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こちらはトムスから耐久レースに出ていたマーチ75S。1978年に4バルブヘッド搭載の18R-Gが市販されるやいなや、GCに参戦したりRクラスとして耐久レースに出たりしていました。エンジンはそのままF2に使われたり、A60セリカに載せられてIMSAを戦ったのちに日本にやってきたりしましたね。70年代半ばにオイルショックによるワークスが軒並み解体され、耐久レースもワークス放出のツーリングカー主体になりましたが、後半になるとGC用の2リッター複座スポーツカーが数を増やしていきました。長谷見昌弘/
星野一義選手がF2やGCでLARKカラーを纏っていた頃、写真集を出したんですよね。そこにサインをしてもらったことがありました。サインをしてくれたときの星野一義選手(当時)は、レース中にブチ切れてるのとは対照的にとても温厚で優しくて「いい方」でした。そこから一気にファン熱が高まっていきましたね。当時の星野一義選手は非力なBMWエンジンを使っていて、中嶋悟選手が速いホンダエンジンを使っていたので自分も使いたかったけど「元日産ワークスだから」ということで使うのを渋り、ある意味時代遅れなBMWエン
岡本金幸、名前をもじって通称キンコーさん。富士GC…というより「グランチャン」の創生期から参加し続けた孤高のプライベーター。本職はレーシングドライバーではなく、喫茶店「ヘルメス」などを経営する(悪い意味ではなく)マルチな商売をされていました。デビューはこのオリジナルマシンOKAMOTOG7でした。うん、それはガンダムの後番組トライダーG7だね。ちなみに去年40数年ぶりに配信でみたけど、いくつか歌詞は間違えたもののちゃんと主題歌が歌えたんすw子供のころの記憶って、やっぱりすごいっすね
HKSの広告に載る、茂木和男選手駆るGCマシン。その下にはこちら側へ吸気口を向けた、謎のエンジンが。実はこれ、当時GCで主流だったBMWM12/7エンジンをベースにHKS製5バルブヘッドを装着したもの。この直後でしょうか、ヤマハもF2/GC用に5バルブエンジンを開発し、鈴木亜久里選手の手により活躍したのは記憶に新しいと思います(いや、新しくはないやろw40年前やどw)。正直すまんかったwまあまあ昔のことやったw思えばヤマハはトヨタのエンジン開発などを担っているのは皆さんご存知だと思い
そもそも筑波サーキットで12Aロータリーを載せた「ロータリージュニア(RJ)」、鈴鹿サーキットでスバルフラット4を載せた「スポーツカージュニア(SJ)」として始まったのが、後の「レーシングスポーツ(RS)」です。ロータリージュニアならいいんだけど、これがロ〇ータジュニアになると大変なことになるのでご注意を←ノータリンジュニア乙主にウエストなど、鈴鹿サーキット周辺のレーシングガレージが製作したマシンが参戦していました。時代的にアルミモノコック・FRP製カウルの構成のようです。スポーツカーレー
はい、今回は長谷見さんとこが作ったHMS(中の人はラルトRT4・BMW)ですよ。ハセミモータースポーツ(HMS)独自の企画で、1982年の全日本FP(フォーミュラパシフィック、後のF3相当)で使ったラルトRT4シャーシを流用して独自にGC用のカウルを作ったものなんです。GC参戦車の中で最軽量車に仕上がったものの、空力と冷却に手を焼いた結果、予選は13位。エンジンは当時の主流であるBMWM12/7を搭載していました。参戦はこの1983年の第2戦のみで、次戦からはラルトシャシーにMC
71年のグランドチャンピョン第3戦、富士500キロの908です。2ヒート、500キロの長丁場。結果リタイアでしたが、テールフィンを生やしたそのスタイルは、多くのファンの心に刻まれた事でしょう。スターター1/43です。
ホビーフォーラム2024、行ってまいりました。会場前からただならぬ雰囲気でしたが無事に風戸選手のマシンも並べることが出来ました。このそろい踏みをしたかったです。sarth24さん、ありがとうございました。ちなみに風戸選手のマシンの中で一番注目されたのはキャロルでした(笑)。実車同様?一番お財布に優しかったのにね(笑)押すシリーズ、今回はTETSUさんです。中央は鮒子田選手の展示です。いや~、濃い一日でしたよ。
