ブログ記事18,633件
許可を得ましたお客様の声を質問項目ごとに載せてみたいと思います。改行以外は訂正なしでそのまま搭載しています。3.セッションを受ける前と受けた後で、心の状態や気持ちにどのような変化がありましたか?Wさん後ろに付いてくれてる方の名前やワットポー寺院の僧侶だったというのが分かって、急に身近な存在として認識出来るようになりました。全ての事は誰かや何かの計らいでそうなっていると思うと、感謝の気持ちが湧いてきます。Rさん私的には、
2026年1月26日アンコールワット1日コースのプライベートツアーで日本語からお客様をご案内いたしました。アンコールワットのサンライズもご案内いたしました。プノンバケンサンセットのベスト写真スポットを紹介していたしました。2026年1月26日アンコールワットのプノンバケンサンセットです。アンコール世界遺産のプノンバケン寺院の日の入り6時になりました。天気も良くなって美しかったです。アンコール世界遺産のプノンバケンサンセットです。アンコール世界遺産のプノンバケンサンセットです。アンコ
2020年11月の本堂改修工事完了から6年、2018年12月の工事開始から数えると7年の月日が経過しました。工事期間中は、毎日作業の様子を写真とともに詳細にブログに掲載してきました。御門徒、有縁、地域の皆様や寺族の思い、よいものを作りたいという職人さんたちの真剣な姿を、後世に記録として残したいという強い思いがあったからです。最近、その工事期間中のブログの整理を始めました。ブログの中では記事として残っていますが、あくまでもウェブ上のものなので、万が一消えてしまうことに備えて
将軍のロータリーの右側をふと見るとある。第8道·竹州山城道の奉業社·高麗時代の京畿道3大寺院·高麗3大寺院といわれていた奉業寺址五忠石塔·高麗太祖王建の肖像画を奉安した真殿寺院·京畿道の様々な情報をご覧ください。奉業寺址は、竹山面竹山里にある高麗時代の寺院跡です。奉業寺は楊州·檜岩寺、驪州·高達寺とともに高麗時代の京畿道三大寺院とされる巨大な寺院でした。『高麗史』によると、恭愍王が紅巾賊の乱を避けて南に移動し、1363年にこの寺に立ち寄って太祖王建の肖像画に挨拶したそう
南御堂(真宗大谷派難波別院)が、大阪市と裁判をしていたことを知りました。御堂筋沿い。南御堂の山門と一体化する形で建て替えられたホテル。そのエントランス部分が、寺院の「参道」にあたるのか、それとも課税対象となる建物の一部なのか。争われたのは、その一点でした。固定資産税は、宗教活動のために直接使われる境内地については非課税とされます。南御堂側は、ホテルのエントランス部分もまた参道であり、信仰上・宗教上の空間として非課税と主張しました。判断は、三審で割れます。大阪地裁は、「課税される」。
じゃじゃーん⭐️2026FEBRUARY建築知識「特集仏像と寺院建築大全」エクスナレッジより。👇で次号予告を見てからずっと楽しみにしていました😄以前からポツポツと寺院建築の姿は紹介されていましたけど、まとまった形で紹介されるのは多分初めてですね。まずは仏教が考える世界観から。須弥山→忉利天→仏界→三千大千世界、そして西方極楽浄土、東方浄瑠璃浄土😇そしてそこにいます仏、菩薩、明王。その守護者たる天や神。それから羅漢に仙人も。まずは仏教公伝から。まだまだ仏教は輸入ものの宗教。教義も戒
✨自己紹介はこちら✨オルゴナイトとは?お客様から色んな寺院へ行く事が増えて(これは先日の私の写真。父方の宗派の龍と名のつく寺へ導かれた時のもの。目の前には7777のナンバーの車がありました😳。いやー、この地に10何年住んでるけども、こんな場所があったとは思わなんだ)想いが込み上げてきて涙が出る(私は振動して、内側からメッセージが来る)涙は浄化ですね。溜まっていたものが溢れ出て本来の循環をして流れていったのだと思われます。そして展開すると。溜まっていた感情が循環しますと
