もいつか潤先生みたいな先生になりたいな』って思っていたけど、4月から潤先生と同じ立場になって、益々その気持ちが強くなった。何よりも驚いたのは、潤先生は、自分のクラス
時折、初夏の強い風の吹き付ける展望台。それに構わず、重なり立ち尽くす二人。烈貴は、莉奈の吐息を首筋に感じていた。「…………礼美(れみ)先輩が付きっきりだったから、あたしは近づくことも出来なかった」礼美先輩とは。以前、烈貴が口にした、中村というトロンボーンのOGのことだ。「…………けど。あたしは待ってた…………一年も。それを、あの子は!」烈貴と見つめ合うと。莉奈は唇を重ねて来た…………烈貴には、初めてのことだった。混乱していた。だが………裏腹の、説明のつかない安心感が唇
「無理に決まってるだろ。そもそもうちの島のどこに…こんなたくさんの竜たちを隠すつもりなんだよぉ」いつもは気ままなジュンペイだが、意外にも真面目な顔付きをしている。これには裕太も、驚かされる。ポカーンと口を開けたまま、裕太はジュンペイを見る。「それにどうやって、運ぶんだよぉ」しごく真っ当に返される。「それなんだよねぇ」当然だが、うまく答えられない。「だろ」ジュンペイに言い負かされ、すっかり落ち込む裕太なのだが…颯太は、そんな裕太を見てはいられず、「やっぱり、船かな
1歩、外に足を踏み出すと、空気が頬を刺すように冷たかった。セイは片手で、ルカの入ったかごを揺らさないように持つ。中から、ルカが縁に前足をかけて外を覗いていた。きょろきょろと、落ち着きなく視線を動かしている。「ルカ、あまり身を乗り出したら危ないぞ」「うん!」返事だけは素直だ。だが視線は忙しいまま。その様子に、セツナがくすっと笑う。「ほんとに楽しそうだね」「……そうですね」歩きながら、ルカは何度も外を見上げる。「わあ……あっち、ひかってる」「……
前方には、鏡の破片が散乱している。かろうじて残っている部分で、枠組みが保たれている。「あっちよ!」ぐぃっとカガリの手を引っ張ると、その枠組みを通り抜ける。「危ないわ」カガリが悲鳴を上げるけれど…「鏡から、出られなくなるわよ」リンネさんの言葉に、カガリは「はい」と短く答える。枠組みを抜けると、パラパラパラ…と銀色の破片が、花吹雪のように降り注ぐ。「離れて!」アキが叫ぶと、カガリを守るように、覆いかぶさる。ズズーン天と地がひっくり返るような音がして、目の前にあっ
第四章:痛みの帰還と微かな希望次に目を開けたとき、視界に入ったのは無機質な白い天井だった。全身を襲う凄まじい激痛。肺を動かすたびに肋骨が軋み、喉の奥には血の味が張り付いている。だが、まさはその痛みに歓喜していた。これこそが、俺が「あちら側」へ行かずに済んだ、現実の証拠だ。「……気がつきましたか」傍らにいた看護師が安堵の表情を浮かべ、彼が大型トラックに跳ねられ、数日間意識不明だったことを静かに告げた。「奇跡的ですよ。あんな状況で、スマホを凝視したまま交差点にふらふらと入っていったって……目
椿の残香と、深海の鏡短編小説(決定版)第一章:出涸らしの朝、椿の残香そのシャンプーの名前は『椿』といった。十年前、あるいは二十年前かもしれない。ブラウン管の向こう側で、若き日の女優が太陽の光を全身に浴びて笑っていた。指の間をさらさらと滑り落ちる、奇跡のような光沢を纏った長い髪。あの数秒間の映像に焼き付けられた「完璧な幸せ」の光が欲しくて、三十八歳になった今でも、俺はこの安っぽいワンルームの浴室で、同じ銘柄のボトルを使い続けている。だが、現実は酷く色褪せている。連日の残