2年前の話です。鮒子田選手グランドチャンピョン50周年でロータスを作りました。プレゼントする筈が「色が違う」といわれたのがこちら私は69年の日本GPで高野ルイ選手が乗ったマシンが流れたものかと思いましたが、違う車だったみたいです。お優しい方から「色味が良いので、これは置いておいて新しキット買ったら」と言われましたが、新しいキットはヤフオクにもお店にもありませんでした。ということでサッパリしていただき自分で言うのもなんですが、ルーフの70年代サイケ風のカタカナが決まりました。アル
11月10日日曜日は大さん橋で行われるホビーフォーラム2024に出展します。今年のテーマは風戸裕選手の没後50年。キャロルからシェブロンまでと意気込みましたが、GRDとシェブロンには辿り着かず、908までになりました。ブースはP-5くるま村少年団です。皆さん遊びに来てくださいねー。
完成しました。ポルシェ908富士300キロです。このレース、序盤から風戸選手は師である田中健二郎選手のローラT160やこの年のチャンピョン、酒井正選手の前をトップで疾走するのです。しかし、マイナートラブルで惜しくもリタイア。田中健二郎選手のローラT160がGC開幕戦を制するのでした。今も時々雑誌に掲載されるT160やマクラーレンを抑えて30度バンクに飛び込む白いポルシェ。興奮せずにはいられません。30度バンクを何度も練習し、ラインどりを教えてもらった師匠、ケンさん(田中健二郎選手)
う~ん、白い908も良いもんですね。それにしてもこのスターターのレーシングポルシェの秀逸なこと。非常に雰囲気のあるモデルです。
テールフィンの保護テープ?の薄い青をクリアブルーで再現しました
ホビーフォーラムまであと1週間だというのに何をしているのか(笑)
富士500キロの908もデカール貼れました。これも間に合って欲しい!
遂に完成しました、雨の第2戦で2位に入った908です。このレースから、908は赤に塗り替えられました。しかし、カラー写真を見ると、第3戦以降とは明らかに異なる、明るい赤です。このレース、2ヒート制で、豪雨の中スタートしました。前半はGTカー勢が優勢で、スポーツプロトは、風戸選手だけが上位勢に喰いつき、4位に入ります。迎えた2ヒート目、雨は上がり、スポーツプロト勢が優勢になります。風戸選手が首位に立ち、酒井選手、このレースのために来日したジョン・ハーベイ選手らが上位を占めます。このままの
無事にウレタンクリアまで塗れました。最近少し塗りすぎなのか、表面がぽっちゃりしているのが反省点です。あとは足回りと細部です。
マーチ73S最後の追い込みです。スタジオロッソさんのシートベルト(青)を付けましょう。いつもお世話になっております。エッチングの配置やベルトの質感がお気に入りの一品です。でもこれでストックなくなりました。名古屋の名店に買いに行きましょう♪この時代はヒーローズもサカイレーシングも風戸レーシングも青のウィランズのようです。やはりベルトがあると引き締まりますね。
来週には納品予定の高橋国光選手(国さん)のマーチです。シャーシとボディをドッキング、ケースに固定しました。ホイールはメッキ塗装、中々雰囲気出たのではないでしょうか?あとはアルミ板で作って下さいと言われたリアウイングです。
今日10月17日は「沖縄そばの日」ということで…でも「そば→ソーバー(ザウバー)メルセデス」はやったとこだし、普通のそばと違うので「そんならソーバーBMWとか?」もやったような気もするし…ということで。「そもそも沖縄ってサーキットがあるのか?」って疑問よ。米軍基地があるので、その敷地内でジムカーナなり短めのドラッグレースは遊興としてやってはいそうですが、ドリフト大会をやれるようなミニサーキットなども無く、ただのだだっ広い「広場」にパイロンを置くだけの雑なやり方だったはず。思えばオイルショッ
ん?ライトつきのシェブロンに「ミスタークラフト」の文字…はて?ライトが付いてるってことは、耐久レースにも使っていたのかな?調べてみたところ、ミスタークラフトはお店としては1975年創業だそうなので2座席時代のGCにスポンサードしていてもおかしくはないようですね。ただ残念なことに、近年潰れしまったようで…個人的にはモデラーズブランドなど気に入ってたんですけどね。さて、そんなマシンに乗るドライバーの溝呂木選手は同じくスポンサーの長野計器のお偉いさんなんだそうで、今でいうところのジェントルマン