≪山門の仁王様!入った所にある「わらべ地蔵」とは対照的!霊亀山「慶養禅寺」!≫慶養寺にやって来ました。曹洞宗寺院で霊亀山と号する。住所:東京都台東区今戸1-6-22寛永2年(1625年)に創建!浅草蔵前に有りました。曹洞宗霊亀山慶養禅寺(れいきざんけいようぜんじ)山門手前には仁王像が出迎えてくれます!いらしゃ~いと!こっちも忘れるなぁ~と仁王像!あいよっと!!入り口には可愛いらしいわらべ地像が!仁王
2026年、まだ神社にも寺院にもお参りしていなくて、おみくじを引いていません。まいにちみくじを引いてみました。『無くしていたものが見つかる。』昨年末から探している犬の血統書。どこにしまったか見当つかなくて。狭い家の中隅々まで探してみよう。昨日から色々考えることがあって。今日は自分の直感に従ってみるか。ブログは一貫性なく思いつくまま。現在は、平均一日二回の更新です。これからもよろしくお願いします。
玉王山長根寺(岩手県宮古市)『ぎょくおうざんちょうこんじ』と読む長根寺は、創建不詳ながら文和年間(1352年―1356年)には既に存在していたと伝えられる真言宗智山派の寺院であり、御本尊は『不動明王』、札所本尊は『十一面観世音菩薩』のようです▼寺院入口▼▼寺号標▼▲参道▲▼門柱▼▲御石▲▲天照皇大神碑▲▼地蔵尊▼▼幻住庵祇川反古塚▼▲石碑▲▲三界万霊塔▲▲▼参道▲▼▼参道(石段)▼▼境内▼▲蹲▲▼本堂▼▲因
住職は受験を通じて,幼少時より寺院からの脱出を企てていた。なぜかと言うと「死者と悲しみに向き合うことが怖くて嫌だった」当たり前のようにある『死』を受け入れることができなかった。寺からの脱出を願い,中学受験も失敗。高校受験も失敗。最後の大学受験で2浪し寺からの脱出を試みたが失敗。前住職は「社会に出るのが遅くなるから大谷大学に行け」と強引に受験をさせた。入学後1年間は苦悶の生活,夏休みと学園紛争でさらに全学ストライキで「自分で勉強することと本を読むことを知った」とりわけ「
かつて街道を行き交う旅人で賑わった茶屋の地。薬屋・是斎屋の跡地としても知られている。園内には、古代豪族・阿倍氏ゆかりの寺院阿倍寺の遺構「塔心礎」が静かに残る。人の往来と信仰、そして医の記憶が折り重なる場所。春には桜が園を彩り、秋には可憐なハギの花が風に揺れる。往時の喧騒を想像しながら歩けば、この地が“通過点”ではなく“記憶の場”であったことに気づく。
今日も訪問していただきありがとうございます。今日も寒い一日でしたね。天と地をむすぶについて…。数日前、偶然アオサギを見かけました。古くから鳥は天と地をむすぶ存在と考えれています。日本ではアオサギは『青鷺』と書き青灰色の羽根は清らかさの象徴とされており神聖な存在として崇められてきたといわれています。神社仏閣など神聖な場所を守る守護鳥と考えられています。アオサギに出会うタイミングは人生の転換点を示しており新しいステージに進む時期に現れるといわれて
大法寺の法灯を祖父から継承していた伯父が遷化され、実弟である私の師父が入寺し、法灯を継承されたのが、2009年。『入寺式&本葬儀』本堂が一変しました∑ヾ( ̄0 ̄;ノ去る9月28日に当山の入寺式と本葬儀が行われました。入寺式とは、歴代住職が守ってきた法灯を継承する儀式です。うちの御住職様が…ameblo.jpあれから17年の月日が流れ、師父は元気ではありますが、流石に86歳の高齢となったため、昨日、正干与人・住職・筆頭総代を交えた会議が執り行われまして、その中で、正式に私が大法寺の法灯