〜それはあなたの本当にやりたい事ですか〜姫さんがようやく自分の内側と向き合い始めたようだ。ガイド達は安堵した。惜しまれつつも介護の現場を離れ新しい職場に行き始めた。姫は新しい職場で石と共鳴しながら働くのが嬉しかった。そんなある日、ガイドはメッセージを送った。姫が新しい職場から駐車場に向かっている時だった。前方に外国人らしい男性がガードレールに腰掛けているのが見えた。何となく早く通り過ぎようと姫は思った。姫が男性の目の前を通り過ぎたその時、見知らぬ男性が口を開いた。
烈貴と莉奈。街を望む展望台で二人はハチ合わせた。呆然とする烈貴に、莉奈はマスクを外しながら近づく。「………やっぱ、あんただったね」心なしか、莉奈は気恥ずかしそうな笑顔を見せる。烈貴には、その表情が学校で見る莉奈とは全く別人な程、大人に見え。思わず釘付けになった。「………相川先輩」莉奈は烈貴の前に立つと。しばらく顔を背けてから、再び向き直り言った。「………ごめんね。ヒドい目に遭わせちゃって………」莉奈は、烈貴と並ぶと少しだけ背が高い。それが烈貴を見つめる瞳を伏し目がちにし
20「間質性肺炎」*この子を、医者に連れて行って*次男が熱を出したのは、ちょうど今から10年前の春だった。彼は幼稚園に通っていて、普段は元気の塊のような少年だ。しかしその熱は、引いては寄せる潮汐のように1週間も続いた。本人は比較的快活に振る舞っていたが、夜になると乾いた木の枝を折るような、激しい咳を繰り返した。清流は整形外科医だ。骨や関節のトラブルを判断し、滑らかな動きを取り戻させるのが清流の仕事だ。しかし、息子の肺の中で何が起きているかについては、遠い異国の歴史書を読むのと同じ
最近はあさんぽをしてアサカジをして、まるで模範生のように健康的な生活を送っている。かに見えたが、やはりそうは問屋が卸さなかったらしい。病は気から、ではなく、病は体から、ではなく、病は子どもからと決まっている。しくしくゲホゲホやっている子どもの様子を見ながら、ちょっとヤバいなと思う紐もなく、一瞬で菌をもらう。喉が痛くなってきたかと思いきや、体のダルミが一気に押し寄せてくる。初日は何の気なしに過ごしてみるが、やはり体が重たいから、試しに恐る恐る熱を計ってみる。すると、37.5℃。あ
研修医ラウール。彼にとって、目黒先生は「憧れのカッコいい先輩」。そして、深澤先生は「何でも話せるお兄ちゃん先生」。そんな二人の距離が、今日は少しだけ気になってしまった。最年少のかわいい嫉妬まだ医師になりたてのピュアなラウール先生にとって、めめは「憧れのカッコいい先生」であり、ふっかは「何でも話せるお兄ちゃん先生」。その2人の密室(?)での親密さは、彼にとって穏やかではいられない。ふっかの診察室で充電完了し出てきたばかりのめめと遭遇
先生達はこれでも、場所選びからこだわったようだ。出来るだけ、静かな場所で秘密裏に、研究を続けることにこだわっていたようだ。「昨今のクマ騒動みたいに、民家を襲うかもしれない」淡々と話すじいちゃんの言葉に、裕太はうなづかざるを得ない。「まずは、研究成果が出る前に、トラブルが起きるのを避けたかったんだが…まさかこういう形で、この場所のことがバレるとはなぁ」残念そうに、じいちゃんが空を見上げる。さっき、どこかへ行っていたヘリが、いつの間にかまた頭上を飛んでいる。「思っ
「これで大丈夫です。時間も問題ありません」ナイトスキーの予約を済ませたあと、セイはセツナにそう言った。「ありがとう、セイ。楽しみだなぁ」その言葉に、セイはわずかに視線を逸らした。「……準備も必要ですね」「だね、寒そうだし」「防寒具はもちろんですが、動きやすさも必要です。よければこのまま見に行きますか。装備や必要なものも揃えられますし」「え、いいの?」「はい。時間もありますし、その方が無駄もないと思います」「じゃあ行こうか」セツナが立ち上がると、ルカ