こちらは1987年のGCに一度だけ現れた、チャルメラマーチのMCSカウルですね。カウルの後端が切られているように見えますが、よく見るとパッケージの夜景が描かれています。柳田春人選手が乗って予選は14位だったものの、他車の多重クラッシュの影響なのか決勝は走らず。公式記録にもそう残っています。富士グランスピードレースグランチャンピオンリザルト富士グランスピードレースの競技結果です。motorsports.jaf.or.jpそして、そこから少し前の時代。FJ1300(FJ1600の前
昨日の8番だけではなく、他にも無理を言ってデカール作ってもらいました。モービル、ブリジストン、キャノン、BOAC・・・・・風戸選手が獲得したり、その人柄に惹かれてついたスポンサー・・・。見ているだけで熱くなりますね。あと今回、なんとか風戸選手が推したという三菱R39Bエンジンのマシンもなんとかしたいです。風戸選手が天に召されて半世紀。ちゃんと後世に語り継がないといけない方です!!。
富士GCキャディ付の歩きラウンドでしたが標高が1000mちょいなので思ったほど暑くなく回れましたコース巾が広くて、グリーンの転がりもそこそこ良いコースでした次のラウンドが富士桜だったので富士吉田に宿泊したのですが朝、R139山中湖方向は時間に余裕を持って行くことをお勧めします
先日記事にしたロテックC190メルセデス。あの時「ちょっと面白いことが見つかったので別記事にします。」と締めたんですが、その「面白いこと」です。そもそも日本でしか走ってなかったロテックM1C。元はフォードC100のフロントウインドウを再利用して製作された、ワンオフのグループCカーだと思われていたんですが…近年ロテックM1C以外にも、フォードC100のフロントウインドウを流用して製作された同じようなマシンがこれだけ存在していることが判明。・マクラーレンC8・ストランデル85・マウラー
富士GCに出ていたMCS7ヤマハ。鈴木亜久里選手のドライブでF2最終年を戦っていましたが、F2ほど成績は出なかったんですよね。このあたりの年代からですかね?「GCはフォーミュラで使ったシャーシを翌年に使う」という半ば常識と化していたのが、「GCも新車」へと変わっていき、大量生産のMCS以外にもカウルを製作するガレージが増えてコストが増加してカテゴリーは終焉…。※まあ、三菱地所によるアレもありましたが。かえすがえすも「使い終わったマシン」にヘッドライトをつけてオープンプロト化したら、耐久
https://youtu.be/FBe3GaNK1Os19746/2富士GC富士グラン300キロレース風戸裕鈴木誠一guran300kmRaceHiroshiKazatoSeiichiSuzuki当時の事故の瞬間映像です。日本のモータースポーツ史にとって忘れてはいけない事故です。絶対に風化してはいけない!転載禁止!youtu.beどんなに忙しくても、6月2日、この日は忘れられない。風戸さん、セイさん、安らかに。。。過去
先日の静岡ホビーショー2023で再販が発表された、タミヤのランチア・ストラトスターボ。商品説明がこちら。もはやプラモデルは子供たちがおこづかいで買えるオモチャなんかではなく、「カネを捨てるほど余ってる老人どもの戯れ」でしかなくなりましたが()どうやら権利関係がアレなのか、サイドステップにあるはずのピレリのロゴが…無い。本来はこう。あとはまぁ…ディテールアップップでもしたらいいさ。前から気になっていたんだけど、この三桁のゼッケン。タルガ・フローリオとかミッレ・ミリアに出ていた仕様なのか
GC21ってのがありましてね。「富士GCを21世紀に復活させよう!」って由来拓也氏の肝いりで製作、レースも開催されていました。F3のシャーシをベースにムーンクラフト製カウルを装着、WEC富士1000kmなど耐久レースにも参加できたものの、メディアの完全無視による人気の低迷ですぐに消滅しました。まあ、デザインも由来拓也氏にしては「さほどかっこ良くない」のもありますが、メディアが全く取り上げなかったのは闇でしかないですね。
標徹(しめぎとおる)というレーシングドライバーのことを覚えてる方は…少ないのかなぁ?1984年富士LDシリーズ・富士1000kmで赤池卓選手、飯田薫選手と組み、格下のグループCジュニアのMCSグッピー・マツダで優勝もしています。ほら、ロテックM1Cの後ろを走ってんのがそれですよ。その前戦である筑波4時間でも、非選手権ということでC1が欠場したもののパワーではマツダ13Bの5割増し(!)のロテックM1Cを下しての優勝。この時は4時間耐久のため、赤池卓選手とのコンビでした。普通にグループC