昨年の11月九星気学での方位が揃う月ということで三盤揃い当日は無理だったのですがその翌日に吉方位へ一泊で行ってきました最初に寄ったのは富山県高岡市神社仏閣には必ず立ち寄るのでこちらから・・・車を止めて少し歩きます(上り坂)更に坂道を上がって行くと大伴家持の像がど~ん大伴家持の像のすぐ後方に見えてた所が最初の目的地の国宝の勝興寺こちらは総門総門を前に・・・右側を見るとお寺(この隣もお寺)左側を見てもお寺・・・
【佛牙寺】おだやかな微笑を浮かべる如意輪観音像。財宝を司る黄財神像世界遺産のにほんブログ村に参加しています。よろしければ、応援よろしくお願いします。にほんブログ村
初不動(はつふどう)とはhttps://www.tanukidani.com/event/first_fudo/初不動|狸谷山不動院コーポレートサイトwww.tanukidani.com初不動とは、新年最初に行われる不動明王の縁日や参拝・護摩供のことです。年末の「納め不動」に対し、一年の始まりを告げる不動さまの行事として位置づけられています。---どんな意味があるの?初不動は、新しい一年の無事を祈る進む方向や心構えを定める迷いの少ない一年を願うといった、年始の節
太郎坊宮(阿賀神社):滋賀県東近江市小脇町2247本殿の参拝を終えて境内を歩いていた時、携帯が鳴った。娘からの着信だ。応答するが声が聞こえない。なにかあったのかといったん切って折り返し連絡すると、電話していないとの返事。数分後にまた着信があった。折り返すが今度も電話はしていないとのこと。太郎坊は天狗の名前で当宮の守護神だというが、化かされでもしたのだろうか。修験の山ではこれまでも度々不思議な経験をしている。山形の水晶山では登山道で同じようにLINEの着信があった。折り返すと相手は会議中で連絡
開運山瑞然寺(岩手県下閉伊郡山田町)『かいうんざんずいぜんじ』と読む瑞然寺は、1919年に創建された日蓮宗の寺院であり、御本尊は『妙見大菩薩』、札所本尊は『開運報徳観世音菩薩』のようです▼寺院入口付近▼▲札所標札▲▲寺院入口▲▼境内▼▼寺号標▼▲▼石柱碑▲▼▲▼飯成堂▲▼▼懺悔像▼▲境内▲▼日蓮聖人像▼▼石碑▼▲▼境内▲▼▲石燈籠▲▲本堂▲▼本堂正面▼▲扁額▲
1月も残すところ今日を入れて5日です。今は二十四節気では「大寒」、七十二候では「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」です。この時期を過ぎれば節分,そして春です。雪の覆われた北海道,東北,北陸の人たちが春を待つ気持ちがわかります。曇天と降り続く雪,太陽の光が地上には何日間も雪に閉じ込められると春を思いが強くなります。受験シーズンです。努力を積み重ね,精進したことが結果として現れる時期です。春とともに努力の成果が出ることを祈念します。「水沢腹堅」とは簡単に言えば、流れる
インドの寺院は赤い石を使っている建物が多い。北インドの土には酸化鉄が少ないようなので、遠方から運んだのでしょう。タージマハールの白亜は異様でもあり、別世界の感がございます。
こんばんは。札幌の皆様、大丈夫でしょうか?雪、すごい事になっていますね。1日も早い解消を祈ってます。そして本題。海外に行ったとき、神様へ祈る機会があるかと思うんです。例えば、教会だったり、寺院だったり今回のタイの祠だったり。何語で祈ったらいいか、悩みませんか?英語がいいのか、その国の言語がいいのかはたまた日本語でいいのか。私の経験上、心さえこもっていたら日本語で大丈夫です。今回のタイの祠もすべて日本語で祈りましたが気持ちが伝わった感じがして優しい風が吹いてくれまし