「カガリちゃん、落ち着いて」だが、アキの中のシンの部分は、なぜか冷めている。自分がどうしたいのか…と、冷静に考えている。「あなたたち、早くここから離れるわよ」ふいに、リンネさんの声が響く。「まもなく、この部屋が崩れるわ。早く出よう」リンネさんがぐぃっと、アキとカガリの手を引っ張る。「アキちゃん、早く!」うろたえるカガリが、アキの手をグイグイ引っ張ってくる。パン!目の前で、何かが破裂するような音がした。ようやくアキの視界が、クリアになってくる。「カガリちゃん?」今
日曜日の午前9時。音楽室では、クラリネットとホルンの女子が一人づつ。そして部長でチューバの前田という、吹奏楽部員三名だけがジャージ姿で部活に出席し、ロングトーンを始めていた。ビィーンビンビィーーーンベンベンベンベンベンベン前田は。聞き慣れない排気音が通り過ぎて止まるのに気付いた。烈貴のバイクの排気音に似てるが、少し違う気もする。「おはようございま〜す!!」しかし、張り切った声で音楽室の扉を開けたのは。包帯を頭に巻いた、やはり烈貴だった。驚く前田。「高橋!もう、大丈夫な
4月月末、今日は新年度初めての参観日。緊張しいの潤は朝からソワソワして、あ〜、ドキドキする、大丈夫かなぁ、、、と凄く不安そう、そんな潤を励まそうと、大丈夫だよ、あんなにしっかり準備したしちゃんと練習もしただろ?絶対に上手くやれるよ。ホントに?うん、絶対に大丈夫、俺が保証するから自信を持って。ありがと翔さん、翔さんにそう言って貰うと、ちゃんとやれそうな気がする、僕出来るよね?うん、俺が保証する!絶対に潤はちゃんと出来るよ。幼稚園の先生歴1
〜人は鏡である〜介護、看護では最終的に姫の気力も体力も枯渇していく。病院での看護の仕事を辞めた後、西の王子の計らいで天然石の仕事が入ってきた。姫は自分のやりたい事の延長の仕事に喜んだが、淡々とブレスレットを作る仕事は思いの外すぐに片付いてしまった。姫の計算よりだいぶ早く仕事は無くなった。メンタルを整える事は続けたが気分が落ちてしまった。急に何もかもうまくいかなくなった。様々な事に思いを馳せる。住まいを移すことにした。また親元へと戻ってきてしまった。自分の希望した仕事
19「しつこい腰痛」*ザ・腰痛v.s.しつこい腰痛*「しつこい」という形容詞には、どうもいいイメージが無いが、医療用語に「しつこい」の冠がつくとき、事態はさらに深刻になる。“しつこい頭痛”、“しつこい鼻炎”、“しつこい肩凝り”……。それはすべての症状に適応されないが、医学の「お手上げ状態」を、言葉で表現しているようにも聞こえる。整形外科領域で見れば、教科書に「しつこい腰痛」という記載がある。しかし、そもそも“痛み”自体が漠然としたものだけに、“しつこい”というこれまた漠然とし
「何でこの島で、恐竜を作ろうと思ったの?」「こんなヘンピな所に?」重ねて裕太が言うと、「そうだなぁ」じいちゃんは、ちょっと考え込む仕草をする。山口さんは、よけいな口出しはしようとはせず、少し離れた所で見守っている。「そうだなぁ~不便な場所だからこそ、最適な環境…といえるのかもしれないなぁ」そうですよね?と、じいちゃんはオジサンの方を向く。「それは確かに、好都合かもしれないですよね?」どうやら大人の間では、暗黙の了解が取れているようだ。「まずは、騒音問題。