“忍者寺”の通称で有名な石川県金沢市の妙立寺を見学させて頂きました。そびえ立つ屋根、その上の望楼、武者隠しのある本堂、数多くの隠し階段、切腹の間、そして落とし穴まで様々な仕掛けのある、驚きと感動が連続する建物でした✨️必見の寺院です💥😊今日ではありません。
万葉集では「萩」に次いで梅は119首も詠まれていてその殆どが白梅だとか…白梅は古より楚々とした印象が人々を虜にしてきたのですね「しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり」与謝野蕪村の辞世の句です松尾芭蕉を敬愛していたという与謝野蕪村が最期に選んだ句のモチーフが紅梅でなく白梅でした
珈琲屋を後にして、車で40分、16時25分に到着したのはプランバナン寺院です。実はここ、プランバナン寺院群という方が正しくて、東京ドーム8.5個分、東京ディズニーランド約1.6個分の広さに、かつては240以上の寺院が整然と並んでいたヒンズー教の宇宙観をそのまま形にした、圧倒的な場所なのです。下の模型がプランバナンの全体像です。プランバナンの入場料は、窓口購入で大人と子供1人ずつでRp650k(¥6,326)でした。クレジットカードも使えます。後から考えた
ご門徒さんが報恩講を執行されました。お家へお伺いし住職として報恩講を勤めるのは50回目です。記念すべきことでした。住職が連続50年もご門徒の仏壇で報恩講がお勤めできる嬉しさは何ものにもかえがたい喜びでした。先代ご夫婦と祖父を送らせていただき,現在の家主はすでに70歳代です。この50年間一度も報恩講をお勤めされないことはありませんでした。しかも必ず家の皆様が全員参詣されます。以前は隣近所の方も参詣されました。しかもこのお家は三世代がともに参詣され,子どもさんやお孫さんが正
筑西市最勝寺に出かけた時のもの秋に出かけました紅葉で有名な寺院ですお庭が広く鎌倉時代(1258)に創建した浄土真宗の寺院です苔庭も美しく十三仏の石庭もあります竹林も美十三仏六道が再現されています大きな奪衣婆がいます十三仏に守られて元気にいっぱい
今更ながら明けましておめでとうございます昨年のブログも途中だな。と思いつつ、相変わらず忙しくてブログ放置してました。いつになったら続きを書けるのやら…。本日は、鎌倉検定の合格通知が来たのでご報告。無事に合格いたしました。ありがとうございます。やっぱり、99点でした。痛恨のミスで一点逃しましたが一位合格でした💮良かった。ブログもサボって鎌倉のお勉強もサボってますが、これを機に少しずつ始めないとな…と思ってます。大量に残ってるブログネタを処理しなければと思いつ
自己紹介はこちらから→♦︎♦︎♦︎【ジョグやカルタの旅①】の記事も良かったらご覧ください↓『【ジョグジャカルタの旅①】迫力ある自然の景色と火山の歴史を間近で感じる人気スポット@ラバツアー』自己紹介はこちらから→♦︎♦︎♦︎2025年4月からインドネシアの駐在生活が始まり、初めて過ごす年末年始子どもたちの年内の習い事が終わりひと段…ameblo.jpジョグジャカルタと言えば、何と言っても世界最大級の仏教遺跡「ボロブドュール寺院」があることで
坊さんも失業するのです寺の参道に商業施設があったからなんですが南御堂真宗大谷派難波別院マンションに商業施設があって寺院があったら便利なことこの上なしだけども住民にとってありがたい坊さんの失業対策として平家物語が出来たと言います坊さんも生きとんやしね坊さん死んだら誰が経あげてくれるんや坊さんも生活かかってますいろいろ工夫したはんよ平家物語があんなに浸透したのは憂いやねみんな人生のなかにいろいろあるやん庶民は居ない無きものとしてだから読むのもかくのも出来なかっただ